第六章 心肺蘇生
「基礎心肺蘇生機能、起動。生体電撃サポート発動」
脳内に突然響き渡るその声に、徐澤は思わず呆然とした。
(えっ?今の声……?)
思わず周囲を見回したが、何も見当たらない。
(……まさか幻聴?)
しかし、今は救命処置の最中だ。考えている暇などない。徐澤は頭を切り替え、手を止めることなく作業を続けた。
その時だった。
普段からお遊び感覚で右手の人差し指につけていた、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のレプリカリング――それが、突然光りだした。
「えっ……?」
徐澤が右手で子供の胸を叩くたびに、その指輪から微細な電流が走る。
電流は徐澤の左手を通じて、小軍の心臓に向けて放たれた。
(ま、まさか……)
数回の電撃が心臓に刺激を与え、小軍の心臓はゆっくりと――だが確かに、自律的な鼓動を取り戻した。
もちろん、徐澤本人はこの奇跡をまだ知らない。
三拳目を打ち終わると、すぐに小軍の首に手を当てた。
「……あれ?」
驚いた。
微かだが、確実に――脈が戻っていた。
(ウソだろ……?)
普通、こんな簡単に心臓が動き出すわけがない。心臓叩打法――俗に言う「救命の三拳」は、医学的にも一か八かの手段だ。
医学的名称は**「心臓叩打」**。
患者の心停止時、胸部の左側を中程度の力で3~5回叩打することで、心臓に電気的刺激を与え、不整脈や心停止を回復させることがある。理論上は一打ごとに約5ジュールの電力が発生するとも言われる。
しかし、現実には成功率は低い。
ましてや、今回の小軍は心停止時間が長すぎた。普通なら、もうどうしようもないはずだ。
(……けど、なぜか戻ってる)
小軍の首の動脈は、確かにゆっくりと、だが力強く脈打ち始めている。
(まさか、こんなにうまくいくとは……)
徐澤は内心で震えるほど驚いた。まるで夢でも見ているかのようだ。
「お、おお……」
周囲の人たちは徐澤の表情を見て、ほっとしたようにざわめき始めた。
「阿澤、救えたのか?」
老王とその嫁も、涙と笑顔が入り混じった顔で徐澤を見つめている。
(……もう少し様子を見るか)
小軍の紫色だった顔に、少しずつ赤みが戻ってきた。胸もわずかに上下している。
徐澤は深呼吸して、老王に告げた。
「今のところ心臓は動いています。このまま町の医院に運んで、酸素と点滴を受ければ大丈夫でしょう」
「本当に!?生き返ったのか!?」
歓声が上がった。
ついさっきまで、誰もが小軍はもうダメだと思っていた。しかし、今目の前にあるのは――奇跡だ。
老王は感激の涙を流しながら、三輪バイクに孫を乗せ、急いで町の医院へと向かった。
人々はその背中を見送りながら、口々に言う。
「阿澤、あんたはすごい!あんなの、お前の父さんだってできないぞ!」
武叔も感動して、徐澤の手を握った。
「まさか、本当に助けられるとはな……」
しかし、徐澤は浮かない顔だった。
(あの……声はなんだったんだ?)
脳内に響いた「システム」の声――。
(あれは幻聴か……?でも、さっきの電撃……)
考えても答えは出ない。
徐澤は自分に言い聞かせる。
(きっと運が良かっただけだ。そうだ、運が良かったんだ)
「武叔、今回はただの偶然ですよ。まぐれです。運が良かっただけです……」
苦笑しながらそう答えると、徐澤は自転車にまたがった。
(さあ、帰ろう。今日は家の手伝いがあるんだ)
自転車を漕ぎながら、徐澤は気持ちが少しだけ軽くなった。
十数分後、陳塘鎮の老街の入口に着いた。
視界の奥には、赤レンガの小さなビル――**徐家医館**が見える。
徐家医館は、祖父が40年前に立ち上げた伝統ある診療所だ。
父が跡を継ぎ、18年が経つ。
徐家医館は基本的には中医専門だが、時代の流れで父も少しだけ西洋医学を学んだ。だが、輸液(点滴)や大掛かりな治療は行わず、街の人々の健康を守り続けてきた。
母も手伝いながら家計を支え、時には夜市で出店して家計を助けることもある。
診療所の利益は多くはないが、家族で力を合わせて細々と暮らしてきた。
徐澤は高校時代から父母を手伝い、薬を渡し、注射も覚えた。
医科大学に進学してからは、ますますその腕を磨き、今では父を超える部分も出てきた。
週末ごとに片道60キロの道を自転車で帰り、家族を手伝う――それが彼の日常だった。
「阿澤、帰ってきたのか!」
老街の入口で、李伯が手を振った。
「李伯、調子良さそうですね。胃の薬、効きましたか?」
「効いたとも!お前のおかげで飯がうまい。夜になったらまた脈を診てくれよ」
「分かりました。後日また診ますよ」
自転車を進めると、前の店から雲姨が出てきた。
「小澤、今回も月曜に戻るんだろ?お前の叔父さん、最近また薬が欲しいって言ってたよ」
「分かりました。後天に戻るから、叔父さんが帰ったら声かけてください」
「良かった~。じゃあ、待ってるわね」
徐澤は手を振り、さらにペダルを踏んだ。
遠くからでも見える医館の前には、もう何人か座って待っている。
(今日も忙しそうだ……早く帰ろう)
徐澤は赤レンガの医館に向かって、ぐっと力を込めて自転車を漕ぎだした。