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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
2章.開戦編
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6.壊滅

誰よりも早く動いたのはラフィナだった。


「『魂魄転写(グズド・ヴェア)』ッ!」


それは人道に反する禁忌の魔法。魂の分割、再生をし、寸分違わぬ魂を複製するというもの。


その過程で、想像を絶する激痛を伴う。


『ガ、ガガッ───』


廃人と化してしまったはずの複製体全てが苦痛に満ちた声を上げる。


もうすでに廃人であるため、本来なら痛みを与えようとも反応することはない。


だが複製体達は痛い、痛いと訴えている。


魂に影響を及ぼすとは、本来感じるはずのない痛みを強制されるのだ。


逆にそれに耐えて自らの力を探るノアの方が異常なのである。


『ガガガガガガッ───!』

「ッ───!?」


聞こえるのはおぞましい声。


本来人間からは出てはいけない音。


それが響いた後、複製体がまるで細胞分裂でもしたかのように二つ、四つと倍々に増える。


先程まで残っていた複製体は250。分裂を五回繰り返し、その数は8000にも及んだ。


「はぁ、はぁ……」


魂魄転写(グズド・ヴェア)』はラフィナの魂にも大きな負担がかかる。


故に余程危機でない限りは戦闘中に使うことはまずない。


つまり、今回はラフィナも追い詰められているということだ。


「はは、この数なら無理なんじゃない?」


ラフィナは脂汗をかきながらも笑みを浮かべる。


「普通に戦えばね。でも、私も使えるんだよ」


だがただでやられるユキではない。


ラフィナは複製体を通じて『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を使った。


この魔法は性質上、霊域核の力を使わなければ行使できない。


それが何を意味するかは明白だ。


ラフィナはかつてのデュランと同じように霊域核と繋がっている。


そして霊域核は密接に関係するもの程強く結びつく。


つまり───


「霊域核の力を最も受けやすいのは、界律神装」

「まさか───」


強靭な魔法線が界律神装と繋がる。


繋がった先は穿界の魔手。あの中に霊域核が存在しているのだ。


崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』によって紅く染まっていた刀身が純白の光によって浄化される。


性質はそのままに更なる力を得た界律神装は、そこに存在するだけで眼前にいた1000の複製体を破壊し尽くした。


「そこに、いるだけなのに───」


今のユキは存在するだけで『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を放った時と同等の衝撃をもたらす。


ユキが霊域核から受ける恩恵はラフィナとは比にならず、数百倍の魔力を得ていた。


「『穿界の(レイル)───』」


ラフィナはユキを睨み、その魔法を行使する。


その数はこれまでで最も多く、蒼き螺旋を描く光は5000にも及んだ。


「『───痕弾(フェルゼ)』ッ!」


世界の一部が蒼く染まる。


第四界滅爪付近では常闇と雷電が荒れ狂い、地上では蒼き螺旋が世界を蹂躙した。


「───」


そんな状況ですら、ユキは慌てることなく界律神装を構える。


その背後にはノア。意識はなくとも、現状ではユキの方が力を持っていることを理解し、ユキに己の魔力を預けていた。


「ありがと、ノアくん」


ユキは振り返らずに微笑む。


そこにあるのは暖かく、静かな白。


荒れた世界を浄化するかの如く、その存在と魔力は地上を癒した。


「───『界域律せし白命の霊斬(ラー・グレス・カイゼ)』」


純白は『無の混沌(アルデネア)』を上回る程の力を持ち、その斬撃は全てを斬り裂く。


当然『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』などいとも容易く飲み込み、それどころか残りの2000の複製体の全てを消滅させた。


「あ、あぁ……」


いくら無限に複製可能といっても、ラフィナは無から魂を生み出せるわけではない。


故に複製する対象が消滅した場合、彼女には何も残らない。


現状の戦力的には、確実にデュランにすら及ばないだろう。


「ぐっ、はぁ……」


だがユキも満身創痍だ。


負荷が強すぎたからか大量に吐血しながら地面に倒れ込む。


「は、はは、運が悪かったわね……」


ラフィナは無傷。どうにか動けないユキを殺せば勝機はなくとも一矢報いることはできる。


否、それどころかユキに『魂魄転写(グズド・ヴェア)』を使用することも可能だろう。


それができるのなら、ラフィナはまだ負けてはいない。


「───」


───そう、その存在を除くなら。


「───ふぅ」

「ッ!?」


声を発したのは先程まで紛れもなく死んでいたはずのノアだ。


ノアは確実に死んでいた。現状のノアの力なら再生の権能で修復しようとしても、死を覆すなら最低でも一日はかかる。


それなのに、ノアは蘇ってきた。


「結構時間がかかったか……」


ノアは生きている感触を確かめるかのように手を握っては開いている。


「何故……何故もう蘇ったッ!」


ラフィナが恐ろしい形相で叫ぶ。


それはまるで見たくない現実を突きつけられているかのよう。


……否、本当にそうなのだろう。ノアが蘇ったのは現実なのだから。


「何故と言われてもな……お前も知っての通り、俺という存在は根幹が無だ。再生の権能を使わなくても死んだら無から蘇ってこれる……まあ賭けだったが」

「そんな出鱈目な……」


人間は死ねば魂となり、その魂は完全に浄化されてまた新たな人間として生まれ変わる。


それがこの世界の摂理だ。


それを覆せるのは摂理の根幹を担う神々の権能……この場合は再生の権能となる。


だがノアの持つ虚無の権能は世界の摂理にすら縛られない。無であるが故にあらゆる事象や理、次元すらもすり抜けてしまう。


つまり───


「まあ神を除いてより高次元な存在がいるのかどうかは疑問だが、どうやら俺の虚無は多次元理論にも縛られないみたいでな。たとえ高次元な存在と相対しても、俺の力は無条件で通用する……だからこそ、理や摂理を無視できるんだよ」

「そんな……馬鹿げてる、そんな力……」

「お前は俺の力ぐらいは知ってたんだろうに……」


確かに、ラフィナはノアの虚無を知ってはいた。


だが当時のノアがその力を使う時、相対した存在は消滅した。


故に詳細な情報は持っていなかったのだ。


「今の貴方は……前よりも弱い」

「ああ、それぐらいなら知ってる」

「弱いからこそ、その力を理解してしまった……もう、私に勝ち目はないわね……」


ノアはユキに再生の権能を行使しつつ銀刀を持ってラフィナへと近づく。


足取りに躊躇いはない。ラフィナが非人道的な存在だと知っているから。


「───死ね」


虚無の権能が込められた刀身が閃き、ラフィナにその刃が届く───


「───は?」


その直前に、銀刀とノアの右腕が───滅んでいた。


「な、何故……?」


不思議と痛みは感じない。


ただぽっかりとそこの存在が抜け落ちたような、そんな感覚。


そして何より───


「虚無が……滅んだ……?」


無は無であるが故に、滅びることはない。


仮に滅んだとしても、滅んだ先にあるのは無。つまり無が根幹となるノアの力において、無というのは本来都合がいいものだ。


だがそれを完全に無視して虚無が滅び去った。


そんなことは『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を何千発撃ち込まれようとも有り得ないはずなのに。


ノアはラフィナの奥を見る。


そこに、それはいた。


黒髪で赤目の男だ。黒い軍服を着ており、穿界軍の人間だということが解る。


右手に持つのは一丁のライフル。これもまた漆黒であり、銃口に見える魔力も漆黒。


そこに込められた概念は───


「───『壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』」


漆黒の光が膨張し、魔法の発動と同時に爆ぜる。


光速の数倍を優に超えた弾丸は壊滅の概念そのもの。


つまり、あれに当たれば滅び去る。


「ッ───!?」


今のノアでは光速は視認できない。


故に勘による行動。


自らの虚無でできる限り弾丸の威力を減衰させつつ、魔法を展開する。


「『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』、『無の混沌(ラグデネア)』ッ!」


滅ぼされた右腕は治らない。


左手に新たに創造した銀刀。そこに破壊の権能を流し込んでどうにか弾丸の余波を斬り裂く。


だが、その時点で銀刀は粉々に砕け散った。


弾丸の余波のみで、だ。


弾丸本体はノアのその魂と『無の混沌(ラグデネア)』で受けた。


「ぐッ───!?」


その衝撃は500発の『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を上回る。


そう、たった一発の弾丸で。


だがノアもただでやられる存在ではない。


ノアは先程、一度死んだ。


ノアの力は虚無の権能。無そのものであるが故に、無に近づけば近づく程その力は増加する。


死んで無になったからこそ、先程までよりもその虚無はより一層深くなっていた。


つまり、『無の混沌(ラグデネア)』は相乗的に力を増すのである。


ノアの魂の内部で虚無と壊滅がせめぎ合う。


全てを飲み込み、無に帰させる虚無。


全てを滅ぼし、無すら消し去る壊滅。


互いが互いを食い合い、対消滅していく。


「ぐ……」


一度無になったが故に遥かに強くなったはずのノアだったが、『壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』を受けきってまだ動ける程強くはなっていなかった。


だがそれでもノアは死んでいない───


「……想定していたよりも力を取り戻しつつある、か?一応許容の範疇だが、これ以上となれば危険だな」


壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』を放った男が言う。


「ラフィナ」

「っ……ハッ!」


男が近づいたからか、戦意を喪失していたラフィナが立ち上がって敬礼をする。


その青い瞳に込められているのは畏怖。


間違いなく、ラフィナは目の前の男を恐れていた。


「も、申し訳ありません。私一人では倒し切ることができず……」

「ああ、それはいい。力の具合によっては貴様では倒せないのも道理だ」


二人はノアが何者かを知っている。


「お前は───」


動けないノアが黒髪赤目の男を睨んで問いかける。


男はそれに、銃口を向けることで答えた。


「『滅火弾(ヴラド)』」


放たれるのは黒き炎の弾丸。


今のノアにこれを防ぐことは不可能だった。


「が───」


その弾丸をもろに受け、ノアの魂に直接滅びの概念が叩きつけられる。


当然神々の権能やノアの虚無が抵抗をするが、威力の減衰を受けなかった滅びの弾丸はそれさえも滅ぼしていく。


弾丸は貫通せず、ノアの魂により深い滅びを植え付けるために魂の中に留まった。


「これで暫くは動けまい……さて───」


男は先程から動けないでいるユキに向かって歩を進め、その目の前で立ち止まる。


そして、その銃口を向けた。


「貴様は今の奴以上に危険な存在だ。我々の計画のために、滅んでもらう」

「私は───」


ノアが使っていた再生の権能により吐血はもうしていない。


だがその魂はすでにボロボロだ。動くのは無謀であり、魔弾を防ぐのは不可能。


「や、めろッ!」


魂を滅ぼされつつもノアは地面を這いつくばってユキへ手を伸ばす。


「お前、なんだろ!アルファルドッ!」

「───ほう?」


魂の完全なる滅び───それを眼前にしてノアは前世の記憶のほんの一部を取り戻していた。


自身の力については更に強烈な封印をかけられているようで、それについては何も思い出せない。


だが、目の前の男が何者かは知っている。


「お前は……ぐッ……!そんなことを、するようなやつじゃなかったはずだッ!」


その男───アルファルドはノアの発言に表情を無にし、その直後にノアを睨む。


「───あれから、何年経ったと思っている。貴様が逃げてから二万年だ。私は何も変わっていない。ずっと、たった一つの信念を掲げている。当時の貴様は私と近い考えを持っていたはずだ」


アルファルドはユキに向けていた銃口を再度ノアへと向ける。


「───それなのに、貴様は逃げたッ!私と同じだったはずの貴様が!何故逃げた?貴様の理想はその程度のものだったのか?貴様は───」


アルファルドの怒声が荒野に響く。


滲む殺意を隠すことなく、アルファルドはノアにその怒りを表した。


「───貴様は、あの世界を救いたかったのではないのかッ!?」

「ッ───!?」


鳴り響く一発の銃声。


それはノアの眼前の地面へと着弾する。


魔法も何も使っていない、ただの弾丸だ。この程度では今の状態のノアでさえも殺すことはできない。


───ただ、その銃弾にはアルファルドの信念と、ノアへの激怒、そして憎悪が籠っていた。


アルファルドはその怒りのまま、照準をユキへと合わせた。


「ッ!やめろ……止めろ───ッ!」


ノアの絶叫。


アルファルドはそれに応えることなく、その引き金を引く。


「───『壊滅の源弾(ヴェル・ゼグナ)』」


滅びの弾丸を撃たれたユキは───

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