第四十七話 貸し借りアリの関係
クロノちゃんは、とても元気で活発な女の子だった。木こりの娘でいつも切り株の上に座って、ぼくが来ると、大きく手を振ってくれた。クロノちゃんはかわいい女の子だった。クロノちゃんは男勝りな癖にかわいいものが好きで、ぼくがいろいろなスイーツを作ると凄く喜んだ。余程気に入ると、絵に描いた。木こりのおっさんはそれを額に挟んで、日替わりで掛け換えた。クロノちゃんは喧嘩が強くて、ぼくはクロノちゃんに特訓と称して毎回ぼこぼこにされていた。それでもぼくはクロノちゃんといるのが楽しかった。毛を剥いで、印を付けて、皮を剥ぎ、肉を切り分けて、ソースにつけたり、焼いたり。火の中で収縮して、色が変わって、まるでクロノちゃんやないみたいやった。せやけど俺は、死んでなお、クロノちゃんを傷つけた。テメェがクソヤローだってだけの話。親父が「でないとお前も」と言うから、怖くなって、逃げ道なくして、薄情に、切って、焼いて、食った。引きちぎれるような、肉の音。
「うっ……」
吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな。殺される。見捨てられて殺される。かわらない。
「ホープ? おい、どうした?」
マシューだ。立て。立てロジオ。
「めっちゃ顔色悪いじゃん……こっち来いホイ!」
「嫌や。ぼく何でも食うから捨てないで」
こいつ親父やない。マシューや。やめろ恥の上塗りだぞロジオ。いますぐ平常心を取り戻せ。
「捨てないで、ちゃんと全部食うから」
マシューが見えなくなった。呼吸が荒くなっていく。呼吸が続かない。これがきっと俺の罪。人間の肉の悪い成分が悪さして腐ったウンコの擬人化だ。
「クロノちゃんを捨てないで」
口が止まらない。ああダメだ。そういうノリの集団やないのに、俺だけ激重やないか。そういうんやない。みんな軽いノリで集まった集団やないか。
「俺、ケツでもなんでも我慢するから……! クロノちゃんに手ェ出さんといてやぁ……やめて、やめて。クロノちゃんだけは……クロノちゃんだけはぁ……」
口が勝手に動く。「こう言わないと」って学習してしまったんだ。
「助けて」
「…………」
言っちゃあかん言葉や。このノリの集団の中で、それは言っちゃあかん。貸し借りなんかしない関係だ。秘宝探して、財宝を見つけだすんだ。そして、世界のテッペンを見せたる言うたのに。
呼吸を整えろ。
「ホープ」
呼吸を整えろ。呼吸を整えろ。呼吸を。
「承知した」
呼吸が止まって、顔を上げて、目が合って五秒の後に。
「もっと貸すから、あんたも私達からもっと借りて。大丈夫。なんたってあんたこの船の中で最年少だからね。お姉ちゃん達に任せな」
◆
これから山を登るわけだから、みんな肉で鋭気を養いたいかなと思って、焼くだけなら大丈夫かなと思って焼いていたら、やっぱりダメだった。
というような事を2時間かけて語った。
「じゃあもうあれだなあ」
トマスが崩れた口調でとうとう言う。
「もう、ちょっとダラダラするのやめて本気出して秘宝集めしようか」
「な、なにする気なんです?」
「売られた喧嘩は買おう」
「それがいい! 秘宝なんていつでも取れる」
ユダも賛同した。
「何をするつもりなんや……?」
「言った通り。本気出すよ」
いつぞや出して樽の奥底にしまっていたヘルメットが二つ。
消え物じゃなかったんか……。
「それをどうするつもりや……あかん。触ったら、トマスとか、ユダとか、アンデレも……死んでまうかもしれへん!」
「おう、私も死んでまうかもしれへんよ」
「マシューは別に……アホやし」
「オォン!? 喧嘩か!?」
「君やマシューくんにについて来る時点で私達もアホだよ」
触れると、「LEVEL UP!」という文字が何個も重なった。
経験値が此方にも流れ込んでくる。
「ってか残りカスだから別に死ぬほど上がる訳ではない」
全員でステータスを見せ合う。
「全員レベル85……死ぬほど上がっとる」
「思ってたより上がったなあ」
「借りたし貸した。君もだホープ。貸したし借りた。なにか私達を『軽いノリで集まったノリの良い集団』とでも思って君はそういうおかしな過去も隠してたらしいが、断固心外」
トマスの影が俺に射す。とても大きく見えた。
「我々は仮にも世界の頂点を目指す君達の船に乗った時点より! 気合いと根性ブチ抜いた! あまり私達をナメるなロジオ・〝ホープ〟・ニューゴッド! そして前を向けロジオ・〝ホープ〟・ニューゴッド! 世界を悪戯に破壊しよう」
呼吸が落ち着いた。
「せやけど何するん……」
「世界中が一番驚くことをしよう」
「世界中が一番驚くこと?」
アンデレが手を挙げて言う。
「一週間で秘宝全部手に入れて、塔ぶっ壊してみたらどうでしょう」
そこにいた全員の声で。
「いいねぇ」
と。




