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1話

真夏の山中、一人の青年が血まみれで倒れていた。


大上冬馬、22歳。


大学生だった彼は早々に就職が決まり、残された青春を謳歌しようとバイクで卒業旅行へ出掛け、トラックに追突され死にかけていた。



発熱と痛みが脊髄を中心に全身から膨張するように発生し徐々に増えていく。


死の恐怖に抗うため声をだそうと口を動かし瞼を開く。

口は動かすだけで声はでない。


霞む目には緑色の作業服の男が二人が写り込む。

「生きてるぞ」

「意識がある奴は初めてだな。だがこれは全身骨折だらけだな。生きてるのが不思議なくらいだ」

「人が来る前にさっさと連れていこう」


彼はトラックの荷台に押し込まれ、代わりに何かが出ていく。


すれ違った瞬間その何かを覆い被せていた布がめくれており自分と目が合った。


朦朧とする意識の中での幻覚だったのか、それとも明確な現実だったのか、判断する前に彼の思考はプツリと切れる。


ーーーーー


次に目を覚ました時に目にしたのは石造りの闘技場と大観衆だった。


「実験体871が今!目を覚ましたあああああ!!!」


呆気に取られていると何かが地面からせり出してくる。

せり出てきたモノは檻だった。


しかし、その檻の中を見た瞬間、自分の中の警鐘が全力で鳴る。


ネコ科でもっとも知られている種で2番目に大きい種、百獣の王ライオンが居たのだ。


この状況、この殺気、これから自分が何をさせられるのかがパニックの中でも理解できる。


理解できるからこそパニックに陥ったと言うべきか。


彼は立ちあがり、背を向けた瞬間、檻が開く。


それと同時にゴングが鳴り響く。


「実験開始!!!」


放たれた獣は容赦なく爪と牙を彼に向ける。

それを寸でのところで回避した。

否。

自分の意思と関係なく回避していた。


「逃げるな!実験台風情が!」

「こっちはお前が10分以内に死ぬ方に賭けたんだぞ!」

と罵声が飛んでくる。

牙が噛み合い、爪が空気を削り取る音が自分の真横で鳴る。

みっともなく足掻くように体が反応する。

「なんと!凄まじい身体能力!細胞が馴染み始めているようです!…おっと!ここで実験の段階を上げるようです!ノーコンテストとなります!皆様、ベットの時間です!」

床から金属の棒が出てきて、ライオンの動きを止める。その間に目一杯距離を取る。出口を探すが全て塞がれている。

ライオンの死角になっている所から何かが刺さる。

5秒後、ライオンの筋肉は隆起し、その眼光がより一層、鋭く光る。


「この薬、人間にも作用する筋肉強化の薬で、薬物検査にも引っ掛からない、至高の逸品!お買い求めは、受付にて可能です!」


どうでもいい宣伝を聞かされている最中でも、牙や爪が先ほどよりも早い速度で冬馬を襲う。

外れた爪が地面を抉るほどの威力だが冬馬は紙一重で交わしている。

しかし、遂に背中と壁の幅が数センチになってしまう。


「さぁ!遂に!遂に遂に遂に!!!闘技場の端に追い込まれた!!!次の一撃で勝負が決まるか?!」


瞬間、剛爪が冬馬の左肩から侵入し、右の脇腹辺りを抜けるような軌道で体を引きちぎろうと身体に食い込む。

血飛沫が上がり、獅子の爪を赤く染めるが、致死量ではない。

冬馬は寸での所で壁までの残り数センチ後ろに下がり致命傷を避けた。


死ぬ。


自らの鮮血を見た瞬間、悟る。

そしてその恐怖と相対した精神は心臓を、神経を、脳を脈動させる。


波紋のように全身へ恐怖と得たいの知れぬ疼きが冬馬の身体に、心に広がる。


その間に獅子の剛爪が再び、冬馬を捕らえんと振り上げられる。


しかし、その筋肉で膨れ上がった前足は振り下ろされることはなかった。


冬馬がその腕を掴んでいた。


観客はその出来事に一瞬、静まり返る。


冬馬の姿が一変していた。

足が肉食獣のように逆間接状になり、筋肉は膨張、爪はナイフのように鋭く尖り、顔は狼のように変化している。


次の瞬間、ライオンの前足は鈍い音と共に折れる。


神経が麻痺しているのか、怒りで我を忘れているのかライオンは鋭利な牙を冬馬に向ける。



冬馬は両の手をライオンの口に突っ込み、トラバサミを開くようにこじ開けている。


なぜかライオンの牙は冬馬の手に食い込まず、強化された顎にも関わらず徐々に開かれている。

遂に耐えきれなくなったライオンの顎は砕け、裂けてしまう。

下顎は喉まで割かれ頭部から外れている。上顎も砕け鼻事、削ぎ落とされたように千切れかかっている。

血溜まりを作り、獅子はその巨体を糸が切れた操り人形のように地面に崩す。


「け、決着うううううう!!大判狂わせです!!!ここに、新しい改造人間が誕生しました!!!!!!」


大歓声の渦に呑まれ殆ど意識のない冬馬は立ち尽くしている。

一連の動きは体が勝手に動いたに他ならない。朧気な視界は左右に揺れ、そのまま倒れ意識は完全に混濁し飲まれていった。


その日、大上冬馬の死亡が家族や友人知人に知らされた。


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