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第7話 『ホワイト、パーフェクトクライムを画策す の巻』

 どうしてこうなった……。


 そろそろアルヴァン殿下について語らねばなりません。この国の第一王太子にして『Sacred Bless』における不動の人気第2位キャラクターであるアルヴァン殿下は、金髪碧眼溺愛王子が幅を利かせる乙女ゲー業界においてはかなり珍しい、俺様系の王子様でした。


 その外見はまさに、野性味溢れるワイルドマン。癖のある長い黒髪を後ろに撫でつけ、天上天下唯我独尊といった感じの口調を用います。この手のキャラに目がない乙女ゲーユーザーにとっては堪らない魅力があるのでしょう。しかし私にとっては苦手キャラでした。だって押しの強い男の人とか怖いし……。


 とここで、皆様はこう思われたかもしれません。


 ホワイト、そんな御人と面と向かい合って、本当に婚約破棄を考え直してもらえるようお伝えすることができるの、と。


 そう心配されるのも無理はないかと思います。私は准男爵令嬢で家格も低いですし、アルヴァン殿下がその気になれば鼻息ひとつで吹いて飛んでいってしまう芥子粒のような存在でしかありません。


 しかし奥の手があったのです。いいえ、むしろこっちが本命と言うべきか。仮に私がアルヴァン殿下との直接交渉に失敗した場合、次策でもって目的を遂行するつもりでいました。


 その手段というのは、絶対遵守の力。忍びの里に代々伝わる秘伝の巻物にしか記されていないという秘奥義中の秘奥義スキル、『車輪眼』です。


 ざっくり説明しますと、この車輪眼は自分の右目にある水晶体を操作し、ナノ秒レベルで発光点滅させて光信号を放つスキルです。車輪眼を食らった相手は光彩が車輪のようにくるくると回転し、術者の意のままに洗脳されて操られてしまうという、催眠アプリもかくやの恐ろしいチートスキルなのです。


 この際だからぶっちゃけますけど、禁術です。正攻法だとニンジャマスターである師匠に100年間全裸で土下座しても、決して修得を許してもらえなかったでしょう。


 なのでひとりでやる必要があった。里の中を隈なく探し回り、JRPGで鍛えた違和感探知能力でもって怪しい箇所からダンジョンの入り口を見つけ、最奥部まで攻略してようやく内容が記された巻物を見つけることができたのです。


 ボスを倒した後、地下から地上へ出たときのあの解放感たるや未だに感慨深いものがあります。まさか出口が忍者軍団専用の厠の裏側に通じていたなんて……道理でダンジョンが匂うはずだわ。


 おっと話が逸れかけました。ともかくこの車輪眼でアルヴァン殿下を篭絡し、スタンさんに立ち会ってもらうというのが当初の計画でした。


 ついでなので、成功例を示した青写真も貼っておきましょうか。全体の流れはこんな感じになります。


「アルヴァン殿下、ロズマリー様との婚約を考え直していただけませんか」

「くどいぞ女、俺の心はもうメルにしか存在しない。ロズマリーなど知ったことか」


 キュイイイイイィ……(車輪眼の発動している音)。


「アルヴァン殿下、ロズマリー様との婚約を考え直していただけませんか」

「わかった。どう考え直せばいい?」

「婚約を継続してください。そしてロズマリー様を王妃の座に就けてください」

「了解した。願いごとはそれだけでいいのか」

「ロズマリー様のことを世界中の誰よりも愛してあげてください」

「わかった……ロズマリー最高!!」


 これですよ、これこれこれ!!


 まさに完璧な流れ。天才の所業としか思えません。この場に忠臣であるスタンさんを同席させることによって、これが単なる密談ではなく公に効力を持つものとして言質を確定させることができます。


 これにより、金田一シリーズでもなしえなかったパーフェクトクライムが異世界で完成すると言っていいでしょう。いいえ、本当は犯罪でもなんでもないのです。そう、バレさえしなければね……。


 しかしここで大誤算が。

 もう一度言います。どうしてこうなった……。


 理由ならわかっています。本人に問いただすことだってできます。でもそうする勇気は今の私に湧いてはきません。


 私は、私の二歩前方を行かれるロズマリー様のお背中を、ただただ追って歩くしかないのです。


「あのぅ……ロズマリー様」


 ようやく充填できた分の勇気でどうにかお名前を呼ぶと、ロズマリー様が足を止めて身体ごとこちらに振り返られます。


「アルヴァン殿下に別々にお会いする、という申し出はさっき拒否しましたわよね」


 うぐ、いきなり痛いところを突いてきます。今日はアルヴァン殿下にお会いする、などと口を滑らせたのは私の失態でした。しかしまさか、今日という日に限って、ロズマリー様までもがアルヴァン殿下にお会いに出かけられるなんて、想像付くわけがないじゃないですか。


 両手を合わせてモジモジさせ、下方からチラッチラッと様子を窺っていると、ロズマリー様が不機嫌なお顔をされました。


「どうしてもというなら、あなたの用向きを率直にわたくしに申しなさい」

「そ、そういうわけにも……」


 しどころもどろになると、ロズマリー様はさらに目を細められます。


 基本的にあまりよろしい方の目つきをしていらっしゃらないので、こんな風に睨まれるとちょっと怖かったりするんですよね……。


「ではあなたは、わたくしに隠れてわたくしの婚約者と密談を交わそうとしていたわけですか」

「み、密談なんて人聞きが悪い。ちゃんと先んじてアポイントメントは取っていたんですよ?」

「つまりアルヴァン殿下ともあろう御方が、准男爵令嬢であるあなたに会うために、わざわざ貴重な時間を割いてくださるつもりだったと」


 あ、なんか墓穴掘った感じになってますねコレ……。

 私とロズマリー様との間に、さーっと冷たい空気が流れました。


 時間指定があるため、ずっと立ち止まって詰問するわけにもいきません。ロズマリー様は気を取り直すと、ご自身を納得させるようにおっしゃいます。


「実際にお会いすればわかることですわね。ホワイト、ちゃんと付いてきなさい」

「は、はい!!」


 有無を言わさぬ物言いに元気よくお返事などしてしまいましたが、ロズマリー様を連れたままアルヴァン殿下にお会いするわけにはいきません。それには確固とした理由があります。


 一言で申しますと、こと私に関してのみロズマリー様は大変察しがおよろしいのです。基本的に車輪眼は予備動作を一切必要としない隠密性に長けたスキルなのですが、ロズマリー様だけは私がなにかを仕掛けたと見抜いてしまわれるでしょう。


「ちょっとお待ちになってください。ホワイト、あなた今アルヴァン殿下になにかしたでしょう?」


 さっき貼った青写真の続いて、このような問いかけが投げられてはすべてぶち壊しです。


 パーフェクトクライムの夢は脆くも崩れ去り、私はアルヴァン殿下を洗脳せしめようとした罪で監獄にぶち込まれるに相違ありません。


「…………」


 私は素直にロズマリー様の背を追うフリをしながら、周囲から人気が絶えるのを待っています。


 こうなったら一か八かです。アルヴァン殿下の御別邸に辿り着くまでの間にロズマリー様の首筋に手刀を落とし、昏睡させて引き離すしかありません。


 道行きの途中で角をいくつか曲がると、それらしきタイミングに遭遇しました。今ならイケる。私はそろっとロズマリー様の背後に歩み寄ると、手刀をその首筋に振り下ろそうとしました。ところが……。


「なにをしている」


 右斜め後方から降りかかったそんな声に、思わず動きを止めました。

 ロズマリー様が振り返られる前に、シュバっと後ろ手に手刀を隠します。


「ななっ、なにもしてなどおりませんわよ?」

「そうなのか? 僕はてっきり……」


 怪訝そうな顔をしたのも束の間、現れた人物はロズマリー様のお姿を見咎めると、優雅な所作でマナーに則った挨拶をされました。


「気づくのが遅れ、申し訳ありません。このような場所をご散策になっているとは露にも思い至らず。私はランセッド家に仕えている執事で、スタンと申します。ロズマリー様、どうか先立つ失礼をお許しください」


 謝罪とともにその場にかしずき、執事の鑑のような振る舞いをされたスタンさんに、ロズマリー様は笑顔で応えられました。


「さすがランセット家の執事ですわね。よき教育を受けられておりますわ」

「かようなお言葉、誠に恐悦至極で」


 謙虚に受け答えするも、依然としてかしずいて地面を見るのスタンさんに、ロズマリー様は好感を持たれたご様子です。


「そうかしこまらなくて構いませんわ。残りの道行きをご案内してくださる?」

「は」


 腰を上げる際、スタンさんは私に一瞥をくれました。物言いたげな眼差しは、ひょっとしたら私の不自然な振る舞いを咎めるものだったかもしれません。


 ともあれ、ラストチャンスは去ってしまいました。こうなった以上、私は自力でアルヴァン殿下を説得せねばなりません。三度目ですが繰り返しましょう。


 どうしてこうなった……。

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