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第3話 『ホワイト、有能執事と果たし合う の巻』

 火遁で攻めるか。


「か、火事だあああああああああああああああああああ!!」


 叫び声とともに、甲冑姿の男性たちがアルヴァン殿下の御別邸から我先にと飛び出していきます。


「ニンニン」


 私は近場の木のてっぺんに立ち、印を結んでその光景を見下ろしています。これぞ火遁の術。古典名作映画『吉原炎上』のおよそ10倍の火力で燃え盛る御別邸の姿を目撃すれば、海千山千の警備体制も根底から崩壊するってものでしょう。


「まあ、実際には燃えてないんですけどね~」


 推しの婚約破棄阻止のためならなんでもやると誓った私ですが、アルヴァン殿下の暗殺に関しては主君より止められています。なので、万に一つ以上の確率で焼死させてしまいかねないガチ火事を起こすわけにはいかなかった。


 今目の前にある光景は、里秘伝の幻覚薬と私の幻覚魔法との合わせ技によるもの。事前に風上から撒いておいた粉状の幻覚薬で意識が朦朧となったところに、こんなこともあろうかと修得しておいた広域幻覚魔法を重ねて、魔法の耐性のない人間にはガソリンが爆発する勢いで御別邸が燃えているように見えているはずなのです。


「さて、そろそろ出陣しますか」


 蜘蛛の子を散らすように人が掃けたところで、しゅたんっと木のてっぺんから飛び降ります。念のために頭巾を巻いてから、私は忍者走りで正面から堂々と御別邸に侵入しました。


 既に御別邸内に人の気配は希薄。目標地点へ到達するまでの間に、ここで目的をおさらいしておきましょうか。


 今回のミッションの大目的はもちろん、アルヴァン殿下への直訴です。ロズマリー様の取り巻き令嬢であり准男爵令嬢でもある私にとって、この国の第一王太子であるアルヴァン殿下は雲の上の御方。その大きすぎる身分差から、こちらからは話しかけることすらままなりません。なのでこうして御別邸に侵入し、半ば力技を使ってロズマリー様の婚約破棄を考え直すようお願いに上がるのです。


 しかし、です。ここで先日の失言が尾を引きます。私はアルヴァン殿下のお部屋の下の階にいた男性に、勝負を預けてしまいました。これは一か月以内に雌雄を決さねばならない問題で、このスニークミッションの間をおいて他に消化する機会はないでしょう。


 つまり、こっちの問題を先に解決してから、アルヴァン殿下の元へ参らねばなりません。


「果し合いが、優先」


 考えているうちに、健脚を飛ばして1階を駆け抜けました。ここには男性の姿はありません。


「次は2階ですね」


 こちらも虱潰しに探します。某死にゲーの洞窟を探索する男性ゲーマーのようにすべての部屋をつぶさに確認してゆきます。全力走を続けて数分……いた!!


「どういうことだ……何故警備の者たちがいなくなった……!?」


 突然の出来事に驚愕して固まっていらっしゃいますが、既に抜剣しているのはこちらに都合がいいですね。私は右手でクナイを突きつけて叫びました。


「そこのあなた!! 私と果し合いをしてください!!」

「は?」


 とこちらを見るや呆れたのも束の間――。


「貴様が先日の賊か!!」

「うわっ!!」


 いきなり斬りかかってきたので慌てて避けます。何度かバク転をして、安全圏まで距離を取ってから文句を言いました。


「あ、危ないじゃないですか!! 死んだらどうするんですか!?」

「賊にかける情の持ち合わせなど無い!!」


 走って距離を詰めつつ、なおもぶんぶんと剣を振って斬りかかってきたので、私は何度か変わり身の術を使って回避に回りました。


「これは、木? 何故僕はこんなものを斬っている!?」

「あ、それは変わり身の術と言って、回避系スキルの一種なんですよ~」

「黙っていろ!!」

「うわ!!」


 な、なんなんでしょうこの人。人がせっかく説明してあげたのに、話を聞こうともしないで殺そうとしてくるなんて……。


「落ち着いて話し合いましょうよ。ほらほら、ラブ&ピース」

「ふざけているのか!!」

「ふ、ふざけてなんてないですよ。心外だなぁ~」


 仕方ない、ここは相手が疲れきるまで回避に専念するとしましょう。


 そんなわけで都合1時間ほど剣を回避し続けると、ようやく大人しくなってくれました。


「はぁはぁ……クソ、何故僕の剣が当たらない……」

「回避に専念した忍者はそう易々と正面攻撃を食らったりしませんよ。当てるなら色々工夫しないと」


 剣を床に突き立て、しゃがんで肩で息をしている男性に手を差し伸べると、ぺしっと叩かれました。ひどい。


「……なにが望みだ?」

「あ、それさっき言いました。私と果し合いしてもらえませんか」

「果し合いだと? 僕は貴様のことなんて知らない」


 あー、まあそうなりますよね。


「私もあなたについては詳しくありません。あえて言うなら、一身上の都合と言ったところです。ともかく、私と果たし合ってくれないと、とても困ったことになってしまうんですよ」


 パン、と顔の前で手を合わせてお願いのポーズなどしてみます。チラっと片目を開いてみると、男性が思いっきりジト目で、胡散臭そうにこっちを見ていました。


「家族の遺恨か? 僕は誰かの恨みを買った覚えはないが」

「んー、そういうわけでもないんですが、そう考えてわかりやすくなるならそう考えてみてください」


 割とテキトーに投げたのですが、男性は「わかった」と一応の納得を見せてくれました。


「しかし果し合いを受ける気はない」

「な、何故ですか!?」


 勢い込んで訊ねると男性は私の顔を指差し――。


「顔を隠した相手などと正々堂々と戦えるか」

「うぐ」


 痛いところを、本当に痛いところを突いてくれますね……。


 忍びの世界では素性バレはご法度です。私としても面が割れるとこの先の仕事がやりにくくなってしまいます。どうにか上手く言い包めることはできないものかと気を揉んでいるうち、天井に張り付いているソレを見つけました。


 私の監視役として里から派遣されてきた忍者です。口に咥えた吹き矢で私の首筋を狙っています。果し合いの成立に対して弱腰な態度を見せれば、即座に毒矢を吹いて私の記憶を抹消する腹積もりでしょう。


「くぅっ……背に腹は代えられませんね」


 渋々頭巾を脱ぐも、男性は特にリアクションを示しませんでした。


「あのぅ、なにか言わないんですか?」

「言うべきことがあるのか? ……東人あずまびとでないのは意外だったが」


 どうやら東方の日本っぽい国から渡来した人のことを、この世界ではそのように呼ぶらしいですね。


「もうひとつ条件を付けさせろ。貴様の真の目的を話せ」

「ええっと、それはその……そう!! あなたとの果し合いです!!」

「明らかになにかある間だろ。正直に話す気がないなら、口車には乗らない」


 ヤバいです。思いっきりバレちゃってますね。ここで下手に誤魔化してボロを出しちゃうと、一生果し合いに応じてもらえなさそうです。


「じゃあ正直に言います。私、アルヴァン殿下に大事なお話があって来ました」

「アルヴァン様に?」


 アーモンド型のかたちの良い目を見開いたのも束の間、敵意に満ちた視線が私の顔に突き刺さります。


「そうか、なるほど……女、貴様ロズマリー嬢の差し金で動いているな?」


 どっきーん、と私の心臓の拍動が高まりました。


「ち、違います!! この件にロズマリー様は無関係です!!」


 はわはわと手を振るものの、男性はなおも目を細めて疑わしげに。


「慌てるのがなおさら怪しい……それに、そう考えると腑に落ちる。アルヴァン様とメル嬢の仲に嫉妬したロズマリー嬢が、その関係をご破算にしようと画策し、貴様という尖兵を送り込んできたという筋立てならな」


 片膝を突いた状態から立ち上がり、床に刺した剣を引き抜いて、翻してその先端を私に突き付けました。


「いいだろう、その決闘乗ってやる」

「や、やった!! では戦いましょう!!」


 チャキっとクナイと構えると、男性が眉をへの字に曲げました。


「その前にまずは名乗りだろうが」

「へあ? そうなんです?」


 目を丸くした私を見て首を振り、男性は気を取り直されます。


「僕の名前はスタン。ランセッド家で執事を務めている。こたびの決闘に対し、貴様にお縄につくことを要求する。僕が勝ったら、素直に当局へ出頭しろ」


 スタンさんのあまりに真剣な瞳が私を穿ちます。

 これ、適当に濁しちゃダメなやつですよね……。


 とはいえ、私はスニークミッションの途中で、素性を明かせません。

 少し無理筋となりますが、お為ごかしで誤魔化すしかないでしょう。


「わ、私は謎のくのいち。この果し合いに対し、あなたにアルヴァン殿下との面会の仲立ちを求めします。私が勝ったら、アルヴァン殿下とお話させてください」


 なんともぎこちない言い分でしたが、ともあれ口上を終えました。

 ともに構えを取ると、両者の間に漂う空気が真剣勝負のものに変質します。


 先に仕掛けたのは私でした。敏捷性で勝る分、初手で大局を決定できる可能性があったからです。しかしスタンさんも慣れたもの、急加速からの流れるようなクナイの横薙ぎを、顔の前に剣を立てて阻止しました。


「やはりできますね!!」


 なんだかちょっとうれしくなりながら、第二撃を放ちます。直線的に駆け抜ける途中での、加速がまだ生きている中での逆斬りを、スタンさんは頭を傾けて紙一重でかわしました。


 連撃をかわされた私は間合いの外まで忍者走りで駆け抜けて、踵を返して再びスタンさんへと向き直ります。


「あの夜の不覚はもう取らない。この僕に易々と勝てると思うなよ」

「はい!!」


 大声で応えて、今度は連続攻撃を仕掛けます。得物のリーチの都合上、剣速は私の方が圧倒的に上。しかしスタンさんは構えた剣に最小限の動きをさせるだけで、無数のクナイの斬撃を捌いてしまいました。


「はあッ!!」


 強めにクナイを弾くと、生じた隙に剣の斬撃を割り入れます。私は真っ向から受けることを諦めて、バク宙でスタンさんの間合いから退避しました。


「ちょこまかと……おい忍者女!! 本気で僕に勝つ気があるのか!!」

「あ、ありますってばぁ~」


 なんでそこ疑ってくるかなあ、と少しゲンナリしたのですが。


「決闘の名乗りを上げたからには、僕も絶対に負けられないんだ。これ以上、ランセッドの名を汚してたまるか……」


 悔しそうに歯噛みするスタンさんの姿に、少し違和感を覚えます。


 こやつ、過去になにかある。おおよそそんな感じだと、私の研ぎ澄まされた乙女ゲーセンサーがさっきからピコピコ反応を示しています。


 しかし今は真剣勝負の最中です。私としても、この場で勝負を決めきらなければならない……!!


「わかりました……なら私も本気で」

「なっ!?」


 先程より一段ギアを上げた高速移動、そして研ぎ澄まされたクナイの一撃。それだけではありません。かろうじて斬撃をかわしたスタンさんの顔へと、先程より数段速いクナイの連撃が迫ります。


「くッ!?」


 セオリー通りならかわせなかったでしょう。しかしスタンさんはあえて両膝を折り、自分が後方に倒れる危険性を視野に入れつつ、限界まで後方に向かって頭を下げることで間一髪その斬撃をかわしました。


 いわゆるところのマトリックス回避ってやつですね。

 前世も併せて、実戦で本当にやる人初めて見ましたよ……。


「うおおおッ!!」


 そして尋常ならない力でふくらはぎに力を込めると、信じがたいことに元の直立姿勢へと戻すことに成功したのです。


「うーん、おっしい」


 初見殺しを外した私は、ぴょんぴょんとバックジャンプしてスタンさんとの距離を取りました。肩で息をするスタンさんが、険しい顔でこちらを見ます。


「二刀流……よもやここまでの手練れとは……」


 どうやら私のことを脅威に思ってくださったご様子です。素直にうれしいですね。


 そう、これこそが私の虎の子。男の子なら他のなにを置いても真っ先に修得を目指すという伝説のスキル『二刀流』です。そのもの左右の手を利き手同然に扱うことができるようになるスキルで、私は今両手にクナイを装備しています。


 実はこれ修得するのにメチャクチャ時間かかったんですよ。魔法学園に入学してすぐに裏山に赴いて、ひたすらスライム狩って貯めたスキルポイントで、数年越しにやっと修得することができたんですよ。修得ホヤホヤのロマンスキルなんですよ。


 とまあ、先方に見直してもらえたのがわかってニヤニヤしていると、当のスタンさんが微動だにされなくなってしまいました。


「あれ~、スタンさん? 果し合いの続きしないんですか」


 もしもーしと言わんばかりに首を左右に傾けてみたのですが。


「貴様……その力、ロズマリー嬢のためだけのものか」

「んん? それはどういった意味なのでしょうか?」

「とぼける必要はない。種なら割れている。どうなんだ?」


 どうなんだと問われれば、答えはひとつしかありません。


「私のこの力も、忍びの技も、ロズマリー様のために身に着けたものです。あの御方にしあわせになってほしくて、努力しました」


 正直に告げたのは、この人ならそんな理由を聞いても笑わないと心のどこかで思ったからです。そして現に、笑ったりしませんでした。


「忍者女、ひとつ教えておいてやる。僕は物心ついてこの方、1日として剣の訓練を休んだことはない。剣は僕の矜持そのものなのだ」


 だから、とスタンさんは剣を鞘に戻し、片足を大きく後方に引きました。

 見慣れた構えでしたが、少し驚きます。ここで出てくるとは思わなかった。


「僕に敗北は許されない。貴様をアルヴァン様に会わせるわけにはいかない」


 それは東方に伝わる居合いの構えでした。敏捷性で上回る私に確実に攻撃を当てんがため、擦れ違い様の一撃にすべてを懸けるつもりなのです。


 スタンさんの周囲に闘気のようなものが漲るのがわかります。背中に川を背負う戦法を見せつけられ、私の期待も否応なく高まりました。


 でも、それ以上に、感じ入るものがある。


「スタンさんは好きなんですね、アルヴァン殿下のことが」

「好悪の問題ではない。あの方は僕のすべてなのだ」


 貴様にはわかるまい、そう言いたげな口調ではあったのですが。


「わかります。私だって、推しのためならなんだってできる」

「推し?」

「とても大切な人のことです。どんな代償を支払ってもしあわせを願わずにはいられないような……私にとって、ロズマリー様はそんな御方なんです」


 だから、と私も身体を屈めました。クラウチングスタートの姿勢です。居合による神速の斬撃をかわすために、私もまた爆発的な加速でそれに対応します。


 勝負の行方は一瞬で決することでしょう。邸内の空気がピリピリと緊張していくのがわかります。今まさに、ほんのわずか、どのような音が鳴ったとしても、それを合図に火花を散らす激突が起こるはずです。しかし――。


「……下にいるのか、スタン」


 目を見開き、構えを解いたスタンさんは隙だらけでした。

 このとき迷わず攻撃を仕掛ければ、勝っていたのは私のはずです。


 しかし私もまた動きを止めました。この果し合いを卑怯な手段で決してはならない。そんな無意識下での思考が肉体を制動したのです。


 私が見守る先で、スタンさんはすぐに我を取り戻されました。そして――。


「行け」

「え?」

「アルヴァン様に呼ばれた。今貴様をあの御方に会わせるわけにはいかない」


 ふぅっと吐息を漏らし、鞘から手を離すとともにその身から殺気も消えます。


「どうした? 見逃すと言っているんだ。いいから行け」

「い、行けって言われても果し合いはどうするんですか!?」


 そこ一番大事なトコ、とばかりに突っ込むと、スタンさんも困った顔をされます。


「僕の執事道に反するが、名を懸けた決闘である以上やむを得まい……忍者女、いつなりとこの邸宅に侵入してくるがいい。警備はせずに待っておいてやる。今宵の続きはそのときに果たしてやろう」


 あー、これってつまり勝負を預けるってことですか……。


 またしても延期させられてぐんにょりする私ですが、今のスタンさんにどれだけ発破をかけても真剣勝負の続きをしてはくれないでしょう。


「わかりました。勝負を預けます。でも約束してください。必ず決着をつけるって」

「僕の忠義が貴様のそれを凌駕すると証明してやる」


 忠義、ですか。


 私、その言葉を聞いてついニコっと笑みを浮かべてしまいました。そんな私を意表を突かれたような顔で見るスタンさんの前で、胸元から煙玉を取り出して床に叩き付けます。


「それでは、近いうちにまた会いましょう!!」

「待っている」


 こうして煙玉から噴き上がる煙が完全に消える頃には、私の身は既に御別邸の敷地内から離れ、遥か遠くの地点へと移動していたのです。

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