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第8話 『ホワイト、新たなる決意 の巻』

 スタンさんの先導で、私たちはアルヴァン殿下の御別邸へと辿り着きました。日の高い時間帯に邸の全貌を見るのは久方ぶりです。やっぱりおっきい……。


「では、ロズマリー様は先に邸にお上がりください」

「あら、スタンさんは?」

「少し用向きがございます。終えれば、すぐに追いつきます」


 怪訝に思われたのでしょうが、他家の執事のことです。詮索は不躾と思われたのでしょう。ロズマリー様は慣れた足取りで扉の内側へ歩まれました。


 無言で私も続こうとすると、案の定刺すような視線を感じます。


「貴様、本当はなにをするつもりだった?」

「や、やだなぁ……ロズマリー様のお肩に糸くずがついてたんですよう。ほら見てくださいよ。これこれ」


 とアリバイ作りのために指先で摘まんだ糸くずを見せますが、スタンさんは半信半疑と言った感じで腕を組んでいます。


「なにを企んだか知らんが、そういうことにしておいてやる。それより貴様、本当に貴族令嬢だったんだな」

「あ、わかります?」


 スタンさんが衣服を見ていたので、私はスカートの両端を持ってくるりと一回転してみました。今日の私は令嬢っぽい私服なのです。


「スタンさんと会うときはいつもくのいちコーデでしたからね。似合ってますか?」

「馬子にも衣装ってところだな」


 え、えらくクールな受け答えですね。微妙に褒められていない気もしないではないですが、ここは不問といたしましょうか。


「それより、どうもありがとうございます。アルヴァン殿下とのこと、本当に仲介してくれて」

「決闘での決めごとだ。針は飲みたくないからな。それ以上に卑劣漢にはなりたくない」


 ご自身に対するシビアさを感じる発言の後、白手袋を履いた手を顎に当てて思案げな表情をされます。


「しかし意外だったな。以前の貴様の口振りから、今日はてっきりひとりで来るものと思っていたが。よもやロズマリー様を伴われるとは……」


 とそこで、スタンさんは私の表情が変化したのに気づかれたようです。

 自分の顔だから見えませんけど、ぐんにょりした表情になってます。たぶん。


「まさか事故なのか?」

「ええっと、そのまさかです。実は……」


 私はスタンさんに今朝の顛末を話しました。


 元をただせば、お出かけの際に着ていく服をロズマリー様に相談してしまったのがいけなかったのです。いつにも増して気合いを入れて服を選ぶ私に、ロズマリー様が行き先を尋ねられ、ついいつものノリでアルヴァン殿下の御別邸にお邪魔すると口を滑らせてしまったのです。


 その旨を無言で聞いていたスタンさんは、ぽつりと言われました。


「……バカなのか?」

「い、言わないでくださいよぉ!!」


 こんなの、報告ミスで会社に30億の損害を出した前世のOLぶりのやらかしなんですから……。


 私が半泣きでしょげているのを見て、鉄のスタンさんにも同情心が芽生えたようです。


「ともかく、僕は自分の仕事を果たす。貴様は貴様の仕事を果たすがいい。とはいえ、説得如きでアルヴァン様の御心が変わるとも思えんがな」

「こ、こうなったらやるだけやってやりますよ!!」

「ロズマリー様をお待たせしている。急ぐぞ」


 早足のスタンさんに着いていき、私は応接室に通されました。そこには既にソファに腰かけるロズマリー様のお姿があります。ランセット家のメイドが準備したと思しき紅茶を優雅にお口へと運ばれていました。


「私はこれで。アルヴァン様の準備が整い次第、再びお呼びに上がります」


 こちらも優雅に一礼を果たし、スタンさんが応接室を離れます。


 この場に残されたのは私とロズマリー様だけです。なんと言ったものか、気まずい。今朝のやらかしで、私はロズマリー様に内緒でことを進めていたことがバレてしまっています。


 なんらかのお小言があったり、最悪の場合雷が落とされる危険すらあるでしょう。普段ならご褒美なのですが、今日は他家にお邪魔している都合上、あまりそういったことで目立ちたくありません。


 なので、私はなるたけ身体を縮めて、ずずーっと紅茶を飲んだりなどしていたのですが――。


「ホワイト」


 唇にティーカップを当てたまま、石膏像のように固まってしまいました。恐る恐る視線を上げると、意外なことに頼りなげなロズマリー様のお顔があります。


「わたくしが今日、どのような用向きでここを訪れたかわかりますか?」


 真剣に訊ねられています。いつものお為ごかしではダメでしょう。

 私はティーカップをソーサーに降ろすと、おずおずと口を開きました。


「えっと……アルヴァン殿下とメルさんとのことですよね、やっぱり」


 あれから、状況はかなり変遷しました。


 根も葉もない噂。かつてはそう切って捨てることもできたお2人の関係が、今や魔法学園では確定的な事実として語られています。


 アルヴァン殿下がロズマリー様を捨て、メルさんへと走った――そのような見立てで、口さがない人たちは魔法学園を揺るがすこの一大スキャンダルについて、興味津々にあることないことを吹聴しているのです。


 折しも卒業を控えたこの時期に、です。2年次には生徒会副会長をされていたロズマリー様にとって、とてもおつらい状況であると思います。


「やはり、今日はそれをたしかめるために」


 問うと、ロズマリー様はゆっくりと首肯されました。


「事実はどうあれ、婚約者としての務めですわ」

「あの……私は、メルさんとのことは」


 どう先を続けるのか先読みされて、ロズマリー様がお首を振られました。


「ホワイト、あなただけはわたくしの味方だと信じておりますわ。ですから、どのように思っているのかを打ち明けて、わたくしを励まそうとしなくても構いませんのよ。あなたが傍にいる。ただそれだけで、わたくしはとても力強いのです」


 でも――と、ロズマリー様はテーブルに置いた私の手にお触れになります。


「怖くないと言えば嘘になりますわね。ずっと隣にいると思っていた婚約者を、これから失うことになるかもしれないのですから……」


 ロズマリー様の手から、震えが伝わってきます。


 やっぱり怖いんだ。いいえ、怖くないわけがない。だってロズマリー様はこれから、ご自分の未来を失われるかもしれないのだから。


 ……守らなきゃ、私が。


 固く決意したそのとき、スタンさんが準備完了の報を持って現れました。

 ロズマリー様の手が離れ、私もまたその場から立ち上がりました。

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