8.結界門
遺跡を出てしばらく経ち、二人はグラエムまであと少しというところにまで差し掛かっていた。
話し相手ができたことでノアもこれまでよりは幾分か楽しそうにしている。
これもきっとユキの性格がノアに影響を与えているのだろう。
そんなノアだが、ユキとの二人旅ではずっと驚いてばかりだった。
何故なら、ユキの成長が驚く程早かったからだ。
外見が変わったわけではなく見た目は子供のままだが、数日で精神が大きく成長した。
根本である天真爛漫な性格は変わっていないが、考え方にはそれなりに変化があり、話す時も理性的になることが増えた。
その精神はもうすでに10代後半程にまでは成長しているのではないだろうか。
しかもそれだけではない。
ユキはその強さも普通ではなかった。
屍達と対峙した時に本人たっての希望でユキも戦ったのだが、ユキはどこかから白い刀を取り出して屍の群れを一太刀のもとに斬り抜けたのだ。
現状のノアよりは少し弱いかもしれないが、そもそも権能を所持しているノアと比べるのがおかしな話であって、その強さはこの世界では最上位クラスになる。
どうやら魔法は一切使えないようなのだが、これ程までに戦闘に適性があるのならノアとしてもありがたい限りだろう。
「……さて」
ノアは頭の中に世界地図を展開し、現在の位置とグラエムの位置を確かめる。
「あと数日といったところか……」
「どうする?数日ぐらいならそのまま行ってもいいんじゃない?」
ノアもユキも普通の人間ではないため、食事も睡眠も排泄も必要のない身体だ。
休憩を取らずともグラエムまで突き進むことはできる。
というか実際、ノアはあの遺跡まで一切休憩せずに進んでいたので、突き進むことには慣れているだろう。
「いや、休憩しておこう」
だが、ノアはその選択肢を取らない。
ユキがいるから、という面はやはり大きいだろう。
ただ、今回はそれだけではなく、別の理由も絡んできている。
「俺だってお前とガロン以外の意思疏通が可能な存在と会ってないんだ。グラエムの総人口はかなり多いし、全員が全員、良い奴だってことはないはず」
この世界の住人がどのような存在なのかを二人はちゃんと理解しているわけではなかった。
故にどれだけ強くとも、慎重になるのは必然的だ。
追憶神の記憶では世界の危機に立ち向かおうとあらゆる種族が団結したらしいが、意思のある生物である以上必ずどこかで対立したり、負の感情が生まれることがある。
ノア達は本来なら死ぬはずの大地から来た存在だ。
そんな奴らなど悪い方向に捉えられるに決まっている。
戦闘にすらなるかもしれない。守るべきこの世界の人々と。
そうなってしまった場合、ノア達は加減をして殺さないようにしなければならない。
それについて準備が必要だとか、そういったことはないのだが、集中力を切らしていれば加減を間違えて殺してしまうことすらも有り得る。
故に慎重にならざるを得ないのだ。
「体制を整えてから出発しよう。入るのにも苦労するかもしれないしな」
「そうだね。ノアくんの言う通りにするよ」
そうして二人はしばしの休憩を挟み、再度グラエムへと出発するのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
最終都市、グラエム。
そこは巨大なドーム状の結界の中に形成されている街で、結界の範囲はとても広大だ。
何せ、生物の全てがこの結界の中で完結しているのだ。
知的生命体である人間や魔族が住む街や、農作物を育てる畑。牧場なども含めた生活に必要な全ての要素が含まれている。
そしてその結界だが、結界の外の死の概念を受け切っているだけあって想像すら難しい程頑丈だ。
それもそのはず。
半透明の分厚い結界は神々が構築した生物の生存をかけた最後の砦なのだから。
地上の生物を守るために創造神を代表とした神々がその権能をフルで行使し、この結界を創った。
そんな結界を破ることはまず不可能だし、できたとしてもそれで生物が滅んでしまっては意味がない。
故に、ノア達は結界内に入る術を模索する他なかった。
「これが神々の結界ねぇ……」
「うーん……結構頑丈そうだよね……」
追憶神の記憶によるとこの結界が構築されてから二千年の月日が経つらしいが、その間結界の出入りは一切起こっていないようだ。
つまり、ここに入ろうとした存在も、ここから出ようとした存在もいないということ。
ノア達が初めてなのである。
ノアが破壊や終焉の権能を本気で使えば通れるだろうが、そんなことをすれば結界の一部が消滅してしまう。
そうなってしまえば死の概念が街に流れ込み、最終的には全生物が死滅するだろう。
ただ、神は必ずそうならないための策を用意している。
「ユキ。この場所からグラエムを時計回りに進もう。その先に面白いものがある」
「面白いもの……?」
ノアは追憶神の記憶と世界地図から自身の位置と目的の場所を割り出し、その場所へと向かう。
丸一日移動を続けていると、その面白いものというものがようやく見えてきた。
「あれって……門?」
二人の前に現れたのは白銀の巨大な門だった。
そう、この結界にはたった一箇所だけ内と外を繋ぐ門があった。
それが今、二人が目の当たりにしているあまりにも巨大な門である。
「どうも結界門という名前らしいな。そのままの存在だが、こいつの存在がグラエムを安全な場所へと変えさせているみたいだ」
この結界そのものは魔力を含めた全ての力を通さない鉄壁をも上回る防御性能を持っているが、逆に言えばそれしか取り柄がない。
だがこの結界門は違う。
この門は、あらゆることができる弁と言っても過言ではないだろう。
大地に蔓延する死の概念を完全に堰き止め、そこから得られる微弱な魔力のみを吸収する。
その魔力を使って結界を維持したり、結界内の大地を自然豊かな土地にしたりと、その大きすぎる役割を二千年間もこの門一つで担っている。
ここまでの芸当ができるのは、流石は本物の神といったところか。
「えっと……ここまで来たのは良いんだけど、ここからどうやって街に入るの?」
現状、門は固く閉ざされており、虫一匹も通れる隙間はない。
人間サイズである二人が今の状態のままこの門を通れる道理はなかった。
だが、この門には先程の特性がある。
「門に……というかは結界の内側にとって害悪にならないと判断されれば自動的に通れるはずだ」
「でもそれって……」
「ああ、確証はない」
「えぇ……?」
力ずくで門を突破するわけにはいかない以上、取れる手段は大幅に狭まってしまう。
となれば残された方法は運にすら左右するようなものしかないのである。
「大丈夫だ。平和を害そうとする意思がなければきっと内側に入れる」
ノアは門に近づき、手を触れる。
触れた瞬間、ノアと門の間には白銀色の雷がバチバチと迸り、ノアの身体を容赦なく焼いた。
「ノアくん!」
「じっとしてろ、ユキ」
ノアは雷に身体を焼かれつつも冷静に言葉を返す。
その手をぐっと押し込むと、先程までぴくりとも動かなかった重厚な門が大きく震撼した。
「え!?」
二千年間、何人たりとも通さなかった結界門が、遂に開かれようとしているのだ。
「くっ……」
だがそれに抵抗するように白銀の雷は威力を増し、ノアの身体どころか彼の魂まで侵食を始める。
これには流石のノアも耐えきれずに小さく声を漏らした。
ゴゴゴゴ……と重い音を響かせながら更に大きく門が震え、それに伴って死の大地までもが地震を起こす。
雷の抵抗も激しくなり、ノアの魂は行為力の雷によって何度も撃ち抜かれる。
だが、ノアはその程度で滅ぶ器ではない。
それに───
「あの遺跡の扉の方が───何倍も重かったぞ!」
今、結界門によって試されているのはその器と精神だけだ。
死の大地で生きていられることが最低条件とはなるが、別段力を持っていなくとも雷を受け切る魂と精神力があれば誰だってこの門を開けることはできる。
だがあの遺跡の扉は神々の権能を使ってもなお開けるのに数十分もかかった代物だ。
文字通り、次元が違う。
ユキは滅ぼされたり、悪用されれば世界そのものが終わる。
だがこの都市が滅ぼされても、世界が存続している限りは立て直すことができる。
創造神もきっとそう考えていたのだろう。
神としてはその考えは良くないというのはノアにも解る。だがそれでも、神である以上は守り、救う対象にも優先度をつけなければならないのだ。
故に───
「この門は───弱い」
最後にぐっと力を込めれば、その巨大な門が完全に開け放たれた。
奥にはグラエムへと続く道が見える。
門を開けてしまえば死の概念を防げなくなるのではないかとも一瞬考えたノアだったが、それは有り得ないだろうと自身の中で結論づける。
ここは門であり、結界そのものの位置ではない。
つまり、門である以上は開けられることも視野に入れて創っているはずだ。あの創造神がそこまで頭が回らないはずがない。
ノアは傷を負った魂と雷に焼かれた身体に再生の権能を使いつつ、巨大な結界門をくぐる。
先程嫌という程抵抗したからか、今度は何の抵抗もなくすんなりと通ることができた。
それを確認した後、ノアは振り返ってユキを呼ぶ。
「ユキ、行くぞ」
「え?あ、う、うん!」
ノアはもう一度前方を見て、遠くにある街を確認する。
「あれが、最終都市グラエム……」
あそこで界滅爪の情報を得ることができれば良いのだが、とノアは思いつつも、その口角を少しだけ上げた。
滅びを通さぬ神造の門───




