12.未来神ハーティア
挑発したようなノアの言葉に、ハーティアは僅かに笑みを見せる。
「───こうなることは知っていました」
ハーティアは未来神だ。
過去のノアによってノアに関係する未来に靄がかけられ、ノアの未来が見えずとも、その周囲の未来なら把握できる。
故に、この試練が終わった際に自身の存在が曖昧になるということ───つまり、ノアが試練を突破したということは理解していた。
だが───
「でも、まさか挑発されるとは考えてもいませんでした。と、ハーティアは心情を述べます」
ノアがここまで言っているのだ。ハーティアは神として、それに応えなければならない。
否、応えたいと思った。
「───良いでしょう。そこまで言うのなら見せてあげましょう。私の神域を」
「ああ───来い」
その言葉を聞いたハーティアは『世界の分岐』を解除し、可能性による分身を消滅させる。
そして両手を広げ、権能を解放した。
「───未来神域、『崩来』」
その瞬間、今二人がいる神域がまるで崩壊するように崩れ去る。
代わりに表層に現れたのは───
「これは……!」
その神域は目が回りそうな程色彩に異常が見られた。
認識できない色に最早吐き気まで覚える。常人ならここに入った時点で嘔吐していてもおかしくない。
だが、ノアはこの色彩に見覚えがあった。
「この色彩は、お前の───」
「ええ、この神域は私のものですから、私の特性を色濃く受けているのです。ハーティアは説明します」
この色彩はハーティアと同じで、上手く認識できないものだった。
だからこそ、ノアは未来の権能の真髄……そしてこの試練を突破するのに必要な回答を確信する。
(未来神だけでなく、その神域までもがこの性質……やはり、未来の権能本来の力はそれなのか)
神域を展開する前から勘づいてはいたが、確信できるようになってからもう一度考えると納得のいく場面が多い。
(『世界の分岐』だってそうだ。ハーティアがあの魔法を使ったのも、きっとそれを理解させるため)
ハーティアは分身には殆ど攻撃をさせなかった。
正確には分身一体のみに攻撃をさせていたため、そもそも分身を生成する必要性がなかった。
それなのに『世界の分岐』を使い、可能性の分身を生成したということはそれ以外考えられない。
「この神域を展開させたからにはまだ戦いを続けるという認識で良いのですね?ハーティアは確認をします」
きっとこれがハーティアとの最後の戦いだ。
ノアはもう未来の権能、そしてこの試練の回答を理解している。
その上で、衝突するのだ。
「ああ、これが最後だ。真正面から打ち砕いてやる」
白雪を鞘に仕舞い、ノアはその魂の力を曝け出す。
ノアの制御によって封じられていた虚無の権能が表層に現れ、未来神域を大きく揺らす。
「ッ……!この力は……!」
ハーティアもリオエスタやレイシェル同様、その力に戦慄する。
これ程までの力は、本当にこの世界に存在して良いものなのかを考えてしまう。
だが、それでも───
「───いえ、あなたにそれを言うのはお門違いですね。ハーティアはあなたの力を受け入れます」
ハーティアはその言葉と共に権能の力を更に高める。
「……この神域の力は」
「未来神域、『崩来』……文字通りの意味です。ハーティアは最後に問題を出します」
「この神域の効果についても、ね……」
「ハーティアは肯定します」
正直なところ、こちらの問題は先程のものよりも簡単だ。
故に即答できる。
「『崩来』……つまりは未来そのものの崩壊だろう。この神域内には明確な未来が存在していない。お前が未来を限局し、その上で唯一残った未来の、そのたった一つの可能性、それを崩壊させるのがこの神域だ」
つまりは深層羅神、『限局未来』ありきの神域ということだ。
未来を限局できなければ可能性を一つに収束させるというのは不可能。
そしてこの『崩来』は未来の可能性の一つを崩壊させるもの。
限局していなければ可能性が一つ潰えるだけで、それ以外の方法でいくらでも生き残れる。
深層羅神があるからこそ、この未来神域は本来の力を発揮できるのだ。
「……完全正答、とは……流石ですね。ハーティアは賞賛します」
見抜かれてもなお、まだこの戦闘は終わっていない。
確実に終幕へ向かっており、その天秤がどちらに傾いているかは明白。
だがそれでもまだハーティアは負けていないし、ノアも勝っていない。
「『崩来』は神域そのものの崩壊と共に可能性を一つ消し去るという性質があります。だからこそ、この最後の攻撃を受けていただけますか?ハーティアは質問します」
「当然、受けて立つさ。防がせてはもらうがな」
ノアはその瞬間に『混沌災禍』を展開し、周囲に虚無と混沌の渦を生成する。
この魔法は渦やその中心であるノア自身に触れた存在や概念を遥かな虚無へと誘うもの。
現状、この魔法を貫通させることができるのは『壊滅の源弾』程度しかない。
八神の権能は能力こそアルファルドの壊滅と同等だが、攻撃そのものの単純な威力ならそれよりも弱い。
故にこの魔法はハーティアの『崩来』程度で突破できるものではない。
「───往きます」
ハーティアの言葉と共に神域が硝子のように崩壊する。
ただの概念程度なら大きな損傷を受けるような威力。
だがそれはノアにとっては温い攻撃だ。
「───やはり、全く効きませんか」
神域崩壊後、その場は試練を始めた場所であるヴァンデラの最上階だった。
そこに立っていたのは無傷のノア。
そう、あの崩壊ですら何の傷も負わなかったのだ。
「俺が虚無じゃなければきっと魂レベルで損傷を与えられていただろうな。だが、俺相手ではそれは不足だ」
可能性を潰すということは未来に生きているという事実を崩壊させるということ。
つまり、未来に干渉できなければ生き残ることは不可能だ。
ノアは今、未来の権能は使っていなかった。
それならば何故神域の崩壊をまともに食らって無傷なのか。
それこそが虚無の権能の力だ。
「虚無は世界の理に縛られることはない。故にこの世界の未来の可能性程度、崩壊させられたところで俺には効かない」
虚無はこの世界の尺度で測れる権能ではない。
まさにそれを体現しているようだった。
「世界の規格に当てはまらない権能……ハーティアはその危険性について再認識します」
やはりというべきか、この点に関してはハーティアもこれまでの二人と同じだった。
ノアの力を危険だと、本来ならこの世界にとって害悪となるものなのだと考えている。
だがそれを思っているのは神だけではない。
「力の危険性を一番理解してるのはきっと俺だ。だからこそ、俺は使い方を間違えない」
どんな力にも必ず使い方というものが存在する。
強大な力を持つ神々の権能やデュランの持っていた概念の力もその一つ。
それどころか世界の人々、そのひとりひとりの持つ脆弱な力だってそうだ。
弱くても、強くても、力には使い方がある。
そしてそれを最も理解しているのは力を持っている本人だ。
ノアの場合はその虚無。
相変わらず、その力の底は見えない。
だがノアだって権能の使い方……それだけは解るのだ。
「俺は俺の受け継いだ願いのまま、この力を使う。ユキ、ガロン、八神、そして人々……最初に世界の救済を願ったのはお前達八神だ。ならばその願いを最後の最後まで持ち、俺に預けろ」
ノアがその右手を差し伸べる。
ハーティアは一瞬だけそれを見た後、ノアに近づいてその手を取った。
「ええ……どうか、世界をお救いください。ハーティアは願います」
その意志を言葉として受け取ったノアはその顔に笑みを浮かべる。
そして二人は手を離し、ノアが語り始めた。
「さて、試練の内容だが……」
「もう完全に理解しているのでしょう?ハーティアはノアの試練の突破を確信します」
「まあ流石に解るか」
正直なところ、神域を展開する前から解りきってはいた。
その時は絶対的な確証があったわけではなかったが、神域を見たことで確証も得ることができた。
その試練の答えとは───
「お前の色彩が不安定な理由は───お前の存在そのものが未来を示しているからだ」
それが意味することはただ一つ。
「未来に絶対はない。いくら限局しようとも、俺のように例外が必ずどこかに存在する。その未来が存在している以上、お前は未来を確定することができない」
未来の可能性は絶対ではない。未来神であろうとも、それだけは変えられない。
ノアをはじめとした例外がいる限り、ハーティアは本当の意味で権能を扱うことなどできないのだ。
「───でも、それだけじゃないんだろう?」
「それは───」
だがノアが今言ったのは複数ある理由の一つでしかない。
「お前は未来神であるが故に、この世界の行く末を知っている。俺のように見えない未来もあるから、その影響でこの先の未来、世界が滅びるかどうかは不明のようだがな」
そして、ノアはその核心を言い当てる。
「お前だって信じたいんだろう?世界の命運が滅びるしかないなんてのは間違っていると。未来はあくまでも可能性であって、絶対にそうなるというわけではないのだと」
「ッ───!」
それは……その感情は未来神としての在り方としては歪んでいる。
神とて感情がある。
だからこそ八神は世界を想い、滅びを回避するために奔走していた。
だが、それ故にハーティアの在り方は歪んでしまったのだ。
「お前の視る未来には滅びしかなかった。未来神として権能に従うのであれば、もうその時点で諦観しなければならない。でもお前は他の神と同じく、世界の滅びを回避するために俺を利用した。もう明白だろう。お前自身を神としてだけ考えるなら、その在り方は間違っている」
そう、あくまでも神としてだけなら。
だが人間などの神ではない生物と重ねて考えてみればどうだ。
結果など解りきっていても、人は己の信念のために戦い続ける。
人というのはそんなことができる程、心が強い生物だ。
ハーティアの心も根本的な点では人と変わらない。
だとすれば、ハーティアが望まない未来を変えるために全力で抗うというその行動を誰が間違っていると言えるだろうか。
神としては間違っていても、心を持つ存在としてはむしろ見本となるべき姿だろう。
ハーティアはただの人と違い、予測ではなく未来そのものを視る。
予測と違い、どう行動しようとも外れることはないのだ。
それでもハーティアは抗い続けた。
そうして、やっと現れた希望───それがノアだったのだ。
「さっきも言った通り、俺の虚無は例外だ。お前だって俺の未来は見通せない」
「ええ……ハーティアは肯定します」
「未来を知っているお前だからこそ、見通せない不確定な未来を持つ俺に託そうとした」
きっと、ハーティアは八神の中で最も他者に託さなければならなかった存在だ。
抗おうという意志はあっても、未来を知るハーティアは無力。
ハーティアは未来を変えることができるが、それはあくまでも現時点で存在する可能性の中からの話。
つまりは未来の限局を用いて改変するという力だ。
故にそれ以外の力を、それを持つ存在を欲していた。
「……お前にとって、俺は希望だったんだろう。他の神も俺に希望を感じていたようだが、お前の場合はその次元が違う」
他の神はできることなら自分達の力で解決したいと思っている。
それ自体はハーティアも同じだが、それが不可能であることも彼女は知っていた。
だから、他の神よりもノアに抱く希望が強かった。
「お前の希望も、願いも……全部背負ってやる。それが、それこそが俺の責任だからな」
ユキやガロンのことだけではなく、穿界の魔手がこの世界に現れたことも全て。
ノアはそれら全てに責任を感じている。
「……お願いします」
ハーティアはもうそれしか言えない。
ノアに対して、それ以外に言えることがない。
「次は反転神オルストの試練です。場所はこの真下、ヴァンデラの地下……」
「霊域核のあったあの場所か?」
「ハーティアは肯定します」
デュランとの二回目の戦闘が始まったあの地下だ。
正直試練そのものは神域で行われるのでここで言う場所というのは試練開始の場所なのだが、何故そのような場所で始まるのかは解らない。
まあそれを言い始めるとリオエスタやレイシェル、ハーティアの試練も全て明確な理由など不明なのだが……
「……解った。次はそこに向かおう」
「ええ……もう一度言いますが、この世界をお願いします」
ハーティアの身体が光の粒子に包まれる。
これまでの二人と同じく、存在が希薄になろうとしているのだ。
「任せろ───お前達が次に目覚める時までには穿界の魔手を無に帰させてやる」
ノアだからこその言い回しだが、結局は穿界の魔手をこの世界から取り除くということ。
それは八神にとっての悲願だ。
故にそこ言葉を聞いたハーティアは優しく微笑む。
そして最後にはその身体が完全に粒子となり、ノアに吸い込まれていった。
「……」
ハーティアもまた、リオエスタやレイシェルと同様ノアに全てを託して消えてしまった。
死んだわけではないとはいえ、やはりノアにも思うところはある。
「この感傷はやめようと思ったはずなのにな……」
レイシェルの時から考えていた。
でもやはり感傷を感じずにはいられなかった。
「これも全部、受け入れていかなければ」
もういっそのこと開き直った方が良いのかもしれない。
感傷を考えないのではなく、感傷を感じつつも乗り越えていく方がきっと良い。
ノアは自身がれっきとした人間なのかどうか解らない。
だが、その方がより人間らしいと思える。
そんなことを考えていた時に背後から物音がして、ノアは初めてそこにいた存在に気づく。
「……ジェラルドか」
「お、おいおい……今のは何なんだ……?」
そこにいたのは紛れもなく獣王ジェラルド。
どうやらこの場に戻ってきたらしい。
「用事を済ませて戻っきてみりゃあなんかとんでもないものを見た気がするぜ……」
「……」
どうやら用事というものは本当にあったらしい。
(正直な話、俺が世界を救うために神々の権能を継承していることはジェラルドをはじめとした四種族の王には話しても良いかもしれない)
ハーティアの試練の前から少し考えていたことだ。
ノアが救おうとしているのは世界そのものだが、それを説明もせずにグラエム内部で自由に動くのは難しい。
ならばこの世界の生物で最強格とも言える四種族の王達には説明しておいた方が後々楽になるかもしれない。
(……やはり、話しておくか。ジェラルドには神そのものを見られてしまったわけだし、それが俺に吸収されるのも見たはずだ。ならば変に誤解されるよりは説明した方が良いだろう)
そう考えたノアは改めてジェラルドに向き直る。
「い、今のって四種族じゃないよな……なんというか、文字通り生物としての格が違ったというか……あれは一体誰なんだ……?」
「あれは八神の一人……まあつまりは神だ」
それを聞いたジェラルドは唖然とし、その後に怪訝な表情をした。
「か、神ぃ……?」
ノアはそれも全て説明するつもりだ。
「それも含めて説明をしたい。それぞれの王を呼んでくれないか?お前一人にするよりも全員に説明した方が早い」
王にこの情報が伝わればきっとグラエムは当然、ヴァンデラでも行動がしやすくなる。
反転神の試練を受けるのもやりやすくなるはずだ。
「あ、ああ……解った」
「頼んだ」
ジェラルドは眉を顰めながらも今いる最上階から下りていった。
「さて……理解を示してくれると良いが……」
世界の滅びが間近に迫っていることを知らなかった時のジェラルドのように、一種族を優遇しろと言うような輩が現れるかもしれない。
「まあ、納得してもらうしかないか」
別に悪いことをしようとしているわけではないのだ。
しっかりと説明すれば解ってもらえるはず。
「王というのはどんな奴らなんだろうな」
ジェラルドは知っている。
だが残り三種族の王は一切知らない。
それからしばらくしてジェラルドが再度上ってきて言った。
「おい、招集できたぞ」
「それじゃあそこへ向かおうか」
それを聞いたノアはジェラルドと共に階段を下りていった。
未来神は未来を変えたいと願う───




