10.獣王
「……今回はまともか」
数分経ち、ノアはグラエムの都市部へと足を踏み入れていた。
相変わらずというべきか、結界門から近い場所は人間と魔族ばかりだ。
住む区画の違いなんだろうが、ノアは未だに獣人と精霊を見たことがなかった。
そして今回は以前のように人々が機械的に動いているという現象は発生していない。
それぞれが各々の意思で動き、ちゃんと生活をしている。
「それにしても……人口が多いな」
ここは最終都市だ。
世界全土で生きている生物がここにしかいないことを考えるなら、その数はあまりにも少ないだろう。
だが、一つの都市として考えるならその人口はあまりにも莫大だ。
この世界に存在している知的生命体……人型を取る種族は大きく分けて四つ。
人間、獣人、魔族、精霊だ。
最も数が多いのが人間で、次に獣人、魔族、そして最も少ないのが精霊。
個の強さはその逆である。
この四種族での外見的特徴はそれ程大きくはない。
獣人は元になった生物によって生えている耳や尻尾が異なったりする程度。
精霊は背中に無機質な羽が生えている。
そして人間と魔族だが、この二種族は外見的な違いは全くと言っていい程ない。
違うのは魔力と寿命だけだ。
魔力の質が違うことで、全体的に魔族の方がより魔法が得意な種族になった。
それに伴って身体能力も上がり、獣人を大きく超える力を得たのだ。
だがそれでも精霊には敵わない。
精霊の中でも高位の存在は権能こそ持たないものの、神に近い力を使える。
それは精霊を除くそれぞれの種族の最強でもまず間違いなく不可能だろう。
突然変異のように異常に強い個体が現れれば話は変わってくるが……
「この世界は別に実力至上主義というわけではない……だが、世界の状況的にそうならざるを得なかった」
世界の理からその世界がどのような存在であり、これからの未来、どんな道を辿っていくのかが解る。
それはあくまでも憶測だが、理を改変しなければまず間違いなくその未来から逃れることはできない。
『そういうもの』として世界が創られているからだ。
故に、実力至上主義が世界の根本の理として存在していても不思議ではない。
「───いや、俺は実際に───」
頭痛がし、記憶が蘇りかける。
「俺は───俺の、世界は───」
しかし頭痛は治まっていく。
(……せっかく、記憶が戻る機会なのに……!)
ノアの思い出そうとする意思とは正反対に、その身体は拒絶する。
「……チッ」
やがて完全に痛みが引き、思い出せそうな状況ではなくなってしまった。
こうなった以上、今ある情報から確認するしか術はない。
「実力至上主義……故に、それぞれの種族の最強が、その種族の王となる……」
「へぇ、解ってんじゃねぇの」
「……」
突然、ノアは背後から声をかけられた。
声をかけてきたのは───
「……獣人が俺に何の用だ?」
振り向いた先にいたのは大柄な獣人の男だった。
雰囲気の獰猛さからして、持つ獣の特徴は狼だろうか。
だがそんな獰猛な雰囲気とは裏腹に、その瞳には確かな理性が宿っている。
「今テメェはそれぞれの種族の最強がその種族の王になるって言ってたよなぁ?」
「それがどうかしたのか?」
獣人の男は自身を親指で指差し、牙を剥き出しにして笑いながら言った。
「オレこそが獣人最強───獣王ジェラルドだ。オレについて来い。テメェに用があるんでな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その後、ジェラルドの後ろについて行くとそこでは獣人が生活していた。
やはり区域によって種族の生活区間が違ったようだ。
「ここは獣人区画……文字通り、オレ達獣人が住む場所だ」
「……」
紹介するのは良いのだが、今のままでは何故ノアをここにまで呼んだのかが解らない。
「それで、用というのは?」
「まあそう急くなよ。ゆっくりできる場所まで行こうぜ」
そう言ってジェラルドはこの付近で最も大きな構造物へと足を運ぶ。
その建物はまるで小さな城のようだ。
否、実際に城なのだろう。
ジェラルドは自身のことを獣王と言った。
つまり、獣人の王なのだ。
だがそうなると別の問題が発生する。
「……お前、王なんだよな?」
「そうだが、それがどうした?」
「いや、王にしては家が小さいと思って……」
「ああ?俺に金を使うぐらいなら民に使うに決まってんだろ」
意外と民思いの良い王のようだった。
その後、ノアは机と椅子のある部屋に通される。
「座ってくれや」
「ああ……」
ノアが椅子に座ると、ジェラルドはその対面の椅子に座った。
「さて、用があるって言ったな」
「チッ……ちったぁ雑談でもしてくれても良いのによォ……ま、別に良いか」
どこか不満げにするジェラルドだが、ノアも暇ではない。
できるなら早くヴァンデラへ行き、未来神の試練へ挑みたいのだ。
「まず、礼を言わせてくれ」
ジェラルドの最初の発言がそれだった。
「……なに?」
想定外の言葉にノアは戸惑う。
「……オレ達は無力だった。この都市に住むほぼ全ての住人が自我を失い、機械的に動くようになっても……何もできなかった……」
ここまで聞いて、ノアもようやく理解した。
アルファルドに命令され、デュランが実行していたあの計画のことだ。
ただ───
(あれは……一体何がしたくてあんなことを……?)
順当に考えるならグラエム内部に存在し、結界門に守られていた霊域核の回収だろう。
実際、そうだと仮定するなら行動には何の矛盾も起きない。
───少なくとも、グラエムに侵入して潜伏していたところまでは。
理解しかねるのは人々へかけた幻術のようなもの。
今のノアでもあれが魔法なのか、それともノアの知らない別の術なのか解らない。
この世界の歴史の大半は追憶神の権能で解っている以上、その術は追憶神の生誕以前のものか、あるいは外の世界のものしか有り得ない。
一応創造神であるアスティリアが追憶神の記憶を操作したという可能性もあるが、世界のためという神々の想いは本物だ。
可能か否かでいえば可能なのだろうが、それをする意味がない。
なのでこれは違うだろう。
かといってデュランがこのようなことをするか……それ以前に、そもそもそんなことがデュランにできるのかが解らない。
デュランの力は『死』だった。
権能という程強固な力ではなかったものの、概念からなる力だというのもまた事実。
才能と時間があれば、きっとアルファルドに並ぶ程の力を手に入れていたはずだ。
だが、逆に言えばデュランの力の大元が死であるということ。
ノアの虚無とそう大差はない。
そして死というのは虚無と違い、あらゆる状況に対応できる程便利な力でもない。
それならあの洗脳紛いの芸当をやったのがデュランだという前提に疑問が発生するのだ。
「……おい、大丈夫かよ……?」
「……ん?ああ、悪い。考え事をしていた」
ノアはジェラルドの言葉でようやく思考の海から戻ってくる。
「……そういえば、何故俺がそれを解決したと知っているんだ?」
少なくともノアとユキの周囲に正気を保っていた住人はいなかったはずだ。
「ああ、そのことなんだが……占いみたいなもんなんだよな」
「占い?」
魔法でも権能でもなく、占いとジェラルドは言った。
ノアはそのようなものを聞いたことがない。
どことなく魔法に近いものなのだろうとは考えられるが……
「お前はこの世界に住む四種族が同盟を組んでいることは知ってるか?」
「あ、ああ。人間、魔族、獣人、そして精霊……穿界の魔手がこの世界に現れた三千年前から、この四種族は戦争を放棄して結託したというのは知っているが……」
「ああ、それのことだ。そんでまあこの世界の住人はそれ程長寿じゃねぇ。人間なら長くても百年、オレ達獣人は二百年程度が限界だ。魔族は格にもよるが、短くて五百年、長けりゃ数万年単位で生きるらしいな」
そのことはノアも知識としては知っていた。
「そんで精霊だが、こいつらは基本的に寿命が存在しない。代わりにというべきか、繁殖はしないらしいがな」
精霊は四種族の中でも最も異質だ。
現在では四種族で同盟を組んでいるから良いものの、穿界の魔手が現れる以前では迫害の対象……それどころか狩りが行われ、種の存続までもが危機に瀕していたようだ。
「四種族にはオレ含め四人の王がいるんだが、その中でも最古参は魔王……まあつまり魔族の王だな」
「……精霊じゃないのか」
別に精霊は不老なだけであって不死ではない。
寿命以外の何かしらの要因があれば死ぬこともあるだろう。
「魔王は……確かもう二万年近いか」
「二万年……」
ノアが前世、自ら命を絶ったのが丁度二万年前だ。
「んでまあ何が言いたいかって話だが、代替わりしたといってもオレだって獣人の王なんだ。お前をどうにかしてこちら側へ引き込みたい」
「…それは、世界に生息する生物の味方としてなのか、あるいは……」
「もう一つの方───獣人という種族の、だ」
ジェラルドは本来味方であるはずの他三種族すら出し抜こうとしているのだ。
ノアさえいれば種族を統一できると本気で考えている。
だが───
(これは……どっちだ……?)
四種族の更なる結託のために必要なことと思っているのか、単純な野心によるものなのか解らなかった。
「まあ獣人の味方といっても大したことじゃねぇ。お前の力なら全種族を統一できる。その後の種族ごとの地位について、できる限り獣人を近くに置いてくれって話だ」
「それは……」
不可能な話だ。
そもそもノアに種族を統一する意思はない。
やるのなら勝手にやってくれという話なのである。
それに───
「───下らんな」
「……なんだと?」
雰囲気が一気に険悪になる。
それでもノアは態度を崩すことなく、ジェラルドの目を見て言った。
「種族がどうとか、そんなことに興味はない。それ以前に統一しようとも考えていない。俺の目的はただ一つ、この世界を救うことだ。お前達もその『世界』には含まれるが、お前達に味方するために世界を蔑ろにするのは本末転倒。そんなことはするわけがない」
あくまでもきっぱりと言い放つ。
そうでもしないと何度でも勧誘されるだろうと思ったから。
「……つまり、どの種族にも肩入れしないってことか?」
「ああ。それに、お前達もそんなことを気にしている余裕はないぞ」
「それはどういう……?」
やはり、ジェラルドをはじめとしたこの世界の住人は知らないようだ。
だからこそ、ノアは忠告する。
「この世界は───間もなく滅びる。少なくともお前の寿命が尽きるよりも先に、な」
「……は?」
まるでそんなことは考えたことがなかったとでも言わんばかりの表情でジェラルドは唖然とする。
まあ実際ジェラルドの年齢は40かそこらだ。
三千年間も保っている現状から、それを想定しにくいのは当然のこと。
だが他の……それこそ、二万年近く生きているであろう魔王はまた違う。
精霊の王……霊王も代替わりさえしなければそれよりも長かったのだろう。
「そ、それは本当なのか……?」
「本当だ。具体的には、最短であと13年弱……長くても50年と持たない。今この世界に生きている生物として、危機感を持て」
「ぐぐぐ……」
その話を聞いたジェラルドは頭を抱え、低く唸る。
そうして観念したように椅子に身を投げ出した。
「はぁ……その話が本当なら、確かにオレ様の要求はまるで無意味だな。世界が滅んじまえば種族がどうとかいう次元じゃなくなる」
その様子からノアはジェラルドの性格について考える。
(初めの印象からそうだったが、やけに理性的な男だ。見た目相応の横暴さもないわけではないみたいだが、ちゃんと頭で考えて話している)
まあ実際のところそれなりの頭がないと種族の王を務めるというのは不可能だろう。
人間よりも数は少ないとはいえ、獣人もまたそれなりに数がいるのだ。
「チッ、しゃあねぇ……お前……そういや名前聞いてなかったな」
「ああそうか、俺はノアだ」
「んじゃノア。頼むから世界を救ってくれよ?そうしてくれなきゃ元も子もねぇんだからな」
「ああ、解っている」
ここで二人は初めて握手を交わす。
解り合ったわけではない。
だが、それでもジェラルドはノアの人柄を、心を信じた。
その感情は形こそ違うが、根本的には神々と同じ。
(この信頼に応えなければ。そのためにも、今は試練を攻略する……)
ノアは、そう決意を新たにした。
初の王との邂逅───




