12.都市庁ヴァンデラへ
「うぅ……ごめんなさい……」
目が覚めたユキが涙目になりながら謝罪する。
「何に対してだ?」
謝られている当の本人のノアはそれが何故なのかよく解っていないようだった。
「だってさっきは私が動いちゃったから敵に先制されたでしょ?しかもその後も倒れてて戦力になれなかったし……」
「ああ、そのことか」
確かに先程、ユキが刀を抜いたからデュランはユキに対して魔弾を放った。
だがどうせそれは遅いか早いかの問題でしかなく、ユキが動かずに時間をかけたとしても結果はそう変わらなかっただろう。
「むしろ動いてくれたことに感謝してるぐらいだ」
「えっ?なんで?」
「お前が動いたから俺も動けたんだよ。きっかけがなければ、きっと俺はずっと動けないままあの魔弾に撃たれていたはずだ」
ユキが狙われたからこそ、ノアはそれを防いでユキを守るために身体が動いたのだ。
それがなければただ魔弾を撃ち込まれて終わっていた。
今回戦ったのはノアだが、このきっかけがなければ勝負にすら発展せずに一方的に殺されていたということだ。
「身体の調子は?」
「私の?ノアくんの方が重症だったよね?」
確かに外傷だけを見るなら何箇所にも魔弾を撃ち込まれたノアの方が重症だろう。
だが本来なら一度魂にまで魔弾が届いてしまったユキの方が傷は深いはずなのだ。
それなのに戦闘後にはすでに魔弾は消滅しており、ユキの魂も完全に元通り……それどころかそもそも傷付いていなかったのではないかとも思える程無傷の状態だった。
「ま、まあ私は大丈夫だけど……そういうノアくんは大丈夫なの?」
「再生させたからな」
魂への攻撃ならともかく、外傷はノアにとっては大したものではない。
今回の戦いで負った最も手痛い傷は『死殺の衝撃波』だろう。
あれにより魂の一部分が崩壊してしまったが、僅かだったので再生の権能を使っていればいずれ完治する。
ノアの持つ再生の権能は当然再生神には及ばない。
再生神本人なら魂が滅びかける程の攻撃を受けたとしても瞬間的に元に戻せるだろう。
ノアにはそこまでの芸当はできないため、ゆっくりと治していく他なかった。
故に今ユキに向けて言った言葉は正しくはない。
確かに再生させたが、どこまでということは明言していなかった。
端的に言えば、痩せ我慢である。
「ノアくんも無事なんだね!良かったぁ……」
ユキはその言葉を聞き、安心したように微笑む。
ユキはまだ精神的にも子供だ。
いくら急成長したとはいえ、ノアからすれば幼い少女なのである。
そんな彼女に悲しい顔をさせることは、ノアの魂が許さなかった。
「とりあえず今日はもう休憩しよう」
「う、うん。それはいいけど……ここで?」
寝転がったノアが言った言葉をユキが再確認する。
もう小屋は半壊どころではなく、天井が落ちてきていないことが奇跡とも言える状況だった。
「ああ、それは大丈夫だ」
ノアが行使するのは創造の権能。
それによってたった数秒で家が新たに立て直され、新築の木造の小屋となった。
「えぇ、そんなことも……権能って凄いんだね」
ユキは今まで破壊と再生の権能しか見ていなかったため、創造の権能も使えることに感心する。
このレベルの小屋なら当然休憩は可能だ。
「やるべきことは山積みだが……今ぐらいは休もう」
「わかったよ」
そこからしばらく、二人は小屋で休息を取るのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
デュランとの戦いから数日が経ち、遂にノアが完全復活した。
だがノア本人はその結果にどこか不満げだ。
「あの程度の損傷でもここまで時間がかかるとは……再生の権能ももう少し鍛えるべきか」
どうやら想定していたよりも時間がかかってしまったらしい。
完全に再生できるというのは他の存在とは一線を画す力なのだが、再生神に比べれば圧倒的に弱いからだろう。
「何はともあれ、元気になってよかったよ!」
ユキの朗らかな笑顔にノアは笑みを返す。
「無理してることぐらいわかるからね」
「まあ流石にな……」
二人は睡眠を必要としない。
だからこそ昼であろうと夜であろうと、基本的に睡眠は取らないのだ。
だがこの数日間、ノアは一日につきまる半日睡眠を取っていた。
休息という意味合いではなく、魂の回復をできるだけ早めるために。
そんな行動をしていたからだろう。ユキには魂が損傷を負っていたことが完全にバレてしまった。
「でもやはり数日時間を食ったのは痛いな……」
本来なら一刻も早く都市庁ヴァンデラへ行くべきなのだろうが、そこへ行けば確実にデュランとの戦闘が再開される。
デュランは不完全な状態の魂で挑んでいい相手ではない。
ノアが現在持つ全ての力を集約させ、やっと対等といったところだろう。
次の戦いではユキも戦力になるだろうが、それは損傷を負った魂で戦ってもいい理由にはならない。
ほんの少しだけでも勝率を上げるなら復活は必須なのである。
そして───
「もう大丈夫だ。あいつの言っていた都市庁ヴァンデラとやらに行こうか」
「次は私、戦えるかな……?」
「心配するな。秘策はある」
ノアはこの数日間でデュランに対抗するための策を用意していた。
当然それが通用するかどうかはやってみなければ解らないが、デュランの戦闘スタイルならきっと刺さる。
「ヴァンデラってあのおっきな塔のある建物だよね?」
「グラエムの中心ってことはあれなんだろうな。都市庁ということは本来は役所のような場所なんだろうが……」
人々があの状態だ。現状のグラエムではまともに機能していないだろう。
デュランが指定したということもあり、どう考えてもあの場で起こるのは戦闘だ。
戦闘の規模によっては街の中心部が消滅してしまうことすらも有り得る。
二人は絶対にそうならないように立ち回らなければならない。
街の人々は死んでなどいないのだ。正気ではいないということは、恐らくは洗脳に近い何かだろう。
(……洗脳か)
ノアは屍達の怨念を思い出す。
あれに関しては洗脳と言うよりは呪いのようなものだったが、どうもユキはその怨念は感じなかったらしい。
個人差があるものなのか、ノアだからこうなったのか……
(あの怨念を真に受けるなら、その答えはきっと後者なんだろう)
ノアのせいで、と呪っていた屍がほとんどだったこともある。一部ではなく、ほぼ全てがそうだった。
ノア本人が手を下したという可能性は前世を含めても考え難い。そうなっていたのなら、神々がノアに権能など与えるはずがないからだ。
だからこそ、やはり直接的な原因は界滅爪だ。
だが怨念を考えると、界滅爪とノアにも何かしらの因果関係がある気がしてならなかった。
「ノアくん?」
「……ユキ」
「怖い顔してる……本当に大丈夫なんだよね?」
ノアの顔を覗き込んだユキが心配そうに声をかける。
(そうだな……全部後回しにしてるみたいだが、これもきっと今考えて答えの出る話じゃない)
前世の記憶が戻ってみなければ何も解らないのだ。結論はそれまで待っていても遅くはないはず。
「ああ……俺は大丈夫だ」
力強く返事をし、ノアは都市庁ヴァンデラのある方角を向く。
「世界の命運以前に、人類の存続のかかった戦いが待ってるはずだ。デュランを倒さなければ、きっと世界よりも前に人類が滅ぶ」
その言葉はユキに言っているというよりはまるで自身に語りかけているようだった。
「世界を救う前に、この街のみんなを助けるんだね」
「ああ、そうしなければならない」
神々は人類が滅ぶことを望まない。
世界が第一優先とはいえ、神々がその次に大切に思っているのはこの世界に住んでいる生物だ。
世界とそこに住む生物を自分達で救えないというのは彼らにとっても屈辱であり、歯痒い気持ちは大いにあるだろう。
そんな神々が、外の世界から来たはずのノアに託したのだ。
それならばノアは己を犠牲にしてでも救う。
それこそが他でもない、ノアの望みでもあるのだから。
いざ、人類存亡の決戦へ───