第五章 システム発動
「面倒なことになったな……」
聞き覚えのある声を聞いて、徐澤は苦笑しながら頭を振った。仕方なく自転車を止め、振り返ると、その人に向かって言った。
「武叔、何か用ですか?」
「阿澤、ちょっとこっち来てくれ。この子、まだ助かるのか見てくれよ。もう助からないってんなら、無駄に時間を潰させるのも可哀想だしな」
武叔は困ったように笑い、隣で涙を拭いているおじいさんに向き直った。
「王伯、こっちは町医者の徐先生の息子、徐澤だ。今は省城の医科大学で勉強してるんだぞ。噂くらい聞いたことあるだろ?なかなか腕もいいんだ。ちょっと見てもらいな」
この老王も、悲しみと諦めが入り混じる複雑な顔をしていたが、その話を聞いて目が輝いた。
「徐先生の息子か!それは頼もしい!」
去年、病気になったときに徐先生に診てもらい、その時も点滴をしてくれたのはこの小徐医師だった。思わず救いの神を見つけたような気持ちになり、王伯は一縷の希望を持って徐澤の手を掴んだ。
「小徐先生!うちの孫を見てやってくれ!まだ助かるかも知れない、町まで行く時間がないんだ!」
「うーん……」
嬉しそうに縋ってくるおじいさんの顔を見て、徐澤は内心で頭を抱えた。自分には死人を蘇らせるほどの腕はないし、急患を助ける道具も持っていない。
(いや、これは無理だろ……)
顔に「無理です」と書いてあるかのような表情をしていたら、武叔がすかさず言った。
「阿澤、とにかく見てくれ。もしダメならダメで、早く家に連れて帰ったほうがいい。こんなところでずっと泣かせるのも可哀想だろ」
(……まあ、見てみるだけ見てやるか)
徐澤は心の中でため息をつき、渋々頷いた。
「分かりました。見てみます」
王伯は嬉しそうに徐澤を三輪車の方へ連れて行き、泣き崩れていた女――金華に向かって叫んだ。
「金華!ちょっとどいて!小徐先生が診てくれるって!」
女は涙を止め、慌てて子供を置いた。目は必死の訴えでいっぱいだった。
(……とにかく見てみるか)
徐澤は心の中で呟き、老王に尋ねた。
「どういう状況だったんですか?いつから?」
「さっき肉団子を食べて喉に詰まらせて……みんなで何とかしようとしたけどダメで。しばらくは息してたんだが、今はこんな状態で……」
老王は涙を拭いながら説明した。
(肉団子か……)
徐澤は子供の顔を見て、すぐに顔色が変わった。顔は完全に紫色で、白目をむいており、意識もない。
(喉に詰まらせて窒息……しかも時間が経ちすぎてる)
首の動脈を触ってみたが、脈は感じられない。
(……心臓も止まってるな)
経験から考えても、もう絶望的な状態だった。
(でも……やれるだけやるしかない)
心肺蘇生法についてはよく知っている。診療所で何度も教わったし、実際に手伝ったこともある。
(とりあえず……やるだけやろう)
「おじいさん、一応試してみますが、心停止してから時間が経ってます。正直、助かる可能性は低いです」
「それでもいい!試してくれ!もし助けてくれたら、家族全員であなたに恩返しします!」
周囲の人も口々に言った。
「阿澤、やってくれ!たとえ助からなくても、誰も責めやしない。ここにいる全員が証人だ!」
(分かった……もう迷ってる暇はない!)
まずは喉を塞いでいる肉団子を取り出さないと、話にならない。
徐澤は子供を持ち上げ、後ろから両腕で腹部を圧迫した。
「せーのっ!」
力を込めて押す。
「もう一回!」
これは胸腔内圧を上げて異物を吐き出させる応急処置――ハイムリック法だ。
みんなが固唾を呑んで見守る中、ついに――
「ぷっ!」
子供の口から、茶色の丸い肉団子が飛び出した。
「やった!!」
歓声が上がったが、徐澤はまだ気を抜かない。
(いや……本番はこれからだ)
気道は確保したが、心臓は止まったまま。すぐに心肺蘇生を始めるしかない。
「まだ終わってない!どいて!」
興奮して抱きついてきた金華を突き飛ばし、子供の胸を開いた。
(時間との勝負だ!)
徐澤は右拳で子供の胸を「ドン!ドン!ドン!」と三回叩いた。
その瞬間――
《基礎心肺蘇生モード起動、バイオ電撃補助発動》
脳内に突然、システムの声が響いた。
(えっ!?)
【システム】が、ついに目を覚ました――。