11.未来の試練
「お前はこれからどうするんだ?どの種族にも味方することなく、ただ世界のために戦うんだろ?」
ジェラルドがノアに今後の予定を問う。
ノアとしてはそれはもう決めている……というよりは八神によって決められたのだが、ジェラルドにはまだ教えていなかった。
「都市庁ヴァンデラへ向かう。そこでやることがあるんだ」
それを聞いたジェラルドは眉を顰める。
「ん……?あそこって何かあったか……?」
「それを教えるわけにはいかないな」
「……なるほどな。しかし、以前と違って今はヴァンデラも機能している。となればお前一人では入れんぞ」
ヴァンデラに入るのにも権限的なものが必要になるようだ。
だがそれは大きな問題でもない。
「獣王のお前がいれば入れるだろう?」
「おいおいまじかよ……いや、まあ良いけどよ……」
事情も説明せずに利用するのは心苦しいが、流石に神域試練のことを説明するわけにはいかないだろう。
第一、ノアが八神の権能を継承しようとしているという時点でこの世界の住人にとっては耳を疑う話なのだ。
「助かる」
「おうよ」
「それじゃあ早速行くぞ」
「もう行くのかよ……」
「世界のためだ。急ぐに越したことはない」
二人はそのままヴァンデラへと向かう。
するとそこには以前はいなかった門番のような人間が立っていた。
槍を持っていたその門番はノア達が通る前に槍で進路を妨害する。
「ジェラルド様ですね。貴方様は良いのですが、そちらの方は……?」
やはりノアが警戒されているようだ。
ジェラルドは獣王として顔と名前が知られているから大丈夫のようだが、ノアのことを知っているのは現状確認されているのはジェラルドただ一人のみ。
もしかすると他の種族の王達も知っているのかもしれないが、今それを確かめる術はない。
「心配すんな、俺の連れだ。害はねぇよ」
「そうですか……念のため、確認させていただきますね」
「好きにしろ」
門番は改めてノアと正面から向き直る。
「お名前や種族を伺っても?」
「ノア。人間だ」
正確には人間かどうかは怪しいところだ。
今よりも力を持っていた前世は人間だったと確信できるが、今のノアは神々の権能を受け継いでいる。
この状態で本当に人間だと言えるのかはノアにも解らない。
「ノア様、人間ですね……記録しました。次に、ヴァンデラへの訪問理由を教えて下さい」
門番はどこからか取り出した紙にメモをする。
後々の確認などで必要なのだろう。
それはそれとして、問題なのは質問の内容だ。
訪問理由といってもノアには未来神の神域試練をすることしかない。
だがそれを素直に言うわけにはいかない。
何かしら理由を考えなくてはならないのか───
「おい、もう良いだろ」
そんなことを考えていた矢先、ジェラルドが面倒そうに声を上げた。
「ジェラルド様……しかし……」
「悪いようにはならねぇよ。俺が保証する」
どうやらノアを庇ってくれたようだ。
「……解りました。それではご通行ください」
そうしてノアはジェラルドと共にヴァンデラへ入る。
「ありがとな、さっきの」
「あ?気にすんじゃねぇよ。これも含めてオレ様の仕事だろうが」
やはり根はかなり良い奴のようだ。
「んで、ここまで来たのは良いんだが、このヴァンデラ内部のどこに用があるんだ?」
次の神域試練はヴァンデラの最上層で行われる。
故にそこに行くのは必須だ。
だが、他に気になる点がないというわけでもなかった。
「本命は最上層……だが念のため最下層も見ておきたい」
「ふむ……なら先に最上層か」
最下層……かつて霊域核があった地下深くにあるあの空間だ。
あの時は詳しく見る余裕はなかったが、今なら穿界の魔手について、何かしらの情報を得られるかもしれない。
少なくとも、デュランが本拠地としていたのはあの場所なのだろうから。
ノアはジェラルドと共に最上層への階段を上りながら思考する。
(俺の予想が正しければ、結界門による力の流入、流出はほぼ全ての場合で防がれている。故に結界内部の霊域核は穿界の魔手の力だけでは収集できなかった……)
だからこそ、結界内にデュランが派遣されたのだろう。
内部の霊域核を世界から簒奪するために。
だがその目論見はノアとユキがデュランを撃破し、八神が霊域核を管理することで外れたはずだ。
それなのにアルファルドは焦った様子も、計画を邪魔された素振りもなかった。
あの程度なら支障はないのか、あるいは元々……二千年前から、結界内部の霊域核は簒奪できれば儲けものといった風に考えていたのかは解らない。
どちらにしても、敵の強さは変わらない。
(アルファルドは強い……現時点でも俺一人の力じゃ『壊滅の源弾』を完全に防ぎきることはできないだろう)
再生の権能の全てを所持している今なら自力で完治させることはできるはずだが、レイシェルですら神域を使用した挙句それなりの時間を要したのだ。
戦闘の最中に治すのは不可能と思ってもいい。
ノアの虚無の権能が本来の力を取り戻せばアルファルドの壊滅すら覆せる無を生成できる。
それもこれも、全ては追憶の試練にかかっている。
(次は未来の試練か……これまでと違い、どんな内容なのかが一切解らないな)
前を歩いていたジェラルドが唐突にその足を止める。
「着いたぞ。ここが最上層だ」
いつの間にか最上層にまで来ていたようだ。
やはりというべきか、デュランとの戦闘の余波で崩壊した屋上は修復されておらず、その階層の半分以上が屋上のように太陽の光に晒されている。
試練の開始場所はここ。
つまりジェラルドには下りてもらわなければいけない。
「……それじゃあジェラルドは」
「へいへい、オレもオレで用事があるんだ。また後でな」
ノアの事情を察したのか、本当に用事があるのか……ジェラルドのことだ。どちらでも不思議ではない。
「……感謝する」
「これも世界のためだろ?気にすんな」
そう言ってジェラルドは進んできた階段を戻って行った。
これでこの場はノア一人。
これなら誰かの目を気にすることなく試練への道を開ける。
「さて、何をするかだが……」
今までは火口や湖に飛び込めば良かったが、今回はそんな場所はない。
ここはヴァンデラの頂上……つまり、ここから飛び降りれば良いということなのだろうか。
「飛び降りるか、未来の権能を使うかしかないな」
そこまで考えた途端、ノアの視界が突如として白く染まる。
「ッ!?」
何かの攻撃かと思い、ノアは咄嗟に虚無で対抗しようとする。
だがその攻撃のような光から敵意は感じられなかった。
(敵の攻撃では……ない……?)
となれば、これはやはり神域試練……その場所、神域へと転送されているのだろう。
そう認識した瞬間、ノアは虚無による抵抗をやめる。
そうするとすぐに光はノアを飲み込み、次の瞬間にはノアの存在は世界から消えていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気がつけばノアは何もない真っ白な空間にいた。
魔力などを辿らなくてもこの場が神域であるということは一目瞭然だ。
「未来神の試練という話だったが……」
ノアは辺りを見渡すが、どこにもそれらしき影はない。
この空間に存在しているのはノアだけのようだった。
「何故だ……?」
これまでこのようなことはなかった。
試練の空間に移動したなら、そこには絶対に神がいた。
これまでに突破した神域試練は二回。
その二回ともがそうだった。
三回目である今回は何かが違うとでもいうのだろうか。
「未来神は一体何を考えている……?まさか、もう試練は始まっているのか……?」
その可能性まで考え、ノアは周囲を警戒し始めた。
(これまでの二回から、俺は神がこの場で待っているものだと思っていた。それは経験からなる未来の予測だ。だがこれはあくまでも人間の……未来の権能を持たない存在の思考だ)
ノアとて権能を授けられるまでは虚無の権能しか所持していなかった。
故にそれ以外の権能の真価が解らないというのも仕方のない話だ。
だがそれは敵には通用しない。
アルファルドはそんな些細なことなど関係なくノアに自身の壊滅をぶつけてくるだろう。
まだ完全には目覚めていない今のノアの力でそれを受けるのはあまりにも危険すぎる。
故に神々の権能を会得しなければならない。
つまり、この試練は───
「この試練は、お前によって定められた未来を己の全てを以て変革させるというものなんだな」
「理解が想定よりも早い……と、ハーティアは驚嘆します」
ノアの目の前数メートルの位置の空間が歪み、背の高い女が現れる。
背丈はノアと大差ないが、特徴的なのはその色彩だ。
「お前……どんな色してんだよ」
まるで認識阻害にでもかかったように明確には意識できなかった。
輪郭などは普通だ。
だが髪や肌の色が認識できない。
これまでにない奇妙な感覚だった。
「それこそが試練なのです……と、ハーティアは宣告します」
「それが試練……?」
あまりにも想定していなかった内容にノアは眉を顰める。
「ええ、ハーティアの色彩が何故不安定なのかを、聖者ノアに回答してもらいます。回答を得るためには何をしても構いません。それこそ、戦闘さえも……と、ハーティアは試練について説明します」
何とも奇抜な試練だ。
ハーティアの色彩が不安定な理由を当てるためなら戦闘でも何でもして良いとのこと。
だが当然戦闘となればハーティアも本気で戦うはずだ。
いくら八神最強がヴェレイドであるとはいえ、決して侮っていい相手ではない。
勘違いしてはならないのは、ハーティアを撃破するのは意味がないということ。
リオエスタの時と違い、今回の試練では戦闘はあくまでも手段でしかない。
故に、戦闘の結果だけを考えれば良かったあの時とは大きく異なる。
戦闘の過程……そこに全てがあるのだ。
「お前のその色彩は、きっと未来の権能に関係するものなんだろうな」
「……ハーティアは回答を拒否します」
ハーティアは肯定も否定もしなかった。
だがそれは同時に答えを言っているようなものだ。
「お前の力を理解するには、虚無や破壊に頼っていては駄目なんだろう?それこそ、俺が未来の権能をまともに使って初めてその力を理解できる」
創造の権能が過去を創造できること……それを知ってからずっと考え続けていた。
ノアの虚無が矛盾の力を持つように、八神の権能にもそれぞれ権能そのものとは別の真価があるのではないか、と。
実際、創造はそうだったのだ。
きっと破壊にも再生にも……当然、未来の権能にもそれはある。
未来の権能の場合、権能の真価、あるいはそれと似た何かがハーティアの色彩に関係しているのだろう。
そしてそれを言い当てることが試練となっている。
「全く……どんな難易度だよ」
虚無の真価ですら時間がかかった。
創造の真価に関しては本当に偶然でしかない。
これまでは運良くこの二つを理解できた。
だが今回はそれを強制される。
そしてできなければ試練は一生終わらない。
「チッ、仕方ないな」
ノアはその右腕を前に突き出し、そこに未来の権能を集約させる。
それを真似たのか、ハーティアもまた同じ動きをした。
(……そういえば、未来の権能による魔法は見たことがなかったな)
ハーティアは未来神だ。
その分野ならノアも含め、この世界に存在している全てを凌駕している。
「未来は可能性の塊……このようなことも、未来故に……『世界の分岐』」
次の瞬間、ハーティアがまるで分裂でもするかのように増えた。
「これは……」
その光景にノアは驚愕で右手の権能を解除してしまい、それと同時に冷や汗をかく。
目の前にいる分裂したハーティアはただの分身などというレベルではない。
数十人にまで増えたハーティアは、その全てが単独でハーティアそのものの力を持っていたのだ。
どのような魔法であれ、ノアからすれば敵が増えたようにしか見えなかった。
だが未来の権能ということに違いはない。
故に魔法の効果を予想するのは難しくなかった。
「『世界の分岐』か……察するに、自身がどう動くかによって発生する世界線の分岐を具現化させるものだな?」
術者の行動次第で未来は無限に分岐していく。
当然、その全てを具現化させるのは未来神であろうとも不可能だ。
何故ならそれをするには実質的に未来に起こる可能性の全てを、無限に存在する世界の分岐を再現するということに等しいから。
神の権能や魔力とて有限だ。
つまりこの魔法は真価を発揮できない。
「この魔法を簡単に説明するなら───可能性の具現化、だろう。つまり、お前にこの魔法は使いこなせない」
具現化できる数は有限。
いくら数十人にまで増やせたとしても、必ずどこかで限界が来る。
それがどの時点でなのかはまだ解らない。
今の数で限界なのかもしれないし、まだまだ余裕を残しているのかもしれない。
だが、どちらにしても今のノアを相手にするには力不足だ。
「───でも、そうじゃないんだよな」
正直ハーティアを倒すだけなら虚無の権能でどうにでもなる。
しかしそれでは神域試練を突破したことにはならないのだ。
つまり───
(───どこかにヒントがあるはずだ。何故ハーティアがこの魔法を使ったのかも、その内の一つなのかもしれない)
『世界の分岐』を使った理由……
戦闘が始まるから、というだけではないはずだ。
確かに数が増えるのは戦術的に考えるなら勝率を上げる単純な手段だろう。
だがハーティアが相手をするのは神域試練を化しているノア。
故にこれは試練であって、ハーティアにとっては勝たなければならない戦闘ではない。
「可能性……未来の、可能性……?」
どうにも考えが纏まらない。
(どういうことだ……?普通の思考はできるのに、未来の権能について考えた途端に思考が乱されるような……)
ここまで露骨だと思考を妨害しようとしているようにしか思えない。
だがこの場にいるのは未来神ハーティアのみ。
未来の権能で、思考の妨害などという芸当ができるのだろうか……
「解らないのですか?と、ハーティアは質問します」
「……なに?」
分裂したハーティアの一人がノアに声をかける。
「何故、ハーティアがこの魔法を使ったのか……それを考えることは間違っていません。それに、貴方の思考が乱されていることもハーティアは知っています。それら全てを加味し、考えなさい……と、ハーティアはアドバイスをします」
この分だと思考を乱す力もハーティアのものだと考えていい。
「……全てを加味する、か……」
未来の権能にどのような力があるのか……それをどうにか考え尽くす。
例え思考が乱されようとも、それを打ち消すことはきっと可能なはず……
「未来と対となるのは……追憶」
ハーティアが未来の権能で思考を乱しているのなら、追憶の権能を使えばそれを打ち消せるのではないか……
「それはよそ見です。と、ハーティアは忠告します」
「───ッ!?」
未来の対となる力を考えついたところで、初めてハーティアの攻撃が飛んでくる。
その攻撃は一見剣を射出したようにも見えたが、本当に射出したのだとすればあまりにも剣の速度が速すぎる。
今のノアでまともに反応できない攻撃といえば光速の数倍は余裕で超えてくる『壊滅の源弾』ぐらいしかないだろう。
そんなノアが殆ど反応できなかった。
「これが未来の……!」
未来と追憶は権能そのものの力が真逆だ。
故に過去に戻すというのは未来の権能にできる芸当ではない。
追憶の権能なら剣以外の時間を戻すことで今の攻撃をすることは可能だ。
それならどうやって未来の権能で同じ結果を得ることができたのか。
「言葉にするのは難しいが……結果の前借りという表現が近いか?」
「……今の一瞬でそこまで理解するとは……ハーティアは驚愕を超えて困惑しています」
未来の権能によって結果を本来の時間軸よりも早く得る……やろうと思えばできなくはないのかもしれないが、それをこうも容易く行うのは流石は未来神といったところか。
だがたった一回でその性質を見抜き、理解しているノアもノアだろう。
神々は己の権能やそれに準ずる力を使う場合、魔法陣を使わずとも魔法を発動できる。
ノアは魔法陣からどのような魔法かを見抜くのは得意だが、最近は魔法ですらないただの権能であっても初見で理解している。
(単発攻撃ならまだいいが、これを連続でされるとかなり面倒だな……そうなると思考が纏まらない)
この試練の内容では戦うことよりも権能の真価について思考する方が答えを得る近道かもしれない。
問題なのはその真価はそう簡単に解るものではないということだ。
「……チッ!」
無数に生成された剣が突如目の前に現れるようにして迫る。
それを躱すのはそう難しい話ではない。
だが、それだけに意識を割いていては───
「ぐッ!?」
「集中できていませんよ……と、ハーティアは警告します」
鮮血が散る。
「何故……」
ノアの背後にはいつの間にかハーティアがいた。
ハーティアといっても『世界の分岐』による分身だろうが、攻撃性能という点では本体にも劣らない。
そんな存在が先程までは射出されていた剣を握り、ノアを背後から急襲したのだ。
そして、その動きはノアにも認識できなかった。
つまり剣だけでなく、ハーティア自身までもが権能によって結果を先に……
(いや、違う。今のはそんなものではなかった)
今まではハーティアの望んだ結果通りに動いていた。
だが今回はそのレベルではない。
(まるで、それが初めから決まっていたみたいだ。そんな風に、未来が決まって……だが、そんな芸当を権能の半分を俺に与えた状態でできるものなのか……?)
初めから世界がそうなると決まっていたかのよう。
つまり、それは───
「───深層羅神、『限局未来』」
「ッ!?」
ノアのレベルが違うという考えは正しかった。
今のハーティアの動きは、深層羅神だったのだ。
「『限局未来』か……」
背後から腹部を貫かれた状態のまま、ノアはその力について考える。
(限局……つまりは未来の可能性そのものを一つに絞ったということか?未来に起こりうる事象全ての中からたった一つの事象を選び、そうなるように未来そのものを誘導する……それができるのならこの結果も当然だが……やはりこの状態だと思考が纏まらんな)
思考するにしても剣が貫通したままの状態ではやはりそちらにも意識が割かれてしまう。
「『壊撃』」
ノアは白雪に破壊の魔力を纏わせ、ハーティアの持つ剣を叩き斬った。
「その破壊力は……」
「リオエスタの試練は終わってるからな」
試練前と違い、今は破壊と再生の権能は完全にノアが所持している。
つまりノアの持つ破壊の権能は以前とは比にならない程強くなっているのだ。
ただの『壊撃』でさえ未来神の剣を叩き斬る威力……以前のノアなら確実に不可能だった芸当を今は容易く行える。
技量や知識の問題でリオエスタやレイシェル程上手く扱うことはできないが、単に出力するだけならその権能を持つ神にすら劣らない。
権能の継承とはそういうことなのだ。
「さて……今のが深層羅神なんだな」
「ハーティアは肯定します」
そしてノアはその概要も大体理解した。
つまり───
「試練の突破は近い」
というよりももうすでに見当はついた。
「だがそれをこの場で言い当てるのは勿体ないな」
深層羅神は神にとって一種の切り札だ。
だがリオエスタ同様、切り札がそれだけだとはとても思えない。
だからこそ、それを見たい。
「さあ、未来神───お前の神域を見せてみろ」
真価を見抜く世界眼───




