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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
2章.開戦編
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3.獣

強大すぎる力がぶつかり、その度に世界が軋むように悲鳴を上げる。


ヴァディアには元からその気はないが、今ではガロンですらも世界に及ぼす影響を考慮していなかった。


単純にその余裕がないのである。


星闇神となったガロンだが、この状態になってようやくヴァディアとは互角に戦えるレベルだ。


それ程までにヴァディアは強い。


だがそんなヴァディアでさえ、穿界軍最強というわけではなかった。


皇帝アルファルド……現状、最強として君臨しているのはアルファルドなのだ。


ガロンはその存在を知らない。


故に元帥であるヴァディアを倒せば終わるとも考えていた。


だからこそ出せる全力───


「はぁッ!」


宵の星剣と雷光剣が衝突し、散った火花は世界を焼く。


その衝突は一度で済むはずがなく、限りなく光速に近い速度で力の奔流がぶつかり合う。


(やはり……速い!)


ガロンもかなりの速度を出せる部類だ。


ガロンの最高速度は初速で光速の八割程。トップスピードなら光速そのものにすら匹敵する。


だがそれでもなおヴァディアには及ばなかった。


ガロンは先程から最高速度で剣を打ち合っているのだが、ヴァディアの出している速度はそれよりも大幅に速い。


ざっと見積もっても初速で光速の1.1倍はあるだろう。


トップスピードならもっと速いはずだ。


(雷の力を使うとは初撃で解っていたが、ここまでの速度が出せるとは想定外だ)


光速の打ち合いは秒間に数万回単位で繰り広げられる。


余波で遥か下にある地面ですら消し飛び、途轍もなく頑丈であるはずの穿界の魔手ですら崩れ落ちかけていた。


ガロンの宵闇は取り込んだ一切を消滅させ、ヴァディアの雷は触れた全てを焼き滅ぼす。


穿界の魔手すらも焼き焦がすその衝撃は世界どころか剣を打ち合う二人まで侵食した。


ガロンの黒甲冑は大部分が罅割れ、ヴァディアは全身に傷を残す。


だがそれでも───


「はははッ!ここまで楽しい勝負は久方ぶりだ!」


全身に傷を負ってもなお、ヴァディアは目の前の戦いを楽しんでいる。


戦闘狂、というやつなのだろう。


これまでヴァディアより強い存在はアルファルドしかいなかった。


だがそのアルファルドは戦闘方法が大きく異なり、至近距離で剣を打ち合うということはしない。


それに対してガロンはどうだ。


ガロンは遠距離攻撃も可能だが、自身の力を最大限発揮できるのは近距離から、大きく見積もっても中距離まで。


更にヴァディアはガロンを遥かに凌駕するレベルで速い。


となればガロンが引こうとしてもそれに追従して懐に入り込むことができる。


つまりガロンとの戦闘は互いの刃が届く範囲での超至近距離となる。


故の高揚感。


ヴァディアにとっては久しぶりとなる肌のヒリつく戦いというわけだ。


当然、ガロンはそれに巻き込まれただけなのでヴァディアの高揚感など知ったことではない。


そもそも温厚な性格なので戦闘をまず好まないだろう。


ガロンが戦うのは必要に駆られているからであって、ヴァディアのように戦いを楽しむという心は一切持ち合わせていなかった。


そんな心の持ちようの違いからだろうか、拮抗していた戦況が次第に傾いていく。


そう、ヴァディアの方へと。


「くっ……!」

「その程度かッ!この世界の神はッ!」


元から力の差はあったのだろう。


最初から速度は大幅に負けていた。それは解りきっていたことだ。


なら力は?


技は?


魔力は?


───意志は?


「ッ───ハァッ!」


ガロンの宵闇がより一層深くなり、その中では一寸どころか眼球の目の前の光景すらも見えない。


それ程までに深い、深い闇。


これこそが宵闇───否、常闇だ。


だがそれを斬り裂く金色の光が一閃。


ヴァディアの雷光剣だ。


(速度は負け、力は互角、技も互角、魔力はやや優勢───か)


眼前に迫る閃光を注視しつつ、ガロンは高速で思考する。


(相手の持つ力は雷と───恐らく光。対して私は星と闇───力の系統は同じようだ)


互いに神々やノアのような概念を超越するような権能を持っているわけではない。


故に勝負は持てる力の全てを総合した上での純粋な力比べで決まる。


速度、力、技、魔力───そして、意志。


(それは───それだけは、負けるつもりはない)


言ってしまえば、ヴァディアはただの戦闘狂だ。戦うことに理由があるわけではなく、戦いそのものが理由なのだろう。


つまり、明確な意志があるわけではない。


だがガロンにはそれがあった。


(私は世界を守る。そのために偽神として生まれ、神として生まれ変わった。そう、全ては世界のために───)


何があっても意志だけは負けない。


それがガロンの意地だった。


「『鏖殺せし雷電(デ・レイヴィア)』」


雷光剣を持っていないヴァディアの左手から万雷が迸り、ガロンを撃ち抜く。


効果範囲は局所的。だがその破壊力は絶大だ。


「ぐ……ぁ……」


黒甲冑の端の部分が錆びたようにボロボロに崩れ去る。


ガロンは片膝をつきそうになるが、その意志でどうにか踏み留まった。


ヴァディアの攻撃はその全てが最低でも光速クラスだ。


当然今の魔法も例外ではない。


光速ならガロンとてギリギリではあるが躱すことはできる。


だが、ヴァディアはそれを許してはくれない。


躱そうとすればその隙を的確に狙って光速を超越した攻撃を放ってくるのだ。


そしてそれの威力は今の魔法の比ではない。


魔法を受け切ることこそが先程の最善の行動だった。


ガロンはそれを瞬時に判断したのである。


だがそれでも───


(はぁ、はぁ……なんという威力だ。しかし、これでも奴の最高火力ではないだろう。あの剣を直接受けると……考えたくもないな)


最善手を取ってもなおガロンが受けた傷は大きい。


対して、ヴァディアはそれ程大きな傷はない。強いて言うなら力の衝突による余波を食らった程度。ガロンの攻撃は一度も当たっていなかった。


だがそれでも、ヴァディアが圧倒的に優勢というわけではない。


少しずつ、されど着実にヴァディアも追い込まれていた。


(『宵の星剣(アルデバラン)』といったか。あれの刃に触れるわけにはいかんな……しかし……くくくっ、ここまでの戦い、楽しまないわけにもいくまい)


この緊張感が戦闘狂であるヴァディアの感性を刺激する。


「ッ!?」


次の瞬間、ヴァディアが動く。


初速から大幅に光速を超えたためか、ガロンの反応が僅かに遅れた。


ガロンを滅ぼそうとする雷の斬撃と、それを防御するために掲げられた闇を内包する星剣。


その二つが触れた瞬間に互いが弾かれるが、ヴァディアはそれを強引に押し込み、鍔迫り合いにまで持ち込む。


魔力が空間を飽和させる。


だがこれ程の力のぶつかり合いなら、当然空間如きでは耐えきれない。


処理しきれなかった力は世界を蝕み、一帯の空間が崩れ落ちていく。


創造神と再生神の権能が働いたのか、崩れた空間が修復されていくが、二人の圧倒的な力は神々の権能すらも蝕んでいく。


やがて世界の修復が追いつかなくなり、第四界滅爪のあったはずの空間が消し飛んだ。


そんな状況でもなお二人の力はまだ拮抗している。


───否、僅かにヴァディアが優勢だろうか。


ほんの少しずつとはいえ、ガロンの星剣が押されていた。


追い詰められているのはガロン。だがヴァディアも余裕というわけにはいかない。


その証拠に、星剣が雷光剣を闇に飲み込み始めた。


「なに……!?」


次第に侵食されていく雷光剣は、放つ雷の色が金色から紫へと変化する。


変化した紫電は魔法の使用者であるはずのヴァディアに喰らいついた。


(!?……そうか、この神の力は闇。全てを飲み込み、己のものとする力かッ!)


ヴァディアは咄嗟に『雷光剣(デ・ザンデ)』の魔法を解除して距離を取ろうとする。


だがそれでもガロンに支配された紫電は霧散せず、依然としてヴァディアの身体に牙を立てた。


───それも、ヴァディアの魔力を使って。


「チッ!?」


本来なら有り得ない。


魔法とは使用者の魔力を消費して使う術式だ。仮に魔法を乗っ取られたなら本来の使用者が解除すれば魔法は霧散するし、そうならなかったとしても魔法を維持するのに必要な魔力はその魔法を制御する者に依存する。


つまり、魔法を乗っ取られた時点であの紫電はもうガロンのもののはずなのだ。


だがそうはなっていない。魔法を解除したのにもかかわらず、紫電はヴァディアの魔力を使って存在し続けている。


そしてその魔力を制御しているのはガロンだ。


雷光剣そのものは霧散したが、そこに込められた紫電はガロンの身体を包み込んで防御をより強固にする。


「その魔法技術……流石は神といったところか」


他者の魔力を用いて自身の力へと変換する───ヴァディアはもちろん、ノアやアルファルドですら不可能な絶技だ。


ヴァディアは再び『雷光剣(デ・ザンデ)』を使い実体のない雷の剣を生成する。


「ふ、ふははっ……」


ヴァディアの顔には狂気の笑みが浮かび、左手で魔法陣を描いた。


「『雷鳴の太刀(デグラ・ザンド)』」


魔法をかけるのは右手に持つ雷光剣。


その魔法を受けた瞬間、雷光剣は一回り大きくなり、太刀の形へと変貌する。


そして何より───


「───実体を得たか」

「ああ、これなら卿に簒奪される心配もないだろう?」


雷光剣───改め、雷鳴の太刀は魔力の塊ではなく、実体を持った武具だ。


ガロンの力で奪えるのは魔力のみ。実体のある武具を奪うことはできない。


格下が相手なら強引に奪えたのかもしれないが、相手はヴァディア。どう考えても格上だ。


(これ以上相手の力を自分のものにするのは厳しいか……継続的に触れていたならまだしも、突発的に放たれる魔法を奪うのは実質的に不可能だしな)


他者の力を奪うのにはどうしても時間がかかってしまう。


故にヴァディアの光速に等しい速さの魔法を奪うというのはあまりにも無理難題だ。


「───はぁぁあッ!」


ガロンは奪い、自らの物とした紫電を星剣に流し、纏う常闇の力を更に増幅させた。


「いくら神とはいえ、別の世界の存在だ。故に我もこれを使うことになるとは思わなかった」


ヴァディアはその太刀に合った鞘を雷で簡易的に作り出す。


その鞘に太刀を納め、腰を低くして構える。


それは居合の構え。速度を重視するヴァディアにとって、この構えは本気の証だった。


「この世界の神、星闇神ガロン───卿に敬意を。ここから先は我の辿り着いた境地だ。本気で挑め。でなければ死ぬぞ?」


顔に浮かぶのは絶対的な自信。ヴァディアにはその表情をするだけの力があった。


当然、それがガロン相手でも。


だが、次の瞬間にはその表情が崩れることになる。


「───私の意志は、私のもの。信念は自我が消えようとも曲がりはせぬ」

「……何が言いたい?」


ヴァディアはガロンの発言に困惑する。


それはまるで自我など必要ないと言っているようにも聞こえる。


「聞こえなかったか?貴公を下し、世界を救うという信念さえあるならば、最早自我など要らぬと言っている」


間違いではなかった。


ガロンは自我を消し去ってまでもヴァディアを倒そうとしているのだ。


ガロンは自らの足元に巨大な魔法陣を展開する。


もしここにノアがいたなら、ノアはこの魔法を読み取ってガロンを止めようとしたことだろう。


難解だが、魔法陣からどういった魔法かを読み取ることは不可能ではない。少なくともノアならできる。


そう、この魔法の効果。


それは───


「───『流星と常(アルデア・ラ)闇の神獣(・ヴィディム)』」


魔法を発動した瞬間、ガロンの黒甲冑が形を保てなくなり、闇に崩れる。


(ノア、ユキ───別れを言えなかったこと、謝罪しよう。そして───)


常闇に消えゆく意識の中、ガロンは最期に願った。


(───そして、この世界を救ってくれ)


ガロンの意思が完全に呑まれる。


意思は消え去り、されど意志は残っている。


だがそれすらも覆うのが常闇だ。


闇に覆われ、そこには何もなく、同時に何もかもが存在していた。


まさに混沌───そしてその中でも変わらずに夕闇色に輝く一本の剣。


宵の星剣(アルデバラン)だ。


星剣を中心とするように渦巻く混沌はやがてひとつの形を生み出す。


それは最早黒甲冑ではなかった。


「───獣」


常闇と混沌の中から現れたのは漆黒の闇でできた一匹の狼のような獣。


だがその獣が内包する力は普通の狼とは比べることすら烏滸がましく、星闇神ガロンすらも凌駕していた。


その獣の名は───


「───『終末獣ガロン』といったところか。自我という無駄を消し去り、その分を力で埋めつくした存在───それが卿の答えなのだな」


終末獣ガロンは宙を漂う星剣を咥え、空へ向かって咆哮した。


「─────」


その咆哮は狼のそれではない。それどころか生物の咆哮ですらなかった。


神獣に成れ果てたガロンは、それでも残された信念を以てヴァディアに立ち向かう。


「卿の覚悟、見せてもらった」


ヴァディアの周囲には稲妻が迸り、それに当てられた大気が熱を帯びる。


空気の振動だけでスパークが起こり、ヴァディアはその電気すらも吸収した。


「───我の最速、とくと味わうが良い」


常闇と雷電の衝突。


その余波は穿界の魔手そのものすらも包み込む。


圧倒的な力を持つ者同士の死闘が───再び始まった。


救いを願う終末の神獣───

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