10、何れの王にも従わぬ者ども
全てのケルピーの駆除が済むと、オシアンが指を鳴らした。途端に複数の猫の声が聞こえ、大理石の床に転がっていたケルピーの死体が全て消えた。
「配下に命じて、妖精の国に運ばせたのだよ。今回の任務にあたり、ドミニク・トーマス第二隊長から許可は得ておいたのでね」
オシアンによると駆除した魔物のうち、死体が残るものについては妖精の国で引き取ると取り決めたらしい。聖騎士団としても、ゴブリンのように絶命とともに消滅するものはともかく、ケルピーや家もどきのような魔物の死体をそのままにしておくわけにはいかないのだ。だから本当ならば大勢の団員たちで処理をしたいところだが、生憎、その為の人数を割く余裕は、聖騎士団第二隊にはなかった。
「そういえば、浄化はどうする?」
ヒルダが辺りを見回しながらそう言った。
魔物を倒すと、大抵、その場所には魔物の血や呪詛、怨念などが残る。それらを浄化するために「守護者」と呼ばれる専門の団員が同行するのが普通なのだ。しかし今回、守護者は同行していない。
破魔の力が強い団員の中には魔物討伐と浄化の両方をこなせる者もいるが、生憎、エズメは破魔の力を持たない。ヒルダは強力な破魔の力を持っているが、彼女の場合は攻撃に特化しており、身の回り数フィートの呪いを無効化し、悪霊を遠ざけることは出来ても、場所に染み込んだ呪詛や怨念を浄化することは出来ない。オシアンの固有魔法「煉獄の炎」は、全てを浄化する代わり、辺り一帯を火の海にしてしまう。
屋敷にはゴブリンとケルピーたちの呪詛と、それに惑わされて殺し合った人々の怨念が染み付いているので、すぐにも浄化する必要がある。
「ドミニク・トーマス第二隊長が守護者を同行させなかったのは、その必要がないと判断したからだろう」
オシアンの言葉に、ヒルダは眉をひそめた。
「うっかりの可能性もあるんじゃないか?」
その時、菊松が言った。
――そのことにございまするが、私どもがお役に立てるのではないかと。
「有り難い。是非とも、お二方にご助力を頂きたい」
オシアンが菊松と角之進に向かい、胸に手を当てて頭を下げた。
菊松と角之進は声を揃え、エズメたちの耳には馴染みのない異国の歌を歌い始めた。それは随分と不思議な感じのする歌だった。
しかし、その歌声には確かに力があった。屋敷中に染み付いた呪歌も、ゴブリンやケルピーたちの呪詛も全て浄められ、怨念から解き放たれた犠牲者たちの霊は、それぞれの行くべき所へと導かれていった。
「……それにしても、何故あれほどのケルピーの幼生が水槽の中にいたのかしら」
エズメは再び菊松と角之進を抱き、水槽を覗き込んだ。
やはり水槽を覗き込みながら、オシアンが答えた。
「そのことだが、忌々しきはぐれ者の妖精、『騒動屋』の仕業ではないかと思う」
「商人のふりをして人間に騒動の種を売りつけるという妖精たちですか」
その通り、とオシアンは頷いた。
「力弱く小さき妖精でありながら狡猾で、何れの妖精の王にも従わぬ者どもだ。今回は『翼持つ一角獣』を紋章とするグリードル家が馬を尊ぶことに目を付け、『南海に生息するタツノオトシゴこそ、アリコーン伯爵の屋敷の大広間に設置した大水槽に相応しい』とでも言いくるめたのだろう。ケルピーの幼生を集めるのも、力弱く小さき彼奴らにとっては容易いことだったに違いない。強力な者たちは、弱く小さき者たちに対して油断しがちなのだから」
なるほど、とエズメは頷き、それからはっとした。
「ヒルダは一体どこに行ったのかしら?」
彼女が周囲を見回した時、頭の上から大きな水音が響いた。




