第1話 『もしも乙女ゲー世界の取り巻き令嬢に転生したら の巻』
推しは推せるうちに推せ。
至言だと思います。
いつ何時、どんなトラブルに巻き込まれて推しが推せなくなるかわからない。
それが人の人生というものです。というより、私の人生でした。
皆様初めまして。私の名前はホワイト・ルージュと申します。僭越ながら、稀代の悪役令嬢ロズマリー様の取り巻き令嬢をさせていただいております。しかしそれは世を忍ぶ仮の姿。生前は日本の丸の内、ではなく地方都市でしがないOLなどをやっておりました。いわゆる転生者というやつなのですよ、ええ。
私にとって、推し活は生きる意味でした。生前私がハマっていたのは『Sacred Bless』という乙女ゲームで、マンガやアニメを始め数々のメディアミックスを果たした超有名作です。世の乙女ゲーマーはそこに出てくるイケメン貴公子たちにきゃあきゃあ言っていたものですが、私の推しは違いました。
そう、なにを隠そう私の推しは悪役令嬢ロズマリー様。金髪碧眼縦ロール。まさに絵に描いたような悪役令嬢でその振る舞いもまた高慢と偏見に満ち溢れたものです。
そして皆様が予想される通り、大勢の貴族子女が見守る中で、婚約者であるアルヴァン殿下に婚約破棄されてしまうのです。紛うことなく、身から出た錆ってやつですね。
『Sacred Bless』の世界に異世界転生して幾星霜。私はホワイト・ルージュとして准男爵家に生まれ、ロズマリー様と出会ってからずっと身の周りのお世話をしてきました。その付き合いたるや長く、遡ること王都の幼稚舎時代まで回帰します。
思えば心臓麻痺で死んだとき、薄れゆく意識の中でもう二度と推しを推せないものと思っておりました。それがこのようなボーナスステージで、幼き頃から推しを推し殺せたのですから神様も粋なことをなさる。
きっと私は神様の手違いで死んだのでしょうが、その罪既に許したのも当然のことでしょう。ノットギルティで無罪放免です。
そんなこんなでまるで夢のような日々を過ごしていた私なのですが、時計の針はとうとうある時間を指し示したのです。その時間とはもちろん、悪役令嬢ロズマリー様が第一王太子アルヴァン殿下に婚約破棄を受ける日のこと。
刻一刻と、推しに破滅の未来が迫りきます。
もちろん、ただ見守っているだけの私ではありません。
誓いましょう。推しのためならなんだってできると。私は、ですから――。
◇◇◇
「アルヴァン殿下を暗殺しましょう!!」
と力強く提案したのとほぼ同時だったと思います。優雅な所作で紅茶をお飲みになっていたロズマリー様がぶふーっとそのお鼻とお口から紅茶を噴き出され、空中にエレガントな虹の橋をお作りになられたのです。
まあきれい、と私は虹を眺めていたのですが、ロズマリー様はケホケホと咳込みなさってから、ただでさえ鋭い目をキッと尖らせて私を睨みつけられました。
「……ホワイト、これは冗談ではありませんのよ。わたくし、気の置けない仲のあなただからこそ、お話を打ち明けたんですのよ」
そうでした。私ったら早とちり。ロズマリー様は魔法学園に流布するアルヴァン王子の婚約破棄の噂を、まだお耳にしたばかりでした。
「申し訳ございません。ちょっとチャプターを間違ってしまいまして」
「チャプターってなに? ……いいえ、あなたが変なことを口走るのはいつものことでしたわね」
コホン、と空咳を挟んで、凛とした佇まいを取り戻されます。
「ともかく、根も葉もない流言飛語ですわ。アルヴァン殿下とわたくしとは、幼き頃からの婚約者です。お父様方が結んだ大切な婚約を、そう簡単に破棄されてたまるものですか」
と、まるでご自分に言い聞かせるようにおっしゃっていますけど、実際にそうなさっています。
時系列的にはこの時点で既に、アルヴァン殿下は『Sacred Bless』の主人公であるメルさんにご執心。ロズマリー様の存在は、胸の内からきれいサッパリ消えてなくなっているのです。
「ですが、火のないところに煙は立たないと言いますよ?」
「メルさんは光属性魔法の資質があるだけの編入生です。それに、平民の娘に手を出すほど、アルヴァン殿下に見境がないわけではありませんわ」
ないんだよなァ……。
と私は思いましたが、ここはお口をチャックです。
「では、ロズマリー様はこれからどうなさるおつもりなのでしょうか」
「そうですわね。ここは事態を静観するしかないでしょう」
「探りを入れたり、アルヴァン殿下に直接質問なさればよろしいのでは?」
ロズマリー様は優雅なお手付きでカップをソーサーに戻すと、ふぅっと空中に吐息をこぼされました。
「……それだとまるで、わたくしが気にしているみたいではありませんか」
くぅ~!! これこれこれ!!
ロズマリー様は自尊心の塊。そのプライドたるやエベレストより高く、雲を突き抜け成層圏にまで達します。まるで自分が気にしているように見える。あるはずのない外聞を気にするあまり、最善手を取れずに結果的に大損をする。その気高さに、愚かさに、私はこれ以上ない魅力を感じずににおれません。
ということで、後は私が勝手に手を汚すとしましょう。
それが幼き頃からの私の流儀、私なりの忠義のかたちなのです。
忠義執行!!
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