2、モノセロス子爵領
2026年1月8日、連合帝国の帝都があるのは「ライオネル半島」ということで、「炎竜湖」と表記していた場所を「炎竜湾」に変更いたしました。ライオネル半島北側が旧大陸と繋がっているので、地図を見ると何となく象の鼻に似ている、という設定です。
エズメとヒルダ、そしてヒルダの使い魔のオシアンは、手早く荷造りを済ませると、アリコーン伯爵領行きの列車に乗るため、帝国中央駅へと赴いた。
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切符を買おうとした時に駅員と危うく喧嘩になるところだったが、どうにか無事に三人分の切符を買った彼らは、目的の列車に乗り込むことが出来た。
あまり乗り心地の良くない座席に座りながら、憤懣遣る方ない、という様子でヒルダが言った。
「腹が立つよな、あの駅員。私たちのことを余所者扱いしてさ」
「幾ら、私たちが貴族のご令嬢でも、生粋の帝都の市民でもないからと言って、あの態度は頂けないわよね」
エズメも未だ大いに立腹したまま頷いた。
エズメとヒルダは、この旧大陸から西の大洋を渡った先、新大陸と呼ばれる大陸の北部に広がる、北部連邦の出身だ。エズメは北部連邦第一沿海州の、自然豊かな海辺の町メイフラワーで生まれ育ち、ヒルダは北部連邦第二沿海州の州都アーケイディアで生まれ育った。
二人の出会いは六年前、魔物や悪霊の討伐を任務とする聖騎士団員を養成する、アーケイディア単科大学に入学した時に遡る。
ヒルダは「破魔のフォスター家」と言われるフォスター家の長女。生まれながらにして、魔物や悪霊を消滅させる破魔の力を持ち、父親は彼女が生まれる前から聖騎士団長の地位にあった。
エズメは北部連邦における聖騎士団発足の立役者「黒き森の大聖女」の名付け子で、ただ一人の兄は既に聖騎士団に入団して活躍していた。
二人の共通点は、戦闘中は後方支援を担当し、戦闘終了後には魔物や悪霊が残した瘴気や呪詛を浄化する「守護者」ではなく、魔物との戦闘を主な任務とする「騎士」を志望していたことだ。そのため他の同期の女子の候補生たちよりも、ずっと共に過ごす時間が多かった。
出会ったばかりの頃は衝突もしたが、今ではお互いにかけがえのない親友同士だ。数年前に殉死したエズメの兄ロバートはヒルダの夫でもあったので、実は二人は義理の姉妹でもある。
この二人の側に静かに控えている、三十代半ばに見える男性が、ヒルダの使い魔のオシアンだ。彼の正体は猫型妖精の王で、普段は見事な黒い長毛に覆われた美しい猫の姿をしている。ただ、列車に動物を乗せることは禁止されているので、今回は聖騎士団員の制服を着用し、現役騎士として不自然ではない年齢の男性の姿に変身していた。
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「ところで、例の子どもたちは、今どうしているんだろうな」
列車に揺られること二日目。ヒルダが心配そうにそう呟いた。
彼女は北部連邦に、唯一の肉親を残してきていた。亡き妹リディアの忘れ形見で、まだほんの赤子のヴィーナス・モリー・ターナーだ。魔物との戦いに明け暮れるヒルダでは赤子を育てられるはずもなく、「ターナー家の跡取り娘として大切に育てる」と妹の夫の両親が約束してくれたので、彼らに引き取ってもらったのだが、彼女は夢寐にも幼い姪のことを忘れたことはないらしい。
だから、アリコーン伯爵が残した幼い兄妹のことも気になるのだろう、とエズメは思った。
「第二隊長が事前に面会許可を取ってくれたから、彼らと直接面会出来るはずよ。でも列車が遅延しているから、現場近くの駅に着くより前に面会予定日時が来てしまうわね。手前の駅で下車しましょう」
「了解!」
こうして彼らは、本来の目的地であるアリコーン駅ではなく、その手前のモノセロス駅で下りた。
そこは、亡くなったアリコーン伯爵夫人の父でもある、モノセロス子爵の領地だ。
エズメとヒルダ、そしてオシアンが、アリコーン伯爵の遺児たちと、後見人たるモノセロス子爵に面会出来たのは、その日の午後のことだった。
ヒルダとエズメの関係を補足しておきました。今回は少し若めの姿になったオシアンですが、長身の美丈夫であることに変わりはありません。




