変わらない友人と、変な自分。
日陰市の連なる山々に、太陽が侵食されていく。カラスの鳴き声が鬱陶しくて、目が覚めて上半身を起こす。
窓から見える空は真っ赤に染まってて、朝から夕方にかけてたっぷり寝たんだと、うちは悟った。
ベッドから立ち上がると、部屋の中に人影があって驚く。
「おは、見舞いに来てやったぞ」
彼女は、葉森かのん。知り合ったのは中学の頃で、家が近いという理由で仲良くなった。
「いや……いたなら声掛けてよ、びっくりしたじゃん」
「病人の睡眠時間を妨害しろってか? 私はそこんとこ弁えてるから、ちゃんと。てか岬祈、普通に元気だな。おまえ、さては風邪じゃないんだろ?」
うちの病状、学校には風邪で通ってたんだ。
「うんそう、ちょっとした吐き気と目眩だよ」
「珍しいな、いつも寝てしかいない岬祈は、間違いなく健康体なのに。あ、むしろ寝すぎが原因か?……」
事実を、本気の忠告ではなく煽った言い回しにするのは、かのんの得意技……事ある毎にお叱りを受けてます。
「あれてか、かのんもう帰ってきたの? 学校が終わるにはまだ早い時間だと思うけど。吹部にも入ってるし、尚更」
「ああ、なんか今日は、全校生徒がみんな早く帰らされた。理由は教えてくれなかったけど、先生はなぜか焦ってたぞ。『絶対寄り道するな』とか『暗くなる前に帰れ』とか。帰る生徒一人一人に口煩く言ってたな」
ふーん……なんだろう。食人鬼とか関係してるのかな?
「あ、そういえば警察が来てたわ。もしかしたらなんか、事件でもあったのかもしれないな」
「そ、そうなんだ……」
警察? ママから聞いた情報だと、警察もすでに食人鬼を知ってる、はず……学校の話を、無理やり食人鬼に結びつける事も、やればできそうだけど。
「あれってか、もう外暗くなったん?! 早いな……さっきまで明るかったのに。んじゃ、お大事にね、岬祈」
「うん……え? ちょ、ちょっと待って!」
颯爽と立ち去ろうとするかのんの腕を、うちはがっしりと掴み、口を開いて「送ってくよ」と言った。
夜道を歩きながら頭をぐるぐる回して、あちこちに懐中電灯を向けてるうちに、かのんは訝ってる。
「あのさ、どうした? いつもしないくせに、家まで付き添いとかいうし、挙動不審だし。変だぞ」
「しーっ! 静かに……! 後で教えるから、とりあえず」
うちは囁いて注意する。
「やたらと何かを警戒してるように見えるんだけどな」
「だから、本当に静かにしてって!!」
今度はつい、大きな声で……。
──同タイミングで、どこか遠くの方から野太い鳴き声が聞こえた。町中に轟く……。犬? それとも熊? 違う……これは恐らく、食人鬼の声。
えらく似てるの。会った時に聞いた、あの声と。
だからうちは焦って、かのんの腕を掴んで走った。早く家まで送らないと、またやつが襲ってくる。
家に着いて冷静になれたら、詳しいことを話そう。
「はぁ……はぁ……みぃさきぃ!! まじで何!?」
「ごめん!! ちょ、ちょっと……休憩!!」
無事、かのんの家に着いたけど、めっちゃ走ったから2人で息切れを起こしてる。
────数分して、呼吸を整えたうちは、食人鬼について今知ってる情報をざっと喋った。
たった1回の体験と、ネットや噂で固めた知識だから、信憑性はないかもだけど。対策を教えた。
「だから挙動不審になってたのな。光が弱点で、懐中電灯を……なるほど。その食人鬼とかいう化け物から、身を守るために、ね。……俄には信じ難いけど」
「うん、やっぱり実際に見ないと信じられないと思う。いや、見ないままの方が絶対にいいんだけどね。つまりは、安全を意味するから。見ないに越したことはないよ」
「まぁ信じ難いけど、事実なんだろうよ。岬祈のその顔からしてな。さっきの珍しい鳴き声も、確かに言われてみれば、人喰いの化け物みたいだったし」
お、信じてくれるんだ。よかったよかった。
鳴き声なんて、うちが先にそうかもって言ったから、結果的にそれっぽく思えてる、だけなんだろうけど。だって、人喰いの化け物みたいな声って、なによっ。
真剣に考える顔をしたかのんを見て、うちは笑ってた。
さてと……ここからよね。何事もなく家まで帰れるといいけど、無理かな? さっき鳴き声がしてたから、近くにいるかもだし……嫌な予感しかしないんだよね。
静かな夜道、うちは懐中電灯であちこち照らしながら歩いている。寒くて死にそう……手がかじかんで、息が白い。
ただでさえ冬の夜道は寒くて辛いのに、得体の知れない化け物がいるかもという、おまけ付きで余計に……。
「うぎゃああぁぁぁぁああ」
声!? すぐ、そこからした。近くにいる?
うちは音を立てないように、ゆっくりと歩を進める。ど、どこかに、いるのかな?……。
少し行くと、街灯に照らされた曲がり角が見えてきて、うちはその奥から気配を感じ取り、恐る恐る覗いてみた。
「犬のうんこ!! 踏んじまったああぁぁぁぁああ」
視界に捉えたのは、普通の男性だった。