第四章 帰り道の異変
この半年間、徐沢は毎週末になると診療所の仕事を休んでいた。
代わりに、実家に帰って家の手伝いをするのが彼の習慣になっていた。
それが給料がずっと八百元止まりなのも理由の一つだった。
午後三時。
徐沢は、汗だくになりながらボロい自転車を「ギコギコ」と漕いでいた。
薄手の紫色のパーカーは背中のあたりがもう汗でじっとりと濡れている。
ましてや中に着ている淡い緑色のTシャツなんて、もうびしょびしょだ。
苦労して顔を上げると、道端の標識には「802」の文字。
「やっとか……!」
徐沢は深く息を吸い込み、細い眉を上げて、心の中で自分に気合を入れた。
「あと二十キロ……あと少しだ。もうちょっと頑張れば家に着く!」
そう自分を奮い立たせると、不思議と力が湧いてきて、ペダルを踏む足も少し軽くなった。
だがその時、彼の脳内のどこかで、奇妙なプログラムが高速で作動していた。
「生体電気チャージ加速中……システムエネルギー飽和度10%……システム復旧開始……」
もちろん、徐沢はそんなことに気付くはずもなく、ただ黙々と自転車を漕ぎ続けた。
しかし、その勢いも長くは続かなかった。
あと五、六キロ進んだあたりで、徐沢は息が上がり、まるで誰かに首を締められているかのように苦しくなってきた。
足も鉛のように重くなり、力が入らなくなってきた。
「やっぱりダメか……」
額からは大粒の汗が滴り、尖った顎の先からポタリと道路に落ちて、かすかにホコリが舞い上がる。
徐沢は小さく息をつき、目の前の小さな坂道を見上げた。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
この道はもう半年以上も通ってきた。
今ここで足を止めたら、あとでまた漕ぎ出すのがもっと大変になるのを知っていた。
「最初の頃は、途中で何度も休憩して、三時間もかけて帰ったっけ……。
でも今は、二時間くらいで帰れるようになった。
俺だって、もうそこらの自転車マニアに負けてない。
今日もこの坂を乗り越えてやる! 絶対にいける!」
汗で目が痛くても、徐沢は気にせず、ぐっと息を吸い込んで坂道に向かって全力で漕ぎ出した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
口を大きく開けて、息を荒げながら、震える太ももを必死に動かした。
その目はいつもの柔らかい表情を失い、ただ前を見据えている。
「……エネルギーオーバーフロー加速、チャージ継続中……」
そんなシステム音がどこかで響いていることなど知らずに、徐沢は十数秒間、必死にペダルを踏み続けた。
そして、とうとう坂の頂上に到達した。
自転車を止め、つま先で地面を支えながら、荒い息を吐いた。
胸が苦しく、足は棒のように重かったが、それでも顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「はぁ……やっぱりまだ体力が足りないな……」
二時間も自転車を漕いで、四十キロ近くの道のりを進んできたのだ。
それも、星城から劉河市まで。
これだけでも大したものだ。
それにしても、今乗っているこの自転車は、高校のときに買った三百元の安物だった。
四年間ずっと使い続けて、ボロボロになりながらも、徐沢は大事に乗り続けている。
新しいのを買おうと思えば四、五百元はかかる。
それは、どうしてももったいなくてできなかった。
坂の上で汗を拭きながら、三角フレームの水ボトルを取り出す。
軽く振って残りの水を確認し、これなら買い足さなくても大丈夫だと安心した。
ゴクリと二口、喉に流し込み、空になったボトルを名残惜しそうに眺めたあと、また大事に戻した。
ポケットから三つのチョコレートを取り出す。
それは、以前張琳韻がくれたものだ。
帰り道のために大事に取っておいた。
「……物は残ってても、人はもういないか」
そう苦笑しながら、一つをしまい、残りの二つを丁寧に包みを開ける。
少し溶けて形は崩れていたが、それでもチョコの香りは変わらない。
舌の上でゆっくりと溶かして、じんわりと体に染み込む甘さを感じた。
汗でびしょ濡れになったTシャツが背中に張り付く。
パーカーを脱いで、袖を首に結び、少しでも汗を乾かすように背中をパタパタと仰いだ。
そして、再び自転車にまたがり、ゆっくりと前に進み始めた。
「これなら、残りの道も大丈夫だな……」
チョコで元気を取り戻した徐沢は、また薄く笑みを浮かべた。
その後の道のりは順調だった。
二十分もしないうちに、小さな町が見えてきた。
「よし、このまま一気に帰ろう!」
そう思ったその時だった。
前方の道路脇から、泣き叫ぶ声とともに人々が飛び出してきた。
目を凝らすと、五、六人が一人の老人を囲んでいる。
老人は背中に小さな子供を背負い、急いで近くの三輪バイクに向かって走っていた。
その後ろを、老婆と三十代くらいの女性が泣きながら追いかけている。
「軍……軍よ、お願いだから死なないで……!
あんたに何かあったら、私たちはどうやって生きていけばいいの……」
子供は老人の背中でぐったりしていた。
徐沢は胸が痛くなり、小さくため息をついた。
「……こりゃ、もう手遅れかもな」
そう思いながら、自転車を漕ぎ続けた。
三輪バイクのところまで来ると、老人は子供を荷台に乗せ、運転手に急いで出発するように頼んだ。
だが、子供の様子を見て、老人の顔色が一気に変わった。
震える手で子供の鼻に触れた老人は、しばらくして目に涙をためながら振り返った。
「……軍は、もう……だめだ……」
「うわあああ……私の可愛い子……!」
後ろの老婆と女性は、その場に崩れ落ちて泣き叫んだ。
周りの人たちも顔を曇らせ、子供の紫色になった顔を見て、そっとため息をついた。
老人が子供を抱き上げようとしたその時、倒れていた女性が突然飛び起き、子供を抱きしめた。
「いやだ!軍は死んでない!絶対に助ける!」
「金華……もう呼吸も止まってる。病院まで六、七キロあるんだ。間に合わない……」
「いやだ……お願い、助けて……お願いだから、死なないで……!」
悲痛な叫びに、周囲の人々はどうすることもできず、ただ見守るしかなかった。
徐沢はその場を通り過ぎようとしたが、その時、近くの一人が彼を見つけ、声を上げた。
「阿沢、阿沢!行かないで、ちょっと見てくれ!」
老婆
中国語の「妻」。日本語の「奥さん」「妻」に相当。親しみを込めた呼び方。