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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
2章.開戦編
21/27

5.混沌

周囲に解き放たれたのは荒れ狂う虚無。


本来の虚無の権能の性質とは違い、あまりにも暴力的な力だった。


ノアの心が荒れているのが原因だろう。


ノアは今、ラフィナに対してこれまでにない程の殺意を抱いている。


きっと、前世を含めてもこれが最も大きな殺意。


それが虚無の性質にも影響を及ぼしているのだ。


「あらあら、この程度かしら」


だがそれはラフィナに全くと言っていい程傷を与えられていない。


虚無は文字通り無の力。故に荒れた感情とは相性が悪い。


「これなら怒らない方が強いわよ?」


ラフィナはこの程度ではまだ余裕を崩さない。


デュランよりも強いのだから当然といえば当然だろうが、ノアにとってそんなことは関係なかった。


「はぁッ!」


荒れ狂う虚無に紛れてユキがラフィナに接近し、界律神装を振りかぶる。


界律神装の軌道は確実にラフィナを斬り裂く位置にある。


デュランの時のこともあるからか、ユキは絶対に油断はしない。


ラフィナが何をしてきても対応できるように警戒する。


「ふふふ」


だがラフィナはずっと笑みを浮かべている。


それがより一層不気味に思えた。


何故ラフィナが笑ったのか、ユキには解らない。


───次の瞬間までは。


「え?」


界律神装がラフィナに届く直前、突如として二人の間に割って入る影がひとつ。


それは、複製された人間だった。


「ッ!?」


この複製体は、いわば被害者だ。


確実に廃人になってしまっている以上、全ての行動はラフィナに操られてしまっていると言ってもいい。


だがそれでも、まだ生きている命なのだ。


故に───ユキには殺せない。


「隙だらけよ」


直前で刃を止めてしまったユキの背後に回ったラフィナが短剣を抜き放ち、その腹部へと突き刺す。


だが───


「……へぇ?」


それは、幻覚だった。


幻覚から感じられる魔力は虚無のもの。


つまり、ノアの魔法だった。


「貴方、そんな芸当もできたのね」

「黙れ」


相変わらずノアは怒り狂っている。


だが同時に冷静でもいた。


「怒りは度を過ぎれば冷静になる。それだけだ」

「……でもその子は動いていたでしょう?」


ユキは確かに虚無が爆ぜた瞬間に動いていた。


しかし今はノアの隣に立っている。


それだけがラフィナには不可解だった。


「解らないのか?」

「何を───」

「幻覚はまだ終わっていないということだ」

「ッ!」


ラフィナは僅かに殺気を感じ、背後に複製体を移動させた。


その瞬間、切断される複製体。


「───ごめんね」


そこにいたのは紛れもなくユキだった。


ユキはそのままラフィナへ向かって直進し、界律神装を振るう。


ラフィナは短剣でそれを受け止め、鍔迫り合いになった。


「ッ!?」


完全に受け止められたことに驚愕するユキ。


「それ、界律神装?」

「……そう、だよ」

「ふぅん……だとしたら弱い気がするけど……」


ラフィナはすぐに界律神装から興味をなくしたように言葉を切り、ユキに向かって話を振った。


「……それにしても、斬れるのね」

「心苦しくはあるけど、こんな状態になってまで生きるぐらいなら、死はきっと救済になるよ」


ユキの薄紫の瞳には静かな怒りが湛えられている。


「ノアくんの言葉じゃないけど、あなたは死んだ方がいい存在だよ。だから、私達はあなたを殺す」

「可愛い顔してとんでもないことを言うのね?」

「……私は、普通じゃないから」


ユキとて自分が何者かは解っていない。


だがそれでも自分がただの人間ではないということはよく理解していた。


「このままでいいのかしら?」

「っ……」


ユキの近くには複製体が迫ってきている。


複製体の攻撃を掻い潜りながらラフィナを相手にするのはあまりにも分が悪い。


いくらラフィナが近接戦闘には向かないであろうとはいえ、最低限の力はあるはずだ。


界律神装を受け止めたのもその証拠足りうる。


「でも、私は独りじゃない」


ラフィナは背後におぞましい気配を感じとる。


その気配は完全なる無。世界からそこだけぽっかりと切り取られたように何も感じなかった。


それ故の警鐘。


「───無尽剣」

「ッ!?」


デュランすら滅ぼした虚無の一閃は立ちはだかった複製体を何人も斬り裂き、その刃はラフィナにまで迫る。


ラフィナは短剣を一本しか持っていない。


そして他の近接用の武具もなかった。


「───これならどうかしら」

「な───」


ノアが見たのは蒼き光。


しかもそれには見覚えがあった。


ラフィナの───否、ユキの背後から見えたその光は───


「さあ、穿ちなさい。『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』」


ユキの背後にいた複製体のうち二十人がそれぞれ銃を持ち、そこから蒼き螺旋を描く魔弾が放たれた。


「ッ───!」


ユキにそれを防ぐ術はない。これはノアにしか防げない。


(性格まで最悪だな)


もしノアがユキを見捨てればきっとユキを犠牲にラフィナを倒せる。


だが、ノアにはそれはできない。ラフィナはそれを理解した上で防がせようとしている。


(今回ばかりは乗るしかない、か)


ノアは無尽剣を発動させたままラフィナの横を素通りし、放たれた二十の魔弾をその斬撃にて消滅させた。


「ふふふっ、やるわね」

「……チッ」


ノアはラフィナの余裕そうな笑みに苛立ちを覚える。


無尽剣は現状ノアが使える攻撃手段の中では最強と言ってもいい。


流石のラフィナもそれを無防備な状態で食らうわけにはいかないはず。


故に攻撃対象を逸らしたのだろう。


「それにしても、随分と弱体化してるわね。小手先の力は得たようだけど、その程度では届かないわ」


小手先の力……八神の権能のことだろうか。


本物の権能相手ならそうもいかないのだろうが、ノアが授かったのは権能のごく一部でしかない。


その程度ではラフィナを殺すのは厳しいということなのだろうか。


「……なら、今強くなればいい」

「できるのかしら?一度逃げた貴方に」


やらなければならないのだ。


この女を殺すためにも。


(そういえば、これはまだ試していなかったな)


ノアは静かな怒りとともに激しい怒りを抱く。


ノアの魂に渦巻くのは二種類の怒り。今だけはそれ以外の全てを排除する。


虚無の権能は次第に収まっていき、代わりに放出されるのは破壊の権能。


これは虚無と違い、怒りの感情の爆発によって相乗的に力を増す権能だ。


「……これは見たことないわね。面白いわ」


デュランにはこんな怒りは感じなかった。


だからこそ、この剣戟はかつてないほどの破壊を生む。


「───『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』」


横薙ぎに振るわれた銀刀はラフィナを目掛けて紅い剣閃を飛ばす。


ユキはとうにノアの隣へと離脱しているため、この攻撃を利用されることはない。


(さあ、どう切り抜ける───?)


「『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』───一斉掃射」


紅き光の奥に見えるは蒼き螺旋。


ただの『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』ならいい。今の『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』は数発程度なら破壊可能な程の力を秘めている。


だが───


蒼き螺旋の数は、三桁を超えていた。


その数───600。


「───は?」


これが、霊域核の本当の力。


デュランが保持していたのは全体の5パーセントにも満たなかったのだ。


それ以外のほぼ全てを得てしまった穿界軍は、その力を際限なく使えてしまう。


その結果が、これだ。


その数は『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』を容易く消滅させ、ノアとユキに迫る。


(『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』は一撃でも滅びかねない攻撃だ……数十発は『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』と相殺されたとはいえ、まだ残りは500発以上残っている)


破壊と虚無は相性が悪い。故に今のノアの技量では同時に使うことは不可能だった。


(『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』の硬直と発動をゼロにするのは今の俺じゃ無理だ。なら、どうすればいい)


残った『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』はおよそ530発ある。


それらを全て消滅させるのは実質的に不可能だった。


躱そうと思えば躱せない程ではない。『惨死の魔弾(ウルト・ジジェン)』と違い、『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』は追尾式でも、結果を定められているわけでもないからだ。


だが、ノアにはこれを躱すことはできなかった。


(『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』は直線上の一切を滅ぼす。そんなものが500以上もぶつけられれば、世界が終わりかねない)


そしてノアの背後には最終都市グラエム。隣にはユキがいた。


だからこそ、躱せない。


躱す選択肢を取れない。


(これを止めるために───俺に何ができる?)


破壊の権能では壊しきることはできない。終焉も同様。


その他権能の神々の権能はノアの持つ劣化版如きでは今この瞬間において役に立たない。


それなら───


(可能性があるのは───虚無のみ)


それを確信した瞬間、ノアはより深く虚無の力を高めていく。


破壊の権能は次第に虚無に染まっていく。


虚無は周囲を完全に覆い尽くし、そこには存在しない空間が存在していた。


それはないはずのものがそこにある状態。


世界にとって、有り得てはならない現象だ。


世界に整合の権能が働き、ノアの発生させた世界の致命を正そうとする。


(───邪魔をするな)


だがノアは整合の権能で真っ向から反抗しつつ、虚無で世界の修正力すらも混沌へと帰させた。


ノアを中心として力の奔流が渦巻く。


そこには何もなく、同時に何もかもがあった。


「───『無の混沌(ラグデネア)』」


虚無と混沌は530発の『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を全て飲み込む。


一撃ですら世界に甚大な被害が出る魔弾を、ノアはその権能と魂で受けたのだ。


穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』は混沌によりその力を奪われ、虚無に侵食されて滅んでいく。


「───そんなことが、今でもできるとはね」


信じられないものを見たかのようにラフィナが呟く。


数発で世界を蹂躙し尽くせる力を秘めた魔弾だ。全盛期のノアならともかく、今のノアでは30発程度で仕留めきれると考えていたのだろう。


だが、ノアは滅んでいない。


それどころか世界に一切の被害を与えることなく全ての『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を消滅してのけた。


「───」


ノアは言葉を発さない。


「ノア、くん……?」


それを心配したユキがノアを見上げる。


そしてノアの顔を覗き込んだ瞬間、その顔が青ざめた。


「───まさか」

「流石に、耐え切ることはできなかったみたいね」


ノアの生命活動は───停止していた。


ノアは、死んだのだ。


「ッ───!」


その事実を受け入れたくないと、ユキの顔が歪む。


「これで邪魔者はいなくなった……この子もいるけれど、まあ脅威になるほどの力はないわね」


興味をなくしたかのようにラフィナは踵を返す。


「残ったのは……400足らず、か……やっぱりこの魂では『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』は撃てても自壊してしまうようね……補充しなきゃ」


ラフィナはこの場から立ち去りながらおぞましいことを言う。


またこの魂が複製されてしまうのか、新たな犠牲者が出るのかは解らない。


だが道徳に反することに違いはなかった。


動かないノア。


泣き崩れるユキ。


立ち去るラフィナ。


この戦いは終わった───ノアの死によって。


誰もが、ユキでさえもそう思っていた。


「───」

「ッ!?」


感じるはずのない悪寒を感じ取ったラフィナが複製体を盾にしながら大きく回避行動を取る。


「───何故」


ラフィナが盾とした複製体の数は15。そしてそれらは全て一撃のもとに滅んでいった。


ユキは動いていない。


ノアももう動けない。


なら、一体何がラフィナを襲ったのか。


「死んだはず───よね?」

「───」


ノアだった。


立ったまま死んだはずだったノアが動き、ラフィナを殺そうとしたのだ。


ラフィナは改めてノアの魂を見つめる。


当然そこには無しかなく、何も感じ取れない。


「無だからこそ、見逃した……?」


魂が消滅し、消え去った状態は無だ。


そしてノアの魂の根幹も同時に無。


ノアですら感じられないのだから、ラフィナにそれを見抜くのは不可能だった。


だが、間違いなくノアは死んでいる。


死んだ状態のまま攻撃したのだ。


つまりこれは───


「───無意識に攻撃している?」


ノアは現在、仮死状態にある。


肉体は死んでいるのだが、魂はまだ滅んでいない。ノアの深層意識はただ沈んでいるだけなのだ。


故に今はノアの意識下での行動ではない。


無意識に、目の前の敵を排除しようとしている。


ノアの放つ斬撃はその全てが最低でも無閃以上の力を誇っていた。


「何なの、この状態は……!?」


意識下にないその力は封印による制限を受けない。


つまり、今のノアは全盛期と同等の潜在能力を秘めているということ。


当然意識して力を使っていないため当時程の強さではないが、それでも力は圧倒的。少なくともラフィナが軽く凌げる範疇は超えていた。


「『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』ッ!」


自身の手札を削ってでも放つのは100の魔弾。先程までのノアなら『無の混沌(ラグデネア)』を使ってようやく凌げる数。


だが───


「───」

「なッ───」


魔弾は全て消滅。ノアは当然、周囲の存在ですら何一つ滅ぼすことはできていなかった。


(今の……『無の混沌(ラグデネア)』ですらなかった……?何か、もっと強大な何かが……)


ラフィナは焦る。


残りの複製体は300弱。一斉に『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を放ったところで今のノア相手では消し飛ぶ未来がラフィナでも容易に見える。


このままでは死ぬ。ラフィナはそれを大きく実感した。


「ノアくん……」


ユキは先程から座り込んでいる。


視線はノアへと向けられており、ずっと呆然としていた。


ユキは目覚めてからそれ程時間が経ったわけでもない。故に思考能力などはかなり成長したが、まだ賢いとは言えない程度。


魔力感知能力も、魂の見極めも同じだ。


だからこそ今のノアの状態は何一つ解らなかった。


だが、だからこそ解ることもある。


ノアは、まだ死んでいない。


ユキはそれを確信し、ノアが死んでいない前提で行動に移る。


「ノアくん、魔法借りるよ!」


ユキはデュランとの戦いで霊域核と繋がった時を意識しながら、ノアとの魔法線を界律神装に繋げる。


ユキは魔法を使えない。


故にこれはユキが魔法を使えるようになる唯一の方法。


「───『崩壊神撃(ガル・アヴェナ)』!」

「な、何故貴女が……!?」


ユキの放つ斬撃により、破壊の概念を叩きつけられた30もの複製体が滅ぶ。


その斬撃はラフィナまで届き、右手に持っていた短剣を粉々に破壊した。


無意識のノアの猛攻を受けていたため、ラフィナはユキを意識する余裕などなかった。先程まで項垂れていたのが最後の認識だ。


当然その間にもユキの精神は成長し、ただ絶望に打ちひしがれるだけの存在ではなくなっていた。


完全なる不意打ち。攻撃を受けてしまったことと、現状不利であるという事実にラフィナは狼狽する。


「ノアくんは今、意識がない。だから私が、あなたを殺す。あなたみたいな人は存在してはいけないから」


ユキは淡々と、冷酷に告げる。


たった今、形成は逆転したのだ。


二人の繋がりはより深く───

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