18.純白の想い
「創造神域……だとッ!?」
創造神域、『創白』───
それは本来創造神であるアスティリアにしか使えないはずのもの。
いくら創造の権能を持っているからといってまだ神ですらないノアに使えるはずがなかった。
故にガルヴェイムは今何が起こっているのか理解できていない。
それ故に気づくのが遅れてしまった。
「……待て」
今更、その違和感に気づく。
ノアは確かに創造神域を展開していた。
それなのに───
「……我の神域が、塗り替えられていない……?」
神域同士の勝負というのは基本的に後出しの方が有利となる。
余程力に差がない限り、後から出された神域が優先されるのだ。
本当に創造神域が展開され、整合神域が塗り替えられてしまっていたのなら、整合神域の方が崩壊する。
だがそうはなっていない。
ノアが神域の展開を失敗したのだろうか───?
「───勘違いするなよ」
「なに……?」
ノアの発した言葉にガルヴェイムは疑問を抱く。
どう考えても神域は展開されず、失敗に終わっている。
それなら何故、ノアは全く焦りも動揺もしていないのか。
「よく眼を凝らして自分の神域を見てみろよ」
「───まさか」
ガルヴェイムは自身の神域の深淵を覗き、その事実を知る。
「そんな、ことが……そんなことが、できるはずがない!」
整合神域は変わらず機能している。
空間の整合を保つとともにそれに反する存在を滅ぼそうとする強制力は健在だ。
だが、先程とは違う点が一つあった。
矛盾と、虚無……その存在を許さないはずの整合神域が、ノアの存在をある程度許容していたのだ。
「我に気づかれずに、我の神域に干渉しただと……?そんな芸当、創造神ですら不可能であろう!?何故貴殿にそれができるのだッ!?」
ノアは神域を展開しようとした。
だが、できなかったのだ。
「普通に考えて、俺が神域を展開できるはずもないだろう。だが俺も神の権能を継ぐ者だ。その領域に片足程度なら踏み込める」
今のノアは神に匹敵する力を持っていながら、八神の権能すら使えてしまう。
神域や深層羅神とて使えるようになるまでは時間の問題だ。
「お前の言った通り、俺がやったのは神域への干渉だ。神域とは本来後出しが優先されるため、八神の権能の場合はそちらが有利となる。だが俺はお前と違って完全な神域は作れない。だからこそ、創造神域の力を整合神域に忍ばせ、内部から改変するといったことができるんだ」
つまり、神には使えない。
「名は……そうだな、『創造彩色』とでも名付けようか」
名称などない。本来ならそんなものは存在するはずがなかったのだから。
「神域の根幹……神域を構成するプログラムへの直接的な干渉だと……?『創造彩色』か……貴殿は想定以上の大物のようだ」
最早ガルヴェイムも認めざるを得ない。
仮にノアが何らかの理由で神域を使えるようになり、それによって神域が塗り替えられたのならそれは神へと昇華したのだと考えることができる。
だが今回の件は神には絶対にできない芸当でありながら人間では確実に届かない力。
今のノアの力の分類としては人間を辞めてはいるが神には届かないといったところ。
実力そのものは神を超えていても、権能として考えればその程度でしかないのだ。
(……さて、これで整合神域の厄介な部分はかなり軽減された。『混沌災禍』はまだ必要だが、ある程度は緩めても問題ないだろう。残る問題は───整正剣か)
神域の心配はもうあまり要らない。
だが整正剣は別だ。
(依然としてあの刀身に触れるわけにはいかない。正直な話、神域や深層羅神よりも警戒しなければならないのはあの剣だ)
リオエスタなら最も警戒するべきだったのは深層羅神だ。
使っていないとはいえ、ガルヴェイムにも深層羅神はあるはず。
オルストのように使えないのかは定かではないが、ここまできてもまだ使っていないのだからその可能性も十分有り得るだろう。
故に現時点で警戒すべきなのは神域でも深層羅神でもなく、あの整正剣だ。
ノアはあまりにもあの剣と相性が悪すぎる。
掠れば滅びると考えた方がいい。
(それでいて修正の力でその刃は必中と化す。普通に考えて勝ち目はない。だが、それに近い力は俺も使える)
世界を修正して攻撃が当たるようになるのなら、当たらないという世界線を創造してしまえばいい。
(使うべきなのは創造と未来の権能……ガルヴェイムが攻撃する度に使う必要があるとはいえ、それさえできれば俺への攻撃は確定で外れることとなる)
創造の権能の方は『創造彩色』から流用可能だ。
流石にこの戦況で二重展開をするわけにはいかない。
不可能ではないとはいえ、あれは虚無を使ったとしてもある程度落ち着いた状況でしかできないのだ。
二重展開をする度に虚無で界律を逸脱する存在にならなければならないというのは何とも不便と言えるが……
(できないことを悔いていても仕方がない。創造は流用し、未来は新たに展開する……)
ノアは自身の足元を起点として未来の権能を展開。
同時に神域に流していた創造の権能の一部を利用して複合魔法を開発する。
「その魔力は……!」
その気配を感じ取ったガルヴェイムは魔法の効果を見抜いたのか、魔法の完成を阻止しようと整正剣を振るう。
魔法が完成していないため、まだ整正剣は必中だ。
だが、『攻撃が必ず当たる』と『攻撃が必ず通る』は同じではない。
「必中と必殺は同じではない……ただ当たるだけなら、防げば問題ないだろう?」
「見抜かれたかッ!」
整正剣は当然の如く白雪によって防がれる。
そして、その間に魔法は完成していた。
「───『造られた未来の可能性』」
未来の権能でできるのは既存の可能性から望む結果を得られるというもの。
つまり、存在しない可能性を選定することは不可能なのだ。
そこで役に立つのが創造の権能である。
未来に起こる可能性を新たに創造し、それを未来の権能で選択すれば本来は起こらないはずの世界線が現実として世界に上書きされる。
「我の攻撃を……!」
「ああそうだ。この魔法があれば、お前の攻撃は必中ではなくなる」
「そのようだな……だが、連撃はどうだッ!」
ガルヴェイムはその権能もさることながら、素の実力も相応に高い。
体格から考えるに魔法や権能を度外視するならばガルヴェイムが八神においての最強に君臨するだろう。
つまり、魂を損傷していたとはいえノアを追い詰めたリオエスタの血壊鎌による連撃よりもなお速いのだ。
「はぁッ!」
刹那という言葉すら生温く感じるほどの圧倒的速度。
ガロンとヴァディアの戦闘までは及ばないだろうが、その剣速は光速にまで迫る。
(流石に速いな……だが、まだ想定の範疇だ)
斬撃の残像によってまるで同時に数百の斬撃が発せられたようにも見えるが、これはガルヴェイムの単純な剣技でしかない。
そして、それに全く遅れを取らないノアの剣技と魔法もまた別格である。
『造られた未来の可能性』によって可能性が創造され、すでに整正剣は必中ではなくなっている。
とはいえこの魔法は単発でしか使えず、連撃ならばその一撃一撃全てに魔法をかけ直さなければならない。
故にノアは防げるものは全て白雪で受け、可能な限り魔法の数を減らそうとする。
「この速度までも……!」
「これがお前の限界か?」
「なんの……!」
そこから更に上がる速度。
それは遂に光速そのものまでに達する。
「何故だッ!」
「……何がだ?」
「貴様はその速度を見切れる程の力はなかったはずだ!」
「ああ、そのことか」
簡単な理屈だ。
「俺は記憶のほんの一部を取り戻したことによってそれ以前よりも強くなっている。だが少し前までは魂に損傷を負っていてその力も発揮できていなかったんだよ」
覚醒する要因となったのは『壊滅の源弾』だ。
あの弾丸は圧倒的な壊滅の力を持っており、覚醒した状態のノアの魂すら侵食していた。
故に本気を出せない場面が続いていたのだ。
とはいっても魂の損傷はレイシェルによって治療されたので、その後の未来や反転の試練、グリアノスの幻影との戦闘などでは一応全力を出せるような状況ではあった。
グリアノスの時の場合は四王を人質に取られていたため、それは不可能だったが……
「まあそれを差し引いても強くなりすぎているというのは事実だ」
実際、『創造彩色』を発動できたのは結界門を突破したことが大きな要因だ。
神域を展開するには大前提として神でなければならない。
彩色は神域の一歩前の段階と言っても差し支えないのだが、まだ人間であるノアがそれを発動できたということは着実に神になりつつあるということ。
人間から神への昇華───それが実現すれば当然基礎能力も上がる。
身体能力、反応速度、それらを含めた人間にも持ち得る能力の爆発的な強化。
今のノアにはそれが起こっているのだ。
「チィッ!」
光速の攻防。
『造られた未来の可能性』も攻撃を交わす度に発動されている。
ガルヴェイムの攻撃のほぼ全ては白雪で受けているとはいえ、母数が多いため躱す数も必然的に多くなる。
故に『造られた未来の可能性』の発動回数は秒間にすらすでに数百。
『創造彩色』を展開しながらこの魔法の発動速度。
これは最早神業と言うのも生温いだろう。
何せ、神にすら不可能なのだから。
そんな時に、それは起こった。
「───はぁッ!」
「ッ!?」
整正剣が一瞬だけ明滅したのだ。
(この光はまずい───)
ノアもよく知るその光。
理すらも斬り裂くその剣閃。
このタイミングでガルヴェイムは新たな技術を得たのだ。
そう───『光の剣戟』を。
「ぐッ!」
この剣閃は魔法も関係なく切断する。
つまり、『造られた未来の可能性』が無効化されてしまうのだ。
故にこの一撃だけは絶対に躱せない。
整正剣と『光の剣戟』───
ノアにとって、これ以上ない程の最悪の組み合わせだった。
どうにかノアは白雪でそれを防ぐが───
(───ッ!?なんて威力だッ!)
白雪ごと身体を大きく弾かれ、神域に叩きつけられる。
「今のは……?」
ガルヴェイムも自身に何が起きたのか理解できていないようで、整正剣を見つめていた。
(たった一撃……たった一撃受けただけで腕がまともに動かせないレベルなのか……しかも、今の『光の剣戟』は明滅していた。つまり、不完全なもののはずだ)
『光の剣戟』は剣そのものが光を発する。
ノアの使うそれは白雪が衝突するその瞬間だけ意図的に発動させ、その威力を大きく底上げする。
だがそんなノアでさえ完全な状態で『光の剣戟』を使うことはできない。
(感覚で解る……前世の俺も剣を極めきれてはいなかったんだろう。『光の剣戟』を使えるレベルではあっても、それだけでしかないんだ)
リオエスタの試練の時のように無意識状態のノアなら『光の剣戟』を常時使用できるだろう。
あの状態こそが前世の力なのだとすれば、まだその先があるはずだ。
(それよりも、今はガルヴェイムだ)
今のガルヴェイムは剣に覚醒している。
対抗するにはノアも『光の剣戟』を使わなければならない。
「今のが理解できないか?」
ノアは再生の権能で右腕を治癒しつつ、ガルヴェイムに話しかける。
「ああ、あれは一体何なのだ?」
「今のは『光の剣戟』───剣を極める過程で発生する、理すら斬り裂く剣閃だ」
「何と、そのようなものが……」
次の瞬間、今度はノアが仕掛ける。
当然、『光の剣戟』を発動させて。
「ぬッ!?」
「……やはりか」
ガルヴェイムは整正剣で『光の剣戟』を纏った白雪を受ける。
剣と刀は鍔迫り合いとなり、『光の剣戟』特有の色をした明光がスパークした。
ノアの方が光は強い。
だが、ガルヴェイムも防御の瞬間、確かに発動させていたのだ。
コツを掴んだと言ってもいいだろう。
つまり、ガルヴェイムは次からの攻防で確実に『光の剣戟』を使ってくる。
ならばノアは攻撃を躱せなくなってしまう。
『光の剣戟』でなら整正剣を受けきれるとはいえ、この攻防ではノアも全てに発動させなければならない。
現実的に考えて不可能。
だが、やるしか勝ち目はないのだ。
「さあ───上げようか!」
ノアは鍔迫り合いを力で強引に押し切り、秒間に数回の斬撃を放つ。
数こそ先程までと比べて大きく減少しているが、一撃の威力は文字通り一線を画す。
『光の剣戟』を使っているのだ。それも当然と言えよう。
「ぐぅッ……」
そしてまだ『光の剣戟』の感覚に慣れていないガルヴェイムはその斬撃を受けるしかなく、攻撃に転じられないでいた。
(一撃の威力は確実に俺の方が強い。剣技、速度はほぼ同等……となれば決め手は……想定外の一撃か)
(今不利なのは我だ。ならば、今こそ整合神としての力を解放するしかあるまい……!)
『光の剣戟』の応酬の中、互いにどうすれば相手を圧倒できるかを考える。
ノアはガルヴェイムの想定していない魔法を。
ガルヴェイムはその力の解放を。
ノアの『光の剣戟』がより一層輝き、整正剣を大きく弾く。
それと同時に左手で創造の権能を行使。
創造されたのは───一丁の拳銃だった。
(お前の力、模倣させてもらうぞ)
銃口から発生するのは暗い魔力。
ノアにとって忘れられるはずもない、あの弾丸───
「『惨死の魔弾』」
そう、ノアの虚無の権能を覚醒させるまでに至ったデュランの魔弾魔法だった。
今のノアは未来の権能の全てを所持している。
深層羅神である『限局未来』こそ使えないが、この魔弾には似たような性質がある。
結果を予め確定させておき、その結果に向かって最短距離で突き進む弾丸。
それこそが、『惨死の魔弾』なのだ。
その魔弾を見た瞬間、ガルヴェイムは───
「深層羅神───『現消有定』」
このタイミングで、その力の真価を───深層羅神を発揮した。
それによって『惨死の魔弾』やそれを発射した拳銃、『造られた未来の可能性』、そして『光の剣戟』───
これら全てが、その瞬間を以て消失した。
「なッ!?」
これはノアにとって想定外。
否、深層羅神そのものは警戒していたのだ。
(だが、この効果は───!)
ノアは驚愕によって一瞬だけ硬直する。
(───いや、この深層羅神は『現消有定』───名前通りなら、現実に起きているガルヴェイムにとって不利な事象を消し去り、空間そのものを安定させるもののはずだ。となれば一度消えただけで再発動は可能なはず───!)
問題はその隙をガルヴェイムが与えてくれるか、だ。
「これまでだ、ノアッ!」
「チッ!?」
当然、そのような隙などない。
ノアが再度体勢を立て直す前に、ガルヴェイムの剣が振りかぶられていた。
(これは───ッ!)
ガルヴェイムが放つ中で最も強い『光の剣戟』だ。
整正剣であるため、生身で受けるのは魂の滅びに直結する。
ノアを滅ぼす、一撃必殺の剣がノアの首に吸い込まれるように振り下ろされ───
『───────』
「───は?」
整正剣は、ノアに触れることはなかった。
白雪がそれを弾き返したのだ。
「……何故?」
だが、ノアの腕は間に合っていなかった。
それならばどうやって白雪で防ぐことができたのか───
『───────』
白雪が純白の輝きを放つ。
この光はノアも二種類しか知らない。
一つは創造の権能。
そして、もう一つは───
「───まさか」
ガルヴェイムは有り得ないと言わんばかりに目を見開いて驚愕する。
そして、それはノアも同様だった。
「ユ、キ……?」
ノアの言葉に呼応するように白雪が淡い光を放ち、その光はノアやガルヴェイム、そして整正剣を優しく照らす。
「まだ、残っていたというのか……?彼女の想いが……」
淡い光はまるで整正剣に語りかけるように明滅し、その想いが流れていく。
『この人は世界の害にはならないよ───』
「───ッ!?」
その想いは、ノアも僅かに感じ取れたような……そんな気がした。
やがて光は完全に消え、それと同時に整正剣のノアに対する修正力が完全になくなる。
「そうか……」
感傷に浸るように、ノアは白雪に想いを馳せる。
(ユキは、白雪。界律神装だ。たとえその魂が滅んだとしても、残留思念のようにユキの想いが残っていても何もおかしなことはない……)
そうしていたのは数秒だけ。
次の瞬間には再度白雪を構え、臨戦態勢を取っていた。
「そろそろ、試練も終わりにしよう」
「───ああ、そうだな。我も出せる力は出し尽くした。後はただ、それをぶつけるのみ」
両者の剣に『光の剣戟』が宿る。
二人の最後の衝突が───今、始まった。
白雪に宿るユキの想い───




