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第5話 『ホワイト、合言葉って本当に必要? の巻』

 ずっと気になっていたことがありました。

 スタンさんは誰なのか。


 自慢ではありませんが、生前の私は『Sacred Bless』のハードコア乙女ゲーマーでした。例えばBGMを完全に0にし、アイマスクを付けた状態で行うブラインドゲームでも、問題なくすべての攻略対象とハッピーエンドを迎えることができますし、シナリオだって全体の98.5%を暗記しています。残りの1.5%を覚える前に心臓麻痺で逝ってしまったのは心残りですが、そのお蔭で推しとのパラダイスのような日常を過ごせて最高です。ありがとう神様。もうチューしちゃう!


 ……興奮して話が逸れてしまいました。


 ともあれ、そんな私だからこそ不思議に思うのです。


 『Sacred Bless』は47名のキャラクターと、238名の設定にのみ存在するキャラクターで構成されているゲームです。そしてその中に、スタンという名前は出てこない。つまりスタンさんは、『Sacred Bless』のゲーム内には存在しない人物ということになります。


 ヒントがあるとすれば、ランセッド家の執事という肩書きと、私が体感したスタンさんご自身の悲壮な剣技ということになるでしょう。


 ハードコア乙女ゲーマーには共通する長所があります。それは、物事の深掘りが得意だということ。普通なら見逃してしまうような些細な出来事から、想像力の翼をはためかせて隠れた真実を導くことができる。


 例えば推しとの一問一答で、どの選択肢を選べば一番好感度を稼ぐことができるのか、その答えを体感で導き出せるんです。


 スタンさんの真実に関しては、実はこの時点でうっすらと想像がついていました。だけどパズルのピースが足りない。この絵図を完成させるとして、その根拠となるべき事実のいくつかを、どうしても手に入れておく必要がありました。


 勉強漬けの日々が続きます。日一日、果し合いの期日が迫ろうとしている。そのプレッシャーにも耐えながら、私はひたすら机に向かいました。あっという間に数週間の時間が流れ、私は運命の日を迎えたのです。


 追試の結果、歴史の単位を認めてもらうことができました。これで卒業に必要な単位はすべて取得したことになり、晴れてロズマリー様と一緒にこの学び舎を去ることができます。


 吉報を勝ち取ったその夜、待ちわびた来訪があったのです。

 私が寮の自室にいると、天井がコンコンと鳴りました。そして――。


「山」

「……川」


 隠れていた天井の一部を押しのけて、しゅたっと里の忍者が着地しました。


「あのー、今の合言葉ってやる意味ありました?」


 普通は扉越しにやるものですよね、これって。


「雰囲気は大事であろう。にんにん」

「あっ……ニンニン」


 印を結び合って、忍びの里方式の挨拶を交わします。


「早速だが、頼まれていた件について結果が出た。我々里の忍びが沽券に懸けて調査したものだ。早速開陳する故、ありがたく拝聴するがいい」


 と前置いて、忍者軍団代表の方はスタンさんに関する身辺調査のあれこれについて、私に詳細を教えてくれたのです。


「調べてくれてありがとうございます。これで私も、心置きなく果たし合うことができます」

「それは重畳……ところで、先程から湯だっているそれはなんなのだ?」


 さすが里の忍び、目ざといですね。

 まあこれは、あの日のお詫びも兼ねて焼いたものだから構わないんですが。


 私はテーブルの上に置いていた大皿を持ち上げて説明することにします。


「これはクッキーと言って、ざっくり言うと小麦と砂糖とバターを混ぜて焼いたお菓子です。必要な段取りだったとはいえ、数日前にはあなたたちに危害を加えてしまったので、そのお詫びとしてみんなで食べてください」


 前世で有名パティシエが考案したレシピを、そのまま再現したものです。ネットで話題になっているのを見て、以前私も作ってみたことがありました。


 おひとつどうぞ、と指で摘まんで差し出してみるものの、代表の方はまんじりとして動きを見せません。


「なんでお召し上がりにならないんでしょうか」

「貴様、毒見はしたのか?」


 私が拳に息を吹きかけるジェスチャーをすると、代表の方は慌ててクッキーを口に運びました。そして――。


「う、うまい!!」


 なにやら大層カルチャーショックを受けたご様子で、今度は皿の上のクッキーを鷲掴みで口に運び始めます。


「うまい!! うまい!!」

「ちょ、やめてください! みんなの分がなくなっちゃいますから!!」


 私は慌てて制止に入ります。

 そうか、これが異世界転生に付きものの現代知識無双ってやつなのか……。


 大皿を大事そうに両手で持ち、心なしかほくほくとした様子の代表の方は去り際に言われました。


「我が里を代表するくのいちよ。我らがここまで手を貸したのだ。こたびの果し合い、必ず勝って帰ってこい」

「もちろん勝ちますよ……だってロズマリー様のためなんですから」


 その言葉に深い頷きを返し、代表の方はクッキーの大皿を手に携え、自室のドアへと歩まれました。コンコンと二度ノックをすると、「山」と言ってガチャリとノブを捻ります。


 力強い足取りで廊下に去ってゆくその後姿を見て私は深く反省しました。


 これ、ちょっと強く頭を殴りすぎちゃったかもしれませんね……。

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