9.最終都市
門を越えた二人の前に広がるのは広大な草原だ。
人工物はあるにはあるが、見回してみても人間はいない。
動物はいるのでここは放牧場といったところだろうか。
門が開く瞬間などはあまり人に見られたくなかったため、正直なところ、二人にとっては都合が良かった。
まあただ、二人は別に放牧場には特に用はない。
現状の二人の目的は界滅爪についての情報収集なので、人間や魔族が集う街の中心部へ行かなければならないだろう。
「時間的猶予もそんなにあるわけじゃないし、できるだけ早く情報を集めたいところだが……」
ノアが少しだけ考え込んでいると、背後から重い音が響いた。
「あっ、門が……」
「……まあずっとあのままっていうのも良くないし、当然だろうな」
それはゆっくりと結界門が閉ざされていく音だった。
ノアは門を通る時に物凄く小さな違和感を感じていた。
結界の役割のある門を開けて通ったのに、くぐった瞬間に結界に触れたような気がしたのだ。
だが今となってはその正体にも検討がつく。
門を開けた時、その開け放たれた場所は無防備になってしまう。
だから死の概念のみを防ぐ微弱な結界が門そのものに張ってあったのだろう。
戻る時は『空間転移』で結界の外に出れば門を通る必要もないはずだ。
「普通に転移魔法を使うだけじゃ結界に弾かれるだろうけど、この結界を構築した大元の創造神の力を使えば内側からなら抜けられる」
一瞬だけ転移を使って抜けられるように作り替える程度ならノアにも可能だ。
「じゃあグラエムまで早く行こうよ!情報収集は早いに越したことはないでしょ?」
「まあそうだな」
ノアは正直なところグラエムで得られる情報はそれ程多くはないとは思っている。
三千年間人々は界滅爪に怯えながら生活しているわけだが、死の大地を踏破できる存在などいなかったはずだ。
それができない以上直接捜査に出ることもできず、それに伴って情報も不正確なものが多いだろう。
だがきっとゼロではない。
ノアが界滅爪を認識したのはほんの数十日前だ。ユキは更に短い。
いくら近づけないからといって三千年もあれば研究は進んでいるだろう。
それを調べる他ない。
「それじゃあ行くか」
「うん!」
二人は歩を進め、グラエムの中心地へと向かう。
かなり遠くにあるように見えるが、今までノアとユキが進んできた道のりと比べれば遥かに短い。
一日程度歩けば街はもう目前に迫る。
「わぁ……!大きい街だね!」
「1000万人住んでるらしいし、確かに街は巨大だな。だが、あまりそういう反応はしない方がいい」
「え?」
「場合によっては結界の外から来たとバレるかもしれない」
結界から出ることはできず、できてもすぐに死ぬというのが人々の共通認識だろうが、バレる可能性をできるだけ減らすのは重要だ。
「……そっか。それもそうだね」
納得したようにユキが頷く。
バレてしまえば情報収集どころではないということを理解したのだろう。
「さて、こんなに大きな都市だし、情報をした集めるなら別々に行動した方が効率は良いんだろうが……」
「えー……」
ノアの言葉にユキが露骨に眉を顰める。
それを見たノアは苦笑しつつ、自分の言葉を否定した。
「どうやらお前は特殊な存在らしくてな。敵がいた場合、騙されて利用されれば世界が危ういかもしれないんだ。だから効率が悪くても別行動なんてしないさ」
「良かったぁ」
今度は露骨に安心した表情だ。
目が覚めた瞬間に目の前にいたというのはあるが、これはあまりにも懐きすぎではないだろうか。
ノアとしては都合がいいので助かるのだが、やはり疑問は尽きない。
ユキは何者なのか、何故創造神はユキを隠そうとしたのか、何故ノアにここまで懐くのか……
(……こういうことは考えていても仕方ないよな)
どうせ今解決できる問題ではない。考えるだけ無駄な時間を過ごすだけだ。
「それじゃあ情報収集、スタートだね!」
「ああ」
元気なユキと少し考えつつ返答するノア。二人は街に入り、情報収集を開始した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
街に入ってすぐに二人はその違和感に気づく。
いくら街の端とはいえ、1000万人が暮らしているだけあって人はかなり多く見かける。
人々の活気もある。
ただ……
「なんというか……」
「ああ、どこか機械的だ」
人々の動きがおかしい。
まるで同じ動作を繰り返すように動いている。
一瞬魔導人形かと疑う程にはその動きに違和感があったが、ノアの世界眼は彼らが紛れもない人間だと認識している。
訝しみながらも二人は更に歩く。
このような状態になっているのはここの一帯だけかもしれない。この状態の人々が相手では情報を集めるのは困難なので二人は街の中心地に行き、普通に生活できている人間を探そうとする。
「だめだな。ここも人間がおかしい」
「魔族も似たような感じだね。この人達に一体何があったのかな……」
まだまだ中心地までは遠いとはいえ、しばらく歩いても人々はずっとこの状態だった。
これではまともな情報は集まらない。
「……結界を挟んでいても通るかは解らないが、一応報告しておこう」
「もしかしてガロンおじさん?」
「ああ、あいつもずっと遺跡にいたから何か知っているとは思えないが、情報の共有は大切だ」
ノアは『念話』を使用し、ガロンと通信を繋げようとする。
だがやはりというべきか、その通信は結界によって弾かれた。
「面倒な……はぁ……」
通信しようとする度に創造の権能を使わなければならないのだからノアの溜息も仕方がないものだと言えるだろう。
仕方なく創造の権能を使い、結界を貫通させて通信を繋げる。
【む?ノアか。どうした?】
『念話』を通してガロンの声が聞こえたため、ノアはユキとも通信を繋げ、会話に参加できるようにした。
【久しぶり!ガロンおじさん!】
【おお、ユキか。二人とも息災のようだな】
【ああ。だがちょっと……どころか結構看過できない問題が発生してな】
いつ通信が結界に遮断されてもおかしくないので、とりあえず本題を先に言うことにする。
【問題……?もう貴公らはグラエムへと着いた頃合いだろうが、そこで何かあったのか?】
【そうだ。人間や魔族が元気に生活しているというのは大丈夫なんだが、彼らの動きがあまりにも機械的すぎる】
【……理解に苦しむな。もう少し詳しい説明を求む】
とは言うが、これ以上詳しい説明もあまりないので、ノアはもう少しだけ要点を掻い摘んで説明する。
それを聞いたガロンは次第に声色を険しくし、現在起きている事態の可能性を指し示した。
【あくまでも可能性の話だと理解した上で聞いてくれ】
【何か思い当たる節があるのか?】
【ああ。こちらでの調査だが、界滅爪は十中八九人工的に造られた、所謂世界を滅ぼす装置だ】
【っ……!】
その可能性はノアも考えていた。
だがやはり自身よりも強いガロンの口からその可能性を聞くと確信を持ってしまう。
【……だが、それとグラエムについてなんの関係があるんだ?】
【確証があるわけではない。だが世界の滅びが人為的に行われている以上、グラエムの異変も界滅爪に関係する存在による仕業の可能性は十分に考えられる話だ】
確かにこれを偶然で片付けるのは無理があるだろう。
ノア達は界滅爪とこの異変に関係があることを踏まえた上で行動する必要があり、場合によっては街中での戦闘すら有り得る状況となる。
そうならないように、あるいはそうなったとしても人々を巻き込まないように立ち回ることを要求される。
【解った。俺達も敵がいると想定した上で動こう】
【まかせて、ガロンおじさん!】
【ああ、そちらは任せよう】
これでとりあえず最低限の情報共有はできた。
あと話すならば今後についてだが……
【ああ、それと……はど……る?】
【ん?どうした?ガロン】
【声が……聞こえな……】
通信にノイズが入り始め、ガロンの声が聞こえづらくなってしまった。
結界によるものだ。
ノアが創造の権能で結界を一部書き換えていたのだが結界の自動修復の力が働いてしまい、通信を遮るようになってしまった。
【ガロン、こちらに異常はない。結界によるものだ。心配するなよ】
【あ……理解し……】
奇跡的に今の言葉の大部分は聞き取れたようで、ガロンは理解した旨を伝えてくる。
【で……また……】
【ああ、進展があったら報告する】
そうして遂に通信が完全に遮断されてしまった。
「……さて」
「どうする?街の中心に行く?」
ユキがそう提案するが、ノアはすぐには答えずに考え込む。
この異変すら人為的である可能性がある以上、目立ってしまえば敵に勘づかれるだろう。
逆にそれを利用して誘き出すということもできなくはないのだが……
「……とりあえず、目立った行動は控えることにしよう」
敵は異世界の存在の可能性が高い。
ノアとて同じなのだが、界滅爪などという超高次元の兵器を生み出していることからその強さや技術力は警戒しなければならない。
迂闊に敵を誘き出そうとするとそのまま押し切られてやられるかもしれない。
「とりあえずは街の外縁から見て回ろう。何か違いがあれば言ってくれ」
「うん!」
二人は道を変え、人々の間をすり抜ける。
人間も魔族も、誰も二人のことを認識していないようだった。
これもノアが不気味に思った要因だ。
それに……
(人間と魔族はいるが、獣人と精霊は見かけないな……)
単純に住んでいる地域が違うというだけかもしれないが、人々が手を取り合っていることから住処が完全に別れているのは少し違和感を覚えた。
とりあえず、敵に見つからないためにも時間をかけてでも都市外縁を周回するしかないだろう。
正常な人々を探すために、二人は歩き出した。
人々に、一体何が───




