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穢れた世界の救い方  作者: 月影偽燐
1章.神々の使者編
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15.無尽剣

デュランの台詞から連なる一部分を修正しました。

時間は少し遡り、ユキとデュランが対峙し始めた時。


ノアは己の魂を滅ぼそうとする魔弾を排除するために硬直していた。


世界眼で確認できるのは球状の力の塊……それこそが魂だ。


そんな魂に一箇所だけ穴が空いており、その場所から死の呪いが魂を蝕んでいた。


これこそが『惨死の魔弾(ウルト・ジジェン)』の恐ろしさだ。


ノアの魂は強靭だ。故にまだこの程度で済んでいるが、常人がこの魔弾を撃ち込まれれば瞬時に魂が消し飛んでも何ら不思議ではない。


そんな強靭な魂の奥底……根幹の部分に暗い魔弾が突き刺さっている。


(これをどうにか摘出しないと治そうにも治せない……)


弾丸を摘出するためにノアの世界眼は己の魂の深淵へと沈んでいく。


魂の表層には八神の権能がまるで惑星のように巡回しており、それぞれが異なる色を放っている。


神々の権能というだけあり、そこに秘められた力は莫大なものだ。


その力の元となる神より強い権能は持っていないが、そもそものノアの根幹にある力がそれらの能力を相乗的に上昇させていた。


普通の魂にそんな芸当ができるはずがない。


ノアの魂が特殊な力を持っているのだ。


それこそ、神にすら匹敵───否、それすら上回る程の権能を。


(もしそれが本当なら、その力を扱えるようになれば……)


ノアの持つ権能が魂の回復に作用できるかは不明だが、神々の権能を相乗的に強くするのなら再生を強化することもできなくはないはずだ。


故に今求められるのはノア本来の権能の覚醒。


それができなければノアもユキも死ぬ。


(そもそも、何故前回の戦いでユキはこれに耐えられたんだ?)


前回、ユキは今ノアが受けている『惨死の魔弾(ウルト・ジジェン)』をその魂に食らっていたはずである。


それなのに時間が経ってノアが容態を確認すると魂には傷一つ入っていなかった。


魔弾をもろに受けた今だからこそ解る。


もしユキがノアよりも強靭な魂を持っていたとしても、これを受けて無傷であるというのは絶対に不可能なのだと。


耐えられる耐えられないの話ではないのだ。


本来なら受けた時点で終わり。それがこの魔弾魔法なのである。


(いや、そんなことを考えている余裕はない)


一刻も早く再度立ち上がらなくてはならない。


魂の奥へ、更に奥へと沈む。


神々の権能の横を通り、中心の魂の中に入り、魔弾によって穿たれた穴から深淵の奥底へと。


そこには魂の根幹が───あるはずだった。


(何も……ない?)


本来なら魂にはその根源となる個人を象徴する力の塊がある。


創造神の魂なら創造の力の根源が、破壊神なら破壊の力の根源があるはずなのだ。


ノアも当然それは例外ではない。


なのに、根幹には何もない。


ただただ無が広がっており、力も何も感じられなかった。


(有り得ない───)


根幹であるこの部分がないということは、それはもう存在していないと同義である。


だがノア今ここで生きているし、死なないために尽力しようとする意思もあった。


無という事実は、その意思を否定しているようで───


(───いや、違う。きっとそうじゃない)


何もないというのは有り得ない。


なら、これは一体どういうことなのか。


(───逆なんだ)


発想の転換だ。


魂に何もないのではない。


何もない状態こそ、ノアの魂の正常な状態なのだ。


限りない無。それが意味する権能は───


(ぐっ……)


ノアはの意識は更に深奥へと沈んでいく。


その魂の根幹は世界眼はおろか、ノア本人ですら知覚できない。


故に、全て感覚で掴むしかない。


見えないし感じ取れないのなら、己の感覚を信じて突き進む他ないのである。


(何も感じないし、今、俺の意識が魂のどの位置にあるのかもすでに解らない……)


弾痕などもうすでに遥か彼方だ。無で染め上げられてそれももう知覚できない。


(───そうだ。無で染める───それをやればいいんだ)


弾痕は絶えずノアを蝕んでいるが、それすらも解らないのなら魂全てをこの無で覆い尽くせば魂についた傷など簡単に無視できるはずだ。


ノアは無の中で何かを掴む。


そこには当然何もない。


だが、何もないと同時に、何かがあるのが解った。


一見それは矛盾しているようにも思える。


いや、本当に矛盾しているのだろう。


しかし確かにそこには何かが───ノアの魂の根幹がある。


そもそも無であるのに存在しているというノアの魂が、ノアという存在が矛盾しているのだ。


魂の根幹がどうとか、今更だ。


ノアは掴んだ無を意識と同時に引き上げる。


ノアに与えられていた死の魔弾は簡単に無に染められ、その存在を消す。


ノアの存在が消えていく。


だが、それと同時にノアの存在はより強固になっていった。


その矛盾を体現する権能。


それは───


「───虚無の権能」


ノアがその力を取り戻し、立ち上がった。


上を見上げる。


すでに大量の剣閃が上空にまで広がっており、世界が白と蒼で染め上げられようとしていた。


ノアは自身の力を広げ、世界を侵食していく。


白と蒼に染め上げられた世界に新たに生まれた、第三の勢力。


それは、虚無。


色もなく、誰であろうと何も感じることはできない力だ。


だが確かにそこにある。


誰にも知覚できない、莫大な力が。


ノアは新たに銀色の刀を創造する。


それは今まで創造した武器に比べれば存在が希薄だ。


それも当然と言えよう。


何故ならそこには虚無があるのだから。


「完全に無にすることはできなかったか」


ノアの虚無の権能は神々すらも上回る。


だがそれを完全に扱いきることは今のノアでは不可能だった。


昔の、それこそ神々に権能を与えられて転生する前の前世なら話は変わったのだろうが……


「前の俺がどうとか、そんなことはどうでもいい」


ノアは音速を軽く超える速度で跳躍する。


その速度はユキとデュランが打ち合っていた時の閃光よりもなお速い。


本来その速度で空間を駆ければ確実に衝撃波が発生する。


実際に、先程の二人の攻防では触れてもいないヴァンデラのガラスが全て粉々になった。


だがノアがそれ以上の速度で飛んでもその衝撃波は起きなかった。


ノアは自身が通る空間を無で捻じ曲げているのだ。


そんなことは神々ですらできない場合もある。


当然、創造神などの半数以上の神は空間に干渉して捻じ曲げることは可能だ。


だが、ここまで簡単にそれをできるかとなれば話は変わる。


これこそが、虚無の権能が神々を上回るという証拠だった。


ノアの向かう空は蒼き光が覆っている。


穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』だ。


蒼き光はユキを飲み込もうとし、光は更に輝きを増していく。


先程までのノアなら救えなかった。


でも今は違う。


「させねぇ」


蒼き光ごと世界を虚無で塗り替えていく。


そこに残るのは無ですら侵食する虚無。


霊域核の力であろうと、それに抗うことは不可能だ。


「───ノア」


デュランが信じられないものを見るように呟く。


この短時間で魂に食い込んだ魔弾の呪いを解いたのかと思っているのだろう。


正確には、呪いは解けていない。


虚無で埋め尽くしているだけであって、問題を先送りにしているにすぎないのだ。


「もうお前に勝ち目はないぞ、デュラン」


だが、目の前の男を倒すことと比べればそれは実に些細な問題だ。


ノアは銀の刀をデュランへと向ける。


そこに込められている虚無は周囲の蒼い魔力を吸収し、その魔力にあてられた虚無は更なる力を放出していた。


「これが───俺の権能だ」


八神とはまた別の……それでいてそれらの権能を上回る力を持った虚無こそが、ノアの魂の根幹。


現状ではその力の全てを発揮することはできないが、それでも十分すぎる程の魔力を秘めていた。


───今なら霊域核の恩恵を受けたデュランはおろか、ガロンの本気にすら届きうるかもしれない。


「さあ、第二ラウンドを始めようか」


空中で銀刀を構えたノアが言い、唖然としていたデュランが我を取り戻す。


「……はは、ああそうだな。今度こそ、私の最期の戦いだ」

「せめて、誇り高く散らしてやる」


轟く銃声。迸る剣閃。


今までとは次元の違う戦いが始まった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』」


先程とは違い、デュランは初めから本気を出す。否、先程はそもそも本気ですらなかったのだ。


デュランがその気なら、『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を連発することも不可能ではないのだから。


だが、虚無の権能を覚醒させたノアが相手ではそれは悪手となる。


それをよく解っているのだろう。故に放った魔弾は一つ。


そして、それに織り交ぜるように───


「『惨死の魔弾(ウルト・ジジェン)』」


先程ノアを退場させた魔弾を七発、連続で放つ。


今のノアなら『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』に対応すると考えての行動だ。


実際、その考えは間違っていない。


だが───まだ足りない。


「───無閃(むせん)


煌めく剣閃が蒼き螺旋を無へと帰させ、七つの暗黒の魔弾すらも消し去った。


「───ッ!」


これはデュランからしても想定外だった。


覚醒前のノアなら『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』はどうにかできてもその後の『惨死の魔弾(ウルト・ジジェン)』までは絶対に対処できなかったはずだからだ。


力の本質は知らないものの、デュランはその虚無をノア本来の力と結論づけて対応しようとする。だが、それでもなお疑問は残った。


(今のは───魔法ではない?)


ノアが今使ったのは『無閃』───剣を媒体に虚無を発生させ、剣に触れた一切をその虚無で塗り変えるという虚無の権能の力だ。


権能そのものなので、これは魔法ですらない。


だが魔法ではないからといって魔法よりも弱いというわけではなかった。


少なくとも、霊域核の魔力を使う『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』を一方的に消滅させる力を持った剣閃だ。


その力は言うまでもないだろう。


(だが、それなら剣に触れなければ問題はない。剣で対処できない程の弾幕を張ればこちらの攻撃も通るはずだ───問題は、攻撃が通ったところで今のノアならその攻撃すら意味をなさない可能性があるいうことか)


デュランにとって、それは重大すぎる問題だ。


穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』が効かなかった場合、現状のデュランの力ではノアを倒すことなど絶対にできないのだから。


(───まずはそれを確かめるか)


デュランは再度拳銃に蒼き魔力を込める。


それは今までで最も強く輝き、数瞬後にはその光が九つに分裂した。


「『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』」


蒼き螺旋を描く魔弾が九つ。


込められている魔力もひとつひとつが先程と遜色ない。


文字通り、これがデュランの放てる最大火力だ。


つまり、このデュランの本気を受け切ることができれば、ノアの勝利が確定する。


だが元々途轍もなく強力な魔弾だ。今のノアでも対処はかなり厳しい。


(チッ……この数は流石に───)


ノアの無閃で消し去れる『穿界の痕弾(レイル・フェルゼ)』はおよそ五発。


魔弾は同時に射出されたので二回に分けて対処するのは不可能だ。


(───いや、俺の権能が虚無なら、あれもできるんじゃないか?)


ノアの眼前に九つの魔弾が迫る。


それを静かに待ち構え、ノアは深く息を吸い込む。


「─────」


両眼を鋭く見開き、銀刀を振り抜いた。


「無閃───二連」


刀を振ったのは一度。されど、放たれた無閃の斬撃は二つだった。


蒼き光は虚無に呑まれ、世界は無音となる。


「な───」


デュランの驚愕の声が無音の世界に響く。


たった今の無閃は二つが完全に同時に現れた。


どんなに剣を速く振ったところで同時になることはない。


ならば何故ノアは同時に無閃を放つことができたのか。


(無閃を同時に放てないのは剣を二度振る時間があるからだ。虚無の権能が本当に全てを無にできるというのなら、その時間そのものを無に帰させればいい───できるかは賭けだったが、どうにか成功したな)


剣を振る時間に差異があるなら、その時間そのものを消す。


虚無であればそれは可能だ。


唖然としていたデュランだったが、即座に対応するために拳銃をもう一度ノアに向ける。


「……はっ!?」


だがそこにはもうノアはいない。


周囲を見渡すも、どこにも見つからなかった。


「何故───」

「理由が知りたいか?」

「ッ!どこだ!?」


ノアの声はデュランに届いている。だがその姿だけがない。


しかし、それも当然だ。


ノアは自身の存在を無に溶け込ませているのだ。


それは一歩間違えれば自身の存在そのものを消してしまいかねない行為だ。


「───無閃」

「ぐッ!?」


ノアの無閃を、デュランは勘のみで躱す。


ほんの少しでもかすればその傷口から無に侵食される。


故にデュランは絶対にその攻撃を受けるわけにはいかない。


(こいつ……認識できないはずなのに絶対に躱しやがる)


あれからノアは何度も不可視の状態で斬撃を放っている。


なのに、デュランは己の勘でその全てを躱していた。


「本当に規格外だな、お前」

「貴様に言われても、なッ!」


今の二人は互いに完全なる本気だ。


一撃必殺のノアの斬撃を躱し続けるデュランに、認識できないため、デュランが攻撃してもそれに当たることはないノア。


認識できない以上、『惨死の魔弾(ウルト・ジジェン)』もその効力を発することはできない。


だからこそ、デュランは防戦一方となっているのだ。


二人の実力は完全に拮抗しており、このままではいつまで経っても勝負がつかない。


「どちらも、攻め手にはかけるか」

「ああ───でも悪いな、俺は一人じゃないんだ」

「───ッ!?」


だが、それは逆に言えば僅かなきっかけで均衡が崩れるということだ。


そして───この場にはその鍵になる存在がいる。


「はぁッ!」


ノアが覚醒してからというもの、ずっと静かにその戦いを見ていたユキが界律神装をデュランに向けて投擲した。


ユキはデュランの意識から外れるこの瞬間をずっと待ち続けていたのだ。


高速で飛来した界律神装は完全にデュランの隙を突いており、その刃はデュランの手首を斬り裂いた。


「チィッ!?」


拳銃を取り落とすことはなかったものの、全ての反応が一瞬遅れる。


そんなデュランをノアが逃すはずもなく、消していた存在を露わにしてデュランの目の前に現れた。


銀刀に込められている虚無は先程よりもなお深く、無すら無に誘う程の虚無の深淵だ。


無閃などとは比べ物にならない力が乗ったその刃を、ノアは迷いなく振り抜いた。


「─────無尽剣」

「が───」


虚無の斬撃は何の抵抗もなくデュランの身体を通り、周囲の空間ごとデュランの胴体を完全に切断した。


その虚無を食らったデュランは消えゆく意識の中、驚愕する。


(この、虚無───はは、なんだ、そうだったのか)


デュランの身体が灰となって滅んでいく。


だがその顔は今までにないほど歓喜で震えていた。


(貴様が───いや、貴方様が、いるのなら───)


身体はもう殆ど原型がなくなっており、灰となった箇所は風に流されて消えていく。


「───後は、頼みます。我らの───」

「ああ、任せろ。アルファルドは俺が止める」


デュランはその言葉に満足そうに微笑んだ後、完全に消えていった。


ノアの掌にはデュランだった灰の一部が残っていた。


「───ああ、そうだ。お前の死は無駄にはしない」


ノアは掌の灰を握り締め、最後にデュランと交わした約束を脳裏に浮かべる。


「お前の願いは叶えてやる。だから、どうか安らかに眠れ」


ヴァンデラの遙か上空で、人類の存亡を賭けた苛烈な戦いは幕を下ろした。


意志を受け継ぐ虚無の化身───

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