第13話 『ハッピーエンドのその後に の巻』
会場の外でのお見送りの際、ロズマリー様はとてもうれしそうでした。
「わたくし実はホワイトにお相手がいないのかと心配していたんですよ。どうやら、余計な心配のようでしたけれど」
「は、はあ……」
若干項垂れつつチラッチラッとお顔を窺うと、合わせた両手をお顔の横に持ってきて、上機嫌に満面の笑みを浮かべておられます。
その分、私としては気まずいのですけど……。
「あら、どうしたんですの?」
「いえ、あの、私なんかがベストパートナー賞とか、本当に頂いてよかったのかなあって……」
罪悪感マシマシなのには理由があります。
この賞って、本来はメルさんと攻略対象が手に入れるものなんです。メルさんがアルヴァン殿下を選ばれた以上、お2人に授与されるのが筋なのですが、それを横取りするかたちになってしまいました。
そんなことなど露知らぬロズマリー様が、あっけらかんとこう申されます。
「あなたたちのダンスは素晴らしかった。それだけのことではなくて?」
「でっ、でも、私的にはもっと輝いてる人がおられたと思うんです。例えばそう……ロズマリー様とか、それにアルヴァン殿下とか」
「俺がどうかしたか」
ゾクッ、と背筋に氷を突っ込まれたような感覚がしました。恐る恐る声の方を向くと、あにはからんやそこにおられたのはアルヴァン殿下。
「あ、アルヴァン殿下!? どうしてここに!?」
「どうしてもなにも、プログラムが終わったから撤収しているだけだが」
で、ですよねー。とばかりに私はあははと笑って誤魔化しにかかるのですが、今回ばかりはそれは許されないようで。
「不服なのか。お前とスタンで受賞しては」
「い、いえ滅相もない。でもアルヴァン殿下の方がもっとお上手に踊られていたんじゃないかなあって思いまして……」
おだててどうにかなるならそうしてあげますよ的な、半ば投げやり感満載でそんなことを言ってみたのですが……。
「5回だ」
「はい?」
「メルが俺の足を踏んだ回数」
「…………」
一瞬で、一瞬で窮地に逆戻りとかあんまりじゃないですか……。
私が石のように固まっていると、アルヴァン殿下はバツが悪そうにポリポリと頭を掻かれます。
「ちゃんと仕込まなかった俺の落ち度だ。メルは悪くない。それはそうと、受賞者はペアダンスの参加者による投票で決まる。運営委員会の長として太鼓判を捺しておくが、お前とスタンの受賞は満場一致での決定だ」
キッ、とやや鋭い視線で私を見られます。
「まさか辞退するだなんて言い出さないよなァ?」
「それはその……と、当然じゃないですか!」
ううぅ、へらへら笑ってますけど心臓は汗を搔いてます。
しかしその返答に満足いったのか、アルヴァン殿下は相好を崩されました。
「それでいい。これでスタンにも箔が付く」
「アルヴァン殿下」
うぉっほん、とロズマリー様がわざとらしく咳をされました。
「ロズマリーか、どうした?」
「わたくしたちは、お互いにパートナーを待たせる身ではなくて?」
忍者の視力は20.0。このとき私の瞳は、ロズマリー様がアルヴァン殿下に向けて、パチッとウインクを飛ばすのを激写していました。
わずかに虚を突かれたアルヴァン殿下でしたが、すぐに何事か悟られたようです。まさにかつての婚約者といった感じのコンビネーションで調子を合わされます。
「そうだな。席取りはたしか早いもの勝ちだった」
「わたくしもこの後のことは楽しみにしておりますわ」
「ずっと油を売ってはいられない、か」
なにやら示し合わせたように、お2人が息ぴったりで私へと向き直られます。
「え? え? どうなさったんです?」
「お前はもう少しだけここで待っていろ。悪いようにはしない」
「今度はあらかじめ教えてくださいね。だってわたくしたち親友なのですから」
などと、お2人揃ってやたら意味深なことをおっしゃり、あららうふふと笑い合って各々パートナーの方へと向かわれました。
私はぽつねんとその場に取り残されてしまいます。
元々ロズマリー様をダンスパートナーの方のところにご案内して、女子寮に直帰しようと考えていたのです。計画が根元から頓挫して、一気に手持ち無沙汰になってしまいました。
近くの手摺りを握って夜空を見上げていると、パァンパァンと音がし始めました。光の粒が空に文様を描き出しています。花火大会が始まったのです。
「これが……クリア後の世界なんですね」
たしか『Sacred Bless』のエンディングでは、夜空にTHE ENDの文字が浮かぶところで画面が止まったはずです。だから、その先に花火大会が予定されていたなんてわからなかった。これは現実の時間がゲームを飛び越えて初めて明らかになったことなんです。
ここから先はなにが起こるかわからないし、なにが起きても不思議じゃない。
なんとも奇妙な感慨に囚われたところで、地面に注ぐ光の合間に不自然な影が挟まるのが見えました。反射でそちらを見ます。
「……ここにいたのか」
「スタンさん?」
柵に身を預けたまま答えると、先程の正装から前髪を下ろされたスタンさんが歩み寄ってこられます。そして――。
「ロズマリー様とアルヴァン殿下は?」
「それぞれご自分のパートナーの方のところへ赴かれましたよ」
「そうか。貴様にしては気を利かせたな」
明らかに誤解ですけど、褒められてしまいました。
どう弁明するか考えているうち、スタンさんが先に発言されます。
「隣、構わないか」
「ええっと、大丈夫ですよ」
答えたタイミングで、パァンとまたしても大きな花火が打ち上がります。
「花火、綺麗ですね」
「ああ」
連続して破裂する花火をしばし眺めやって、空いた隙間でスタンさんが隣に収まりました。
「貴様にひとつ訊いておかねばならないことがある」
「なんですか」
「推しとはなんだ?」
はっとしてスタンさんのお顔を見ると、そこには真剣な表情がありました。
私は思わず――。
「前に言いませんでしたっけ?」
「聞いたかもしれないが忘れた。改めて教えてくれ」
「ん-、そうですね―……」
改めて考えるとこれといった表現が思い浮かばないっていうのは、割とこの手の問答のサガみたいなところありますよね。
しばらくうんうんと呻ってから、それっぽいものを捻りだしました。
「応援したい人、ですかね?」
「応援? 貴様にとってロズマリー様はそうだったのか?」
「私のすべてでした。けどまあ、やりたいことは応援だったのかなあと」
「…………」
クールに横目で私を見ているスタンさん。その瞳の中で、空中に花開く火花が送って寄越す光が、キラキラと瞬いているのが見えます。
やがて首を戻すと、再び空中の花火へと視線を移されました。
「なるほどな。僕にとってのアルヴァン様にも通じるところがある」
「ちょうど花火と、花火職人みたいなとこありますよね~。夜空に綺麗な大花を咲かせるために、地べたでがんばって火薬を詰めてる的な感じと言いますか」
伝わるかな? と半信半疑だったのですが、スタンさんは深く頷きを返してこられました。そして――。
「貴様、おもしろい女だな」
「はい?」
「なんでもない……それより悪かったな」
謝られるようなことがあったでしょうか? 私は首を傾げます。
「今回の件、上手く纏まってくれたからいいものの、危うくロズマリー様をご不幸にするところだった。それは貴様の願いと反することだ。それにどちらが悪いかと問われれば、きっとアルヴァン様が悪い。恋路に迷われ、無辜の婚約者の梯子を外したことに変わりはないからな」
だから、すまない――。
佇まいを正し、スタンさんは深々と頭を下げられたのですが。
「なんでスタンさんが謝ってるんですか?」
「いや、なんでって……それが道理というものだろう」
「そんな道理、どこにも通じてませんよ」
ポカンと面食らうスタンさんに、真の道理というものを教えて差し上げましょう。
「たしかになんとなく上手くいった感はありますけど、アルヴァン殿下だって本気で自分が悪いと思っていらっしゃるなら、何度だってロズマリー様の元に通われて許しを乞われたはずです。それができないほど器の小さな御方じゃありません」
語っているうち、私の脳裏につい先ほどの映像が浮かんできました。
「それに、ロズマリー様だってとっくに許してらっしゃると思います。じゃなきゃ、さっきみたいなことは起こらないと思いますし」
「さっきみたいなこと?」
「よくわかりませんが、お2人がアイコンタクトで示し合わせておられたので」
スタンさんのお顔に、一瞬だけ驚きの色が浮かびます。しかしもう一度生真面目な表情に戻られました。
「了解した。しかし僕自身の気持ちの整理もある。なにかさせてくれ」
「な、なにかって言われてもなぁ……」
「なんでもいいから言ってみろ」
うぅむ、急にそんなこと言われたって浮かんでくるはずがありません……。
そもそも、私の願いはロズマリー様のしあわせであって、そっちの方は万事順調なんです。新しい攻略対象キャラの方との仲もかなり進展して、近いうちに婚約の吉報もあるんじゃないかなあって思っているくらいですから。
しかしまあ、私も無事に魔法学園を卒業したわけですし、もう少し広い視野で物事を見てもいいかもしれませんね。
これもいい機会と考えてなにか……すると、脳裏にひとつのアイデアが浮かんできました。
「……スタンさん」
「うん?」
「なんでもいいって、今言いましたよね?」
ニヤリ、底意地の悪い笑みを浮かべて言ってみました。スタンさんも嫌な予感を察知されたようですが、ここは意地を突き通してきます。
「僕も男だ。二言はない」
「でしたら……こほん、アルヴァン殿下のことを『お兄さん』って呼んであげてもらえませんか?」
一瞬、スタンさんのお顔から表情が抜け落ちます。
しかし我を取り戻されると、かーっとその頬が紅潮を始めました。
「き、貴様なにを言っている!? 僕がアルヴァン様にそんな不敬をはたらけるはずないだろう!!」
「別に不敬なんかじゃありませんよ。だって伯爵様になったんですよね?」
「し、しかしだな!!」
「対外的にも、兄弟仲が良いところを見せられた方がなにかと有利だと思いますけど?」
「う、ううぅ……」
このとき、私の胸にはある種の感動がありました。
あのスタンさんが……あのスタンさんが私にやり込められている!!
ちょっとお下品な快感ですけど、ぐぬぬって唸ってるスタンさんも結構かわいらしいですね~。
とまあそんな感じでしばらく観察を続けていますと、相当な葛藤の末、最終的にスタンさんはご自分の中で折り合いを付けられたようです。
盛大に溜息を吐いて、真っ赤な顔をされたままこんな風に言い捨てられます。
「わかった。言ってやる。だがもしアルヴァン様がご不快に思われたら、金輪際そんな真似はしないからな」
「きっと喜んでくれると思いますよ! 私太鼓判捺しちゃいます!!」
「き、貴様……」
キツく睨んでこられましたけど、ふっとそのお顔から険が抜けました。
「スタンさん? どうかされましたか?」
「いや……思えば貴様とは最初からこんな感じだったと思ってな」
「んん?」
もうちょいレスバとかが続いちゃうと思っていたので、私としては少々肩透かしなんですけど……。
「前に言っていたな。推しは推せるうちに推せと。僕もこれを好機と考えることにする。アルヴァン殿下とは、いずれ家族同然のような間柄になれたらと願っていたからな」
スタンさんらしい、なんとも控え目な表現ですね。
血の繋がった御兄弟なんですから、元々本当の家族でしょうに。
とここでスタンさんが、こほんこほん、とらしくない空咳を挟まれました。
「たしかに言わずに後悔するより、言って後悔した方が上等かもしれないな」
「ですですよ。何事もチャレンジです。心臓が麻痺しちゃったらなんにもできなくなっちゃいますからね~」
私の物言いにぎょっとされましたが、この発言には実感がこもっています。なにせ前世の死因ですので……。
スタンさんは手摺りから手を離すと、なにやら身だしなみを整え始め、私へ向けて正対しました。
「僕と貴様とは、遺恨がある。だがそれを置いて聞いてほしい。僕は明日この王都を立ち、マルグリット様の伯爵領へと向かう。そこで提案があるんだ。どうか一緒に付いてきてもらえないか」
それは至極真面目な雰囲気での吐露でした。
わかっています。このタイミング、このシチュエーションで言うべきことなんてひとつしかないって……。
私もまた手摺りにもたれるのをやめ、同じく夜風に乱れた身だしなみを整えて、スタンさんへと正対しました。
「もちろん構いません。スタンさんがそう望むのであれば」
「そ、そうか。貴様のことだから僕はてっきり……」
意外にも喜色を浮かべるスタンさんに、私の口からも言ってやりましょう。
「果し合いですよね!! 今度こそ白黒つけようってスタンさんの熱い思い、私の胸にもビシバシ伝わってきました!! 是非そのお気持ちに応えたいと感じていることを、私ホワイトはここに宣言いたします!!」
ぐっと両腕でファイティングポーズをとると、スタンさんは一瞬だけ虚を突かれたようになり、それから――。
「くっ、ふっ……あははははははっ!! やはりそうなるよな!!」
「うぉっ!? いきなり高笑いですか!! も、もう勝った気でいるんですか!?」
らしくなく身体をくの字に折るほど大笑いされると、どうにか納めて負けじと言われます。
「……残念だが、今度こそ勝つのはこの僕だぞ」
「自信満々ですね!! でもそうじゃなきゃ面白くありません!!」
「ああ、僕の剣技が貴様の腕を上回るところを見せてやる」
「受けて立ちます!! あなたの、終生の好敵手として!!」
パァンパァンと、連続して音がします。横合いでは花火も最後のラッシュを奏でています。
私とスタンさんは互いに見つめ合っていて、やがてその視線をスタンさんの方から外されました。
「決闘には、賭けるものが必要だったな」
「え? あー、そうでしたね」
すっかり失念してしまっていた私の前で、スタンさんが改まって私の瞳を覗き込まれました。なんでしょう、今までと雰囲気が違う。こんなスタンさんは、今までどこでも見たことがないような……。
「いいかホワイト、もしも僕が勝ったら……」
パァンと、特大の花火が打ち上がりました。
一際大きい音が私たちの耳朶を打ちます。
でも、どんな大きな音でも掻き消せないものがある。このとき私は思い出していました。『Sacred Bless』は乙女の夢。恋心を叶えるために存在するゲームなんだって。
「え、え、えええぇっ!? じょ、冗談ですよね!?」
「こんなこと冗談で言うわけないだろ。決闘はちゃんと受けてもらうからな」
「は、はわわぁ~」
ほっぺたを両手で持って、思わず俯いてしまう私。
上目遣いでスタンさんのお顔を見ると、こちらも茹でダコみたいに真っ赤な顔をしていました。言ってしまった手前、もう後には退けないって感じです。
さて、こうして果し合いの約束は相成ってしまいました。翌日私とスタンさんは、お互いに賭けたものを巡って正々堂々と戦うことになるのですが、その結果だけはここで申すわけにはいきません。
何故って? それは語るに野暮なことになってしまうからです。
では最後に、この一言をもってホワイト・ルージュの物語を締めさせてください。
――推し、最高!!
本作は今回で最終話となります。
最後までお付き合いくださりどうもありがとうございました。
全体としての評価・感想等頂ければ作者の励みとさせていただきます。
追記
ペアダンスのアイディアはFF8がないと出てこなかった…。
ありがとうFF8!! 全クリしてなくてごめん!!(ディスク1で辞めちゃった遠い記憶)




