3、17歳の旅立ち?
◆17歳の旅立ち
── 正妃や異母姉妹にドアマット扱いされ、悪評を流されていたセレンだったが、7歳の時に、ささやかだが忘れられない少年との出会いをしていた ──
セレンが12歳に成長した頃、悪評がさらに増やされていた。
「浮気性で男なら誰でも襲う好きものらしいぞ。側にいる騎士が愛人筆頭だってな。俺達にもあやかれないかな」
「盗み癖があるそうですわよ。晩餐会やお茶会で身に着けた装飾品を奪われてないかしら。おお嫌だわ」
「傲慢で我が儘らしいじゃない。ご自身の出来の悪くて物覚えが悪いのを棚に上げて、家庭教師は何人もさじを投げて辞職させてるそうよ」
「何度もドレスや装飾品を作り直しさせたり、使用人に癇癪を起して物を投げつけて暴れ回った上に、気に入らない使用人を何人も解雇してるそうね」
「料理も気に食わないと何度も作り直しさせて、料理人を困らせているそうよ」
すべては継母と異母姉妹たちの仕業だった。
セレンが貴族たちの誰とも交流を持たず、救貧院や孤児院へ出かけただけなのに。正妃や他の王女たちの使用人や、王女派閥の貴族たちに目撃されたから。それを、
「見境なく男を漁っている好き者だ」
と歪めて報告されていたためだ。
実際には、彼女は薬草の知識を活かして病人の手当てをしていただけなのに。
最も悪質だったのは、異母姉ナイトラジェンの行為だ。
セレンに身長だけが似ていることを利用し、黒髪のカツラを被って「セレン」を名乗り、男たちを誘惑していた。豊満なナイトラジェンと、ほっそりとしたセレンでは体形が全く違うのに、ベールで顔を隠す習慣があったため、真相は闇に葬られていた。
それからさらに5年。セレンは城の片隅で表面上は目立たないように、ひっそりと息を殺して生きてきた。
継母の正妃と異母姉ナイトラジェンたちからの虐待は続いていたが。食事には異物が混ぜられ、冬場でも冷水で入浴させられ、使用人たちは故意に仕事を怠けた。
「本当にあの王女さまは我が儘ばっかり言うのよね」
侍女たちは自分たちの怠慢をセレンのせいにし、噂を広め続けた。
「浮気性で男なら見境なく部屋に引きずり込む好きものらしいし」
相変わらず異母姉ナイトラジェンが、セレンに成りすまして男を誘惑し続けていた。
セレンの評判は地に落ち切っていた。
*****
しかし、17歳の春、セレンの運命を握る突然の知らせが届いた。
「セレン様、国王陛下がお呼びです」
使いの者が、珍しく丁寧な口調で伝えてきた。
生まれて初めて、正式に父親に呼び出されたのだ。
セレンはアーサニクと視線を交わした。乳母のウランは心配そうに彼女の服のほこりをささっと払ってくれた。
「どんなことがあっても、私はセレン様と共にいます」
アーサニクの言葉に、セレンはほんの少しだけ勇気をもらった。
王宮の謁見の間で待っていたのは、赤髪紫眼の国王ハイドラジェンと、冷笑を浮かべるアリシジェン王妃、そして高慢そうな異母姉ナイトラジェンを始めとして、王太子に他の姉妹の王女たちである。
「セレン・フレロビュム・ダームスタチュム」
父親であるはずの国王陛下に会うのは生まれてから、まとめに久しぶりに面と向かって名前を呼ばれた。
しかし、今更父親面されても、国王陛下にとってセレンは、所詮ただの駒としてしか役に立たない存在なのだと割り切って対峙した。
現に国王の声は冷たく、赤の他人の様に遠い感覚しか与えない。
「お前をマイトネリュム帝国の皇帝に嫁がせる。帝国に向かうのは3日後。帝国までの道程を考えると約1ヶ月はかかるそうだ。婚姻はその帝国にて到着次第行うそうだ」
一言もなく、宣告が下された。人質同然の政略結婚だ。王国にとっては捨て駒の処分に等しい。
「セレン・フレロビュム・ダームスタチュム王女殿下。皇帝陛下のご命令です」
外交官ボーラン・ルテチュム・ハッシュム伯爵が如何にこの婚姻が政略上重要なものかを、繰り返し説明してくれた。30代の彼は橙髪に紺色の瞳を持ち、職務に忠実で生真面目な性格のせいなのだろうか、無表情に言葉を続ける。
「貴女は来月、マイトネリュム帝国の皇帝陛下に嫁ぐこととなりました」
部屋にいた正妃や王太子はもちろんのこと、ナイトラジェンと他の王女達も、満足そうな微笑みを浮かべていた。
これは明らかに彼女たちの策謀だろう。冷酷な皇帝として噂されているマイトネリュム帝国の皇帝 ── そこへ嫁ぐことは、人質か生贄同然の捨て駒になることを意味していたのだから。
それに、ナイトラジェンを始めとする他のどの王女達も、王国の為に役に立つ駒に成れと言われたとしても、噂のような冷酷な男の下に嫁ぐことを嫌がって押し付け合ったのだろう。だからこそ、セレンに白羽の矢が立ったのだ。
「陛下、せめて婚礼の準備だけでも……」
アリシジェン王妃が偽りの慈悲深い声で口を挟んだ。
「もちろん、王女としての教育を施しますわ。たとえ1日だけでもねえ」
その言葉に隠された嘲笑が、セレンには痛いほどわかっていた。
だがセレンの心には、むしろ安堵の感情がわいた。
(ここにいるより、断然ましだもの)
そう。正妃や異母姉妹たちに虐待されるより、はるかにましだろうから。
帝国では少なくとも、毎日のように虐待されることはないだろう。そして何より ── 小説の知識があれば、運命を変えられるかもしれない。
「謹んでお受けいたします」
セレンは深々と頭を下げた。
しかし、3日後に出発とか。
今まで散々放置してきたくせに、実質、王女としての最低限の教育も礼儀作法も、送り出される寸前のたった1日の付け焼刃で覚えさせられることになったのだ。
原作通りなら、正妃待遇とは名ばかりのただのお飾りにされちゃうんだろうなあ。
しかし、冷遇皇妃の状態を改善しないと、やがて徐々に毒を盛られて、1人寂しく忘れ去られた離宮で孤独死させられるかもしれないのだ。
その前に円満に離縁して、生きのびないと! と付け焼刃の勉強だろうとも必死で意地でも頑張るセレンだった。
果たして無事に原作の毒殺の運命から逃れられるのか?
*****
婚礼が行われる嫁ぐまでの1ヶ月前……実質はたった1日。
セレンには「王女としての教育」が施された。
しかしそれは、送り出される寸前のたった1日だけの付け焼刃だろうに。しかも勉強と称した新たな虐待でもあった。
礼儀作法、ダンス、帝国の習慣、形式だけの宮廷の作法 ── 普通は最低でも十年くらいかけて学ぶべきことを、たった1日で詰め込めと言われた。教える側も学ぶ側も、それが無意味な儀式であることを知っていた。
「背筋が曲がっています! もっとまっすぐに!」
女官長がセレンの背中を鞭で打つ。
「そんな食べ方では恥ずかしい! 帝国で笑われますよ!」
食事のマナーと称して、わざと熱いスープをこぼされる。
「黒髪は不吉ですからね。外国だからと帝国に嫁いだとしても、決してベールは外さないでください!」
唯一の個性である黒髪を、ことさらに貶められた。
しかしセレンは耐えた。前世の記憶と、この世界で培った毒への耐性と同じく、心にも鎧をまとっていた。
「もし帝国で失態を晒せば、即座に斬り殺されるか送り返されるだろうな」
「送り返されれば、それを口実に帝国は再び戦争を仕掛けてくるかもしれないぞ」
「あるいは、より過酷な条件を押し付けてくるだろう」
囁かれる言葉は、すべて彼女が「捨て駒」であることを告げていた。人質か生贄 ── 彼女の役割はそれだけだったのだから。
*****
帝国への出発前夜。
「こんなので、帝国で恥をかかずに済むと思いますか?」
アーサニクが拳を振りかざして憤慨した。
「いいの。むしろ、これで十分よ」
「……はあ~、わかりました。覚悟しているのなら、私もこれ以上は何も言いません。ですがセレン様、せめてこれを持っていってください」
アーサニクが小さな袋を渡してきた。中には、様々な薬草や種と、小さな短剣が入っている。
「帝国でも、きっと役に立ちます」
「アーサニク……もしかして、あなたも一緒に来てくれるつもりなの?」
諦めて覚悟して堪え続けていたはずのセレンの目に、初めて涙が浮かんだ。
「もちろんです。母も同意してくれました。私はセレン様の護衛騎士ですよ。どこまでもお供しますとも」
どうやら、彼女もセレンに付き添って帝国へ行くことを決めていたようだ。
おかげでセレンは冷静になれた。小説の知識によれば、帝国では彼女は「お飾り」として扱われるはず。ならば、完璧な王女である必要はないのかも。むしろ、無能と思われた方が警戒されずに済むのでは。
ただし彼女が本当に心配していたのは別のことである。
原作通りなら、セレンはやがて毒を盛られ、忘れ去られた離宮で孤独死する。その運命を変えなければならない。
「円満に離縁する方法は……」
セレンは独り言のように呟いた。
「セレン様?」
「何でもないわ、アーサニク。ただ……生き延びる方法を考えているだけ」
アーサニクの決心に応えなければと、セレンは初めて自分の計画をアーサニクに打ち明けた。
「帝国では、冷遇皇妃として毒殺される運命が待っているかもしれないわ」
「セレン様……」
「でも、私は毒に耐性があるもの。それに、円満に離縁する方法を考えているのよね」
セレンは決意に満ちた赤い瞳を輝かせた。
「今回の婚姻。どうやら王国と帝国との和平と同盟と資源の輸出入などの利権を貪るための政略なの。
だから私は、そのための……いわば人質同然ってわけ。
それがもしも、私の王女としての粗を探されて失態でも晒したなら? きっとすぐさま斬り殺されるか、殺されないまでも、離縁されて送り返されてしまうでしょうね。または、毒殺か暗殺しておいて、約束が違うじゃないか、と政略が反故にされたといちゃもんでも突けるつもりなのかも。
そして、それを理由に再び開戦するか、更なる無理難題な条件を付けての政略を結ぼうとするでしょうね。
だからこそ、誰かさんの企み通りに死ぬつもりはないのよ。生き延びて、自由になるためにもね」
*****
冷たい石の床から立ち上がる朝。
セレンは馬小屋の隙間から差し込む薄明かりで目を覚ました。
17歳の誕生日から1週間が経ち、今日は彼女の人生が変わる日だ。いや、正確には「捨てられる日」だ。
「セレン様、もう時間ですよ」
アーサニクが、木の扉を開けて入ってきた。彼女の鎧は擦り切れ、剣の鞘には深い傷があったが、その目は今日という日を警戒するように鋭く光っていた。
「ウランは?」
「母は最期の荷造りをしています。王宮から届けられたという『花嫁衣裳』も持って参りました」
セレンの唇が歪んだ。花嫁衣裳。そんな美しい名前のものが、彼女のような存在に与えられるはずがない。
彼女が知っているのは、継母であるアリシジェン王妃が「処分に困った古いドレス」を送りつけてくることだけだから。
納屋を改装しただけの住居の片隅で、乳母のウランが涙を浮かべながら小さな布包みを整えていた。
「せめてこれだけは持っていってください、お嬢様。お母上であるアイアダイン様が、お嬢様を身籠ったと知った時に初めて国王陛下に頼み込んで作らせた、王族としての身分を約束しセレン様御自身を証明する黄金の腕輪です。それと、そのお母上様が残された薬草の手帖と、私が集めた毒草の見分け方です」
セレンはその手帖を受け取り、胸に抱きしめた。
この世界で彼女を守ってくれたのは、この2人の女性と、彼女の血に流れる「特殊な力」だけ。母親の故国であるフレロビュム小国から受け継いだ、黒髪赤眼の者だけが持つと言われる動物と心を通わせれる能力だ。
「心配しないで、ウラン。私は生きて……それから落ち着いたら手紙を送るから」
彼女はそう言ったが、心の中では別の計算をしていた。
(前世の記憶が正しければ、私はマイトネリュム帝国で『冷遇皇妃』として毒殺されるかもしれない。でも、おそらくもう違う。小さい頃から少量ずつ毒を摂取し、身体を慣らしてきたんだもの。耐性は十分についたわ。問題は、どうやってこの政略結婚を『円満離婚』に持っていけるようにすればいいのかしら)
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orz まだだ…まだまだ終わらんよ…プロローグの宰相との謁見まで、いつ~?、ごめ~ん…
マーキュリー《まあ、あれだ…がんばれ》
(つω;`)・゜。…




