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異世界ツーリスト  作者: 七海心春


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ランバルト・オルフェウスの悩みー4


 大きな交差点を横切り、鉄の馬車なるものをたくさん眺めながら、ランバルトは異世界の地を歩いた。道はなだらかで、平面に整えられ歩きやすく馬車が走りやすくなっている。馬がいない、つまり糞がないので非常に空気もよかった。空を見上げると突きつけたような青空がランバルトを歓迎しており、燦々とした陽の光が眩しい。


「あれはなんだ」

「あれは電車ですね」

「でんしゃ?」

「あの中に人を入れていろんな場所に運びます。要は鉄の馬車と同じです。公共交通機関なので誰でも乗れます」


 駅という電車を停止させ、旅客の乗降や貨物の積み降ろしを行う施設がこの国にはいくつもある。この電車を乗り繋げば、国の端から端までもいけるらしい。


「あ、でも沖縄は無理か。飛行機に乗らないと。海を渡らないといけないので」

「ヒコウキとは?」

「うーん、人を乗せる鉄の鳥みたいなものです」

「鉄の鳥、だと?」

「あ、ちょうど見えました。あれです」


桜が指さす方を見ると、青空の中に黒い鳥が飛んでいた。「ゴーっ」と音がして、それが空を横切っていく。


「……あれに人が乗るのか?」

「そうですよ。機会があれば乗りますか?」


 頭の中で鉄の鳥にまたがった自分が空から突き落とされる様子がイメージできた。そしてふるりと身慄いする。


「も、もう少し慣れてからにしよう」

「そうですね」


 桜は気を悪くした様子はなく、カラリと笑う。


 鉄の馬車に空飛ぶ鉄の鳥。おまけに電車というものを乗り継げば、国の端から端までいけるとは。

 いや、我が国でも馬車を乗り継げばいけるが。


 だが、それは貴族であるランバルトの立場だからこそだ。いち平民が自由に動き回れるほどのインフラは整備されていない。通常は街に行く馬車を乗り継いだりするものだ。都に行く馬車は多いが、田舎に向かう馬車は少ない。中には村から出ないで一生を終える民たちもいる。


 きっとこの国の人たちには考えもつかないだろう、とランバルトは薄く笑う。


 「ごめんなさい、暑いですよね」


 黙り込んでしまったせいか、桜が心配してくれる。ランバルトは「いいや」と首を横に振ってギョッと目を向いた。ちょうど視界に映り込んだ女性のスカートが非常に短い。


「……この国では、皆ああやって足を出すのか?」

「夏ですからね」


 太ももからつま先まで丸見えの服装にランバルトは目を彷徨わせた。異世界に来た当初は信号と建物の高さや多さ、鉄の馬車に目を奪われてよくよく人を見ていなかったが、この国の装いは多種多様だ。

 腹部を出している人、背中が開いた服を着ている人、脚を晒している人。男性でも膝から下を晒してラフな服装の人がいる。自国ではきっと「はしたない!」と言われるようなファッションがこの国では普通らしいことが伺えた。


 「……なるほど。夏ならいいのか」


 由緒正しき貴族出身とはいえ、健全な17歳男子だ。こうも露出が多いと視線は奪われるし、見ないようにするのは正直大変だ。ランバルトはこの国の自由性に感動したが、洋服に関しては容認できない。


 「うーん。みんな好きな服を着ていますから。そのうち慣れます」


 そういう意味で桜はまだマシと言える。てぃーしゃつの袖から伸びる腕は艶かしいが、ロングスカートに靴と露出が少ない。慣れるかどうか自信はないが、桜にはあまり露出しないようにお願いしたいところだ。



「ここがボーリング場です」

「あぁ」


 ボーリングなるものが何かわからないが、桜がウキウキしているのでたぶん楽しいものだろう。顔を合わせたのはまだ二回目だが、彼女は感情を顔に出すので気を張らなくていいというのが大きい。一緒にいても気が楽だ。そして、ランバルトを楽しませようとしてくれているのも伝わってくる。


 「オルフェウスさん、靴をこちらに履き替えてください」


 手続きを済ませた桜がランバルトのために靴を持ってくる。今履いている靴を見下ろしてなんとなく脱ぎたくないなと思ってしまった。というのも、履き心地がすごくよく歩くのが非常に楽だ。この世界の靴というのは、こんなにも違うのかと感動してしまった。


「……桜殿、この靴も服も、後ほど購入させてもらえないだろうか」

「いいですよ。ただ、靴はちょっといいものですけど」

「構わない」


 ランバルトは椅子に座り、渋々だが靴を脱いだ。桜も靴を脱ぎ、ロングスカートを捲る。その際、白く柔らかなふくらはぎと、細くきゅっと括れた足首がちらっと見えて思わず目を逸らした。


 「さて、ボールを選びにいきましょうか」


 桜はまずボーリングの遊び方を教えてくれた。ちょうど他の人がやっていたので、投げ方やゲームのルールを聞く。


 「ピンは10本あります。簡単にいうと、それをどれだけたくさん倒せるかが勝負です。1ゲームは10フレームで構成されて、各フレームで最大2回までボールを投げられます」


 1回目でピンを全て倒すとストライクで次のフレームで20点加算、2回目で全て倒すとスペアで次のフレームで10点加算だと教えてくれた。


「ボールのこの穴に指を三本入れます。この数字はボールの重さです。投げやすい重さ、指の抜け具合、手のひらの大きさも合う合わないあるので、実際に指を入れて確認してみて」


 軽いと速さが出るが、ボールに勢いが出るだけで重くならないという。また、指穴の親指と中指の間、つまり手のひらの大きさが人によって異なるので、自分に合うボールを探せということらしい。


「わたしは、少し軽めと自分に合うボールを選びます。人によってちょい重いボールを選ぶ人もいますよ」

「ボールはいくつも選んでいいのか?」

「はい。ゲーム中に変えるのもありです」


 ランバルトはふむとひとつ悩んで少し重いボールを持つ。そして桜より1ポンド重い(ランバルトにとって軽い)ボールを選んだ。


 「投げ方はあの人たちを見ていればわかると思います」


 楽しげに「あー、あと一本」だ「よっしゃー! ストライク!」と叫んでいる男性二名を見てランバルトはコクリと頷いた。彼らの投球フォームは流れるように美しい。


 「じゃあ、先に私が投げますね」


 桜はオレンジ色のボールを両手で持つと、指をボールの穴に入れた。そしてレーンより後ろの中央に立つ。一歩、二歩歩いて、右手を後ろに振りかぶると、左足一本でバランスを取り、右足を左側に流した。


 右手から離れたボールは真ん中にゴンと音を立てて落ちる。そして勢いよくごろごろと滑ってカーンとピンを倒した。


 「うーん、七本か。まずまずね」


 残ったピンは右端に寄っている。

 桜はふむと頷くと、今度はレーンより後ろの左側に立つ。彼女は長いレーンを左端から右端に狙うようだった。が。


 「あぁ!もう。落ちちゃった〜」


 残念ながら、ボールは溝に落ち、結果7ピンと表示された。


「こんな感じ。なんとなくわかったかな?」

「あぁ」

「じゃあ、次はオルフェウスさんの番ね」


 ランバルトは少し軽いボールを選ぶ。そしてレーンより後ろの中央に立ち、横目で彼らをみながら、ボールを投げた。しかし。


 「ビーー!!」


 酷い大きな音が鳴りびっくりする。


「あ、このラインより後ろから投げないといけないの」

「なんだと」

「説明抜けていてごめんね」


 ちなみに音にびっくりしたせいで、ボールは溝に落ちた。しかも結構早い段階で。


 (ーーいや、次だ。次。次すべて倒せば10点)


 だが、ランバルトが投げたボールは彼を嘲笑うように溝に落ちる。桜に「初めてだし」と宥められたが、1ゲーム目の結果は散々だった。


 「ちょっと休憩しようか。喉乾いたよね?」


 モニターをガン見していると桜においでと言われてランバルトは渋々腰を上げた。あのモニターというもものは、自分が投げたフォームの確認やボールがピンを倒す様子が見られるのでとても便利で面白い。


「炭酸、飲める?」

「……いや、たぶん初めてだ」

「シュワシュワするの。飲んでみる?」

「あ、あぁ」


 コインを入れてピッとボタンを押す。すると、絵と同じものが落ちてきてランバルトは驚いた。


 「どういう仕組みなんだ!」


 これは魔法か? と驚いていると、プルタブをプシュッと開けた桜に「はい」と缶を手渡された。受け取ると手のひらから冷たさが伝わってきて、自分の喉が渇いていたことに気が付く。


 「中を見てみればわかると思うよ。あ、それはブドウの炭酸で」


 ランバルトは勢いよく流し込み、同時にむせた。パチパチとした爽やかな炭酸が喉の奥で嘲笑い、鼻の奥を擽る。


 「ぐふっ」


 なんとか吐き出さなかったものの、涙目で咳をするランバルトの背中を宥めるように桜が撫でた。


「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。でも死ぬかと思った」

「炭酸で死んだ人いないと思うので大丈夫です」


 ランバルトはTシャツの胸元を握りしめて、はぁはぁと深呼吸をする。見かねて桜はりんごジュースを購入し、それを差し出した。


 「今度は炭酸なしです。りんごジュースですよ」


 子どもでも飲めると言われて、ランバルトはそれを飲む。口内に広がる爽やかなりんごの味が広がって、痛んだ喉を癒してくれるようだった。


 「……うまい」

 「炭酸は少し早かったですね」

 「あ、あぁ。でも」

 「大人でも飲めない人いるので大丈夫ですよ」


 そうなのか。そう聞いて少し肩の力が抜ける。


 「お水も買っておくので、喉乾いたら飲んでください」

 

 ランバルトは全信頼を寄せている水と言われて、大事にペットボトルに入った水を受け取った。



 2ゲーム目が始まると、1ゲーム目が嘘のように、ランバルトはメキメキと調子を上げてきた。そして初めてスペアが出る。


 「おー! すごいすごい!」

 「あ、あぁ」

 「スペアの次が大事ですからね」


 結果五本だったが、黒い三角がポツポツと増えてくる。2ゲーム目は桜に僅差で負けたが、3ゲーム目の半ばで、すでに20点近く差が出ている。


 「あー、あと一本なのにぃ!」


 桜が倒したピンのひとつがぐらぐらと揺れてまっすぐに立った。それが倒れたらストライクで20点加算。差があると余裕をブッこいていたランバルトは一瞬ヒヤッとしたが、ピンが倒れなかったことに胸を撫で下ろす。一方桜は頭を抱えていた。


 遊び方を教わった当初、お手本にしていた彼らがギャーギャー叫んでいる理由がわからかなかった。それがそれほど面白いのだろうかと首を傾げたが、やってみればハマる。これは面白い。


 そして、ムキになってしまうし、つい心の声が漏れてしまうのだ。


 「あぁ!」とか「くそっ」とか「よしっ!」とか。自国でそんなことを呟いていると「ランバルト様、大丈夫でしょうか」と心配させてしまう。


 「サクラ殿は手が左に流れる癖があるな」

 「よく見てますね」

 「ははは。これは勝てそうだ」


 ランバルトは笑う。今朝は楽しみでワクワクしていたが、今はいい感じに力が抜けて存分にリラックスできていた。異国人とはいえ、平民の女性と二人きりでもこうして笑い合えるぐらいに気持ちが落ち着いている。


 「ええー、まだ3ゲーム目ですよ」

 「僕は割とこういうのは得意な方で」


 ランバルトが両手でボールを持ち構える。大きく一歩を踏み出し、三歩目で右手をスイングさせ、まっすぐに腕を振り下ろした。


 ーーーガコーン!!


 速度に重さを乗せた球はレーンの真ん中三角目印を真っ直ぐ走る。

 中央のピンを吹き飛ばしたそれは、他のピンもなぎ倒し、今日初のストライクだ。


 「いよっし!!」

 「わーすごーい。今日初めて知ったボーリングでストライクを出すなんて」

 「ふふふ。楽しいな」


 ランバルトはぐふぐふと笑う。当初3ゲームのつもりだったらしいが、ランバルトが駄々を捏ねた。結果追加で2ゲームすることになり、ボーリングは終了した。


 

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