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死に際のカミングアウト

初めまして、よろしくお願いします。


 「ーーじいちゃんは、本当は異世界から来た人間なんだ」


 その日、桜は入院している祖父の病室に弟の崇人(たかと)と共に立ち寄った。珍しく祖父は起きており天井をぼんやりと眺めていた。桜たちが来たことに気づいた彼は表情を緩めると前置きもなしに切り出した。


 あまりにも突然だったこともあり、桜は唖然としてしまった。横目で弟を見ると彼もまた目を瞠り唖然としていた。しかし、祖父はそんな孫たちの反応を他所に話を続ける。


 「じいちゃんの本名は……、テオドール・ヴァルム。オルテシア王国、ヴァルム侯爵家の次男だ」

 「……おるてしあ」

 「……聞いたこと、は、ないな」

 「うん」


 桜はなんだか長い話になるかもしれない、と椅子を持ってきてベッドの隣に腰を下ろした。祖父は二人が揶揄うことなく否定もせずに耳を傾けてくれるとわかったのだろう。表情を緩めると、自身の生い立ちを話し始めた。


 祖父はヴァルム侯爵家の次男で騎士だった。隣国と戦争が始まり、祖父は敵に追いかけられているうちに現在地がわからなくなる。傷を負い瀕死で彷徨いながらたまたま見つけた山小屋に逃げ込んだ。


 するとそこは祖母の実家の倉庫に繋がっており、桜の曽祖父によって助けられる。初めこそ”国に戻りたい”と願った祖父だが、元の世界に戻ったとしても生きて家族の元に帰れないことは想像がついた。戦時中、命からがら逃げ出した自分を家族は”恥”だと罵るだろう、と。よって祖父は異世界に留まることを選んだ。


 「……名前は? 名前はどうやって変えたの?」

 「身分証明がないと、この国じゃあ生きていけないよな」

 「もしかして、戸籍がないとか……?」

 「戸籍はある。……それが、ジョン・ジム・スミス。この世界の名前だ」


 桜たちは「アメリカから日本に留学に来た祖父が祖母に一目惚れし、この国に居着いた」と聞いていた。しかし、真実は異世界から来た祖父を祖母一家が助け、祖母の渾身的な治療やその姿勢に祖父は好意を抱いた、だった。


 ただし、異世界から来た人がこの先どう生活すればいいのかわからない。

 祖母一家も当初戸惑いを隠せなかったが、彼が金銭目当ての泥棒にしてはボロボロで纏っている洋服も時代や文化が異なるものだ。それに彼が嘘を言っているようには思ない。そう判断した曽祖父一家は不審者扱いされることを理解して大使館に問い合わせたところ、なんと対応してもらえたと言う。実は大使館には、時折"迷い人”から問い合わせがあるらしく、秘密裏に匿うルートというものが存在するとのことだった。その際にも戸籍を作ってもらったという。


 「……なんかラノベの世界だね」

 「うん。嘘っぽく聞こえるけど」


 弟の言いたいことはよく分かる。だが、祖母はすでにあちらに渡ったので確認する術がない。余命宣告された祖父がわざわざこんな嘘をつく理由もわからなかった。

  

 「お前たちの両親はもしかしたら生きているかもしれん」

 「……え?」

 「ほ、本当に?」

 「事故で死んだんじゃ……」


 桜が3歳のとき、崇人が1歳のとき、両親は事故で死んだ、と聞かされていた。小さな頃の記憶なので覚えておらず、あまり悲しみのようなものはなかったが。


 ただ、ある時を境に母と父が帰ってこなくなりとても寂しかった記憶がいまだうっすらと残っている。


 「……半分は私の願いだが」


 かつて異世界に繋がった倉庫は祖父母が結婚を機にこの家に住むことになった時に取り壊したらしい。

 しかし、意図せずかつての倉庫は新居でも物置のような場所になっていた。


 「……その日は大晦日でな。みんなで餅をついていた」


 家族で餅をつき、その際に使った臼と杵は元々その物置においてあった。それほど重くなく桜の両親が「片づけてくるよ」と言い、その物置に行ってしまった。


 「なかなか帰ってこないから、どうしたのかと思ったら……なかったはずの場所に扉があったのじゃ」

 

 祖父と祖母はその扉を見てすぐにそれが異世界に繋がる扉だと確信した。祖父は両親たちを追いかけて扉の向こうに行こうとしたが、祖母が引き留めた。


 ”その扉がどこに繋がっているかわからない。あなたまでいなくならないで” と。


 祖父は冷静になり、とりあえず両親が帰ってくるのを待った。しかし待てど暮らせど帰ってこない。

 扉は開くたびに、景色の違う場所を表し、祖父も下手に捜索することができなかったといった。


 「ーーだが、ある日。向こうから人がくるようになった。その人は誰もが困っており、私はその悩みの解決をした。その情報量として」

 「父さんたちの行方を探していた?」

 「ーーあぁ、そういうことだ」


 祖父は話し疲れたように脱力すると、とろとろと目を閉じる。


 「すまん。ちょっと疲れてしまった。……続きはまたでもいいか」

 「う、うん。もちろん」

 「辛いのに話してくれてありがとう、じいちゃん」


 崇人が祖父の手を握り目元を和らげる。崇人にとって祖父母が母であり父であった。

 だからこそ、彼がこんな秘密をずっと隠してひとり背負っていたことを心配したのだろう。


 「いや。……お前たちには本当に申し訳ないと……」

 「ううん。じいちゃんとばあちゃんがいてくれたじゃん」

 「そうだよ。私も崇人も立派に育ったでしょう?」

 

 祖父は薄目で桜と崇人の顔を順番にゆっくりと視線を動かす。柔らかな笑みを口元に浮かべて静かに目を閉じた。

 

 それから数日後、祖父は静かに息を引き取った。骨は祖母の墓に埋葬し、あの世でもまた彼女と出会えることをふたりは祈った。



 ***


 

 「姉ちゃん、本当に仕事辞めるの?」

 「うん。もう退職届出してきた」

 「せっかく頑張って入ったのにいいのかよ」


 祖父の死から3ヶ月後のある休日。桜は港区にある自宅マンションの部屋を片づけていた。要らないものはすべて処分し必要なものだけ実家に送るために梱包作業をしている。崇人も手伝ってくれているが、会社を辞めたことに関して非常に文句があるようだった。


 「いいのいいの。商社って聞くとみんな”すごーい!”っていうけど、会社の名前がすごいだけであって私なんか駒のひとつにしかすぎないの。朝早くから夜遅くまで駆けずり回って遊ぶ時間もないし」


 記念受験のような気持ちで某大手商社にエントリーシートを出したらあれよあれよと内定を貰ってしまった。祖父母、特に祖母が大喜びしてくれたし、初任給もよかったので入社したのだが、現実はとても過酷だった。給料は少なくてもいいからもっとのんびりと仕事したい。


 「それに、このご時世にまだ”男は〜””女は〜”とか言うハラスメント親父がたくさん蔓延っているのよ? 俺たちの時代は〜、これだから女は〜って全部主語がでかい。しかも毎回何かあるたびに繰り返すし。もう何回も聞いたって、その話! みたいなこと延々続くんだよ? もう5年耐えたしいいよ」

 

 崇人は若干不満そうだが、桜は弟の視線から逃げるようにせっせと梱包作業に勤しんだ。

 

 「そういう崇人はどうするの?」

 「もちろん続けるよ。結婚したい彼女もいるし」

 「そう」


 祖父の遺産は随分と多かった。家の権利と保険金や貯金などいろいろ含めてもう働かなくてもいいぐらい二人に残された。きっと彼らは残していく孫たちを案じて蓄えてくれたのだろう。しかし、崇人は真面目に会社員を続けるらしい。桜は貰える手当はすべてもらって悠々自適の生活だ。これで二徹三徹が当然、車で出張先まで走り回る日々からおさらばできる! ビバ!スローライフ!


 「本当にあの家もらっていいのよね?」

 「いいよ。俺は普通にマンションでいい。結婚して子どもができたらまた考える」


 崇人は異世界と繋がる家はいらないと拒否した。「フィクションだったら面白いけど、日本以外で生き残れる自信がない」とのことだ。我が弟ながらとても現実的である。


 よって家は桜が貰うことにした。その代わり崇人には遺産を多めに回した。


 桜は翌日少ない荷物と共に実家に戻った。実家は都心から外れた静かな街にあるので、のんびりと過ごすことができるだろう。この5年で随分とすり減ってしまったHPを回復しつつ、祖父の夢を叶える手伝いをしようと思っていた。もう、直接祖父に話すことはできないけれど、両親の生死の報告ぐらいは墓前に伝えられたらと思う。彼は自分がこの世界に来たことで息子夫婦を異世界に行かせてしまったこと、また幼い桜たちから両親を奪ってしまったことをずっと後悔していたから。


 「……ここが、そうだっけ」

 「うん、あの扉かな。じいちゃんが言っているのは」


 その物置は昔から近づかないように言われていた。理由は立て付けが悪いとか扉が開かなくなることがあるとか閉じ込められると言った理由だった気がする。なんとなく怖い雰囲気を感じたので子どもながらこの部屋は苦手だった。


 とはいえ、そこが異世界と繋がっているなら開けるしかない。桜は勢いよく扉を開けた。

 部屋は薄暗く、籠った空気が立ち込めている。あまり掃除していなかったのだろう、埃っぽかった。


 「ねえねえ。あの扉だよね。開けてみない?」

 「は? 危ないだろ」

 「平気平気。顔を出すだけだし。ねえ、電気どこ?」


 わくわくしている桜とは反対に崇人はあまり乗り気じゃないようだ。表情が不安そうに翳る。

 

 「大丈夫よ。もしここで何か起きても私に後悔はないし」

 「俺の立場を考えて言ってくれよ」

 「その時はもう、この家を売るなり壊すなりすればいいわ」


 桜は物置部屋の電気を点けて扉の元に向かう。いってんなんの変哲のないどこにでもある普通の横開きの扉だ。


 「開けるわよ」

 「あ、あぁ……」


 崇人が桜の一歩後ろでごくりと息を飲む。桜は取っ手の下にある鍵をかちゃりと開けて勢いよく扉をスライドさせた。



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