7.憶測
ユキが目覚めてからしばらく時間が経ち、話すことにも慣れてきた。
あれからノアとガロンはユキの話を聞いたが、どうも名前以外は思い出せなかったようだ。
それに関してはノアも似たようなものなので無理な詮索はせず、これからのことを話し合うことにした。
「この世界が今、どのような状況に陥っているかはある程度理解しているつもりだ」
ガロンのその言葉に、ノアは訝しむ。
「……お前程の力があれば界滅爪に歯向かうことぐらいはできた気がするんだが?」
「彼女を守る役割を放り出すわけにはいかぬ」
「まあそれもそうなんだろうが……」
どういったものかは解らないが、ユキを悪用されれば今よりもなお酷い状況だったかもしれない。
それを考えるとガロンが界滅爪と対峙しなかったのはある意味賢明な判断だといえる。
創造神が他の神々にさえ秘匿していたことから、ユキが一体どれ程重要な存在かはノアもガロンも十分に理解している。
「ねぇねぇノアくん!」
「ん?どうした?ユキ」
少し話している内に元気になり、見た目相応の態度と笑顔で話しかけてくるユキ。
実際、誕生してから殆ど眠っていたことから精神年齢は見た目相応なのだろう。
そんな子供の反応に悪い気はせず、ノアは話に乗っかる。
「ノアくんは旅をしてるの?」
「あー……」
ユキの純粋な質問だが、別に間違っているわけではない。というかむしろ正しい。
あくまでも世界を救うための、という前置きが入るが、旅ということに変わりはないのだから。
「旅はしてるな。世界を救うための旅だ」
「世界を……?」
首を傾げ、疑問を浮かべるユキ。
薄紫色の瞳は純粋にノアを見つめる。
「世界は今、危機的状況に陥っている」
ガロンが説明を引き継ぎ、片膝をついてユキと視線を近づける。
そもそもガロンは長身のノアよりも更に大きく背が高いため、身長の低いユキと目線の高さを合わせるためにはこうするしかなかったようだ。
「危機?なんでそうなってるの……?」
「この世界の外側から、世界を滅ぼそうとしてくる敵が現れたからだよ」
ノアは怖がらせないように優しく微笑みかけながら言った。
「ユキよ」
「なに?ガロンおじさん」
「おじさんって……ふふっ」
偽神に対しておじさんと言ったユキに吹き出すノアだったが、当の本人であるガロンは真面目にユキに語りかける。
「世界を救うために、ノアと共に行動してくれないか?」
「ノアくんと?いいよ!」
即答であった。
ユキは何故かノアに懐いている。
動物の赤子が初めて見たものを親と認識する刷り込みの一種なのか、別の要因があるのかは不明だが、これから行動を共にするにあたって、ノアに懐いてくれるのは良いことだ。
ユキが世界を救うために重要な存在なら、同じ目的を持つノアと行動した方が絶対に良いのだから。
「ん?だとしたらお前はどうするんだ?」
ノアがガロンに疑問を投げかける。
ガロンはユキを守るために創造によって創られた存在だ。
そんなユキがノアと共に行動する以上、ガロンは別行動するということになる。
「なに、役目は終わったが、世界のためにまだできることは大量に残されているだろう?」
「つまり……」
「迂闊に手は出せんからな。界滅爪の偵察にでも出るとしよう」
ノアは界滅爪の指のひとつの外壁にまでしか行っていないので、ガロンはより詳しく調査するということだろう。
実際、ガロンの力があれば周囲の屍は烏合の衆でしかなく、仮に界滅爪を管理するような存在が現れたとしても一瞬でやられることはないはずだ。
少なくとも撤退する程度の時間稼ぎは可能だろう。
「それならそっちの情報管理はしばらく任せるよ」
「ああ。それはそれとして、貴公らはどうするのだ?」
「一度グラエムってところに行こうと思ってる。あそこは生物が唯一生息している都市だ。何かしらの情報は得られるかもしれない」
「なるほど、了解した」
ふたりが今後のことを決めていると、ユキが頭を抱えだした。
「うーん、話が難しいよ……」
ユキは精神的に幼いので、どうも話についてこれないらしかった。
「……俺達はグラエムっていう人間が住んでる街に向かうんだ。そこで世界を滅ぼしてしまう存在について情報を集めたい」
「私はその存在そのものを見てこようと思ってな」
噛み砕いた説明をユキは理解したようで、明るい笑顔を見せた。
「わたしはノアくんと一緒に街に行くんだね!」
「そういうことだ」
ノアにはこれほどまでに天真爛漫な性格をしているユキが、世界の命運を左右する存在であるとはとても思えなかった。
ノアはユキについて考えるが、どうも結論は出ない。
(そもそもユキは創造神が創った存在なのか……?)
ノアの憶測では、世界創造と全く同じタイミングでユキが生誕し、世界の致命にもなり得るユキという存在を慌てて隠し、守るためにガロンを創った……
そう考えるのが最も自然な気がするのだ。
どういう点で世界の致命や救済になるのかは全く解らないが、創造神ですらも彼女の生誕は意図していなかったのでないだろうか。
(……変に考えていても解ることではないな。まず考えるべきはただひとつ、俺は彼女を利用してでも世界を救わなければならないということ)
やはり幼い少女を利用するのはノアにとっても気が引けるというのは変わりない。
だがそれでも、強い意志でそれをしなければならないのだ。
「ノアよ」
「……何だ?」
ガロンがノアの頭に手をかざし、ひとつの魔法を脳内に伝達させる。
(これは……)
その魔法は『念話』。どの権能にも属さない、基本魔法というものに分類される一般的な魔法だ。
【これで離れていても会話ができる。基本的に情報はこれで伝えよう】
【そう、か……解った】
グラエムと界滅爪は最短距離でもかなり離れている。
故にこの魔法は情報伝達手段として必須だ。
【ああ、それと、この魔法も教えておこう】
次にノアの脳に刻まれたのは『空間転移』という魔法だった。
魔力場を記憶している場所に転移できる便利な基本魔法のひとつだ。
「……感謝する。ちなみにこれは使用者以外にも?」
「作用する。ここから出るのには便利だろう」
この遺跡は砂漠の地下深くにある。数時間も階段を登り続けるよりは格段に便利だ。
とはいっても、これを使って外に出ることができるのはノアだけだ。
使用者以外にも作用するのであまり関係はないが、ガロンもユキもここから出たことがないのである。
「ここも凄いことになってるし、もう出るか」
現状、この大広間はノアの破壊とガロンの終の呪いによってボロボロになっていた。
空間として形を保っているのが奇跡とも言える程度には崩落しかかっている。
「な、なんか崩れそう……」
「そうなる前に外に行こうか。『空間転移』」
ノアはユキとガロンの手に触れ、魔法を行使した。
三人の視界は一瞬で白く染まり、次の瞬間には遺跡の外……砂漠に出ていた。
「わあ……!凄い!」
外に出ることができたからか、ユキが大いにはしゃぐ。
その隣でノアは深刻な表情を浮かべていた。
「ふむ。どうした?ノアよ」
「死の風が……強くなっている……?」
地下であれ死の大地であるという点は変わらないため、ノアはふたりが地上でも問題なく活動できるということは確信していた。
だが、ノアが遺跡に入る前よりも吹き荒れる死の概念を孕んだ風が強くなっていたのだ。
世界の寿命が少なくなっていることが要因なのか、あるいはガロンとユキに関係があるのかは何ひとつ解ることはない。
とはいえ、放置したままでいるわけにもいかない変貌だった。
「……ユキ。できるだけ早くグラエムまで行くぞ」
「え?う、うん」
「それなら私も調査を急ぐとしよう」
ノアとガロンは向き直り、互いを見つめる。
「じゃあな、ガロン」
「別れなど不要だろう。どうせまたどこかで会う」
「はは、それもそうか」
ふたりは無言で背を向け、歩き出す。
ノアはグラエムの方向へ。ガロンは界滅爪の方向へと。
ユキはノアの隣に並び、笑顔を崩さずに共に歩く。
ノアとユキの、荒廃した世界での二人旅が始まった。
死の大地での二人旅───




