世界滅亡と予言されている日に怪我をしたら厨二病だと勘違いされた
「おはよ~、世界滅びなかったね」
「あはは、おはよう。慧美って実は信じてた?」
「ないない。あんなのただのネタでしょ?本気で信じてる人いたの?」
「俺は信じてた!英語の小テストが無くなって欲しかったのに!」
「神崎君おはよう。確かに世界は滅ばなくても英語の小テストは滅んで欲しい」
「というかあたしは夢宮の野郎を滅ぼして欲しい」
「あ~、あいつ女子を見る目が怪しいもんね」
ある日の朝、とある高校の二年の教室は一つの話題で持ちきりだった。登校すると挨拶の後に誰もがその話題を切り出して盛り上がる。
いや、盛り上がっているのはその教室だけではない。程度の差はあれども、日本中の学校や職場や家庭で似たような話がされているだろう。
「結局予言は予言だったか」
「七月五日に世界は滅亡する!キリッ!」
「ぶはは、何その顔!うける!」
世界滅亡の予言。
そう言われると誰もが思い出す程に世界的に有名なものはノストラダムスの大予言だろう。
それと比較すると規模はかなり小さいが、昨日世界が滅亡するという予言が日本国内で流行っていた。
「でも本当は七月中に滅ぶって話だからまだ油断はできないんでしょ?」
「俺は今年中って聞いたぞ」
「暦の数え方が違うから実は来年なんじゃなかったっけ?」
予言は噂となり、噂は面白おかしく尾ヒレ背ビレがつき、大元の予言以外に亜種がたくさん生まれてしまう。その結果、大元の予言すらも正しくは何だったのかが曖昧になってしまっていた。
結局のところ、誰も信じていないお祭り騒ぎなのだから、真実なんてどうだって良いのだ。
世界の滅亡を乗り越えた翌日。
それは彼らにとって格好の笑いのネタであった。
そしてその日、不幸にもやらかしてしまった人物が登校して来た。
「うお、雁金!それどうしたんだ!?」
「頬に大怪我でもしたの?」
雁金と呼ばれた男子生徒が教室に入ると、彼を目にしたクラスメイト達が興味津々で寄って来た。
その理由は、彼の右頬に大きなガーゼが貼られていたからだ。
「ああ、ちょっと怪我しちゃって」
雁金は苦笑しながらクラスメイト達にそう答えた。
これが普段の何気ない日であれば、単に彼を心配する声しか生まれなかっただろう。
だが今日は世界滅亡の翌日なのだ。
そんな日に目立つ怪我などしていたら、弄られるに決まってる。
「まさかお前、世界を救って来たとか言わねーよな」
彼の怪我を深刻に受け止めすぎて困らせないようにと敢えて茶化そうと思ったのだろうか。あまりにもタイミングが良すぎたから、ネタでガーゼを貼っているのだとボケたのだ。
それがクラスメイトの笑いのツボに大ヒット。
「え!? そういうことなの!? 右手がうずくううううとか、カラコン入れて眼帯しちゃうとか、そういうやつ!?名誉の負傷!?」
「あはは、厨二病だったんだね。うける!」
「雁金ってアニメとか好きだったもんな。渾身のボケだったってわけか。俺はそういうの好きだぜ」
誰もが大笑いして、雁金を弄り出してしまう。
肝心の雁金はどう反応するのだろうか。
「やっぱり言われたああああ!」
頭を抱えて大げさに照れた反応をしていた。
どうやら弄られることは事前に予想済みだったのだろう。
「なぁなぁ、アレやってくれよ!皆はいいよなー滅亡怖ーいとか言いつつも、いつも通りの一日を過ごすんだから、ってやつ!」
「やらねーよ!」
「そういえば昨日、雁金っていつの間にか帰ってたよな。人知れず帰って、……まったく、滅亡を阻止する俺の身にもなれっつーの、ってビルの屋上とかでつぶやいてたんだろ」
「いつも通り帰っただけだよ!俺が帰るとこなんて普段気にしてないくせに!」
「スチャッ、大剣を月夜に煌めかせ」
「ぶはっ!やめてよ!笑いすぎて腹が痛くなっちゃう!」
「お・ま・え・ら~!こうなるから今日は学校に行きたくなかったんだよ!」
顔を真っ赤にしてクラスメイトの悪ふざけに反応する雁金。
事前にこの状況を予測して心の準備をしていなければ、恥ずかしくて逃げてしまったのではないだろうか。
「まったく、マジで止めろよな。俺が世界を救うようなタイプに見えるか?」
「そういうのに憧れて妄想するタイプに見える」
「ねーよ!もしそんな力があったとしても、俺は家族とか友達とか好きな人を守ることくらいしかしねーし!」
反射的に答えたその内容に、今度は違った意味でクラスメイトが食いついた。
「え!?雁金って好きな人がいんの!?」
「マジで!?誰々!?」
「このクラスの女子!?」
「うお、食いつきがやばい!」
恋愛好きな女子達のパワーを舐めてはいけない。
単なる厨二ネタのヒーローよりも、リアルな恋愛話の方が大好きなのだ。
だが雁金の次の言葉にすぐにがっかりさせられることになる。
「俺が好きなのは眼鏡をかけた黒髪の物理系魔法少女だ」
「なぁんだ。アニメの話か」
「雁金がリアルの女子に恋するわけないか」
「厨二もそうだけど、二次元とリアルはちゃんと区別しなよ?」
「だから俺は厨二病じゃねーよ!」
どれだけ抗議してもクラスメイト達は『はいはい』と流して聞いてくれない。
雁金はぐぬぬと歯を食いしばって弄りに耐えるしかなかった。
そんな雁金の前に、一人の女子が近寄って来た。
「委員長?」
縁の無い地味な眼鏡をかけた、真面目そうな雰囲気の女子である。
彼女は無言のまま左手を雁金の右頬に近づけた。
「い……委員長?」
彼女の行動の意味が分からず、雁金は身動きできずに固まっている。
委員長は元々口数が少なく、教室ではいつもおとなしく本を読んでいるタイプの女子だ。
何を考えているのか分かりにくい彼女が珍しく積極的に動いたことで、クラスメイト達は何だ何だと興味津々の様子。
そんなクラスの様子など我関せずと言った感じで、委員長は雁金に向けて告げる。
「大丈夫?」
「え……あ、ああ。痛みはあんまり無いから」
「……そう……なら良かった」
委員長はそれだけを告げると雁金から離れ、自席に戻ってしまった。
「何だったんだ今の?」
「雁金って委員長と仲良かったっけ?」
「い、いや。話したこと殆ど無いけど……」
クラスメイト達の脳内は沢山のはてなで埋め尽くされ、結局良く分からない空気のまま朝の時間は終わりを迎えた。
「(助かったぜ委員長。おかげで弄られる時間が短くなったぜ)」
ただ一人、雁金だけは彼女に感謝をしていたのだった。
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多次元半位相世界。
この世界であってこの世界ではない、この世界とは少し位相がズレたその場所で、一人の人物が海岸線を疾走していた。
その手には身体よりも大きな大剣が握られ、見るからに重そうなのに新幹線よりも動きが速い。
『グルオオオオオオオオ!』
海の方から発せられた巨大な鳴き声が人気の無い世界に響く。
その声の主は海面から半分以上体を露出している海蛇。
見えている部分だけでビルの五階くらいの高さはありそうな程の巨体だ。
あまりの威圧感により見る者を恐怖で縛り付けてしまいそうなものだが、恐怖をしているのは海蛇の方だった。
「これで、終わり」
謎の人物は足を止め、魔力を籠めた大剣を一閃する。
すると衝撃波のようなものが飛び、遠くの海蛇の身体をあっさりと切断した。
『グルオオオオオオオオ!』
海蛇は大きな断末魔の叫びをあげ、その体を海へと沈めて行く。
周囲は静けさを取り戻し、謎の人物は大剣をどこかへ仕舞って海に背を向ける。
「リヴァイアサンも残滓であれば私でもなんとかなるわね」
眼鏡の位置をくいっと直しながら、美しい黒髪を海風に靡かせ、フリルたっぷりの黒いミニスカ衣装を着たその女性は、軽く息を吐きながらそう呟いた。
「世界滅亡の予言とリヴァイアサンの出現。タイミングが一致したのは偶然なのかしら。それとも意図的?」
この世界には他に人影が無く、彼女の独り言に応えてくれる者はいない。
「ううん。そんなことよりも昨日のことよ。私は間違いなくリヴァイアサンの本体に敗れたはず。それなのに気が付いたらリヴァイアサンは倒されていた。気を失っている間に一体何が起きたの?」
多次元半位相世界で魔物が暴れることにより、現実世界に影響が出てしまう。彼女がリヴァイアサンと呼称した強力な魔物の出現により、現実世界は大災害を被るはずだった。彼女はそれを止める為にリヴァイアサンに挑んだのだが敗北し、しかし目が覚めたら自分は砂浜に寝かされていてリヴァイアサンの死体が海に浮いていた。
謎の現象に頭を巡らせていた彼女は、もう今日の戦いは終わったのだと油断していた。
「!?」
突然背後の海からリヴァイアサンの残滓の尻尾が飛び出し、彼女に向かって攻撃して来たのだ。
完全に不意を突かれ、彼女が攻撃を喰らうのは間違いない。
しかし。
「え?」
咄嗟にどうにか防御しようと構えた彼女が見たのは、どこかから飛んできた謎の魔力刃により、尻尾がずたずたにされて消滅する光景だった。
「誰!?」
慌てて周囲を確認するものの、彼女には気配を感じ取ることが出来ない。
「私以外に誰かがいるの?もしかして昨日助けてくれてリヴァイアサンを倒したのも?」
だが、それほどに強い存在がいるのであれば、どうして姿を見せて一緒に戦ってくれないのだろうか。
不思議に思いながら彼女は魔力刃の魔力が消える前に調べてみる。
「この魔力の質は……あのガーゼと似ている……やっぱり雁金君?」
彼女、委員長は今朝、雁金のガーゼから現実世界では感じる筈の無い魔力を僅かに感じ取った。しかし手をかざしてしっかり確認しようとしたところで魔力が消えてしまったので勘違いかと思っていた。
だが今感じている目の前の魔力は、今朝感じたものと全く同じだった。
「雁金君!?いるの!?」
改めてそう声をかけるが、答えは無い。
「どうして出て来てくれないの!?」
彼が何者なのかは分からないが、助けてくれたのであれば少なくとも今は敵ではない。
敵ではないのに、何故呼びかけに答えてくれないのだろうか。
悩む彼女は、ふと、朝のクラスでの会話を思い出す。
思い出してしまった。
『ねーよ!もしそんな力があったとしても、俺は家族とか友達とか好きな人を守ることくらいしかしねーし!』
しゅぼっと彼女の顔が一気に真っ赤に染まった。
「な……にゃ……そんな……いや……まさか……」
世界は救わない。
でも大切な人は救う。
表だって世界を守り戦うことはしないけれど、困っている委員長を助ける姿はまさに彼が言った通りの行動ではないのか。
「思い込み。これは思い込みよ。自意識過剰にもほどがあるわ」
そうやって強引に気持ちを落ち着かせようとし、朝の会話を必死に忘れようとする。だがその行為が逆に鮮明に思い出させることになってしまう。
『俺が好きなのは眼鏡をかけた黒髪の物理系魔法少女だ』
「に゛ゃああああああああ!」
誰も見ていないというのに、両手で真っ赤な顔を隠し、もじもじする。
眼鏡をかけていて黒髪。
魔法が使えて衣装が魔法少女風。
大剣を使った攻撃が得意なので物理系。
完全に彼女の特徴を捉えていた。
アニメの話では無く、実在する委員長の事を彼は言っていたのだと、今になって気付いた。
陰ながら世界を守っていた大好きな彼女を、更に陰から守ってくれていたことに気付いてしまった。
「ま……まさかあの時も……あの時のアレも!?」
これまでピンチになると、不思議なことが起きて何故か助かることが何度かあった。
それらを思い返すことで、自分がどれだけ大切に守られてきたのかが痛い程に理解できてしまった。
「に゛ゃああああああああ!隠れてないで出てきなさいよー!!!!」
混乱した彼女は可愛らしい叫び声をあげて地団太を踏む。
そんな彼女の姿を、一人の男が気配を完全に消してこっそり遠くから観察していた。
「(恥ずかしくて出ていけるわけないだろ……)」
雁金が彼女の前に出て来ない理由。
それが単に恥ずかしいからだったということを彼女が知るのは、まだまだ先のことになる。