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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
1章.神々の使者編
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2.使命

見渡す限りの荒野。


その中央に、倒れたままの人影があった。


「……あ、が……」


生きているようで、呼吸はしっかりとある。


黒髪の青年の姿をしたその存在は急激に意識を覚醒させ、その瞳を見開く。


紅い右目と蒼い左目を持った青年は寝転がったまま空を見る。


「……どこだここは」


彼にはこの場所がどこなのか解らなかった。


否、それどころか……


「俺は……何者だ?」


記憶を失くしていた。


「覚えていることは……俺の名前がノアということか」


そこまでは思い出せる。だがどうしてもそれ以上のことを思い出すことはできなかった。


「……でも、あれだけは覚えてる」


何者かに、世界の命運を託されたことを。


しばらくしてノアは体を起こし、周囲を見回す。


ノアのいる場所からはかなり遠く……辛うじて影が視認できる程の位置に、巨大な黒い物質が佇んでいた。


ノアには己の記憶がない。だが、与えられたこの世界の記憶はあった。


だからこそアレが何なのか、鮮明に解る。


「あれが……界滅爪……」


よく見るとあの黒い影は天高く伸びており、途中から別の方向に折れ曲がっていた。


要するに、そこが指でいう関節の部分だ。


あまりにも巨大すぎてその第一関節までの高さでさえ普通に登ることはできないだろう。常人なら飛行魔法でも魔力が足りず、あそこまでは上昇できない。


「あれを……どうにかしろだって……?」


普通に考えて不可能だ。貰った数々の権能でさえも、本能で不可能だと解ってしまう。


だが、ノアはそれでも託されてしまった。この世界のことを、生命のことを。


今確実に言えることは、このままではノアも含めて世界は滅亡するということ。それだけは回避しなければならないのはノアが一番解っている。


託された身なのだ。世界を想う、あの存在達に。


最後に耳に残っている言葉が少しだけ気にかかる。


「……世界の命運を握っているのは俺なのに、命令もしなければ使命も与えない、か……」


それは最早脅迫のようなものだ。どちらにせよ、それを達成できなければノアは世界と共に滅んでしまうのだから。


「使命、か……」


順当に考えればここからどうにか模索して界滅爪を消滅、あるいは世界から切り離すのが使命だ。


だが……


「タイムリミットは最短で13年、最長でも50年足らずか。これはいくらなんでも厳しすぎる」


ノアにとってはある種の勘だが、おそらくは再生神の権能で年は取らない。


ノア自身がそれをちゃんと理解しているわけではないが、漠然的に寿命という概念がないということには気づいているようだ。


そもそもとしてノアは権能を託してきた相手を詳しく知らない。


それこそ、相手が神だと考えてなどいないのだ。


「確かに授けられた力は強いかもしれないが……」


だからといってこれは無理難題であることには変わりない。


神々ですら不可能だったことを、たった一人の人間ができるわけがないのだ───


───普通ならば。


「俺に能力を授けたのは八人。それは何となくだが覚えている。だが……俺の中にある力は九つだ。これは一体……?」


順当に考えるならばこれはノア自身の力だ。だが、彼にはその自覚はなかった。


何せ記憶が無いのだから、自分の力についても何も解っていないのだ。


「……いや、この九つ目だけじゃなく、それ以外の能力……違うな、権能か。これも詳細は解らない」


現状のノアの感知能力では神々の権能を理解するのは不可能であった。


「……考えていても仕方ない、か……」


とりあえずできることは……と、ノアは呟く。


この世界の知識は貰っているため、この世界のどこに何があるかなどは解る。


だが……


「選択肢は二つ、だな」


人の唯一住める土地……最終都市グラエム。


人間や魔族が共同で生きている、この世界に残された唯一の都市だ。


都市としての規模は大きく、住人は人間、魔族、獣人などを含めると1000万人を超える。


だが、問題は世界に生き残っている生物がそこにしか居ないということ。強力な結界で囲われたグラエムの外は生物が生息できる環境ではないのだ。


「だとすればなぜ俺がこんな場所で目を覚ましたのかは疑問だが……」


今ノアのいる場所からグラエムまではおよそ2000キロメートル離れている。世界からすれば端から端までの10分の1程度だろうか。


どちらにせよ、一人の人間からすれば途方もない距離であることは確かだ。一日や二日で移動できる距離ではない。


「もう一つの選択肢は……界滅爪か」


ノアのいる場所から最も近いのは第二界滅爪……すなわち人差し指だ。先程ノアが目視で確認したのもそれである。


「目視だとここからは200キロメートル程度か……グラエムに比べたらかなり近いが……」


この世界は平面に近く、高い場所なら世界の端まで見渡すことも可能といえば可能だ。


だからこそ、人の目線の高さでも界滅爪を確認することは容易い。まあ界滅爪に関しては大きすぎるというのもあるのだが。


それに、いくら世界が平面とはいっても少しは反っているのでノアのいる場所からはグラエムは確認できない。いくらなんでも遠すぎるからだろう。


「……どうせいつかは行かなければならない。なら、偵察も兼ねて見ておくべきか……」


ノアとて今の状態では界滅爪を消し去れるとは思っていない。だからこそ、一度近くでその存在を確認しておきたかった。


「それにしても、この場所でも活動はできるらしいな。あの知識が嘘だったんじゃなく、俺が適応しているだけなんだろうが……」


ノアが追憶神から貰った世界の記憶では、グラエムに張ってある強力な結界の外では生物にとって空間そのものが毒となる程腐っているらしい。


周囲を見渡せば確かに生物を一つも見かけない。人間はもちろん、植物までも。


「記憶を失う前の俺がどうだったかは知らないが、少なくとも今の俺は途轍もなく目がいいらしいな。このレベルなら地面や空間中にいる微生物でさえも見えそうなものだが……」


それすらも、ここにはいない。グラエム以外の土地は軒並み死んだ土地なのだ。


ちなみに、この視力は創造神の権能の一つ、世界眼というものの力の一部だ。文字通り、世界を隅々まで見渡すことができる権能だが、今のノアに使えるのはその劣化版のみ。現状だとただの視力のいい眼というだけである。


「どの権能かは解らないが、どうやら生命活動自体は問題ないようだな」


ノアは気づいていないが、これは反転神の権能の一部である。


本来は適応できないという事実を反転させ、適応できているように見せかけているに過ぎない。だからこそ、本当に適応できている訳ではなかった。


だがノアは権能の詳細を理解していない。故にそんなことはノアにとってはどうでもいいことでしかない。この死の大地でも生命活動ができれば問題ないのだ。


「とりあえず界滅爪を確認、それからグラエムに行けばいいか……」


界滅爪の材質は創造神ですらも構造を理解できない物質だ。それをノアが理解できるはずもないが、そんなことを言う存在はこの場にはいない。


ノアは改めて界滅爪に向き直り、それを凝視する。


見たところ黒のような色をしているが、どこか見ていて落ち着かないとノアは感じた。


「黒……というよりは闇に近い感じか……?」


どのみち近づいてみないことにはそれすらも解らない。


ノアが歩を進めようとしたその時、微風がノアの被っていたフードを揺らす。


「っ……!この風……」


ノアの感じた異質な気配。


そう、たった今吹いた微風……その風にすら濃密な死が内包されていた。


大地そのものに死の概念が与えられているのだから、そこに立つ生物も当たり前のようにその影響を受ける。グラエムの外の大地では普通の人間だと一時間も生きていれば耐えている方だ。


だが、人間が風を受けるとその瞬間に死ぬ。この場所で吹く風というのはあまりにも恐ろしいものなのだ。


「俺だから……というよりは権能があったから無傷だが、本来はもっと恐ろしいものなんだな」


ノアは改めてこの世界がどのような状況にあるかを感じ、戦慄した。


グラエム以外の場所は大地や風はもちろん、大気、魔力でさえも問答無用で生命活動を停止させに来る。反転神の権能であれば無傷だが、生半可な力を持つ存在ではそこにいるだけで身体を蝕んでいく凶器となるのだ。


「……行こう」


ノアはゆっくりと界滅爪に向かって歩を進める。


希望と絶望の渦巻く旅路が今、その歯車を回し始めた。


ここから、旅は始まる───

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