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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
1章.神々の使者編
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5.相応しき者

「……聞いてもいいか?」

「好きにするが良い」


数々の疑問がノアの脳を埋め尽くす。


そもそも、この場所が不可解なのだ。


ノアの目の前にいる黒甲冑が偽神だということを除いても、あまりにもおかしなことが多すぎる。


「何故、創造神はお前を偽神として創造した?」

「……ふむ」


だが、これが一番の疑問だ。


「俺の考えでは創造神は世界と他の神を創った。なら、お前のことも偽神ではなく、れっきとした神として創造することもできたはずだ」


その言葉に、黒甲冑……朱天偽神ガロンは頷いた。


「確かに、貴公の考えは正しい。だが、同時に正しくないのだ」

「どういうことだ……?」


一部分が正しくてその他は間違っているということだろうか。あるいは、その考えそのものが……


「確かに、アスティリア様は私を神として創造することは可能だっただろう。だが、あえてそれをしなかった。それは何故か」


ノアはいくつかの考えを思い浮かべる。


だが、そのどれもが腑に落ちる内容ではなかった。


「解らぬようだな」

「ああ……この場所のこともそうだ。何故追憶神の記憶にない場所を創ったのかも解らない……いや、まさか……?」


ノアの頭にひとつの考えが浮かぶ。


「……創造神は……ここにある何かを守りたかった。それこそ、神々も手出しできないように」

「なるほど、貴公は聡明だな。この場所に関しては大まかにはそれで正しい」


だが、あの創造神が他の神々を信用していないとはノアには到底思えなかった。善の思考の塊のような神が、疑り深く警戒するとはとても……


「そうか、順序が違うのか」

「……そこまで辿り着くか。これはまた、末恐ろしい」


創造神は世界を創造し、そこにあらゆる概念を付け足すためにそれぞれの権能を持つ神々を創造した。


だが、それ以前に世界に守るべき部分……ウィークポイントがあったとしたら、彼女は神々の創造よりもそちらを守ることを優先するだろう。


「その世界にとっての致命的な弱点こそが……この場所、ということか?」

「惜しいな。まあ殆ど正解と言っても差し支えないが」


ガロンは玉座から立ち上がり、後ろの祭壇に向かう。


ノアもそれに続き、祭壇まで足を運んだ。


そこにあったものは上部がガラスのような透明な物質でできている棺だった。


そして、その中に……


「女の子?」


その棺の中で眠っていたのは薄紫がかった銀髪の幼い少女だった。


「ああ、そして、彼女こそが、世界の致命となりうる存在だ」

「それは、一体……」


ノアの眼にはただの少女にしか見えない。それほどまでに高度な偽装が施されているのか、あるいは……


「貴公の魔眼が阻害されているのは私の魔力が空間を満たしているからだ。これがなければ結果は変わっただろうが、生憎とこの魔力を弱めるわけにはいかぬ」


ガロンの言葉にノアは納得する。


遺跡の外でも世界眼が阻害されたのだから、隣にいる今、その力はより強く効果を発揮する。


そして、神々や他の存在からこの少女を隠すために、その魔力を解くわけにはいかないということなのだろう。


「……この子が世界の弱点とは言うが、一体何者なんだ?」

「それは私にも解らぬのだ」

「は?」


ではこの偽神は何者かも解らない存在のために三億年も守護を続けているということなのか。


ただ、そうなると彼女が何者なのかを知るのは創造神のみということ。


世界の弱点ならば一刻も早く対処をしなければならないのだが、世界はこれでもいいのだろうか。


ノアは様々な思考をするが、これに関しては自身だけで解決できる問題でもない。


「……ただ、ひとつだけ私にも解ることがある」

「それは?」

「彼女はこの世界の弱点であると同時に、世界を救う力となるということ」

「それはつまり……」


悪用されれば世界が滅び、正しく導けば世界を救う。


この少女が正しい道を歩めるかは、周囲の存在にかかっている。


なら、それを導くのは……


「貴公には、覚悟はあるか?」

「……何の?」


何となく解っていながらも、ノアは聞き返す。


ガロンの意思は初めから一貫している。この少女を、この場所を守り続けることだ。


そんな彼が、覚悟をノアに問いかけている。


「世界を救うために、この少女を利用する覚悟だ」


人によってはそれを非人道的だと考えるだろう。


幼い少女を利用するということ自体に忌避感があるというのは別におかしな話ではない。むしろそれが正常と言っても間違いではないだろう。


ただ、ガロンの話が真実ならこの少女は世界の創造と同時に誕生したはずだ。


そしてそれを誰にも悟られないために、創造神は神々を創造する前に偽神であるガロンを創造した。


ノアに与えられた追憶神の記憶に穴があったり、世界の地図に違和感を覚えたのも創造神が意図的に介入した可能性が高い。


全てはきっと、この時のために。


ノアとこの少女を出会わせるために。


それならば、ノアの答えは決まっている。


「覚悟なら、ここに来る前にしてきたよ」


あの屍の地獄の中で、ノアはすでに決意していたのだ。今更それを聞かれても、意思が変わることはない。


その返答を聞いたガロンは、途方もない朱い魔力を徐々に解放していく。


それは空間を灼き、この遺跡自体を震撼させた。


「ぐっ……」


ノアも魔力を解放させて必死に耐えるが、今の状況では無力に等しい。


それ程までにノアとガロンでは力の差がある。


ガロンは偽神であってれっきとした神ではない。


だが、その力だけならば、きっと神々すら凌駕しているだろう。


ただ権能を授かっただけのノアでは話にならないのだ。


「貴公の名を聞こう」

「……ノアだ」


悠然と聞くガロンに対し、険しい顔をしつつ言葉を返すノア。


二人は互いに強い魔力を衝突させているが、当然の如くノアが圧倒的に押し負けている。


「ではノアよ。その覚悟が口先だけではないことを証明してみせよ。貴公の覚悟が本物なら、その魂を以て私に抗え」


ガロンの右手に夕闇色の魔力が輝く。


その魔力量は膨大で、手に集まった魔力だけでもノアの総魔力量に近しい魔力が収束していた。


「ッ!?」


あれを食らえば死に直結すると直感的に感じたノアは神々の権能を感覚のみで使用する。


まだ権能をちゃんと理解できていない以上、当然効力は低い。だがそれでも複数の神々の権能を併用しているので、不完全であろうとも途轍もない防御力を誇る結界を張ることができた。


「『朱き終の呪い(アルデ・レヴェリガ)』」


ノアの張った結界に、ガロンは正面からぶつかりに行く。


突き出された右手に宿る呪いは文字通り空間を朱く染め、終に至らせた。


ノアの結界も僅かに抵抗するが、その呪いの前には無力。


ガロンの朱き夕闇に染まった右手は空間ごとその結界を腐食させたのだ。


「チッ……!?」


強制的に結界を解除させられたノアはその場を飛びのき、回避しようとする。


「躱そうと我が呪いの前には無力」


確かにノアはガロンの右手を避けた。だが、ノアを襲うのはその右手だけではない。


空間そのものがノアの身体や魂に食らいつく。


「な、これは……!?」

「私の朱き呪いは空間を腐食させ、我がものとする。今やこの空間そのものが私の身体なのだ」


この大広間を満たしている空間は、全てガロンの攻撃の手となる。


一瞬でノアを殺せていないということは流石に本体ほど攻撃力があるわけではないようだが、それでも少しずつ魂は疲弊していく。


「ふむ……どうやら貴公は神々の権能を継承しているようだ。それならば、この戦いでそれを扱えるようになれ。でなければ───」


ガロンはそこで言葉を切り、ノアに向けて右手を向ける。


「───それができないようならば、潔く命を捧げよ」


次の瞬間、ガロンの右手から夕闇の閃光が放たれる。


その速度は光速に等しく、瞬間的にノアの左半身を消滅させた。


「がぁッ……!?」

「今のを見切るとは、想像以上だな」


ノアは咄嗟に右に飛んでいた。先程、ガロンの右手に夕闇の光が宿った時と同じような嫌な予感がしていたのだ。


だからこそノアは直感的に、恐怖の本能に従うように躱そうとした。


だが、躱しきることはできなかった。


「再生の権能を使え。貴公はそれを持っているはずだ」

「ぐっ……」


ノアは手探りでで再生の権能を使用する。屍を浄化した時に使用しているのでそれを応用すれば半身を失った程度ならすぐに再生ができる……はずだった。


だが、ノアの左半身は再生しない。それは何故か。


今の閃光はガロンの右手と同様、終の呪いを───腐食の力を持っていた。


原因はそれによるものだ。


そもそも再生の権能を使用していなければ終の呪いはノアの身体を蝕んでいき、最後にはノアの身体を全て朽ちさせてしまうだろう。


権能を使用した時点で腐食は止まっており、少なくとも朽ち果てることはなくなった。だが同時に再生することもない。


終の呪いと再生の権能が打ち消し合っているのだ。


「権能でも……治せないじゃねぇか……」

「それは貴公が権能の使い方を理解していないだけのこと。貴公が譲り受けた権能ならば、それを完全に再生させることなど容易だ」


再生神そのもの程の権能がなくともこの程度の呪いなら消し去れるらしい。


「権能の使い方を学べ。でなければ、貴公がこの少女を導くに相応しいかの判断などできぬ」


ノアは己の魂の深層に意識を集中させる。


そこには九つの力の根源があり、それらはひとつを除き、同程度の力を発していた。


創造、破壊、終焉、未来、追憶、反転、整合、そして再生。


ノアは再生の権能を注視し、その深淵を覗こうとする。


今ノアを蝕んでいる終の呪いを上回る再生が、きっとこの力の中にあると信じて。


だが、どうにも上手くいかない。


世界眼で権能を探ろうとしても、一定以上の深さまで潜ることはできないのだ。


「……再生と創造の権能は近しい。故に底が見えないのだ。今の状況を打破したくば、別の権能を使うと良い」


ガロンがそう言うが、ノアにはその意味が理解できない。


半身を消失しているのなら、再生させるのが当然だという固定観念があるが故に。


「私の呪いは終焉の権能とよく似ている。私の力を再生の権能で消滅させるのは非常に難しいだろう。何故なら、再生と終焉の権能は対を成すからだ」


そう、権能は反転と整合のふたつを除き、対を成す。


創造は破壊と、未来は追憶と、そして再生は終焉と。


権能にも相性というものが存在している。


再生と終焉は相反する権能が故に、互いに効力を及ぼしにくい。


だからこそ、ノアの使う再生の権能ではガロンの終の呪いと打ち消し合ってしまうのだ。


「貴公は終焉の権能も所持しているはずだ。今の再生で治せないのなら終焉の権能を使うといい。『終』を以て、『終』を制せ」


ノアは黒い影を纏う終焉の権能に迷わず手を伸ばす。


ノアの持つ終焉の権能は終焉神のそれには及ばない。


終焉神の権能の一部を分け与えられているのだからそれは当然だろう。


だが、その性質は全く変わらず、一切の永遠を許さない。


再生と終焉は対だ。何かが誕生すれば、何かが終わる。


故に永遠など存在しない。終焉神の権能がある限り、全ては終焉に収束する。


逆に、終わり続けるということも起こり得ない。それは再生と生誕の理に背くからだ。


誕生し、終焉するならば、終焉し、誕生するのもまた運命。


つまり、終わりにも終わりが存在している。


なら終の呪いを終焉に導けばいい。


終焉の権能であれば、それすらも可能なのだから。


ノアは新たに得た終焉の権能にて終の呪いを更に深い『終』へと至らせる。


そうしてその呪いを全て消し去り、失った半身そのものは再生の権能で蘇らせた。


「……ふむ、助言したとはいえ、こうも早くものにするとはな」

「感謝してるよ、ガロン。お前のおかげで気付かされた」


きっとこれが終焉の権能の本来の使い方なのだろう。


終焉神とて、世界を想っていた。世界が終焉に至らないように、終というものを終焉に導いていたのだ。


「今しがた得た力で肉体的に潰える可能性はかなり減っただろう。だが、魂は耐えられるか?」


再度ガロンの右手に集う朱き魔力。しかしそれに内包される魔力量は先程と比べても規格外だ。


ノアはいつどの瞬間でも動けるように警戒する。


あの魔力の前では防御など無意味だ。創造や再生の権能を行使しようと、ノアの権限では完封できるほど強固な結界を張ることなどできない。


故に、防御は初めからしない。防御を捨て、躱すことに全神経を集中させるのだ。


それができなければ死ぬ。ただそれだけ。


「……『夕滅の朱糸(アルガ・ガヴロン)』」


朱き魔力が物質として具現化し、それが瞬時に糸へと変貌する。


その糸は大広間の一角を埋め尽くし、この場はさながら朱き蜘蛛の巣のように周囲を覆う。


そしてそのいくつかはノアに向かって射出された。


「チッ!」


速度は先程の閃光の方が圧倒的に速い。


ただ、今回はその糸がいくつかの方向から襲いかかり、ノアが躱しても追尾してくる。更に躱した先には別の糸が張ってある。


この朱き蜘蛛の巣は着実にノアを追い詰めているのである。


ノアがいた場所には新たに糸が張られ、どんどん逃げ場がなくなっていく。


糸を切断することができればどうにでもなる。だがこの糸には先程同様、終の呪いがかけられている。


つまり、触れれば触れた部分が朽ち果てる。


故に迂闊に触れることはできない。


しかし、そうなればノアにとっては苦しい状況が続く。


まさに悪循環。


解決策が見つからず、ノアは逃げ続ける。


「先程も言っただろう。権能の使い方を学べ。そして権能の特性を理解しろ。それさえできればこの糸程度ならば圧倒できよう」


ガロンがそう言うが、ノアにはどの権能を使えばいいのかが解らない。


未来と追憶、整合はまず除外ができる。だが権能にも相性があると理解したため、どの場面でどの権能を使うかが未知数なのだ。


また終焉を使う手もないわけではない。だが───


(練度が低すぎて自身以外に作用できない……!)


ノアの終焉の権能は終焉神に比べて効力や発動できる対象に制限がある。


自身にかけられた呪いを終焉させることはできても、まだ触れていない状態の糸に対して同じ効果を発揮することはできないのである。


触れれば大きなダメージを負い、一瞬程度は硬直するだろう。そうなれば他の糸が容赦せずに襲ってくる。


逆に触れなければこの状況が続き、最終的には確実にやられてしまう。


故に、糸を切断しつつガロンに近づいていく他に手はない。


それを実行するためにはどの権能が必要かを吟味する必要がある。


そう、一瞬の油断も許されないこの状況で、だ。


(終の呪いの前には創造は殆ど意味をなさない。再生も拮抗して、最終的には俺が弾かれるだろう)


ノアの持つ再生の権能の強さでは少し拮抗できても切断できるまでには至らない。ガロンの終の呪いでできた糸の方が遥かに強いのだ。


(未来、追憶はこの状況じゃ無力だ。整合も変わらず無理。ならば後は反転と破壊……反転は扱いが難しすぎてこの状況ではとても使えない)


ノアは思考を続けているが、その間にも糸はノアを捕らえようと襲ってくる。糸を躱しつつ難解な権能を行使するのは事実上不可能だった。


(じゃあ使い物になるのは破壊……)


終焉と破壊は似ているようで違う。


どちらも物質を滅ぼす力を持っているが、その過程があまりにも別物なのだ。


終焉は強制的に物質の寿命を迎えさせて滅ぼす。


破壊はその物質に内包されている破滅因子を暴走させて滅ぼす。


ここに大きな違いがある。


より短時間で簡易的に滅ぼすには一体どちらが有効か───


その答えは簡単だ。


(この状況を打破できるのはきっと破壊の権能……だが、今の俺には触れなければ俺以外の物質に作用できる力がない)


故に糸を直接滅ぼすという芸当は不可能だ。


つまり、この権能ですら無力───


(───いや、違う。方法ならある)


物質の破滅因子を暴走させて滅ぼすのなら、破滅因子を飽和させた物質に、触れた別の物質を滅ぼす力を与えればいい。


「これが、糸口か」


問題があるとすれば、その破滅因子の飽和に耐えられる物質だ。


そんなものはこの場所にはない。


だが、ここにいるのは八神の権能を与えられたノアだ。


「ないなら、創ればいい」


ノアは創造の権能を行使。糸を躱しつつも破滅因子にすら耐えうる剣を創造する。


それは何の変哲もない無骨な銀色の剣。普通の剣と違う点があるとすれば、それは破壊の権能に耐えることに特化した耐久力だろう。


他のことになら普通の剣と何ら変わりないが、破壊に耐えるという点においては規格外の力を発揮する。


ノアがその剣に途轍もない程の破壊の権能を込めると、剣は紅く輝き、空間を揺らすようにカタカタと振動した。


「それは───」

「……フッ!」


最終的に完全に滅ぼすのは破壊よりも終焉の方が向いている。その存在を『終』に誘うからだ。


だが、剣が触れる瞬間程度の超短時間においては終焉よりも破壊の方が圧倒的に強い。


「はあッ!」


ノアが紅き剣を振るうと、ガロンの張った終の糸が切断された。


「ほう……?」


ガロンはその結果に感心する。


ガロンは神の権能を所持しているわけではないが、その理解については神々の次に深い。


故にどう対処すれば自身の力を圧倒できるのかをよく理解している。


だからこそ、先程はノアに助言していた。


今回も答えに辿り着けないようならまた助言をする気でいたが、ノアは自分でその答えを出してしまった。


それ故の感心だ。


「よくその結果に辿り着いた。だがそれだけでは私の糸を全て対処するのは不可能だ」


ガロンから伸びる糸の数が数倍に増え、ノアの周囲を繭のように覆う。


現状のノアでは破壊の剣を創れるのは一本のみだ。それ以上は破壊の権能を抑えられず、暴走してノア自身に襲いかかる。


ノアが糸の対処に使えるのはその一本の剣のみ。つまり、手数が足りない。


だがそれでも───


「なッ!?」


紅い剣閃が奔り、繭がちりじりに破壊される。


「───剣一本で手数が足りないなら、その分剣を速く振ればいい」


ガロンの驚愕と共に朱き糸が動きを止め、訪れる一瞬の静寂。


ノアはその剣をガロンに向け、言い放った。


「そろそろ認めてもらうぞ、朱天偽神ガロン」


終の呪いと破壊の権能、強者はどちらか──

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