十五.3歩進んで2歩下がる(2/2)
そのしっとりとした視線に、俺は腹の底が小さく疼くのを感じる。
「……私ね、あなたの事を子供だと思ってた。無謀な願望を掲げ、それを達成するため泳ぎに向かない身体を健気に鍛えて。そして私は、そんなあなたを命の恩人という名の虚像で惑わし続けているのだと。でもね」
岸壁から海に垂れ下がったキルステンの尻尾が、パシャリと海水をかき混ぜた。
「今日、あなたが男の子を助けるのを見て、ようやく理解したの。あなたはもう、自分の都合や感情を優先させる『子供』ではない。いついかなる状況でも自らの使命を見失わずに判断し、行動できる『大人』なんだって……」
キルステンは言葉を切って目を伏せると、しばし逡巡するかのように瞳を揺らした。
それから、意を決したように顔を上げると、今度は感情を抑えた静かな目を俺に向ける。
「鉄火。もうしばらくの間、この茶番に付き合ってほしいの。お母様を説得して、荒波を立てないように真実を公にする道を探ろうと思う。つまり……私はあなたに、無用な危険に晒され続ける達事を求めているわ」
「大歓迎だ」
もちろん、俺は即答した。
そして、驚きに目を見開くキルステンに、勢いのまままつい溢れんばかりの想いを口にしてしまう。
「キルステン。仮に、更なるミアプラの闇が暴かれることになろうとも、俺の気持ちは揺らがない。君が俺を大人の男と認めてくれた今、是非とも俺の想いを」
「あっ、ごめんなさい…………それとこれとは別というか、男の人とのお付き合いはやっぱり考えられなくって……」
「……」
俺はスンと。真顔になると、頭を冷やすために夜の海に飛び込んだのだった。