11.遺った言葉
2章完結します
膝をついたノアは動かない。
もう動こうと思えなかった。
何をしても無駄だと理解したから。
自分には何もできないと確信したから。
「……」
それでもノアは死なない。
ノアは自決できない。
虚無が虚無を滅ぼすことはできず、白雪も同じだった。
ノアが使えば、結局ノアの持つ力しか付与できない。故にノアを滅ぼす程の力は出せない。
だからこそ死ねない。自分で死を選ぶことは許されない。
その事実が自分は何もできないのだという意識に拍車をかける。
(死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね───)
自身に対して呪詛を念じる程、ノアは追い詰められていた。
世界の外側から来た自分が生き残った意味を見出せなかった。
死にたかった。滅びたかった。
あの二人が滅ぶくらいなら、自分が。
「何故、自惚れていたんだ……」
こういう事態を想定できていなかった。
神々ですら対処不能だったことから、いつかこうなることは目に見えていたのに。
ノアは初めて穿界の魔手に近づいた時に受けた屍達の呪詛を思い出す。
───お前のせいで、滅んだ───
「うッ……!?」
そして、想像してしまった。
ユキとガロンが自分に向かって呪詛を吐いているのを。
「ぐ、うぅ……」
ノアは吐き気に見舞われる。
あの二人がそんなことを言うはずがないというのはノアが誰よりも理解している。
だが、その光景を想像できるか否かはまた別問題だ。
(ユキはこの世界にとって大切な存在だ。界律神装というのは世界に存在する物質の中で最上位に君臨するものと言ってもいい。その魂そのものであるユキは世界からすれば失うわけにはいかない存在。デュランの魔弾の傷を再生させたのがいい例だ。世界がそれ程までに丁重に扱う存在であるが故に、ユキは他者の権能に順応する力を見せた。でなければ俺の使った破壊魔法の再現なんてできやしないし、そもそもデュランの時だってあいつは魔法に自身の魔力を上乗せしていた。波長の違う魔力を重ねても無意味だし、最悪の場合魔力どうしで相殺し合う。そうならなかったのは一重にユキの順応力によるもの。あいつは俺が行使したという条件つきなら、どんな魔力にも適応できた。それはきっと俺が白雪の使い手に相応しかったから。俺以上に白雪を扱える存在がこの世界の過去、現在、未来の全ての時間軸においていなかったから。だからユキは俺に完全に順応した。俺にとって、それは戦力として心強いものだった。それなのに、俺はユキを守れなかった。ラフィナを殺そうとした瞬間、油断してしまった。そうでなければあの弾丸なら何とか躱せたかもしれない。最初に死んだのも俺の油断が招いた事態だ。あの戦いにおいて、あらゆる事象が俺の責任だ。ユキが滅んでしまったことに対して、あいつ自身は何も悪くない。全部俺が悪い。だからユキ、俺を呪え。俺を殺せ。せめてお前の手で殺してくれ。これが不可能なことは解ってる。でももう無理なんだ。ガロンももういない。それどころか屍を操られて敵にまで回ってしまった。俺はあいつに勝てない。力でも、心でも。もうボロボロなんだ。死なせてくれ。滅ぼしてくれ。ユキでもガロンでもいい。俺はもう戦えない。だからどうか俺を殺してくれ───)
今なおノアはガロンに勝てるだけの力がない。心が折れてしまった今では、精神面でも勝ち目はないだろう。
もうノアは戦えない。戦うだけの気力が残っていない。
戦う力はあっても、敵にはそんなもの通用しない。
ガロンにも、ヴァディアにも、当然アルファルドにも。
(この際、神でもいい。殺してくれよ。俺はもう生きたくない。俺のせいであいつらが、俺の大切な存在が滅んでしまった。滅びるなら俺でよかった。俺が滅びればよかった。それなのに、何故あいつらが───)
ノアはボロボロの状態のまま上空を見つめ、目を鋭くして睨んだ。
「……おい、聞こえてんだろ。終焉神でも破壊神でもいい。お前らなら俺を滅ぼせるだけの力があるはずだ。今の俺は弱すぎる。一番弱い神一人にすら勝てないだろう。だからもう滅ぼせよ。今の俺を生かしていても、なんの価値もない。俺に授けた権能を自分達に戻した方がよっぽど価値があるだろ。殺せよ、早く!」
ノアは叫ぶ。
自分を殺せ、滅ぼせと。
「俺は、世界なんて救えやしな───」
そこで脳裏にユキの言葉が甦る。
───『一緒にいたのはほんの少しだけだったけど、私は楽しかったよ。私は大丈夫。だから、私を使って、世界を救って?』
「───ッ!」
ノアは左手に持っていた白雪にもう一度目を向ける。
ユキが滅ぶ前よりも輝きを増した刀身は、世界そのものの力を秘めていた。
「───ユキ」
そこには紛れもなくユキがいる。
魂は滅び、意思は消滅し、ユキとしての人格は完全に消え去った。
それでもなお、ユキはそこにいる。
「白雪を使って───世界を救う───」
まるで物のように。
だがノアはそんな言葉に心当たりがあった。
ユキが目覚める前のガロンとの会話を思い出す。
───『世界を救うために、この少女を利用する覚悟だ』
「世界を救うために、白雪を利用する───」
そしてユキは、ノアに利用されることを望んでいた。
「そうか───そうだったんだな。俺と違ってお前はもう、覚悟なんてとっくに決めていたわけだ」
ノアは白雪を力ずくではなく、あくまでも優しく握り締める。
「そうだ。復讐なんてくだらないことはしない。ユキが、ガロンがそれを望んだんだ。自分を利用してでも世界を救えと。なら俺はあいつらの希望に応えるのみ。俺の意思はどうでもいい───いや、違うな」
ノアは先の戦闘以来、初めての笑みを見せた。
「あいつらの望みが俺の望みだ。俺の意思はそこにある。ユキとガロンのために、俺は世界を救う。創造神達が望んだからじゃない。この世界の住人が望んだからじゃない。あくまでもあの二人がそうして欲しいと願った。だからこそ俺はそれに応える」
その両足を踏みしめ、ノアは力強く立ち上がる。
依然として心身共にボロボロだ。魂に穿たれた二発の弾丸は未だにノアを侵食し続けている。
だがそれでも、希望を捨てない。諦めない。
他でもないあの二人がそれを望んでいるから。
「これは復讐なんかじゃない。世界を救う旅だ。あの二人のためだけに、俺はこの世界の全てを救おう」
一度絶望の淵に立たされたノア。
未だに自身としての希望はない。
今ノアが抱いている希望はノアのものではない。
でも、それでいい。
ノアは無だ。からっぽの存在だ。
その穴は他者が埋めてやればいいのだ。
だからこそ、この希望はノアのものでなくてもいい。ユキとガロンが、滅びてもなおノアに希望を捨てさせない。
ノアは穿界の魔手を思い切り踏みつけ、歩を進める。
それが希望と絶望の渦巻く旅の、二度目の始まりの合図だった。
他者の希望はノアの希望───
ここで2章は完結とさせていただきます。読んでくださった方々、本当にありがとうございます!
今後とも「穢れた世界の救い方」をよろしくお願いします!




