14.白と蒼の閃光
放たれた魔弾は魔法ではなく、ただの魔力を纏っただけの弾丸だった。
二人がそんなものに反応できないはずもなく、前に出たユキが右手に持つ白刀にて弾丸を切り捨てる。
その後ろからノアが跳躍し、空中で回転しつつデュランに向かって刀を振り下ろす。
「『壊撃』」
「『絶死の銃斬』」
破壊と死が衝突し、この地下空間を大きく揺らす。
前回はこの鍔迫り合いで拮抗した。否、どちからといえばノアが少し押していた程だ。
だからこそノアは押し切ろうとして……逆に押し返された。
「なん、でッ───!」
まだ上手く扱えるわけではないとはいえ、『壊撃』は神の権能による魔法だ。
前回、デュランが手を抜いていたのかと言われればまず間違いなくそうではないはずだ。
恐らく、何かしら別の要因がある。
ノアは押されつつも眼を凝らす。
そうすると薄らとデュランに繋がっている魔法線が見えた。
繋がっている先は───
(霊域核!?)
そう、デュランは霊域核から世界の根幹の魔力を与えられ、その力でノアを圧倒しているのだ。
「───はッ!」
遂にノアが押し負け、ノアの持つ刀が大きく弾かれる。
その隙を付くように『絶死の銃斬』による斬撃がノアの身体を襲う───
「させないよ!」
対峙していた二人の間にユキが割り込み、デュランの斬撃を弾いた。
「……なに?」
デュランはその事実に大きく困惑する。
今のデュランは霊域核から送られる魔力により全ての攻撃が大幅に強化されている。
そんな状態の『絶死の銃斬』は、『壊撃』でも使わない限り一瞬たりとも拮抗などできない。
それなのに、ユキは何の魔法も使わずに一方的に斬撃を弾いたのである。
ノアもそれに驚愕し、無意識にユキのことを世界眼で注視していた。
「え……?」
世界眼で見えた光景に、ノアは小さく声を漏らす。
霊域核から伸びる魔法線───それはデュランだけに繋がっていたわけではなかったのだ。
ユキにも……否、ユキの持つ純白の刀にも、霊域核からの魔法線が繋がっていたのである。
それも、デュランのものより強く、太い魔法線が。
「───まさか、その武具は」
デュランが独り言のように呟く。
ユキは力強い眼でデュランを睨み、それに答えた。
「銘までは解らないよ。でも、これがどういう武器なのかは知ってる」
「その、刀は───」
目を閉じ、刀を構えるユキ。
そして静かに、その言葉を口にした。
「この武器種は、『界律神装』───」
ユキが動く。
「チッ───!」
高速で動いたユキは一瞬でデュランの視界から消え、背後に回っていた。
界律神装───これもまた、ノアの知らないものだ。
どうやらユキの持つ白刀がそうらしいが、どういったものなのかは理解できていなかった。
ユキの放つ界律神装による斬撃がデュランを襲い、デュランはそれを『絶死の銃斬』によって防御するも、また一方的に弾かれる。
この局面だけならユキが圧倒しているように思えるし、実際そうなのだろう。
だがデュランの持つ武器は銃だ。
「ユキッ!深追いするなッ!」
「───『惨死の魔弾』」
「くッ───!?」
至近距離で放たれようとする魂を穿つ魔弾。
ユキは刀を身体に引き寄せて攻撃に備えようとするが、深追いしすぎてしまったせいで防御が間に合わない。
これが一対一の戦いならユキはここで敗北していただろう。
「らぁッ!」
ノアの刀がデュランの銃を持つ右腕を斬りつける。
『壊撃』によるその斬撃はデュランの腕を斬り落とすには十分な威力を誇っている。
だが───
その斬撃は弾かれた。他でもない『惨死の魔弾』の弾丸によって。
デュランは魔弾を撃つ瞬間に狙う対象をノアの刀に変えたのだ。
『壊撃』が付与されているため刀を破壊するには至らなかったが、腕を落とされることを防ぐことには成功していた。
「そんな芸当が……」
猶予は殆どなかったはずだ。
それなのにデュランは反応してみせた。
(霊域核からの魔力の恩恵は単純な強さのみではないのか。ますます厄介だな……)
二人はデュランを挟むようにして距離を取る。
このまま二人で攻めていてもきりがない。
やはり何かしらの策が必要だ。
(秘策ならある……だがそう簡単に使えるものではないし、何より霊域核の恩恵を受けているデュラン相手では通じない可能性の方が高くなってしまった)
敵陣に侵入するのだから相手も何かしら策はあるだろうと考えていたが、いくらノアでもここまでの強化は想定していなかった。
とはいえ、やらないとやるとでは大きく異なる。
やってみて、駄目なら駄目で別の策を考えるしかないのである。
「霊域核の恩恵が……そちらにも影響があるとは想定していなかったな」
「……ああ、俺もだ」
今のところ霊域核の恩恵を受けられていないのはノアだけだ。
デュランは時間をかけて力を引き出せるように改造したのだろう。
そしてユキは恐らくこの世界にとって重要な存在だ。
世界を守るために、霊域核の意思がユキに力を与えようとしている。
「だが、一度に出力されるリソースは限られている」
「何を───」
その瞬間、霊域核の輝きが大きく増した。
それに伴い、デュランへ送られる魔力量が数倍へと跳ね上がる。
「な、なんで!?」
だが逆にユキへと送られる魔力はごく微量になっていた。
霊域核そのものの力をデュランが良いように操れるとは到底思えない。
ならこれは一体───
「耐えてくれよ、ノア」
デュランへ送られた霊域核の───世界の魔力が拳銃へと集う。
それはデュランの扱える魔力量を優に超えており、下手をすれば自身でさえも巻き込まれる程の絶大な力の奔流だ。
「ッ!ノアくん!」
ユキが咄嗟に持っていた白刀をノアに投擲する。
ノアの持つ刀ではデュランの攻撃を防ぎきることは到底できないと判断したのだ。
ノアはその刀───界律神装を受け取り、そこに本気で破壊の権能を流し込む。
その力はノアですら制御し難い程に荒れ狂い、周囲の存在を無差別に破壊する。
これこそが、ノアの考えていた秘策であった。
霊域核の力と破壊の権能の力。
その余波が衝突し、力の奔流がこの都市庁ヴァンデラを───否、最終都市グラエムそのものを飽和させる。
「───『穿界の痕弾』」
「───『崩壊神撃』」
霊域核……世界の魂そのものを魔弾と化し、デュランはそれを放つ。
放たれた魔弾は蒼き螺旋を描き、通過した箇所の一切を消し去りながらノアへと突き進んだ。
ノアはそれを静かに見つめ、魔弾が自身の間合いに入る瞬間を待つ。
界律神装はまるで血のように紅い輝きを放ち、周囲の空間全てを破壊し尽くしている。
それは新たな破壊魔法……『壊撃』の上位互換となるものだった。
「はぁぁあッ!」
『穿界の痕弾』と『崩壊神撃』が正面から衝突し、その衝撃は世界そのものに大きな傷跡を残す。
だがノアにはそれを気にしている余裕はない。この瞬間の世界のことは神々に押し付け、今はただ目の前の魔弾に集中する。
「ぐッ……!」
ノアが新たな破壊魔法を習得したとはいえ、相対しているのは世界の根源だ。
その重さは本来なら仮初の権能如きでは歯が立たないはずのもの。
しかし、ノアが持っているのは界律神装だ。
界律神装は世界に一つだけ存在している、言わば世界そのものの固有武器。
その存在はある意味世界そのものと同等と言っても過言ではない。
「う……らぁッ───!」
この魔弾を完全に滅ぼすことはできない。
そう判断したノアは自身の腕が壊れることも厭わず、界律神装を無理やり上に斬り上げた。
『穿界の痕弾』は少し力を弱めつつその角度を大きく変え、弾道は真上へと伸びていく。
「……これすらも凌ぐのか」
蒼き螺旋の尾を引く魔弾は触れる全てを消し炭にし、上へと突き進む。
当然の如く地中に大穴を開け、ヴァンデラの塔の内部を貫通し、最後には大空の彼方へと飛んでいった。
あそこまで飛べば後は神々が干渉するはずだ。
あれ程の力でも、神々なら確実に対処は可能なはず。
故にノアはその魔弾のことは考えず、『崩壊神撃』を維持しつつデュランの背後へとまわる。
しかし───
「動きが遅いぞ、ノア」
ノアが剣を振る前にデュランの魔弾がノアの身体に突き刺さる。
あの攻防のすぐ後に反応されるとは思っていなかったのか、魔弾を受けたという事実に一瞬硬直する。
止まったのは刹那にも満たないほんの一瞬。だがデュランが相手ではその隙はあまりにも大きすぎた。
「『惨死の魔弾』」
魂を穿つ魔弾がノアに向かって放たれ、ノアはそれを防御しようとするが───
(間に……合わないッ!)
界律神装による防御も、未来の権能も、どちらかを行使する前にその魔弾はノアに着弾する。
「がぁッ!?」
文字通りノアの魂に突き刺さった弾丸はその内部で死の呪いを爆ぜさせ、ノアを死に至らしめようとした。
「ユキッ!」
ノアは界律神装をユキに投げ返す。
『崩壊神撃』は維持しつつ、己の中の魔弾を処理するために魂の中を探る。
ユキは界律神装を受け取り、力強く構えた。
「ノアくんが戻るまでは、私が相手だよ」
霊域核がまた強く輝く。
しかし今度はデュランへの恩恵が減少し、ユキに与える力が強まった。
「───聞きたいことがあるのだが」
「なに?」
「貴様は何者だ?何故世界の根幹の力を自身の意思で制御できる?」
ユキはデュランのように高い技術力で長い時間をかけたわけではない。
にもかかわらず、デュランと同等のことをしてのけている。
「さあね。私にもそれは解らない。でも、今はそんなことどうでもいいよ」
霊域核からユキに与えられた魔力が蒼から純白へと変色していく。
血の如き紅い光を放っていた界律神装も、その力にあてられて白い光を取り戻した。
なのに、『崩壊神撃』は切れることなくその力を維持している。
「───まるで化け物だな、貴様らは。まあ、だからこそ希望が持てるのだが」
「ふふっ、ありがと」
それはユキにとっては褒め言葉のようなものだった。
前回の戦い然り、今までユキはあまりノアの役に立てていなかった。
自分はノアとは並び立てる力がないと、あれからずっと考えていたのだ。
故にノアと共に化け物と一括りにされるのは、ユキにとってこの上ない喜びだった。
純白の光を纏ったユキと蒼き力の奔流を銃に込めるデュラン。
2人の視線が交錯し、それと同時に衝突するその力は先程のノアの破壊の権能にも劣らぬ衝撃を生み出す。
「往くよ!」
「『絶死の銃斬』ッ!」
白と蒼が衝突する。
その速度はさながら閃光と化し、二人は空間を縦横無尽に駆け巡った。
秒間に数百回も鳴り響く斬撃を打ち合う音。
その間を縫うように轟く発砲音。
ユキは放たれた魔弾を全てを斬り伏せ、デュランはユキの斬撃を全ていなす。
戦闘状況としては膠着しており、互いに決め手に欠ける状況だった。
二人は打ち合いつつも一瞬にして地下深くからヴァンデラの最上部まで上昇し、その衝撃でヴァンデラのガラスが全て割れる。
デュランは上空まで斬り合った状態のまま自由落下。ユキはそれに追従するように上から超速落下しつつ最大威力の斬撃を放つ。
だがここで簡単にやられる程デュランは弱くはない。
「『穿界の痕弾』」
「ッ!」
下から上に向けて、デュランは蒼き螺旋の魔弾を撃つ。
これはまともに受けるわけにはいかない。
かといって今の状態は防御したところでよくて吹き飛ばされ、最悪の場合はユキの魂ごと消滅するだろう。
そこまでを一瞬で思考したユキは───
「はぁッ!」
『崩壊神撃』に自身の魔力と霊域核から与えられた魔力まで上乗せし、『穿界の痕弾』を正面から迎え撃った。
ノアですら弾き飛ばすしか方法がなかった最強の魔弾だ。
いくら霊域核の恩恵を受けるユキであろうと、そう簡単に斬れる代物ではない。
否、本来なら絶対に斬ることなどできるわけがないのだ。
だがユキは世界のため、ノアのためにその力を振るう。
「───ッ!」
魔弾と界律神装が衝突した瞬間、グラエムの空を覆うほどの波動が生まれ、放たれた真空波はグラエムを覆う結界に僅かな罅を入れた。
だが、グラエムにまでは被害は出ていない。奇跡的に力の向きが噛み合った結果だった。
魔弾と界律神装の間にジジジジと嫌な音が響く。
「ううっ───!?」
その威力に戦慄しながらも、ユキは力を緩めない。
全てはノアを信じてのことだ。
(ノアくんが戻るまで───私が繋ぐ!ノアくんの使命は私の使命でもあるからッ!)
ユキの想いに呼応するようにユキを覆う純白の光がその勢いを増す。
「貴様も、なのか───?」
下からユキを見上げるデュランが呆然と呟く。
だが、その表情にはどこか喜びが垣間見える。
二人なら……自分達が犯した罪を浄化してくれると本気で信じることができたから。
「はぁ───ッ!」
世界の空が光で包まれ、蒼き魔弾ですらそれに飲まれていく。
そして遂に───
『穿界の痕弾』が斬り滅ぼされた。
ユキはその瞬間に勝利を確信する。
もう、デュランには同じ魔弾を放つ力が残っていないと思ったが故に。
だからこそ───油断してしまった。
「『穿界の───』」
「え?」
デュランはただ、隠していただけだったのだ。
その魔力を。自身の本気を。
「『───痕弾』」
今度こそユキを滅ぼさんと蒼き螺旋が荒れ狂う。
ユキにはそれを防ぐ術はない。先程の力はもう残されていなかった。
無防備な状態のユキを魔弾が襲う。
(ご、ごめん、ノアくん───私には、守れな───)
ユキの視界を蒼が埋め尽くし、その魂すら蝕む。
その、瞬間だった。
「させねぇ」
グラエムの空を覆い尽くしていた蒼が突如として消失した。
「───ノア」
そう、そこにいたのは他でもないノアだった。
「もうお前に勝ち目はないぞ、デュラン」
ノアは啖呵を切り、先程までは持っていなかったはずの銀色の刀をデュランへと向ける。
そこに宿っていたのは破壊の権能ではなかった。
「これが───俺の権能だ」
ノアの持つ権能とは───