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お助けキャラは精霊猫様



 桜と崇人は開けた扉から顔を出してあんぐりと口を開いた。

 そこには見たこともない、日本でもない知らない街並みが広がっているではないか。


 足元は石畳の地面。卒業旅行でパリに行った際、スーツケースをガタガタさせながら歩いた道に似ていた。


 「……開けるね」

 「うん」


 崇人に確認をとって扉の前で深呼吸すると、もう一度扉を開ける。今度は知らない路地に面した場所に出会した。じめっとした空気だが、ここもまた石畳。日本の道路にように綺麗に整備されていないかった。


 「……なんかどっかの路地だったね」

 「うん。ってか、普通に家の前に繋がらないの?」

 「……繋がらないならこれ、表からどう見えてるの?」


 桜は崇人の質問に質問でかえしながらもう一度扉を開けた。今度は木が鬱蒼とした景色が見えた。続いて農地豊かな場所だ。畑がある。そして市街地。なかなか現代日本が繋がらない。家の敷地を考えるとここは道路に面する位置だ。堀はあるがそれほど高くないので、人によっては十分覗くことができるのに。


 (……見えないってこと?)


 「あ、ここじゃない? うちの裏」

 「ほんとだ。ここだ」

 

 何度か開け閉めを繰り返してようやく現れた見慣れた街並みに胸を撫で下ろした。できればこのまま固定しておきたいのだが、この扉を閉めるとまた違う景色になるかもしれない。だったら開けっぱなしの方がいいのではないか……。そんなことを考えていると、毛足の長い青灰色の瞳の白い猫が足元に現れた「にゃあ」と鳴いて中に入ってくる。


 「あ、猫」

 「……この子、前におばあちゃんが可愛がっていたムサシに似てる……」


 ちょうど崇人が小学校に入学した頃現れたのが白くて毛の長い猫だった。野良猫で雑種なのだが、その振る舞いがとても洗練されていたので、どこかの飼い猫かと思いしばらく飼い主を探したのだが、結局猫は家に住み着いた。祖母が亡くなったタイミングで、その猫も姿を消してしまったので、すっかりと忘れていたが。


 「ねえ、あなた。ムサシなの?……ってそんなわけないか」


 桜は足元にしゃがみ込んでその猫を見つめた。あの当時もムサシはいい大人だった。動物病院に連れて行った際に推定5歳程度と言われたのだ。生きていたとしてももうよぼよぼのおじいちゃんのはず。だが、この猫はよぼよぼどころか足取りは軽い。毛の艶もよく若々しかった。


 『ほう、懐かしいな。アキコからはそう呼ばれていた。お前たちはあの時の小娘と小僧だな』

 

 突然頭に響いた壮年の男性の声はひどく楽しげだった。喉をゴロゴロと鳴らしてグゥと伸びをする。桜は驚いて崇人の顔を見ると、弟もまた目を丸くしていた。


 「え、話せるの? ってかムサシなの?」

 『我は気高く賢い精霊、ケット・シー。ただの獣じゃないぞ。おい、小娘。腹が減った。河田屋の荒削り鰹節が食べたい』

 「質問にはちゃんと答えて。あと、私は小娘じゃない。桜って名前があるんだけど、知ってるでしょ?」


 桜は失礼な自称精霊に言い返した。猫は青灰色の目を細めると面倒くさそうに横を向く。そして崇人を見あげて尻尾を緩く振った。


 『お前はアキコに似てきたな。いい気質を持っている』

 「気質、ですか?」

 『あぁ。彼女の祖先、随分と昔だが、其奴もまた異世界の者だった。癒しの力が強くてな。だからきっとテオとも出会えたのだ。彼を助けたのもアキコの力だ。本人はわかっていなかったがな』

 

 精霊猫さんの言うことには、先祖を辿れば意外と他所の世界から来た人間がいるという。そしてどういうわけか、そういう人はそういう人と巡り合いやすいんだと説明した。


 『お前たち、扉に困っているのだろう? 我が助けてやろうか?』

 「え、本当に?」

 「いいんですか?」

 『あぁ。またこの世界に戻ってこれたのも何かの縁だ。衣食住を保証してくれるならばよかろう。それに食べ物はこの世界のものが一番旨いからな』

 「名前はムサシでいい?」

 『構わん。好きに呼べばいい』


 ムサシはまるで自分の家のように物置からリビングに続く廊下に出る。唖然としている桜たちを振り返ると「早く来い」と促した。



 ***


 「あった、あった。これだ」

 

 桜はムサシを崇人に任せると祖父の部屋に立ち寄った。彼は「部屋に記録がある」と言っていたので、失礼ながら引き出しを開けさせてもらったのだ。すると年季の入ったノートがあり、扉に関する記述を見つけた。


 「見つかった?」

 「うん。これだと思う」


 ムサシはさっそく崇人にご飯をもらっており、勢いよく食べていた。残念ながら河田屋の荒削り鰹節はなかったので今日のところはねこまんまで許してもらう。本猫は渋々といった顔をしていたが、食べ始めると口が合ったらしい、顔が本気だ。目が血走っているし、まるで桜たちに奪われると考えているようにがっついている。猫のくせに醤油を多めに入れろとわがままを言うので言われた通りに多めに醤油を入れたせいで、彼の口周り及び顔面に茶色が飛び散っていた。


 欠食児童ばりにがっつくムサシを横目に桜はノートを捲っていた。祖父が説明してくれた以上の情報はなさそうだ。桜は小さくため息をついてノートを閉じた。


 「母さんたちの手がかりはなし。扉を固定する方法もないわ」

 「……そっか」

 『お前たち、扉を固定したいのか?』

 「そうよ。だってどこに繋がっているかわからないもの。帰って来れなくなるのは怖いわ」

 「……いや、帰って来れると姉さん遊びに行くだろ。異世界に繋がるとやめてほしいんだけど」

 「えー、行けるなら行ってみたいわ。異世界」

 「だめだ。もう姉さんしかいないんだから、これ以上僕から家族を取らないで」

 

 必死な様子の崇人に桜は苦笑する。


 『……つまりこちらでコントロールできればいいだろう』

 「え、そんなことできるの?」

 『できる』

 「「えええ!!!」」


 桜は崇人と共に叫んだ。ムサシが煩わしそうに片目を閉じて耳を伏せる。


 「だったらどうしてじいちゃんとばあちゃんが生きているときにそうしてくれなかったの?」

 「それをすると向こうからも来れないからじゃない?」

 「あ、そっか」


 桜は合点した。右手で作った拳を左手の上で叩く。


 「コントロールってどうするの? 魔法? ムサシの魔法なの?」

 『そうだ』

 「まほーー!!!」


 桜は万歳してはしゃいだ。ここ数年で今が一番楽しいかもしれない。

 

 「だったら、姉さんがあちらの世界に行かないように、こちらからは現代日本にしかつながらないようにしてほしいんだけど」

 『それは無理だな』


 ムサシが「ふぁ〜」とあくびをしながら崇人を横目にした。


 『ここはちょうど時空の間だ。あらゆる世界と入り混じっている。簡単に言うとあれだ。大きな駅のターミナルみたいなものだ。そのひとつを無理に閉ざしてしまうと他の世界にも歪みが生じる。時空にどう影響するかわからない』

 「……」

 『だから、ここには一定数あちらからの人を受け入れてもらわないと困る。それで魔力が安定するんだ。今まではテオがいたからなんとかなったが、お前たちでは弱い』

 「じゃあどうすれば」

 『なに、簡単だ。繋がる先を固定してしまえばいい。例えばここと、異世界のひとつの国だけにしておけばいいのだ』

 「なるほど。それならたとえ姉さんが遊びに行っても探すことはできる、と」

 『そうだ。お前たちの両親はどの扉につながったのか分からないせいでどこからでも通じるようにしておくべきだった。だが』

 「出入り口を一本化すれば……ってことだよね?」


 崇人の目が輝く。桜は弟たちの話を聴きながらかつての夢を思い出した。


 「ちなみにそれって日本でも繋がることはできるの?」

 「日本でも、とは? ……姉さん、どう言うこと?」

 「あ、えーっと、簡単に言うと、ど◯でもドアがほしいな〜って」

 

 あはは、と笑う桜に崇人がげんなりとする。


 「こっちは生命の危機を感じているのに姉さんは」

 「だって〜。ずっと欲しかったんだもん、扉を開けたら学校! とか、ハワイ!とか」

 「そんなものあったら、飛行機も新幹線も世の中からなくなるね。どれだけ失業者が出るんだよ」


 至極現実的な弟の言葉を無視して桜はムサシに尋ねる。


 「ねぇ、ムサシ。できる? できない?」

 「できなくていいよ」

 

 ムサシは桜と崇人の顔を見比べてやれやれとため息を吐き出した。


 『……できなくなはい』

 「やったー!」

 「できなくていいのに」

 『ただ、行ったことのある場所にしか繋がらないし、場所が遠いほど魔力をすごく使う』

 「なるほど。近場だったらいいわけね?」

 『そうだ』


 ムサシが呆れながら大喜びしている桜に釘をさした。


 『何度も言うが、ここは時空の間だ。あまり大きな魔法は使えない。お主が望んでいるようなことは』

 「できなくはないんでしょ? だったらできる方法を考えましょう! だって夢だったもの、ど◯でもドア!」

 「ムサシ、ちなみにどうやって扉に行き先を伝えるの? もしかして念じるとか?」


 ラノベにありがちなパターンを想定して崇人が恐る恐る尋ねるとムサシは『いや』と首を横に振った。


 『それはやり方次第だ。桜の地図アプリと同期させる。もしくはカーナビのような』

 「アプリにしましょう! 車は持ってないの」

 『なら、もう一度あの部屋に行くか』


 食事を終えたムサシがのっそりと起き上がる。口元についていたご飯粒をペロリと舐め取って、二人と一匹は再び物置部屋に戻った。


 『桜よ、ひとつ願いがある』

 「なに?」

 『この家を維持するためにもこの扉を繋げておく必要がある。当然、あちらからも人がやってくるだろう。その時はどうか彼らの手助けしてやってくれないか』

 

 さっきまでの不遜な態度とは一転、ムサシが桜を窺うように尋ねる。


 「いいわよ! こちらも恩恵を受けているんだしね。ただし、ムサシも助けてね。今日は崇人が引っ越しで手伝ってくれているけど、普段はひとり暮らしなの。話し相手はムサシしかいないし相談相手もムサシしかいない」

 「むしろムサシがいてよかったよ。僕もなるべく姉さんに連絡したり顔を出したりするけど」

 「何言ってるの。崇人は自分の人生を楽しめばいいのよ。もちろん生存確認の連絡はほしいし、なにかあれば相談ぐらい乗るけど」

 「……姉さん」


 崇人がじーんとしている横でムサシが小さく笑う。


 『あいわかった。乗り掛かった船だ。仕方ない』

 「助かる〜! その代わり美味しいご飯は作るから」

 『まかせろ』

 

 食いしん坊な精霊は鼻息荒く表情を引き締めた。そして件の扉の前に立つ。



 『ーー変形(メタモルフォーゼ)

 

 ムサシの合図と共に視界が光に包まれる。やがてその光が消えて目が馴染んだ頃に扉があらわれる。


 「……あれ、変化……してる?」

 「ここじゃない? 鍵が黒と白・・・になってる?」

 

 崇人の言う通り、鍵の溝が上半分が白、下半分が黒に色分けされていた。

 今鍵はちょうど白の領域を指している。


 『白がここ、黒が異世界。どこの国に繋がっているのか知らんがそれほど危険がない国を選んだつもりだ』

 「ムサシ、ありがとう!」


 桜は足元で「にゃあ」と鳴くムサシを抱き上げて頬ずりした。


 「ねえ、ムサシはじいちゃんの出身国のこと知ってる?」

 『聞いたことはあるが、どこにあるかは知らん。我は精霊ゆえ、精霊の国のことは分かるが人間の国のことは分からんのだ』

 「へぇ。精霊にも国があるんだ」

 『あるぞ。人間は入って来れんがな』

 「それで、アプリはどこ?」

 『桜のスマホと同期させた』

 「うわー、すごい! さすがね!」


 大袈裟に褒められた精霊猫はヒクヒクと髭を揺らす。崇人はお調子者の姉と精霊猫コンビを見てなんだかなぁと眉を下げた。

 

 



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