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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
3章.神域試練編
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19.整合神ガルヴェイム

二人の戦いは佳境に迫っていた。


整正剣の力は白雪によって失われ、整合神域も『創造彩色』によって半無効化されている。


ガルヴェイムにとって戦える手段は己の剣技と『光の剣戟』のみ。


ノアもそれを理解したのか、同じ手札だけで戦っていた。


『光の剣戟』を発動させていない斬撃が光速で火花を散らし、時折『光の剣戟』が閃光のように迸る。


剣技、速度は殆ど同じと言ってもいい。


違うのは『光の剣戟』だけだ。


光は整正剣よりも白雪から発せられるものの方が強く輝き、それに比例するように威力が底上げされる。


故に押しているのはノアの方だった。


(これでも加減されているのが解る……破壊の権能を使おうと思えば使えるはずだ)


ノアも決して手加減をしているわけではない。


確かに、『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』をはじめとした破壊魔法は使っていないが、それには理由があった。


(この速度の応酬だ。刹那にも満たないとはいえ、今の俺は『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』を使うのに僅かな溜めがいる。その隙を与えてくれる程、ガルヴェイムも甘くはない)


この速度では刹那ですらも致命的な隙となる。


何かしようとすればその隙を与えることになってしまうのだ。


ノアもガルヴェイムも、互いにそんな隙は簡単には与えられない。


与えてしまえば、今の均衡が一瞬にして崩れてしまう。


故に速度を際限なく上げていくしか、手札を全て切ったガルヴェイムにとっては対策がないのである。


剣閃が縦横無尽に駆け巡り、整合神域内部を埋め尽くす。


『光の剣戟』に至っているだけあり、ノアもガルヴェイムも剣に関してはすでに達人の域を超えている。


油断した方が負ける。


この極限の戦闘においては一瞬にも満たない僅かな油断も勝敗に直結する。


だからこそ、ノアはその思考を巡らせるのだ。


(『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』を使う隙がないとすれば……可能性があるのは()()だけか……あの攻撃なら虚無によって発動をノータイムにできる)


ノアはガルヴェイムに気づかれないように虚無の魔力を白雪へと流していく。


無は無であるが故にその存在に気がつけない。


仮に気づくことがあるのだとしても、それは虚無のある空間がぽっかりと消えてしまったように感じる程度。


だから、自然に。


そう、自然に無を流すのだ。


強大な力の裏に潜むように。


「はぁッ!」


ノアが策を練っているということを知ってか知らずか、ガルヴェイムは『光の剣戟』を発動させた整正剣をノアへと振り下ろす。


必中効果も必殺能力も消えているとはいえ、『光の剣戟』があるのならその威力は保証されている。


ノアの虚無であろうとも簡単に傷ついてしまうような、そんな威力が。


だが、それ故の弱点もある攻撃なのだ。


(ガルヴェイムはまだ無意識的に『光の剣戟』を発動させることはできない。これに関しては俺もそう簡単にはできないが、少なくともこいつは一撃に集中しなければならないはずだ。それなら、これは刺さる!)


ノアは白雪を整正剣に向けて振るう。


その刀身は『光の剣戟』こそ纏っているが、光はあまり強くはなかった。


だが、それで弱くなったというわけではない。


むしろ───


「なぁッ!?」


───むしろ、整正剣の方が弾かれた。


ノアが『光の剣戟』以外で発動させたものはただ一つ。


「───無尽剣」


純然たる無が収束された白雪は銀色の光を纏い、触れた一切を消滅させる程の力を秘めていた。


そして、それだけではない。


整正剣を弾かれたことによってガルヴェイムに僅かな隙が生まれる。


ただ、攻めるには少々短すぎる。


だからこそノアは攻めない。


その代わりに───


「……今、何をした……?」

「───」


ノアの瞳から光が消える。


それはまるで死んだよう。


かつてラフィナに殺された時と同じ状態となっていた。


「───」

「まさか、意識が?」


無意識領域の解放───


それがノアの切り札の一つ。


無意識となることで意識的に行っていた『光の剣戟』の発動を常時行うように変更し、放つ斬撃は全てが無尽剣となるように調整が施されていた。


そして、それが当然のように先程の速度で飛んでくる。


「ぐぅ……ッ!?」


いくら『光の剣戟』を発動させていようとも今のノアの斬撃に耐えきれるはずもない。


たった数撃……時間にして瞬きをするよりも速く、ガルヴェイムは瀕死にまで追い込まれていた。


虚無によってつけられた傷はレイシェルでもない限り再生不可能。


無は本来、他の物質に干渉できない。


何故なら、存在していないから。


故に虚無によって傷つけられた箇所はその状態こそが正常なのだと世界が錯覚するのだ。


自身の本来の形を完全に記憶しており、その状態に戻すことのできるレイシェルか、理を捻じ曲げられるアスティリアしかこれ程の力の虚無を消滅させつつ再生させるのは不可能だった。


(この傷は癒せぬ……あの斬撃、無尽剣はどうやら魂にすら干渉してくるもののようだな。魂が損傷している以上、戦闘続行は不可能に近い、か?)


ただ魂を変質させるだけなら人相手ならともかく神には通じるはずもない。


だが無が干渉した場所は世界が創り変えられる。


その力を持つ、ノアの意思のままに。


「───」


ノアの猛攻は止まることなく、ガルヴェイムはそれを防ぐので精一杯……否、最早防げてすらいなかった。


全身に無尽剣によって斬られた傷を負い、流れた血はかなりの量だ。


浅く斬られた箇所もあれば内臓にも軽く届いているであろう傷もある。


ガルヴェイムが神でなければもうすでに致命傷だ。


そこまでやってようやくノアは意識を浮上させる。


(できた……これが『意識的に行う無意識領域の顕現化』……まるで自身の行動を俯瞰して見ているようだったが、これが俺の現段階でのポテンシャルなのか)


やっていたことはあまり難しくはない。


あくまでも無意識を意識的に行っていただけ。


ノアからすれば身体が勝手に動き、意識そのものはそれを俯瞰的に見るというものとなっていた。


(不思議な感覚だったが……以前死んでいた時よりは確実に制御もできるようになってきている。当然、その強さも)


無意識下ではノアは常に『光の剣戟』を使うことができる。


ラフィナとの戦闘で死んだ時は意識がなかったし、リオエスタとの戦闘では単純に自身以外を認識する余裕がなかった。


つまり、その制御はできていなかったのだ。


今回は自身を俯瞰的に見ることによってそれを実現。


それこそが『無意識を意識的に制御する』という離れ業の根幹だ。


「まさか……まだこのような力があったとはな」


全身に傷を負ったガルヴェイムがノアを見上げながら言葉を発する。


もう戦える状態ではないはずだ。


「あれは俺としても初めての試みだった。自分でもできたことに驚いている……それよりも、試練はどうだ?」

「我の完敗であろう。我も新たな剣技を得た。それすらも打ち破られたのだから、我にもう勝ち目はあるまい」


ガルヴェイムは自身の敗北を認める。


つまりこれで整合の試練は終わりということだが……


「一つ、聞きたいことがある」

「何だ?」


僅かに険しい顔をしたノアがガルヴェイムに質問を投げようとしていた。


「整正剣から力が失われた時、お前には声が聞こえたか?」


ユキのことだ。


あの時、ノアにはユキの声が聞こえた気がした。


気のせいだと言われればそれまでだ。何せ、聞こえたという確証はないのだから。


もしかするとあの声はノアにしか聞こえなかったのかもしれない。


だが、仮にガルヴェイムに聞こえていたのだとしたら───


その時は、ユキの魂がまだ完全には滅びきってはいない可能性がある。


「あの瞬間に声、か……何と言っているかは解らなかったが、微かに聞こえたような気はするな。とは言っても、それも気のせいである可能性はあるのだが」

「……やはり、そうなのか……!」


可能性は実質的に無にも等しい。


だが、同時にゼロでもないのだ。


(ユキは……まだ滅んでいないかもしれない!)


僅かな希望がノアの心を照らす。


「そうか……あの声が、界律神装……いや、ユキの声なのだな」

「ああ、間違いない」


それをノアが聞き間違えるはずがない。


「だとするなら、尚のこと試練を早く完了させなければな。恐らくだが、完全に復活させるためには再生と創造の権能は必須であろう」

「創造もいるのか……いや、確かにそうだな。ユキの本体は界律神装『白雪』だ。再生したところでユキとしての肉体はどうにもならない」


白雪はその状態こそ正常だ。


むしろユキとしての肉体があることの方がおかしい。


故に再生させたところでユキの肉体は元には戻らない。


ユキともう一度会うためには、その肉体を新たに創造する必要がある。


(創造の試練は……あと追憶と終焉を乗り越えてからか。そして試練としてあるのかどうかは不明な、界律神アスティリア……)


全ての権能をノアに集中させれば間違いなく世界を滅ぼしかけた神、界律神アスティリアの人格が復活する。


そうなるのは神々としてはどうにか避けたいところだろう。


だが……


(どうにも違和感がある。それが何かはまだ解らないが……界律神アスティリア……お前は一体何なんだ……?)


今考えていても仕方がないことではある。


だがどうしてもノアはその違和感を拭いきれなかった。


「さて、次の試練だが」

「……ああ、説明を頼む」


ガルヴェイムの言葉で我に返り、ノアはその話を聞く姿勢をとる。


「次は追憶の試練だ。場所はこの試練を始めた雪山の真下……岩の割れ目から地下へと入り、その場所へと向かうがいい」

「この真下の地下なのか」

「ああ、ついでに他の試練の場所も説明してしまおうか。終焉の試練はそこから更に下……地底世界だ」

「……はっ?」


更に次の終焉の試練の説明を始めたことにも驚きだが、その次の言葉は聞き捨てならない。


「地底世界だって?追憶神の記憶にはないんだが……?」

「一応神は全員知っているはずだからな。重要情報の一つとして、情報をセーブしていたのやもしれぬ」

「おいおい……」


だとしても八神の代わりに世界を救おうとしているノアに渡せない情報というのもまたおかしい。


夕闇の神殿やガロン、ユキのことはアスティリアが追憶神であるアルゼルスをはじめとした神々に伝えていなかったのだから、ノアに情報が入らなかったのは解る。


少なくとも記憶を与えたのはアルゼルスだけなのだ。


他の神はその権能の半分程度しか与えていない。


「……それが何故なのか、お前は知らないんだな?」

「ああ、最終的な意志……世界を救うというものは同じとはいえ、それ以外の思考は共有しておらん」


いくら神といえど、他の神の思考を読むことはできないのだろう。


「……終焉神までは解った。それで、創造神の試練開始地点は知っているのか?」

「それなのだがな……どうも、ヴェレイドにしか情報を与えていないようなのだ。我らを信頼していないというわけではないはずなのだが……」

「そう、か……」


ノアにはアスティリアの考えがよく解らない。


世界を想っているということは絶対的であろうが、些か不明瞭な点が多いようにも思える。


それもこれも、界律神アスティリアが関わっているのだろうか……


「まあ何にせよ、そこまでいかないと解らないか」


この問題はアスティリアと邂逅するその時にならなければ解らないのだ。


今考えていても仕方がないのは確かだろう。


「ノア、最後に伝えたいことがある」

「……聞こうか」


ガルヴェイムの身体が光の粒子に包まれる。


権能の分散だ。


その光は少しずつ、ノアへと吸収されていく。


「ユキのことは我の管轄外であるが故、どうすることもできぬが……我ら八神としても、彼女の想いは知っている。彼女が願うのは二つ……一つは、この世界の救済。これは我らと同じだ」

「ああ、そうだろうな」


ユキの本体は界律神装『白雪』だ。


神に連なる存在として、その願いは当然。


そして、もう一つというのは───


「もう一つの願いは……貴殿への想い。彼女が貴殿を好いていたのは間違いあるまい。自身を犠牲にしてでも世界の救済を求めた彼女だが、本心の更に最奥……深層意識としてあったのはまた別だ。彼女は神に連なる存在でありながら、神としての願いよりもそちらを大切にしていた───」


優先したのは世界。


ただ、その願いの本質は別だった。


「───貴殿が戦うことなく、幸せに生きる世界を」


───たとえ、そこに自分の姿がなかったとしても。


「……そうだな。あいつなら、そう願うだろう」


自分よりも、世界よりも、ノアのことを想っていたのだ。


───『ノアくんは世界を救うんでしょ?なら、私を切り捨てて。私一人の魂と、この世界そのものを天秤にかけた時、私の方が重いようじゃ駄目だよ。嬉しいけど、それは正しくない』


(ユキは最期にそう言っていた……世界を救うために、もう一つの願いも共に叶えるために)


ユキはノアが幸せであれば良いと思っていた。


そこに自分がいなくとも、ノアの幸せの糧になるのならそれでも良い、と。


(そんなわけ、ないだろ……!)


幸せとは何か。


その定義は人によって異なるし、強欲な人間ならいつまで経っても満たされないだろう。


だがノアにとっての幸せ……それは簡単なのだ。


(俺と関わった人達が、せめて笑っていられるように……それが、俺の願い、俺の幸せだ。そこにユキが入っていないわけがないだろうが……!)


可能性がないわけではないとはいえ、今のところユキは滅んだと言ってもいい。


完全に滅んでしまっていて、あの時のものが白雪に残っていた残留思念のようなものだったのならもうノアの願いが叶うことは永久にないだろう。


それでも望みは捨てきれないのだ。


たとえノアがいなくとも、皆が笑っていられる世界を……ノアは望んでいる。


「互いが互いに自己犠牲を、か……それは美しくもあるが、誰も望まぬぞ」

「……ああ、確かにそうかもな」


皆が笑っていられる世界を望むノア。


ノアが生きて、幸せを享受することを望むユキ。


それを実現する方法はただ一つしかない。


「アルファルドを滅ぼすしか……ないのか」


殆ど記憶がないとはいえ、ノアにとってはかつての仲間だったはずだ。


それにそもそも、アルファルドを滅ぼせるだけの力が今のノアにはない。


八神の試練を全て乗り越え、虚無の権能を再覚醒させるしか術がないのだ。


「できるのか……?俺に……」

「今になって弱気になってどうする。この言い方は良くないのだろうが……貴殿のいた世界の存在なのだろう?ならば貴殿が決着をつけるべき相手だ」


アルファルドはノアに対して逃げたと言っていた。


ラフィナもまた、ノアのことを逃亡者と呼んだ。


その言葉をそのまま受け取るのなら、きっと当時のノアは何かしらから逃げてこの世界にやってきたのだろう。


つまり、穿界軍がこの世界に来た原因はノアがこの世界に来たからというだけでなく、残って戦わなかったというのもある。


「そう、だな……俺は、逃げたんだ。逃げた責任は取らなければならない」


もう二度と失いたくないから。


逃げたくないから。


だからこそ、立ち向かうのだ。


過去の自分の責任に。


目の前の……かつての部下に。


「───ガルヴェイム」

「何だ」

「最後に、整正剣で俺を斬ってくれ」

「……なに?」


ノアの発言はいくらガルヴェイムでも想定していなかったもの。


先程まで、ノアは整正剣に触れればその時点で魂が滅びかねないとまで考えていた。


それは間違いではない。


だが、果たしてこのまま試練を終わらせても良いものなのかはまた別だ。


「ベクトルは違えど、整合と壊滅は現状の俺の虚無を滅ぼせる力がある。アルファルドと戦うには、最低限それに耐えうる魂の強度が必要だ」


ノアの言葉に伴って整正剣がノアへの特効の力を取り戻していく。


「───ありがとう、ユキ。でもこれは俺が、俺だけの力で超えるべき壁なんだ」


整正剣の力が抑え込まれたのは白雪に僅かに残っていたユキの魂の残影が界律神装としての力を利用して世界を少しだけ創り変えたから。


創造の権能と比べればその改変は微々たるものでしかない。


だからこそ、ユキの残影がノアの願いを聞き入れれば僅かな改変は解除され、世界はあるべき姿に戻る。


失われた整正剣のノアへの特効はそのようにして復活したのだ。


「……すっかり忘れていた」


ノアは何故それを思い出せなかったのかと言わんばかりに目を伏せる。


「俺が、ユキが『壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』に撃ち抜かれた時、俺達は記憶や力を取り戻していた……」


あの弾丸はノアやユキの強靭な魂でさえも一撃で葬りかねない代物だ。


だが……否、だからこそ───


「窮地に追い詰められれば誰だって本来の数倍の力を発揮できるポテンシャルがある。俺は、もっと滅びを知るべきだったんだ。今よりも早い段階で」


滅び続けるリスクを背負うものの、初めからそれをしていれば虚無の権能も完全に近い程度には覚醒できていたかもしれない。


そうであったなら、ユキもガロンも倒されることはなかっただろう。


起きてしまったことを嘆いていても仕方がない。


故に肝心なのは次にどう繋げるか。


「───今、ここで、新たな力を得る。それができないのなら所詮俺はその程度の存在だったということだ。だから、ガルヴェイム……俺を滅ぼすつもりで斬ってくれ。そうでもしなければ俺は強くなれないんだ」


それは一種の覚悟の現れだ。


「───解った」


依然としてガルヴェイムの身体は粒子に包まれており、そう遠くない内にノアへと吸収されるだろう。


「時間もあまりない。本気で行くぞ」

「ああ」


ガルヴェイムは整正剣を大きく振りかぶる。


銀色の刀身に明滅する光が宿り、魔力とは違う全てを切り裂く力を纏った。


先程使えるようになった『光の剣戟』すらも使用するということからこれが本気の一撃であることが窺える。


それに対し、ノアは『混沌災禍(ラグナヴィア)』をはじめとした魔法を一切使用することなく、ただ無防備にそれを受け止めようとする。


それはある意味無謀とも言えるが、そこまでやらなければならないとまで考えた結果の行動だった。


「───はぁッ!」


整合の権能と『光の剣戟』の力が最も高まった瞬間、ガルヴェイムは整正剣を振り下ろす。


その斬撃は間違いなくノアの魂に触れ───


「───ッ!?」


虚無の魂に刃が触れたその瞬間、整正剣(エヴェルド)の刀身が───消滅した。


驚愕したガルヴェイムは咄嗟にノアの顔を見て、危機感を感じ取った。


(また瞳から光が……これは先程の……!)


先程と同じように、ノアの無意識が表層に顕現する。


魂の消失……その危機を感じたノアの本能が、ノアという人格を上回って表層に現れたのだ。


「───」

「な、何を……」


唐突にノアの左腕が動く。


その手の平はまるで空間を包み込むように。


そして、その上に莫大なエネルギーが宿る。


(なん、だ……?この力……見たことがない)


ノアの左手の上に現れたのは直径数ミリ程度の淡い灰色の光を放つ球体。


そこに宿るエネルギーは魔法と同様のものでもあり、同時に違う力も内包していた。


(これは魔法なのか……?あるいはノア自身の、虚無の権能による深層神羅……?)


ガルヴェイムにそれを確かめる術はない。


今はただノアの行動を待つことしかできない。


「───『───』」


ノアの口から言葉にもならない謎の声が発せられる。


同時に灰色の光が強まり、内包されたエネルギーが放出される。


そしてその数瞬後には───神域を含めた一切が爆ぜた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ん……ここは……?」


神域内部では感じることがなかった冷気が肌を刺し、その刺激でノアは目を覚ます。


「雪山……オルテア山脈か?だとすれば試練は……」

「整合の試練は無事終了した。後は我の力が貴殿に吸収されるのを待つのみ」


ノアが振り返るとそこには全身に傷を負ったガルヴェイムが岩場に座り込んでいた。


「……そうか、試練は終わったのか……そういえば最後、どうなったんだ?」


斬られた瞬間からノアの記憶は飛んでいる。


無意識領域が強制的に引き出され、本人の意識が深層に沈んでしまったのが原因だろう。


つまり、あの時何が起こったのかはノアは記憶にすらないのだ。


「貴殿の瞳から再度光が消え、整正剣の刀身が無条件に消失した」

「それは……」


これだけならまだノアにも理解できる。


滅びの危機を感じ取ったことで無意識に整正剣すら無に染めてしまったのだと考えられる。


「それだけではないのだ」

「他に何かあったのか?」

「貴殿の手の平の上に小さな灰色の球体が出現し、それが爆ぜたと思えば我の『平庭』や貴殿の『創造彩色』を含めた神域の全てが消え去り、知らぬ間にこの場にいた」

「……その力は俺も知らないぞ」

「そうであろうな。貴殿の意識外で放った本能の力と言えよう」


少なくとも破壊や終焉の権能ではない。


破壊は紅、終焉は黒といった風にその力を表す色が違うからだ。


可能性として一番大きいのは虚無や矛盾だが……


「それにしても、灰色の球体、か……」


混沌災禍(ラグナヴィア)』もそうだ。


あの魔法はノアを中心に虚無、混沌、矛盾の力を孕んだ灰色の渦を展開する。


それによって呑まれた存在は完全に消え失せるのだ。


(とはいえ、『混沌災禍(ラグナヴィア)』は基本的に防御に使う魔法だ。今回はそれと同類の力でありながら攻撃に転じることのできる魔法を、俺の知らない無意識の状態で使用したということなんだろう)


ノアは自身の虚無を権能と呼べるレベルにまで昇華させている。


それなら虚無に関する分野の魔法ならば八神と同様魔法陣は不要だろう。


無であるが故にガルヴェイムは明確には知覚できず、同じ理由で魔力の残滓から魔法を読み取ることもできない。


「……難しいな。俺の力なのに俺が理解できてないのは問題がある」

「それはこれから見つけていけばよい……何はともあれ、貴殿は試練を乗り越えた。もうすぐ我も消える。それが終われば次……追憶の試練に向かうが良い。虚無について知るのならば、それが最も可能性があるであろう?」

「……そうだな。前世の記憶を取り戻せればこの問題もどうにでもなるか」


ノアは思考を一度止め、再度ガルヴェイムに向き直る。


その存在はもうかなり消えかかっており、身体は半透明になっていた。


「この世界の平定のため、我は可能な限りの力を尽くしてきたつもりだ。だが我も、他の神も全能ではない。もう一度言わせてもらうが、この世界のことを貴殿に頼みたい……受けてくれるか?」

「……ハッ!」


ノアにとってその問答は最早意味がない。


「今更がすぎるだろう。少なくとも穿界の魔手とアルファルドについては任せておけ。それは俺が解決すべき問題なんだからな」


その言葉を聞いたガルヴェイムは安心したように笑い、最後に言葉を残した。


「頼んだぞ、ノア───」


身体の全てが光の粒子となり、周囲を舞う雪と混ざり合いながらノアへと吸収される。


それを確認したノアは次の試練の場所に向かって歩き出した。


「整合は虚無や矛盾に特効を持つ……それも込みで考えるなら、きっと今の俺にとってはアルファルドの壊滅と同程度に脅威だな。つまり、あいつは最低でも一撃で俺を滅ぼせる力を隠し持っていると考えた方がいい……そして、それの対策のためにも神域を消滅させたというあの魔法らしきものの習得は必須か」


全てを消滅させた灰色の球体。


現状、ノアの持つ手札の中で最強なのは間違いなくあれだ。


意識のある状態のノアには使えない以上、確実に『混沌災禍(ラグナヴィア)』よりは深い魔法となる。


記憶を取り戻せば、使えるようになるのか───


「……何にせよ、急いで試練を終わらせなくては」


そう考えたノアは地下へと向かうため、山脈の崖上からその身を躍らせたのだった。


無意識下で放たれる虚無の真髄───

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