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第11話 『ホワイト、みんなのために頑張る の巻 (後編)』

「思い出したくない記憶だったらすみません。でも、今一度思い返してみてほしいんです」


 前置いて、本題へ切り込みます。


「幼い頃、アルヴァン殿下は盗賊に誘拐されました。しかし優秀な家臣の方々のはたらきによって、大事には至らなかった。王様、つまりアルヴァン殿下のお父様はこれまでにも増して過保護となり、家の方々とともにアルヴァン殿下とひとつ屋根の下にずっとおられるようになった」


 それがなんだ、と言いたげなアルヴァン殿下の返答を待たず続けます。


「疑問があったんです。いったい誰から守っておいでだったのでしょう」

「そんなもの賊からに決まっているだろう」


 確信をもって首を振りました。


「後妻のマルグリット王妃様からですよ」


 がちゃん、という音がします。

 アルヴァン殿下が執務机の上にある花瓶を倒されたのです。


「言うな、それ以上……義母様に対する侮辱は許さない!!」


 殺意すら感じる威圧でしたが、どうにか受けきります。


「侮辱なんかじゃありません。だって悪かったのはマルグリット王妃様じゃない。全部タイミングが悪かっただけだったんですから」

「お前、さっきから意味不明だぞ!!」

「じゃあこう言えば意味が通りますか。誘拐事件の発覚時、マルグリット王妃様はご懐妊中だったって」


 アルヴァン殿下が驚愕の表情で、石像のように固まりました。

 反論を受け付けるつもりはありません。私は持論を述べます。


「そう考えると辻褄が合うんです。たしかにマルグリット王妃様にはご子息がおられない。王国史にはそう記載もされている。でももし、おられたら? ご自分のご子息を王座に就けんがため、誘拐事件への関与を疑われても仕方のない立場に追いやられることになる」


 アルヴァン殿下は黙したまま、なにもおっしゃいません。

 やっぱりそうなんです。この御方も真実の一端を掴んでおられた……。


「誘拐事件から1年間、マルグリット王妃様はご実家に帰られて王宮にお姿をお見せになりませんでした。ご実家でご子息をお産みになられたのだと思います。そして王宮へのご帰還を許されたのは、そのご子息を修道院に送られたからではないでしょうか」


 ここで初めて、アルヴァン殿下はスタンさんへと向き直られました。

 スタンさんはなおもかしずいて、無言で地べたを見ているだけです。


「父上の疑心暗鬼に、とんだ屁理屈をくっ付けたものだな」

「屁理屈なんかじゃありません」


 なによりの確証は、ハードコア乙女ゲーマーとしての直感でした。

 そう、問題はこの世界に何故スタンさんがいたのかじゃありません。


 自他ともに認める『Sacred Bless』マニアである私が、何故スタンさんのことを知り得なかったのか、なのです。


 ヒントは、『Sacred Bless』のチャプター4にありました。共通ルートの流れから個別ルートへの確定間際、教室でアルヴァン殿下がメルさんに誘いをかけてくるシーンに該当の部位が存在します。


 アニメのように章題が表示され、チャプターを開始してから558クリック目、1回目の選択肢で『①今日はヒマしてる』を選択した次の分岐です。場所は教室。メルさんの放課後の予定が空いていると知ったアルヴァン殿下がどこへ行きたいかを訊ねてきます。ここで『③アルヴァンくんの部屋を見てみてもいいかな』の選択肢を選ぶと、好感度55以上の場合にのみ問題の文章が表示されるのです。


 それはこのようなセリフでした。


「俺の別邸にか? 今日はおと……いや、都合が悪いから他所にしようぜ」


 言い間違いに続く言葉はいったいなんだったのか。


 直感を得た私は早計を避けて、別方面からの深掘りを進めました。つまり『Sacred Bless』というゲームそのものではなく、それに纏わる周辺状況からです。


 インターネットゲーム紹介サイト、稲妻オンラインは『Sacred Bless』の制作会社であるカリフラワーと昵懇の仲として有名でした。明け透けに言うと高頻度で提灯記事を書いていました。


 余裕の前作越え、圧倒的最高傑作、乙女ゲーの新たな地平を切り開いた歴史的1本、などなど、ベタ甘に褒めまくるレビュースタイルが気に入って生前はよく巡回していたんです。そこに制作者の座談会方式でのインタビューが載っていました。


 たしかシナリオライターの草加杏子さんと、サブライターいのまたえいこさんに、稲妻オンラインのインタビュアーの女性記者を合わせたお3方でした。


 通例ならもっと上の現場を統括する役職の方をお呼びするところなのかもしれません。しかしこのお2方は名が売れていた。乙女ゲー業界ではその名を知らぬ者はいないカリスマライターだったのです。


 書き起こされた座談会には次のようなやり取りがありました。



(稲)「今日は発売前と思えないほど深いところまで話してくださいました」

(草)「稲妻さんには日頃からお世話になっていますから」

(い)「そうそう(笑)」

(稲)「ここまで話してくださったからには、なにか隠し玉もあるんしょう?」

(い)「えっ!? それは……」

(草)「はい! ありますよ!」

(い)「えぇっ!?」

(稲)「お2方のリアクションが違う(笑)」

(草)「稲妻さんもユーザーの皆様も期待してくださっていいかと」

(い)「ちょっと! 草加さん!!」

(草)「ハードルとは越えるためのものですからね」

(稲)「たしかに(笑)。こちらの新情報も伺いたいなぁ~」

(草)「それはちょっと(笑)。完全新規要素だと申し上げておきましょう」

(い)「ダメですって! この後社に戻って作業もあるんですよ!?」

(稲)「こんな深夜にですか?(インタビューは深夜1時に行われた)」

(草)「私たち寝なくてもへっちゃらですから(笑)」

(い)「そうじゃなくて、納期!!」

(稲)「本当にこの記事使っちゃって大丈夫ですか……(困惑)」

(草)「バンバン載っけちゃってください。それが宣伝ってものです」

(稲)「ではお言葉に甘えて(苦笑)。お2人とも今日はありがとうございました」

(草・い)「ありがとうございました(小声・い:この件は後で上に報告させてもらいますからね、草加さん!!)」



 このインタビューが世に出てすぐ、メインライターである草加杏子さんの降板が正式に発表されました。『Sacred Bless』のエンドクレジットではシナリオ協力という役職で記名され、メインライターはいのまたさんへと切り替わっていました。おそらく社内で、納期問題に対する認識のズレによる内紛があったのです。


 今回、私の乙女回路はこの一連の出来事にすべての事件の萌芽を見ました。


 カリスマライター草加杏子さんの降板に、先のアルヴァン殿下の意味深な発言を加味すると、私の脳に搭載された灰色の乙女回路がすべての真相を導き出します。


 そう、スタンさんの正体とはつまり、『Sacred Bless』における隠しキャラですらない……。


 シナリオライター草加杏子さんが構想し、納期の関係でカットされた、ボツ攻略対象キャラだったんです!!



「つまりアルヴァン殿下の一言は、スタッフが消し損ねた伏線だったんですよ!!」

「な、なんだってー!?」



 もちろんそんなこと名探偵よろしくドヤ顔で言えるはずもないので、今のは私の脳内でのみ発せられたセリフです。MMRみたいなリアクションも別の私です。


 なので目下のアルヴァン殿下には、別角度から攻め立てます。


「殿下は知っておられたんでしょう。マルグリット王妃様がお産みになった男児が、修道院から脱走を図ったこと。旅の過程で剣の腕を磨いたこと。そしてご自身の執事兼護衛として、お傍に置いてほしいと希われたことも」


 最後のは裏取りができず想像でしたが、アルヴァン殿下の反応を見るに遠からずといった感じです。露骨に目を逸らされました。


「俺の元執事兼護衛と決闘して手に入れた権利だ。有能で信頼に値すると俺が判断した」

「本当にそれだけ?」

「お前……」


 あのアルヴァン殿下が言葉を失われています。


「アルヴァン殿下にとって、スタンさんとはなんですか?」

「優秀な執事兼護衛だった男だ。それ以上でも以下でもない」

「嘘です。だって知ってたんですよね? スタンさんが異母弟おとうとだって」

「…………」


 いつ何時、どのようなタイミングでそれが発覚したかまでは存じません。でも絶対にそうだと、私は確信していました。


 あともう一息、私は深く息を吸います。


「知っていて、お傍から離さなかった。これがすべてだと私は思ってます。アルヴァン殿下にとってもスタンさんは推し。お2人は互いに推し合っている。だったら……そんなの、離れ離れになる方がおかしいじゃないですか」


 推し活とはしあわせなこと。

 推しのためになにかをすることは人生を充実させてくれます。


 けれどそれよりもっと素晴らしいことがある。互いに推し合える関係は、そのしあわせを2倍にも3倍にもしてくれるんです。今の私とロズマリー様がそうなっているように。そんな無二のしあわせを、このお2人にも放棄してほしくない。


「……もういい」


 真剣な眼差しでアルヴァン殿下を見守っていると、声を出されたのはスタンさんでした。かしずいた状態から立ち上がって私に向き直ります。


「まったく貴様という奴は……どうやって調べた?」

「企業秘密です」


 シュバッと忍びの印を結んでしまったのは手癖でした。ニンニン。

 そんな私の手元を見て、スタンさんは自嘲的な笑みを浮かべられます。


「間違っているぞ」

「本当にそうでしょうか」

「当然だ。アルヴァン様は知らなかった。でなければ、僕をお傍に置くような愚など犯さない」


 意味深長に言って、今度はアルヴァン殿下へと深々と一礼されました。


「ずっと申し上げずにいたこと、重ねてお詫びいたします。望まれるなら、この身にどのような厳罰でもお与えください」

「…………」


 自らのお立場とお気持ちの間の葛藤を滲ませるアルヴァン殿下を置き去りに、再びスタンさんが私へと注意を移します。


「アルヴァン様にお仕えたいと願ったのは僕の一存だ。しかし僕は敗北を喫し、出自も知られてしまった。貴様がどう思おうと、これ以上この身をアルヴァン様のお傍に置くわけにはいかない」


 決意を秘められたお言葉でしたが、予期していたものです。

 私の口からも、スラスラと用意していた言葉が流れ出ます。


「それは何故ですか」

「知っているはずだ。単純に危険なのだと」

「スタンさんも、マルグリット王妃様の疑惑が晴れていないとお思いなんですね」

「…………」


 口に出せば不敬に当たるので、ここでは沈黙こそが肯定です。


 でも……もしそれがお2人の仲を阻む最大の壁なら、私になら取り払うことができる。


「ジュミール監獄、F棟、11監房。そこに首謀者がいます」


 アルヴァン殿下とスタンさんが、ほぼ同時に目を剥きました。

 その意味は察するまでもありません。すべてお伝えしましょう。


「ダミアン・アーガイルという男性です。罪状は青果店への押し入り強盗。逃走途中に仲間に裏切られ、自警団の手で逮捕されました。初期尋問で余罪を白状しましたが、肝心なことまでは言ってません」

「……バカな」


 声を発されたのはアルヴァン殿下です。

 はっきりと驚愕の表情を見せられています。


「あそこは大湖に浮かぶジュミール島にある、脱獄不能と称される要塞監獄だぞ!? 一日中監視の目が光り続けている不夜城から、そのような情報を持ち帰れるはずが……!?」


 そのお言葉を引き取るように、スタンさんが横目で私を見ました。


「……だが、貴様ならやれたというんだな。忍者女」

「はい」


 忍者の本懐。

 それは隠密、諜報活動にこそあります。


 本スニークミッションは、スタンさんとの決闘に先駆けて行われました。


 ジュミール島までの移動手段に水蜘蛛による水上歩行ではなく、水中に身を沈めて竹筒で呼吸する水遁の術を採用したのには理由があります。


 ひとつは監獄の見張りの目が厳しかったこと、もうひとつは低水温環境での素潜りには命の危険が伴うこと。冬場である今、監視の目は水中にまで及んではいなかった。ここに付け入る隙があったんです。


 水遁の術で島への上陸を果たした私は、警備体制の隙を突いて全監房を虱潰しにしました。そして目下の人物の部屋へと忍び込みます。


 しゅたっと天井から忍者着地を決めると、白黒のストライプカラーの囚人服に袖を通した中年男性がいました。


「ここにいましたか、ニンニン」

「な、なんだテメーは!! その恰好、まさかヘンタイか!!」

「いきなり失礼な方ですね……ちょっと聞きたいことがあるんですよぅ」


 私はざっくりと事情を説明しました。


「というわけで、あなたが首謀者なら白状しちゃってください」

「オメーバカか!? 仮に俺がやったとして、そんなこと素直にゲロるわけねえだろーが!!」


 うーん、予期していたリアクションです。ここに収監されるのは凶悪犯と相場が決まっていますが、死刑囚とは限りませんからね。一方、かつてアルヴァン殿下の誘拐を企てた主犯であれば、死刑こそ回避できても無期懲役は確定的になってしまいます。


 つまるところ、白状するだけ大損ってことですね。


「素直さは人にとって美徳ですよ。ほらほら、思いきって言っちゃお?」

「なんでちょっと距離感詰めてきてんだよ……やってねーもんはやってねーよ」


 あっそ。

 じゃあちょっと尊厳破壊しちゃいましょうか。


 キュイイイイイィ……。


「ええっと、車輪眼ってこれで発動してるはずだけど……うわ、本当に目がぐるぐるになってる。それじゃあ試しにいくつか質問してみますか」


 私はその場にしゃがみ込んで中年男性に訊ねました。


「もしもし囚人さん、あなたのお名前を教えてください」

「ダミアン・アーガイルだ」


 秒速でゲロってくれますね。これは禁術になるはずだわ……。


「ダミアンさん、ここに入れられた罪状を教えてくれますか」

「果物屋に押し入って金を獲ろうとしたんだが、仲間に裏切られちまってよ」

「そうですか。じゃあちょっと18年前のこと思い出してみよっか」

「なんで急にタメ口利いてんだよ……」


 ツッコミ機能は生きてるんだ。ためになるなあ。


「単刀直入に訊きます。あなたがアルヴァン殿下誘拐の首謀者ですね?」

「ああ? 誰だよそりゃあ?」


 名前すら知らない、もしくは忘れてしまった可能性でしょうか。

 嚙み砕いて、わかりやすく誘導する努力も必要ですね。


「よく思い出してください。あなたとあなたの仲間は以前王宮に忍び込み、警備体制の隙を突いて幼い男の子を攫ったはずです」

「ん……ああ、そうだったかな……?」


 昔のことだから思い出せないというより、心当たりが山ほどあるって感じですね。この人割と生粋のワルじゃないですか。


「しかし警備の方が怪しげな動きをしていたあなたたちに気づき、誘拐は頓挫した。教えてください。あなたたちの目的は?」

「ああ? そんなの金目当て以外になにがあんだよ」

「本当に?」

「今の俺が嘘吐けねーって知ってんだろ」


 術中の当人が言うとなんともメタ的なツッコミですが、それはそう。


「では、重ねて一番大事な質問を繰り返します。あなたが、誘拐の首謀者だったんですよね?」


 回る瞳をじーっと覗き込むと、ダミアンさんはバツが悪そうに。


「そーだよ……俺が全部考えてやった。王様から金をたんまりふんだくるつもりだったんだ」


 言質、得たりです。

 私は車輪眼を解きました。


「……って、うおッ!? ヘンタイ女! テメーいつの間に近づいてやがる!!」

「もう離れますって。聞きたいことは全部聞けたので」


 慌てふためくダミアンさんを置いてこの場から去ろうとし、ひとつ忘れ物をしたことを思い出して、首を捻ってダミアンさんを見返します。


「ついでですけど、私はヘンタイ女じゃありません」

「なに言ってやがる!! どう見たって……!!」


 キュイイイイイィ……。


「私の名前はホワイト・ルージュ。スーパー美少女ホワイトちゃんと今後はお呼びくださいね?」

「はい、わかりました。スーパー美少女ホワイトちゃん」


 うーん、これにて良きかな。

 ついでに師匠の真似事もしちゃいましょう。


「リピートアフターミー……ホワイトちゃん最高!!」

「ホワイトちゃん最高!!」

「ホワイトちゃん最高!!」

「ホワイトちゃん最高!!」


 こうして必要な言質を得た私は、削れた自己肯定感をも一挙に取り戻しつつ、意気揚々と監獄島を後にしたんです。


 私はアルヴァン殿下とスタンさんに向けて告げます。


「どうかダミアンさんのことを尋問してください。そうすれば、アルヴァン殿下の誘拐にマルグリット王妃様が関わっていないことがはっきりしますから」

「デタラメだ、そんな都合のいいことが……!!」


 わかります。俄かには信じがたいことだって。


 だってアルヴァン殿下も水面下でずっと首謀者を探しておられた。でも見つからなかった。マルグリット王妃様にかかる疑いをそそげず、そのせいでスタンさんを弟だと知っていながら、そのことを言い出せずにいた。


 貴族令嬢の口から、こんなにも簡単に手に入る情報ではない。

 疑いを挟まれるのも致し方ないことなのかもしれません。だけど――。


「……その子は嘘を言っておりませんわ」


 背後から声がします。ずっと沈黙を守られていたロズマリー様です。


「幼少のみぎりから、ホワイトとはずっと一緒におりました。ですから、わたくしにだけはわかるのです」

「…………」


 無言でロズマリー様を見つめるアルヴァン殿下へと、力強く申されます。


「デーンメルド家の家の名に懸けて誓います。この子の言っていることは真実だと」

「家名に誓うとなれば、後には退けんぞ」

「重々承知しております。それでアルヴァン殿下のお気持ちが動くのであれば」


 未だ眉根に皺を刻まれているアルヴァン殿下。

 次に声を発したのは、私にとっても意外な人物でした。


「僭越ながら、僕もこの忍者女に賛同します」

「スタン、お前……?」


 一度見開いた目を細く眇め、声音を厳しくされて。


「自らの意志で役を退こうとした男が、主君に指図すると?」


 一見するに恐ろしいお顔だったのですが、そのお言葉が本気でないことはこの場の誰にとっても明らかでした。


「お許しを。しかし、僕も剣を合わせた身だからこそわかるのです。そこの忍者女もまた、生半な修行を積んできたわけではない。その者が潜入に成功したと主張するのであれば、実際に監房で首謀者に相まみえたのでしょう」


 呆れた風にアルヴァン殿下が首を振られます。


「お前、自分がなにを言っているのかわかっているのか」

「はい。ですからロズマリー様同様、僕も懸けようと思っております」

「懸けるだと?」

「自分の命を、です」


 ごくり、とアルヴァン殿下が生唾を嚥下されした。

 対して、命の危機に怖気づくでもなくスタンさんは――。


「僕は、みなしごも同然でした。生まれてすぐ、母上と引き離されてしまった。しかし半分血の繋がった兄のことは修道院長から伝え聞いておりました。会いたい気持ちを我慢できなかった。一度でいいからお目通り願いたかった。白状すれば、そんな自己中心的な気持ちで剣の道に進んだのです」


 スタンさんがアルヴァン殿下の御前へと歩み寄ります。背筋を伸ばして面と向かい合うと、背丈がそう変わらないことがわかりました。


「僕が謀反人の息子であるなら、どうぞ不安の種を払ってください。あなた様の手に掛かれるのであれば、これ以上ない本望……」


 胸に手を当て、「しかし」と続けます。


「母上を失ったのは僕だけじゃない。それは先程のアルヴァン様のご様子から理解いたしました。きっと今も王とマルグリット王妃様の間には深い溝が刻まれたままなのでしょう。これは、その溝を修復できる無二の機会ではないでしょうか」


 恭しくかしずくスタンさんの姿に、アルヴァン殿下が半歩引き下がります。

 残るは私だけです。既に言葉を尽くした身にできることは、ただひとつ。


「……よろしくお願いしますッ!!!!!!」


 その声は先程放った声にも増して大きく、邸全体を震撼させるものでした。


 ビリビリとした空気の揺れが収まると、場に沈黙が満ちます。私も、スタンさんも、ロズマリー様ですら、それぞれの立場に適った方法で、アルヴァン殿下に頭を下げて懇願している。


 これで、打てる手はすべて打ち尽くしました。

 ですから後は、アルヴァン殿下の御心ひとつ――。


 ふっと空気が緩む感覚がします。やや待って、朗らかな声がこう申されました。


「俺は今日、ここであったやりとりについては関知しない。だからお前らが俺に投げて寄越した諸々の権利にしたって、こっちで担いでやる気などない」


 はあっと、気疲れの滲む深い溜息が吐かれる音がしました。


「怪しい男がいる。だから探りを入れてみる。やるのはそれだけだ」

「じゃ……じゃあ!!」


 ばっと顔を上げた私たち向かって、アルヴァン殿下は爽やかに笑まれて。


「結果がどう出ようと、お前たちに危害は加えない。この条件を飲むというのなら、そのダミアンとかいう男を尋問してやる。それで構わないか?」


 私たち3人はお互いに顔を見合わせ、そして1000年前から決まりきっていたお返事を、全員同時に口にしたのでした。



「「「はい!!」」」



 ……12月の、まだ雪の降らない少し温かな日のことでした。

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