4.夕闇の遺跡
大量の屍を蹴散らし、また蹴散らし、ノアは進んでいく。
グラエムまではまだかなり距離がある。
それもそうだ。ノアが目を覚ました場所と界滅爪の距離よりも更に遠いのだから。
ここまでくると精神的な問題もそうだが、身体的にも疲弊していく。
「チッ……数が多すぎる」
一体何体の屍を浄化させただろうか。
これ程の死者を出したのはノアのせい……と、屍達はノアを呪っている。
だが、どうにもノアにはそれだけではないような気がしてならなかった。
「俺が原因ってのもあるんだろうな……だが、それだけじゃない気もする。となると……」
もう一つの、あるいは本当の原因は……きっと界滅爪にあるのだろう。
そして、その仮説が正しいとするならば……
「……何者かが、俺に憎悪の矛先を向けている……?」
あくまで可能性の話とはいえ、一概に否定できる内容でもない。
つまり、界滅爪には意思がある。
……否。
「界滅爪を使っている存在がいる……か?」
ノアは界滅爪をその目で見たが、どうも界滅爪そのものに意思がある様には思えなかった。
あくまでも界滅爪は手段であり、武器……
そう、世界を殺すための武器なのだろう。
「しかし……だとすれば、一体誰がそんなことを……?少なくとも神々が対立している時点でこの世界の存在ではないんだろうが……」
となれば、答えはひとつしかない。
「俺と同類、ね……」
現状の情報で考えられるのはその程度だ。これ以上は考えても無意味だろう。
「さて、グラエムまでは……まだかかりそうだな……ん?」
ノアは追憶神から受け取ったこの世界の情報……そのひとつである世界の地図を頭の中に展開し、何かを発見する。
ノアが現在歩いている場所はまだグラエムよりは界滅爪の方が近い。つまり、半分も行っていなかった。
今ノアがいる場所は広大なる砂漠。界滅爪が現れる以前から砂の大地だった場所である。
そんな場所で、薄らと何かを発見する。
「これは……建築物か?」
グラエム以外の建築物はすでに全てが消滅してしまっているものだとノアは思っていた。
「……いや違う。こんなもの、与えられた記憶にもなかった」
ノアだけではなかったのだ。この場所に気づかなかったのは。
「追憶神は知らなかったのか……?だとすれば……これは追憶神が創造される前のもの……?」
この世界は創造神と共に生まれ、その後に創造神が他の神々を創造した。それがこの世界の成り立ちだ。
そして追憶神は一度記憶すれば二度とその情報を忘れることはない。
つまりこの建築物は……
それ以前のもの、ということだ。
「ならば創造神は知ってそうだな……会話できるのかは解らないが、まあそれは今じゃないだろう」
創造神があえて秘匿したものなのかはノアには解らないし、仮にそうだったとしても理由など想像すらできない。
だが……
「……あの創造神が秘匿するということは、他の神々にすら知られたくない秘密がある、か……」
あくまで憶測だ。だがノアはこの憶測が的を射ている気がしてならなかった。
だとすれば何故追憶神から与えられた世界の地図に書き記されているのかは謎だが、追憶神の権能に創造神が割り込み、ノアにだけ知らせるように地図を書き換えたのかもしれない。
「やはり理由は不明だが……予想が正しいなら、この遺跡には確実に重要なものが隠されているはずだ」
地図で見る限り、どうも歩けば二日程で行ける距離のようだった。
グラエムへの道からは少し逸れるが、行っておいて損はないと考えたノアは遺跡の方角へと進む。
ノアは二日の間、少しだけ遭遇した屍を浄化させつつ遺跡へと向かう。
そして……
「これがそうか」
ノアはこれまで人工物を見ていない。界滅爪は異世界の住人が造ったものかもしれないが、あれには規則性はなく、確実に人工物と言うには根拠に欠けるものだった。
だが、今ノアの目の前にある地下へと続く小さな遺跡は明らかに人為的に建設されたものだ。
ただ、確かにこれでは上空からは見えない。
地下へと続く階段を覆っている屋根の上は大地である砂漠とほぼ同化しており、上から見下ろす状態では見分けるのは困難を極める。
追憶神が気づけなかったのはこれが原因だろう。
だが、ノアは見つけることができた。何故なら……
「俺が追憶神と創造神、ふたつの権能を同時に併せ持っているからか」
創造神の世界眼にて、追憶神の地図を見る。
それができるノアだからこそ、この場所を発見することができたのだ。
ノアは世界眼で遺跡の中を確認しようとするが、その眼は遺跡から発せられる朱い魔力に阻害され、終いにはその視界が弾き飛ばされた。
遺跡が創造神の眼を拒んでいるのだ。
世界眼も効かず、追憶神の記憶にない以上、この遺跡の中に何があるのかを知る術はない。
……そう、遺跡に入る以外には。
「ここまで来て引くのもな……あまり良い予感はしないが、行くしかないだろうな」
これが創造神の思惑なら、それに乗るのも悪くない。
あの心優しき神は八神の中でも一際世界を想っていた。
だからこそ、あの神がここに行けと言うのなら、それは世界にとって悪い方向に転ぶことはないはずだ。
問題があるとすれば、先程発せられた魔力だ。
あの朱い魔力は一体何なのか……それが解らないまま突入するのは些か不安が残るところだろう。
だが……
「こんなことで躊躇っていては界滅爪を消し去るなんて夢のまた夢だ。あの神が俺に行けと言った。だから俺にはこの遺跡に入る義務がある」
ノアは一切の躊躇なく、遺跡の中へと入っていく。
ノアの姿が遺跡に消えた直後、外ではこれまでにない濃密な死の風が不気味に吹いていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
下へと降りる階段は地下深くまで続き、すでに数時間は階段を歩いていた。
景色は相変わらず暗く、ノアが光を灯す魔法で照らしている以外の光はなかった。
だが、感じる魔力には僅かな差異が感じられる。
「あの朱い魔力……少しずつ近づいているな」
それがこの遺跡の根幹となる部分なのかもしれない。
しかし、だとすればそれは神にも近しい力を持っていると考えてもいいだろう。
何せ、創造神の世界眼を阻害し、最終的には弾いたのだ。
いくらノアの持つ世界眼が本物の劣化版とはいえ、その本質は変わらない。
それを弾いたのだから、朱い魔力は最低でもノアの持つ創造神の権能よりは上位と考えるべきだ。
「他の権能を合わせるとどうなるかは解らないとはいえ、最低でも今の俺と同等の力はあると思って臨んだ方が良さそうだ」
朱い魔力を放つのが何かは解らないが、もし仮にその存在が敵対した場合、現状のノアの力では敗けてしまう可能性も十分に有り得る話だ。
油断せず、恐怖もせず、前に進むしかない。
もうしばらくすると階段にも終点が見えてくる。
目の前には重厚な扉があった。
「これは……」
ノアはその扉を世界眼で見て、戦慄する。
これは、世界そのものの概念と同等の扉だったのだ。
要は、この扉一つで世界と対等の強度を誇るというあまりにも頑丈すぎる扉というわけで、その中にあるものが一体世界にとってどれだけ重要なものなのかを物語っているようだった。
ノアが依然として感じている朱い魔力はこの扉の先から放たれているようだった。
「……扉越しでもこれだけ力を感じるのか。ここにいるのは、一体どれ程の……」
思考するが、今のノアにとってそれは無意味だ。
この先に重要なものがあるという気がしてならないのだから、残されている選択肢は二つに一つ。
「……行こう」
ノアはその扉に手をかける。
「ぐっ……!」
世界そのものと同等の重さのある扉だ。普通に押しても開くものではない。
故にノアは神々の権能をフルで使用し、強引に権能の力を押し付ける。
そこまでしてやっと扉が少しずつ動き始めた。
扉を開けるのに数十分も要し、ようやくノアが通れる程度に開け放たれる。
「はぁ、はぁ……」
息の上がったノアの目の前にあったのは広い空間であり、その奥にとあるものを発見する。
「あれ、は……」
そこにあったのは、玉座。そしてそこに座っている黒い甲冑だった。
ノアはゆっくりとそれに近づいていく。
扉を開けてからというもの、朱い魔力は途轍もなく強くなった。
やはりある程度は扉で封じられていたのだろう。
今この空間は膨大な朱い魔力で埋め尽くされており、ノアの魔力がちっぽけに思える程だった。
そしてその発生源は……黒い甲冑だ。
奥に見えるのは祭壇だろうか。黒い甲冑はまるでその祭壇を守護するかのように玉座に腰掛けている。
「……お前、は」
ノアが重たい空気の中、掠れた声を出す。
それに反応してか、甲冑が僅かに動き、重厚な声を発した。
「……私は朱天偽神ガロン」
「なん、だと……?」
甲冑から発せられた男の声にノアが驚愕する。
ノアは神々に権能を授けられたが、その権能や知識には偽神などというものは存在していなかった。
「もう一度言おう。私は朱天偽神ガロン。創造神アスティリア様が創造された、この遺跡の守護者だ。貴公の来訪を心より歓迎しよう」
ノア、初めて意思疎通が可能な存在と邂逅する───




