第12話 『ホワイト、ペアダンスのお相手は? の巻』
後日談です。
唐突ですが『Sacred Bless』は1周につき2つのエンディングが存在することで有名です。卒業式前、攻略対象キャラから愛の告白を受けた後に流れる1回目のエンディングと、卒業後のタイミングで流れる2回目のエンディングです。
「メル……君に永遠の愛を誓うよ」
こんな感じの告白の後、まず1回目のエンディングが流れます。そして2回目のエンディングなのですが、こちらは少し特殊なタイミングで、決まって卒業記念パーティーで予定されているペアダンスの前に流れるんです。
ちょっとややこしいですよね。でもこれは以前から『Sacred Bless』が他の乙女ゲームと一線を画す部分と言われています。何故って? だって愛の告白を受けるより、ペアダンスのお誘いを受ける方に高い好感度が必要だから。
少し例を挙げて説明しましょうか。例えば愛の告白に好感度60が必要なキャラがいるとしてください。あなたはそれに成功しました。
やったー『Sacred Bless』完!! って一瞬思いますよね?
でも違うんです。このキャラは好感度が80ないとダンスに誘ってはくれません。なので卒業式までの残り日数をテキトーに過ごしていると、いざ卒業を迎えたタイミングでペアダンスのお相手を断られてしまうんです。
「ごめんねメル、僕にはもう決まったダンスパートナーがいるから……」
そしてあなたはキャッキャウフフと愛を振りまきつつダンスに興じる2人を横目に、ひとり寂しくワインを飲む派目になってしまう……。
これがファン界隈で俗に言われる【壁の鼻くそ】エンドです。
……ちょっと品がなさすぎると思いませんか!?
すみません、少し本音がダダ漏れに。
ともかくこの二重底エンディングのお陰で、『Sacred Bless』は配信プレイが異常に盛り上がりました。
愛の告白に成功して喜んでいる配信者に「おめでとう!! 後は遊ぶだけだよね!!」という偽りの祝福を垂れる視聴者が続出し、案の定遊び惚けてぼっちエンドを迎えるというオチが人々の笑いを誘ったんです。
『Sacred Bless』は配信が本編とか、最高に楽しめる0円コンテンツとか、令和のアリとキリギリスゲーとか呼び称された所以がここにはある……。
で、です。そろそろ本題に戻りましょう。
ロズマリー様を【壁の鼻くそ】にせんがため、ここ数週間の私は奔走し続けていました。ぶっちゃけて言いますと、お見合いおばさんよろしくロズマリー様にアルヴァン殿下以外の攻略対象キャラを紹介しまくっていたのです。
「ロズマリー様、この男子生徒とかどうですか?」
「どうと言われても……」
「カッコよくありませんか!? ダンスパートナーに最適なのでは!?」
「ねえホワイト、あなたどうしてそんなに必死なんですの? わたくし別にあなたさえいればそれで構いませんのよ」
「いけませんって! ダメ絶対!! ロズマリー様はイケメンと楽しくペアダンスしてください!!」
「ええぇ……!?」
そんなこんなで攻略対象を選んでもらい、後は爆速です。
ロズマリー様の淑女らしい性格による振る舞いと、私の世界のすべてを知り尽くした知恵でもってして、攻略対象キャラの好感度を秒速で爆上げしました。
「紹介してくれた殿方ですけど、ペアダンスを一緒に踊ろうっておっしゃってくださいましたよ」
「やったあ!!」
『Sacred Bless』完!! とばかりに拳を宙に振り上げたこのときでした。私はとんだ思い違いをしていたことに気づいたんです……。
たしかにこれでロズマリー様のダンスパートナーは決まりました。もう【壁の鼻くそ】になったりなどしません。だけど私は?
卒業記念パーティーのペアダンスにはとあるジンクスがありました。
それは、もしパートナーなしでペアダンスに参加した場合、その者は一生結婚することができないという悪質な呪いのようなジンクスだったのです。
救済措置として、回避方法はいくつかありました。まずは理由を付けてダンスに参加しない。同じく残ってしまった他の誰かと踊る。最悪の最悪、同性同士でペアを組んで踊ってもノーカンとなるようでした。
加えて、生徒の家の家格の高さも影響します。本来ですと、実家が准男爵家である私にはダンスパーティーへの参加義務はないんです。だから逃げの一手を打てたはずなのですが……。
しかし私はやらかしていました。ロズマリー様を焚きつけて、ペアダンスのお相手を見つけてしまった。今さら、どのツラ下げて私だけ不参加なんてことができるんでしょうか。
というわけで、私は速攻でペアダンスのパートナー探しに奔走することになったのですが……。
「ごめんねホワイトさん、僕にはもう決まった相手がいるんだ」
じゃ、とばかりに手を振って、またひとりクラスメイトの男子が私の元から去っていきました。これで何十連敗かなんて数えたくもない。ガクッと項垂れて傷心のままその場から離れます。
仕方ありません。だってこれ、本当はカップル用のイベントなんです。王国の次代を担う上級貴族の方々は、幼い頃からの婚約者持ちばかり。ある意味、社交会に飛び立つ前の練習のための舞台と言いますか、未来の夫婦の先んじた紹介みたいな部分で成り立つイベントだったのです。
「なので、後入りとか超ムズかしいんですよねぇ……」
どーぼーちーてー、などと絶望しつつ半月ほどが過ぎてしまい、結局私は最後までダンスパートナーを見つけることができませんでした。
そして無情にも卒業式を迎え、こちらはロズマリー様の断罪イベントが発生することもなくつつがなく終わり、有志で行う卒業記念パーティーがとうとう始まってしまったのです。
「ホワイト、そろそろ行きましょうか」
「あ……はい」
ダンス用のドレスに着替えられた麗しのロズマリー様に促され、階段を上って特設会場に赴きます。室内には中央にダンス用のスペースが確保してあり、方々の隅にある円テーブルには、豪華な料理が載っています。
「やあロズマリー、迎えにきたよ」
会場入りから程なくして、件の攻略対象キャラの人がロズマリー様を迎えにこられました。恭しく手を引かれたロズマリー様は、私に向けて逆の手を振りながら踊りの輪の中に入ってゆかれます。
途中まで手を振り返していた私ですが、ロズマリー様のお姿が人波に紛れるのを見て、力なく降ろしてしまいました。
キョロキョロと周囲を見回してみるも、余り者がいるどころか、踊りに参加していない人がまずいない状況でした。
「フ、フフ……これで私も晴れて【壁の鼻くそ】ですね……!!」
思わず自虐的な笑みが浮かびます。
たしかに私が本気になれば、この状況を打開できたかもしれません。車輪眼の濫用による無差別催眠テロはもってのほかとしても、身を隠すくらいなら朝飯前のはずでした。今はドレスに袖を通してメイクアップしてますけど、この状況からでも使える隠れ身の術の2つや3つくらいは修得していましたので。
でも、きっとそれはロズマリー様の望むところではありません。
「推しのためならエンヤコラですね~」
やっぱ踊欲より食欲だわ、とばかりに諦めて食道楽を始めた矢先でした。
「……なにをしている?」
突如として背後から声がかかり、私はフォークとナイフを両の手に携えたまま、声の主を振り返りました。
正装した、ものすごい美形の方がいます。その方が私の顔を見て、とても驚かれた顔をしておられました。
「ええっと、なにと申されますと……?」
「パートナーは? ペアダンスはもう始まっているのに、どこで油を売っている」
今のこの状況じゃあ、客観的にはそう見えても無理はありませんが……。
「いえあの、私パートナーは」
「花を摘みにでも行っているのか。まったく、淑女に恥を掻かせるとは」
やや苛立ちを見せられますが、それは存在しない人に対するお怒りです。事情を説明して納めてもらわなければ。
「そうじゃなくて、いないんです」
「いない?」
意味不明といった感じに首を捻られます。わかります。だって本当に意味とかわかりませんし。相手がいないのにペアダンスに参加してるとか。
男性は思案げに眉根を寄せられました。
「別件だったが、なら僕でも構わないな」
「はい? あのぅ、さっきからお話が見えないんですが……」
「話なら後でいい。ともかく、こんなかたちで目立つこともないだろう」
言うが早いが、男性は私を手を取られました。立ち上がるタイミングでどうにか食器は戻しましたが、どういうつもりなのでしょうか?
「僕たちも踊るぞ」
「踊るって……あ、あなたのパートナーは!?」
「最初からいない。話だけするつもりだったからな」
ならお話だけ済ませてとっとと解放してもらえませんか?
口元まで出かかったその言葉を飲み込んだのは、渡りに船の申し出だと理解したからでした。
「わ、私も今日はペアダンスできないと思ってましたので、全然練習とかしてきてないんですけど……」
「リードする。こちらに調子を合わせてくれ。心配しなくともすぐ覚える」
す、すぐ覚えるったってこっちは緊張してるんですから……。
私の心の中のボヤきなど知ったことかといった感じで、男性が強引にリードを取ってきました。歩調を合わせて踊りの輪の中に入ると、引っ張る力を頼りにペアダンスの振りをかたちにしていきました。
「……ほう、上手いじゃないか」
「足捌きになら少々自信が」
「だろうな」
特に驚くこともない男性とともに、私は初めてのペアダンスを踊ります。
周囲から驚きの視線が注がれているのは、ひょっとしたら本当に上手だったからなのかもしれません。
「完璧に覚えたようだな」
「ええっと、お蔭様で……」
「早速だがここからは踊りながら話をするぞ」
話? 初対面の男性となにをお話することがあるんでしょう?
内容を先読みした私は、先んじて釘を刺しておくことにしました。
「実を言うと、私のお父さんは准男爵でして」
「唐突になんだ?」
「いえ、だからですね。口説いても、あんまりメリットとかないって話で……」
どうしましょう、前世でナンパとかされたことがなかったので、上手い断り方とかわからないんですが……。
しどろもどろな態度で勘付かれたのかもしれません。男性は眉根を寄せて、不快げな様子を見せられました。
「口説くだと? 僕が、貴様を?」
「違うんですか? ……きゃっ」
男性は両手で私の腰を掴むと、並ならぬ力で持ち上げて、遠くに向けて放り投げられました。
私は慌てて空中で姿勢を安定させると、ドリルのように横回転して演舞の一部に見せかけ、着地を決めると軽やかにステップを踏んで再び男性の元へと合流しました。
「あ、危ないじゃないですか!! いきなりなにするんですか!!」
小声ですけどぶーぶーと文句を垂れます。すると男性はクールに。
「この程度でケガをするような貴様ではあるまい……それより、本気で気づいていないのか?」
なにやら知り合いと思しき物言いに、私は目を細めてムムムと呻りながら男性のお顔を見つめます。そう言われると、どこかで見たような……?
「ヒントだ」
指先でオールバックにした髪の一部を引き下げたところで、私の脳髄にビビっと電撃が走ります。
「す、スタンさん!?」
「やっと気づいたか」
気を取られて遅れた足を急いで戻し、私は小声で。
「どうしてこんなところにいるんですか!?」
「話をするためだと、さっきもそう言っただろう」
「それはそうですけど……そもそも入ってきていいんですか?」
ダンスに熱中する他の人たちを見渡して、心配げに問います。
いくらランセッド家の執事とはいえ、執事の身分で貴族子女のパーティに混ざるのは不敬に過ぎるってものでは。
「おそらくダメだったろうな」
「だったら、終わるまで外で待っててくれれば……」
「最後まで聞け。過去形だ。今はもうダメじゃない」
今はダメじゃない? いったいどうして?
「沙汰が下ったんだ。今の僕はもう執事じゃない」
「え? ど、どういうことですか……!?」
「ダミアンが自供して、マルグリット様の嫌疑が晴れた」
またしても足を止めかけます。しかしすぐに遅れを取り戻して、私はこの朗報に際して言うべきことを告げました。
「そ、それはおめでとうございます!!」
「ああ、感謝する。これも貴様のお蔭だ」
不意打ちで破壊力高めの笑顔が飛んできて、いつもとの落差に思わずドギマギしてしまいました。
「そ、それで執事の職を辞したというのは?」
「正確には僕の意志じゃない。アルヴァン様のお考えだ」
アルヴァン殿下の? ステップを踏む私の脳裏に好奇心がもたげます。
「前々から、ずっと考えておられたのだ。僕に執事の務めは、分不相応だと」
「あ……そういえば、執務室ではそんなことおっしゃっていましたね」
たしかスタンさんが職を辞そうと直訴したタイミングだったと思います。
「あれは執事兼護衛の務めに僕の役が足りてないという意味じゃない。それとは逆に、あのようなポストに甘んじることに苦言を呈されていたのだ」
「んん? よくわかりませんが……」
こういう言葉の裏読みとかは前世からどうも苦手で……。
「言い換えよう。アルヴァン殿下はいずれ、僕を貴族として招くおつもりだった」
「えっ!? き、貴族って!?」
私が驚くと、スタンさんは満足されたように口の端を釣り上げられます。
「最初から、問題になどされていなかったということだ。マルグリット様の行いも、僕の願いも。すべて受け入れてくださった上で、最後に世間の目だけが残った。これまでアルヴァン様が大手を振って動けなかった理由がそれだ」
どういうことなのでしょう。私は再び遅れ始めた足を速めてステップを合わせながら、ぐちゃぐちゃとした考えを纏めます。
「それって、謀反の疑いのことですか」
「マルグリット様は厳しい目を向けられていた。外様だけでなく、身内からも」
「は……はあ」
「僕が執事兼護衛として迎え入れられたのも、アルヴァン様がずっと知らぬ振りをしてくださっていたお蔭なのだ」
やっぱり、と私は心の中でだけ思います。
アルヴァン殿下にとっても、スタンさんは推しだった。
でもそれは自然なことだと思います。ずっと生き別れになっていた弟君が、会いたいが一心で自分の元を訪れてくれた。そんなのうれしく思わないはずがないじゃないですか。だって家族のことなんですから。
「あのぅ、それでスタンさんがここにいていい理由っていうのは……?」
「ん? ああ、話が逸れていたな。僕は伯爵になった」
――伯爵!?
思わず足が止まり、後ろで踊っているペアとぶつかりかけます。
「わわっ!? ごめんなさいっ!?」
男女ペアは両人とも私のことを睨みつけて、遠ざかっていきました。
「……なにをしている」
ムスっとした顔してますけど、これってスタンさんのせいですからね……。
私たちは再び手を取り合い、スタンさんが私の腰にもう一方の手を回しました。
「無様な真似をするな。背中に目が付いていないのか」
「そ、そんなの付いてるわけないじゃないですかぁ!?」
「普通の淑女ならな。だが貴様なら付いているだろう」
な、なんて失礼な物言いをするんですか。
まあ付いてるようなもんですけど……8つくらい?
「は、伯爵っていったいどういうことなんですか?」
「マルグリット様の持参領だ。アルヴァン様と王とのはからいで、僕に生前贈与されることになった」
かるーくおっしゃってますけど、これって物凄い大事なのでは?
「伯爵領などと大層な肩書こそ付いているが、伝統があるだけでそれほど富裕な地ではない。それにこれは、多方面への大々的なアピールも兼ねている」
「というと?」
「王家は盤石。王と王妃はまさに比翼の連理というわけだ」
比翼連理。乙女じゃない方のアドベンチャーゲームで覚えました。
たしか夫婦仲が睦まじいことを表現する言葉だったような……。
「王もわずかながら疑っておられたからな。ダミアンが自供した以上、マルグリット様と僕を冷遇しておく理由もない。ありがたい話だ。それに……」
少し逡巡されてから、スタンさんは口を開かれました。
「伯爵領は王領地に接している。これまでアルヴァン様をすぐお傍でお守りしてきたように、明日からはそこでこの国すべてを守っていくつもりだ」
固い意志を秘められたその声に、少し胸打たれてしまいました。
「えっへへ」
「なにを笑って……貴様、それ……!?」
「ちょっと感動してしまいまして」
目の縁に少し涙が溜まってきて、なんだか視界が揺らいでいます。
前世からの総年齢っていくつでしたっけ? ああもう、トシは取りたくないなぁ……。
「な、泣くな!! 僕が泣かせたみたいに見える!!」
「えへへ、スタンさんが泣かせたんですよぅ」
「そういう物言いもやめろ!! クソ、この状況を打開する方法は……!?」
慌てたスタンさんが私の手を引き、なるたけ人のいない方向へとリードしていきます。ふとその目が舞踏曲を演奏する楽団へと留まりました。
「曲調的に終了間近か。なら、この手は打てる」
「あのぅ、この手って?」
「涙声でしゃべるな! ……いいから僕についてこい」
スタンさんの誘導で、私たちはさらに人のいないスペースへとステップを踏みながら移動を始めます。辺りに誰もいないせいで、逆に他の参加者の視線が集中してしまうスポットです。
「わ、わ、バレちゃいますよ!?」
「黙っていろ!! ……これでいいんだ」
これでいい? いったいどういうことなんです?
「最後に一発決めてこい」
「はい?」
「曲の終わりに合わせて、僕が貴様を本気で投げ飛ばす」
「な、投げ飛ばす!?」
「回転して、その邪魔な水気を振り払ってこい。ついでだ、この会場にいるすべての淑女を食ってしまえ」
な、なにをおっしゃっているんでしょうか今日のスタンさんは!?
私が思わず口を噤むと、やや苛立ちながらこんなことをおっしゃいました。
「さっき壁の花になりかけていただろう。そんな目に遭うような淑女じゃないって、ここにいる全員に証明してやるんだ」
「す、スタンさん……」
「僕なら知っている。大丈夫だ。きっとここにいる連中にだってわかる」
だから、とスタンさんの力強い瞳が物語ります。
かつての好敵手にそこまでされて燃えない私ではありません。
「わかりました。こうなったらバシッと決めてやりますよ!!」
「いくぞ忍者女……いち、にの、さんっ!!」
バイオリンが曲の終わりを奏でるのに合わせ、スタンさんが私の腰に両手を添えます。
そして並ならぬ膂力で一気に抱え上げると、一切の容赦なく私の身体を人のいないスポットに向けて全力で放り投げました。私は身体を空中で横向きに回転させ、その回転軸を微妙な動きで徐々にズラして、縦回転へと切り替えます。
折り畳んだ足に両手を巻きつけ、宙返りの要領でくるくると3回転ほどした後、しゅたっと忍者着地をキメます。ただの忍者着地じゃありません。着地の際に右腕と右足を横に伸ばした、見栄え重視の忍者着地ver2です。
「き、決まったか……!?」
忍者着地ver2の体勢から恐る恐るといった感じで顔を上げると、オーディエンスと化したペアダンスの参加者たちが呆然とこちらを見ていました。
ダメだ、引かれてしまった……そう思った矢先のことです。
パチパチと、会場の片隅から拍手の音が聞こえます。そちらに目をやると、笑顔のロズマリー様がおられました。それに引き続いて拍手をくださったのは、アルヴァン殿下。お隣の可愛らしい女性はメルさんでしょうか。彼女もまた私に向けて拍手をくださっています。
散発的な拍手が、まるでさざなみのように広がってゆきます。気づけば会場全体が拍手で満たされていて、私はその中心にいました。なんというか、ものすごく目立ってしまっているというか、これじゃあまるで物語の主人公みたいじゃないですか。
「いえ、あの、その……!?」
あまりにおこがましくて両手を上げてはわはわしていると、一目散に駆け寄ってきてその手を取る人物がいました。スタンさんです。
「す、スタンさん!? 私ここからどうすれば!?」
「礼だ。僕に合わせろ」
「は、はい!!」
2人揃って一礼すると、会場に満ちる拍手は一段と大きくなり、それはいつまで経っても終わらないかのように私には思えたのでした。




