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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
3章.神域試練編
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5.深層羅神

「なん、だと?破壊神が世界を生み出す?そんなことがあるわけがない!」


ノアは耳を疑うようにリオエスタに問い詰める。


破壊神は破壊の力の根幹。


それは同時に破壊神の根幹も破壊でできているということ。


つまり、『何かを壊す』ことしかできてはいけないはずなのだ。


故にリオエスタが世界を生み出すなんてことが有り得ていいわけがない。


それができてしまえば、八神の権能のバランスが崩壊してしまう。


本来世界の神は一人。それをばらけさせたのがこの世界と、創造神アスティリアの人格だ。


それは本来薄氷の上を歩くように繊細。


権能は完全に分散させていなければどこかしらで矛盾が生じてしまう。


矛盾は世界にとっての致命だ。神々がそこを弁えないというのは絶対に有り得ないはずなのだ。


「まあ気持ちは解りますが、この能力だけは特別、ということですわよ」

「それは、どういう……?」


リオエスタは先程、この力を破壊神域と言った。


言葉通りなら神域を創造する力と言っても差し支えないだろう。


何故それは破壊神にも可能なのか。その点が完全に不明瞭だ。


「『神域』は神が持つ、己の力の象徴となる世界そのもの。魂の力を表層に出し、その力を世界として具現化させる魔法とはまた違った術───」


神域というのは神にしか使えないその神を象徴する空間、すなわち魂を世界として具現化させたもの。


「……つまり、この神域はお前が破壊神だからこそのものということなのか」

「ええ、その通りですわ。当然、神にも得手不得手はありますの。神域を使える神と、使えない神もいますわ」


要はリオエスタは破壊神としての神域を使える神であるということだ。


そして何より、破壊神の魂の具現化というのなら───


「この空間が破壊に満ちているのも頷ける……」


空、海、その他全てに本来なら有り得ない程の破壊の概念が詰め込まれている。


これが神域でなければこの世の終わりと言われても違和感はない。


そして何より、この神域内では先程よりもなお創造と再生の権能の効力が低くなっている。


先程の空間でもあまり使えなかったことを考慮すると、現状のノアの実力では完全に使い物にならないだろう。


(そうなればかなり厄介だな……すでに失血も酷い。創造の権能を使えれば破壊の力は弱くなるとはいえ、血を創造できたんだが……)


今ではそれすらも不可能。


致命的に血が足りないのだ。


もう破壊魔法に使う分の血でさえ足りるか解らない。


「……八方塞がりか」


逃げ道もなく、勝てる可能性もかなり低い。


元から逃げるつもりはなかったとはいえ、体制を立て直すために撤退することも許されない状況だ。


だが、それでも───


「───逃げる必要はないな」


ノアは笑みを浮かべながら白雪の切っ先をリオエスタへと向ける。


「ここからが本番なんだろ?なら、破壊神の本当の全力、見せてくれよ」


挑発的なノアの発言に、リオエスタも笑みを零す。


「ええ……元よりそのつもりですわ。ですので───」


高められる破壊の魔力。


空間から溢れる莫大な力。


それらが全て、ノアへと襲いかかる。


「───わたくしの本気で、滅びないでくださいませ」


言葉と同時に血の海が隆起し、高く打ち上げられた荒波がノアへと降りかかる。


「チッ……!」


見ただけで解る。


この波をまともに受ければたったそれだけで魂に損傷を食らってしまうことを。


「破壊神域、『死海』っていったか……文字通り死の海だな、これは」


だが、この海の攻撃はリオエスタ本人からの攻撃程決定的なものではない。


故に防ぐことも造作もない。


問題があるとすれば、この波を対処している間にリオエスタからの攻撃があるかもしれないということ。


最低限そこは警戒しておかなければならない。


「───無尽剣」


そこでノアが使用したのは無尽剣だった。


崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』でも、『壊獄之太刀』でもない。


だがそれでもやはり『光の剣戟』は使用している。


『光の剣戟』を使った無尽剣は強力だ。


虚無の力に剣の極地を併用しているのだから、相応の力を秘めていることは疑うまでもない。


(今の俺なら無尽剣よりも『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』の方が威力が出る。極限の集中状態が必須だが、『壊獄之太刀』が使えれば更に威力は上がる……)


なら何故、ノアは無尽剣を使ったのか。


無尽剣というのは虚無の権能のみで使う斬撃。この内、虚無の権能というのが重要だ。


虚無の権能を使う、という事実こそが使う理由になる。


虚無の権能を使用する関係上、同じ力で魔力を無にできるのはこの方法以外ない。


つまり、『光の剣戟』を使う場合は無尽剣が圧倒的に楽なのである。


崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』なら本来必要ない虚無の権能を使わなければ『光の剣戟』は使えない。


『壊獄之太刀』を使う場合はそもそも『光の剣戟』を併用できない。


それをするには少なくとも今のノアでは技量不足だ。


故に取ることのできる選択肢の中で『光の剣戟』を使うのに最も効率的なのが無尽剣。


それによって血でできた波は斬り裂かれ、ノアにまでは届かない。


だがこの神域の力は当然こんなものではない。


「『血壊流破(ガルジェス)』」


リオエスタの魔法により、血の波が更に勢いを増してノアに襲いかかる。


そしてそこに内包された破壊の概念はすでに限界を超えており、周囲にその力を撒き散らしながら迫った。


「これは……」


凄まじい威力を持つその魔法はリオエスタがガロンとヴァディアが衝突した際、その余波を防いだ魔法だ。


「───」


ノアは紅き破壊の波を注視し、白雪の刃に破壊と虚無を乗せた。


「───『壊獄之太刀』」


振るわれた刃によって飛んだ斬撃は一撃で『血壊流破(ガルジェス)』を斬り伏せ、破壊神域に大きな傷を残す。


(……なるほど。神域は不可壊というわけではないようだな。内側からそれ以上の力で塗り変えれば神域そのものを消し去ることも可能みたいだ)


だが今のノアではそんなことできるはずもない。


理屈が解ってもそれを実行し、成功させるだけの力がノアにはないのだ。


(今俺の出力できる力で最も強いのは『壊獄之太刀』か『黄昏之刃』だ。『壊獄之太刀』で神域そのものを壊しきれなかった以上、恐らくだが『黄昏之刃』でも似たような結果になるはず)


つまり神域破壊によって脱出することは実質的に不可能。


ならばどうするべきか。


「───お前を倒すしか、戻る方法はないわけだ」


ノアは自身よりも高い位置にいるリオエスタを見上げる。


「ええ、その通りですわ。そして限定的ではありますが、わたくしもここでなら使える力があります」

「……なに?」


リオエスタは自身の切り札は三つだと言っていた。


今使ったのは血壊鎌と『死海』の二つ。


ならばあと一つは一体何なのか───


「これは神域を除き、神々が使える力の結晶体───まあわたくしのように神域内でしか使えない神や、神域と同様に使えない神も存在してはいますが」


それでも、神々は各々がその力を所持している。


リオエスタの左手に破壊の概念が集い、紅く光り輝いた。


「───深層羅神、『破滅災牙』」


その瞬間、二人の遥か下にある海が爆ぜた。


そしてそこから姿を現すのは───


「───龍?」


『死海』の海でできた巨大な龍が途轍もない速度で飛来し、リオエスタの背後から彼女を護るようにノアを睨んだ。


「───ッ!」


そして感じる。


込められた破壊の概念、普通の世界内は当然、この破壊神域内ですら本来は許容できない力が、その龍に内包されていることに。


だが、きっとまだ完成じゃない。


「ふふふっ───」


笑みを浮かべたリオエスタが、光の集ったその左手を龍の身体に突っ込んだ。


「ッ───!!」


その瞬間、龍の瞳が先程の光の色に輝く。


(───たった今、あの龍に命が宿ったように見えた───これが神の力の真骨頂、深層羅神かッ!)


龍に宿る破壊の概念が倍化し、神域そのものが揺れ動く。


『死海』とてこの龍の前ではそう長くは持たないのかもしれない。


「───はは、このレベルのものを他の神々も持っているのだとすると、ゾッとするな」


先程リオエスタ本人が言ったように、全ての神が深層羅神を使えるというわけではないのだろう。


彼女のように自身の神域内でしか使えないというような縛りがあったり、代償などがあってもおかしくはない。


その影響でそもそも行使そのものが不可能だったりというのも考えられる。


だが、それを差し引いたとしても……


「深層羅神……文字通り戦闘の次元が格段に跳ね上がる、神のみが使える権能の真髄か」


ノアは神々の権能を所持しているとはいえ、神ではなく人間だ。


故にノアが使える代物であるとは思えない。


ただノアが権能という力を持っているというのもまた事実。


何かしら後天的な理由で神になることがあったとすれば、ノアも自身の虚無の権能から得られる深層羅神を使用できるだろう。


「だが今はまだ不可能、となれば」


現状持つ力であの龍と対峙しなければならない。


当然生半可な力では一瞬の拮抗もできずに押し負ける。


それだけは火を見るよりも明らかだ。


(この神域内でまともに使えるのは破壊と虚無。何とか終焉も使えなくはない程度だが、あの龍……名を破滅災牙といったか。あれを相手に使える程の力は終焉の権能にはない)


終焉神だったなら勝てただろうが、生憎とここにいるのは終焉の権能を使いこなすには程遠いノアだ。


ノアの使う終焉の権能ではどう足掻いても敗北を喫する。


だが破壊と虚無だけでどうにかなるものなのか───


「さあ、蹂躙なさい───破滅災牙」

「チッ!」


リオエスタの命令で破滅災牙がノアに向かって動く。


速度は速くない。先程の血壊鎌での攻撃の方がまだ速かった。


(しかし、これは───!?)


破滅災牙に当たれば即死だ。故に当然ノアは避けようとする。


だが避けた先に、破滅災牙の胴があった。


(見ただけで解る……あれには、触れるのすら駄目だ)


破滅災牙は巨大だ。


単純な胴の太さもさることながら、問題なのはその長さ。


リオエスタを覆う程巨大だったにも関わらず、その胴の大半はまだ死海の中だったのだ。


ノアが躱した先にあったのはその胴が海上に出てきたもの。


そして、それはまだ───


「───まさか」


ノアは一つの予測を立てる。


もしかすると『死海』の紅い海全てが破滅災牙を形作るのではないか、と。


(もしこれが正しいのなら、俺に逃げ場はない。破壊神域に誘い込まれた時点で俺の負けは確定していた───?)


ノアは迫り来る破滅災牙を躱し、躱した先にある胴も触れないように立ち回る。


だがこれではどう足掻いてもリオエスタには近づけない。


破滅災牙が相手では『壊獄之太刀』では分が悪い。


破壊の真髄に対して破壊の権能を宿した斬撃で立ち向かうのは無謀だ。


どう試行錯誤したとしても押し負けるだろう。


かといって『黄昏之刃』を使える程の隙は破滅災牙が与えてくれない。


使う隙があったとして、破滅災牙を打ち破れるかと言われれば不可能に近いのだが。


そこでノアは違和感に気づく。


(……動きを読まれている?)


ノアがどれだけ破滅災牙を躱しても、その先には触れれば終わりの胴がある。


空間全てを埋め尽くす密度があるわけでもないのに、ノアの向かう先に、的確に。


(この感じ……ガロンの時に似ている)


かつてガロンと戦った際にガロンが使った魔法、『夕滅の朱糸(アルガ・ガヴロン)』。


あの時と状況が似ていた。


動きの先を読まれる感覚。あの時は糸を破壊できる力を使えたからまだ良い。


だが今回は相手が相手、『夕滅の朱糸(アルガ・ガヴロン)』ではなく破滅災牙なのだ。


ただの魔法と深層羅神。この違いはあまりにも大きい。


(何故動きを読まれる───?)


ノアは身体をずっと動かしながら思考する。


今のノアは身体と意識が実質的に乖離している状態だ。


こんなこと、本来なら体に宿る意識と魂に宿る意識の二つがなければできない。


それを可能にしているのが虚無の権能だ。


無を司るその力は、たとえ無意識であろうともその身体は相手の攻撃に反応して動き続ける。


ラフィナに殺された際に動けたのもこれと同じだ。


そして───無意識だからこそ到達する極地もある。


「これは一体───?」


その光景にリオエスタは疑問符を浮かべる。


ノアの持つ白雪が、常に光を放っているのだ。


その光は魔法や魔力を一切宿しておらず、その状態の白雪から放たれるのはただの斬撃でしかない。


だがその斬撃の威力は常軌を逸している。


「あれは間違いなく『光の剣戟』……ですが、あれは衝突する一瞬しか使えなかったはずでは……?」


ノアは先程『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』を使用した両手や血壊鎌と打ち合う際、白雪とそれらが触れ合う瞬間にしか『光の剣戟』を使っていなかった。


ずっと使い続けることはできなかったのだ。


だからこそ連続では使えず、それ以外を躱していた。


でも今は違う。


「永続的に『光の剣戟』を使用している……」


そこでリオエスタはノアの顔を、瞳を視た。


「わたくしや破滅災牙を見ていない……?まさか、あれを無意識でやっているというのですか……貴方様は……?」


リオエスタが衝撃を受けているその瞬間にも、ノアは思考を深く巡らせている。


(ここは破壊神(リオエスタ)の世界だ。その内部のことは把握できてもおかしくはない。だが、やはりどこか引っかかる。何だ?一体何がおかしい……?)


おかしなところはどこにもない。


それなのに何故か違和感を感じている。


五感ではない何かがどこか変だと訴えかけている。


(ガロンがしていたのはただの予測だ。あいつは俺の動きの先を予測して、その場所に攻撃を設置していた。未来の権能のように確定した未来に置いていたわけではなく、予測でしかない。故に外れることもあったはず。だからこそ、ガロンは空間に朱糸を張り巡らせていたんだ)


リオエスタは当然未来の権能を所持していない。


故に彼女にできる限界は予測でしかないのだ。


(この神域内の情報の全てを網羅できるとしても、その先の未来は予測することまでしかできない。情報から有り得る可能性を絞ってもそれはあくまでも予測でしかなく、未来を知っているのとはまるで違う)


そこまで考え、ようやく腑に落ちる。


「───そうか」


感じる違和感。その正体は───


「───破壊神(リオエスタ)にできるのは予測まででしかない。だが予測にしてはあまりにも攻撃が少なすぎる」


それなのに、ノアを追い詰める程の攻撃。


問題なのは一撃の威力ではなく、ノアに迫る危機の数だ。


ガロンの『夕滅の朱糸(アルガ・ガヴロン)』は地下のあの空間全体に張り巡らされていた。


故にノアに逃げ場は少なく、その少ない逃げ場に移動したノアに待ち伏せの攻撃をしていたのだ。


ノアの動きを完全に絞ったが故にできた芸当。


だが、リオエスタの破滅災牙はどうだ。


攻撃頻度は血壊鎌程ではないとはいえ、それなりには多い。


夕滅の朱糸(アルガ・ガヴロン)』と違って一撃の威力や範囲も桁違いに大きい。


しかし、空間は空いている。


破滅災牙が迫る攻撃の方向以外はほぼ全ての場所に逃げることができる。


それなのに逃げた先にまた攻撃がある。


この空間ではどう予測してもノアがどう動くかの可能性は数十通りあるのに、的確にノアの動いた先だけに攻撃を置いているのだ。


最早思考を読まれているとしか思えないが、そもそもノアは今思考と身体は完全に解離している。


ノアの無意識を読んでいるのだとすれば、それはもう破壊神の芸当ではない。


(一体何がそうさせている?俺の何を読んでいる?何故俺の動く先を知っている……?)


解らない点が多すぎる。


一撃食らえば即死だ。


それなのにこの戦況では巻き返すことも不可能。


神域展開前のように追憶の権能は使えない。この神域内ではノアの持つ破壊と終焉以外の微弱な八神の権能はそもそも作用しない。


どうすれば勝てる。


どうすれば近づける。


一体、どうすれば───?


次の瞬間、破滅災牙が塒を巻くようにノアから逃げ場を奪う。


「ッ!?このッ!」


ノアが絡繰の一部に気づいたこのタイミングで、破滅災牙は完全にノアを滅ぼすために動いた。


周囲一帯が破滅災牙の胴で埋まる。ノアにもう逃げ場はない。


そして、ノアを頭上から見下ろす破滅災牙はその顎を大きく開いた。


そのままノアへと向かってこれまで出したことのない速度で迫る。


(これまでで一番速い……だが、何もかも『壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』程ではない!)


ノアの身体は無意識から戻り、意識的に身体と魔力を動かす。


そして発動する二つの力。


「───『黄昏之刃』」


まず一つ目。


だがこの程度で破滅災牙が止まるわけがない。


僅かに威力が減衰したものの、変化は誤差。もうないものと考えてもいいレベル。


だが、ノアにとってはその誤差が重要だった。


「あのレベルでは耐えきれないことは解っていた───だが今のお前なら受け切れるッ!『無の混沌(ラグデネア)』ッ!」


そして、これが二つ目。


無の混沌(ラグデネア)』によりノアの魂は全てを飲み込む混沌と化した。


当然許容量はあるが、素の状態と比べれば破壊の権能を抑え込む能力は歴然の差だ。


(万全というわけでもないが、これが今俺にできる最高の状態!これで受け切ってみせるッ!)


破滅災牙が牙を剥き、ノアを噛み砕かんとする。


「───!」

「がぁ───ッ!」


壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』を受けた時と同じように、ノアの虚無の魂が重大な損傷を受ける。


(これは、やはりそうなのかッ!?)


魂というのは本来明確な形を持たず、たとえ魔法であろうとも普通は触れることはできない。


魂に直接結びつく魔法、『惨死の魔弾(ウルト・ジジェン)』などはその限りではないが、魂に直接攻撃を与える魔法というのはとても珍しいのだ。


そしてこれまでリオエスタは破壊の概念こそ宿していたものの魂に触れる攻撃まではしなかった。


その上で、この破滅災牙だ。


(破滅災牙は触れることはできないはずの魂を的確に攻撃する……さあ、貴方様はどう切り抜けるのですか?)


塒の外側から見つめるリオエスタは真剣な瞳で破滅災牙をコントロールしている。


(破滅災牙は魔法などではなく、一種の生物のようなもの。龍としての本能が、貴方様の強大な魂を求めている……わたくしの出した命令には絶対に従うはずの破滅災牙が、わたくしの命令を振り切ってまで……つまりノア様、貴方様は本来ならわたくしどころかこの世界の本来の神である界律神をも軽く上回る逸材のはず。ならばこの程度の苦境、乗り切ってみせなさい!)


破滅災牙が塒を巻き、ノアへ牙を立てたのはリオエスタにとっても予測していない事態だった。


リオエスタは先程までの攻撃を続け、ノアに覚醒の機会を与えていたにも関わらず、破滅災牙がその命令を無視してノアを滅ぼしにかかったのだ。


破滅災牙はリオエスタの命令を主軸に、龍としての本能も持ち合わせている。


つまりより強大な力へと向かい、それを取り込もうとする性質があるのだ。


本来ならそれをリオエスタの命令で上書きできるのだが、今回ばかりはできなかった。


何故ならノアにはこの世界の神々を大きく上回る力が眠っているから。


ノアが取り戻せていない前世の記憶に何かヒントはあるのだろう。


だがそれを自覚することができるのは追憶神の神域試練。


現段階で記憶を取り戻すのは不可能に近い。


故に、ノアは今持つ力だけでこの破滅災牙の暴走を切り抜ける必要があった。


(押し込まれるッ!)


だが相手は破壊神の深層羅神。


そう簡単にどうにかなるものではない。


すでに魂は食い破られ、虚無の概念に風穴が空いている。


(俺の力の根源は虚無……存在しないはずのものを食い破って滅ぼし続けるのか……?)


そう、それこそが破滅災牙の能力。


概念の破壊───それが破滅災牙の真の力なのだ。


破滅災牙の牙から溢れ出る破壊はノアの虚無を破壊し続け、無を有にしようとしている。


(俺の無は破壊されれば有になる……有になってしまえば、俺という存在の実質的な不死性は意味をなさないッ!)


滅んだとしても無から蘇ってくることのできるノアだが、無でなくなってしまえばそれすらも不可能となる。


つまり、滅びればそのままということだ。


存在していないものを滅ぼすことはできないが、存在しているのならいずれ滅ぶ。


簡単な理屈だ。


(できるか……?この状態で攻撃を……ッ!?まずいッ!)


ノアの意識が明滅する。


失血に加えて魂の損傷を負っているのだ。


むしろ意識がある方がおかしいのである。


(仕方がない……ここで意識を失うよりはまだましだ)


そこでノアは二つの権能を同時行使する。


それは虚無と創造だ。


それを塒の隙間から垣間見たリオエスタは怪訝な顔をする。


(今見えた光はアスティリア様の……?ですがこの神域は破壊の権能そのもの。この場では創造の権能は使えるレベルではないはず)


それなのに、創造の権能の放つ光が見えた。


(一体あの中で、何が起きているというんですの……?)


ノアがやっていることは単純だ。


工夫こそしているし、それはノアにしかできないことではある。


だが難しいことは何一つしていない。


(権能は概念だ。故に固定の形を持たず、行使しても純粋にその力がそこに存在しているだけ)


だが、一定の形を持たせてしまえばできることがある。


(形を持たせた想像の権能を、同じく形を持たせた虚無の権能で包む───虚無が何にも干渉されないという点を利用した、この場所で唯一の創造の権能を使う方法……!)


虚無は破壊にすら干渉されない。


その性質を利用し、その内側で創造の権能を練る───複数の権能を同時に使えなければできない芸当だ。


故に破壊の権能しか所持していないリオエスタには不可能。


彼女にはそのような発想がないのだから、ここで創造の権能を使われたという事実だけがその思考に残り続ける。


破滅災牙は現状リオエスタの支配下にないため、攻撃の手が緩まることはない。


だが破壊神域も破滅災牙も、どちらも力の供給源はリオエスタなのだ。


故に思考の海に沈んでしまえば、供給される魔力と破壊の概念はほんの少しだけ減少する。


ノアはそれに乗じることしかできない。


だがそれが勝利に繋がるであろうこともまた事実なのだ。


(よし、創造の権能で最低限血は戻った。破壊魔法に使えるものでもないが、これであと考えるべきは貫かれた魂と破滅災牙だけ)


未だに破滅災牙の牙はノアの魂に深く突き刺さっており、どう足掻いても抜ける気配はない。


無の混沌(ラグデネア)』を使っているとはいえ、その牙は完全には受けきれていないのだ。


そして、ノアにとって何よりも厄介な問題が浮上してきた。


(このタイミングでこれが……)


破滅災牙の圧倒的な破壊に当てられ、ノアの持つ虚無の魂だけでなく撃ち抜かれていた壊滅の力を持った二つの弾丸も活性化していた。


(……いや、この力……使えるんじゃないか……?)


リオエスタの破壊とアルファルドの壊滅は似て非なる力だ。


どちらも強力なことに変わりはないが、本人の強さから見てどちらかといえばアルファルドの方が強いかもしれない。


同じ力は対抗した時、反発し合う。似て非なる力なら尚更だ。


この力さえ利用できれば、ノアの勝利はぐっと近づく。


(やってみる価値はある……!)


そこで、ノアは『無の混沌(ラグデネア)』を解除する。


(力に対抗しては駄目だ。全ての力を、魂で受け止めろ。できなければ魂が滅びる。でもそれでいい。その程度できないのなら、ヴァディアやアルファルドには勝てない……!)


乗り越えるべきは魂の滅び。


できなければただ滅びるだけだ。


打ち込まれている破壊も、活性化している壊滅も、その全てを虚無の魂一つで受け止める。


(ぐっ……!やはり『無の混沌(ラグデネア)』なしだと力が暴走しやすい)


破滅災牙に当てられて活性化するのはノアの虚無とて同じ。


無の混沌(ラグデネア)』を解除したことによって破壊の概念が直接魂に打ち込まれ、それに応じて虚無が荒れ狂う。


だがその力は爆発的に上がっているため、制御さえできれば破滅災牙を取り込むことだってできるはずだ。


そう、制御さえできれば。


(制御が……離れていく……このままだと俺は……!)


制御が完全に離れれば良くない結果になることは目に見えている。


良くてラフィナの時のように死んだ状態で身体だけが戦い続けるだろう。


悪ければ───


(俺の力の深さにもよるが……力が強すぎた場合、神を滅ぼしかねない)


暴走のままに暴れればリオエスタを、この世界の破壊を司る神を概念ごと消し去ってしまうかもしれない。


当然そうなるかどうかは未知数だ。だがその可能性は十分ある。


ノアの前世……そこから考えられる潜在能力的にいえば、むしろそうなってしまう可能性の方が高いかもしれないぐらいだ。


(そうなるわけにはいかない!制御を緩めるな。何があっても制御だけは……!)


そして、やがて。


ノアは一つの核心に辿り着く。


(虚無、壊滅、破壊───)


その三つの力が反発し、三つ巴のように互いを攻撃し合う。


その中の一つでありノアの力の根源、虚無。


(破壊の力の真髄が破滅災牙だった。たとえ深層羅神でなくとも───魔法だったとしても、使えるんじゃないか───?)


───虚無の力の真髄を。


「───『混沌災禍(ラグナヴィア)』」


その瞬間、世界が停止する。


そして、破滅災牙のその頭部が無条件に無へと帰した。


「な───」


その有り得ない光景にリオエスタは絶句する。


(破滅災牙が、なんの抵抗もなく……?)


その間にもノアの力は増幅していく。


そして、それが開放された。


ノアの魂から荒れ狂う渦が展開され、頭部を失った破滅災牙の残骸が巻き込まれて滅びる。


ノアの魂に内包されているのは───矛盾。


虚無は無であるが故に存在していない。


だが、そこに無という概念は存在しており、同時にノアもそこにいる。


存在していないのに存在している。その矛盾こそが虚無の権能の真髄だ。


矛盾は世界にとって致命的な隙となる。


場合によっては矛盾から世界が滅ぶこともあるのだから。


「もう、切り札はないんだったな」

「ッ───!?」


虚ろな瞳をしたノアがリオエスタに話しかける。


その眼は虚ろではあるが、どこか芯があるような、強い意志を感じる瞳だった。


「これ以上手がないのなら───お前に勝ち目はないぞ」


ノアはその顔に浮かぶ絶対的な自信と共に、リオエスタに宣告した。


戦いは終局へ───

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