陰は、侵食していく。
毎日、同じことやって。新しい何かを期待するけど、結局平凡に終わる。在り来りで、安定した生活。
恵まれた環境で、贅沢なのかもしれない、でも、あくびが止まらない。あくびじゃなくて、くしゃみがしたい。
うちは、生きていると実感することがほぼない。行動力のない自分が悪いと思いながらも、元より魅力のない世界のせいだ、ってよく神様に愚痴ってる。
でもやっぱり、生きる意味、その原動力を探しちゃう。ちょっとした好きを見つけては、すぐ飽きる。この繰り返しで。悪くないけど、陰ってる人生。何か起こらないかな。
「……さき、岬祈! ちょっと、起きなさい!」
「ん、んー? あれ……かのん。どうしたの?」
うちは目を開き、自分が寝ていたことに気づいた。起こしてくれたのは、高校のクラスメイトの"葉森かのん"。いつもママみたいに世話を焼いてくれる子。
見た目は黒髪のツインテールで、眼鏡をかけていて地味なのに、けっこう煩いし毒舌。それと、何より歌が好きで、夢は歌手になることみたい。応援してる。
「どうしたのって……授業、終わったわよ。ヨダレなんか垂らして、女としてみっともないな」
「あれま。終わっちゃいましたか」
うちは、授業中に寝てた。つまんなかったんだもん。しょうがないよね。我慢は嫌い。人生楽してなんぼよ。
そう自分に言い聞かせて、頷くうちは"西園岬祈"。生まれつき茶髪でボブヘアーが基本。頬っぺには、少量のそばかす。時たまに、ハーフと間違えられるけど純日本人。
今の授業が今日最後で、やっと帰れるから晴れ晴れとした気分。毎日この瞬間が好きで生きてるまである。かのんは、吹奏楽部に入ってて、いつも帰る時に別れる。
うちは帰宅部所属、常日頃から頑張って帰ってます。基本ぼっちで、でもそれが好きだったりする。
東京の田舎に住んでるうちは、都会方面の学校に電車で通ってる。12月って事もあって、帰りの電車に乗るとすぐ日が暮れて、電車は暗い山の中を少ない人たち乗せて走る。
…………。っ!? やばいっ、寝てた。
『日陰市』に着いたと、車内アナウンスが聞こえて、うちは咄嗟に目を覚まし、駆け足で電車を降りた。
そう、ここがうちの地元、東京都日陰市。都市に比べたら田舎だけど、けっこう賑やかところ。
人通りのある商店街を進んで、角を曲がった時にうちは、サラリーマンっぽい男にぶつかっちゃった。
「……なぁ君、ちゃんと前向いて歩きなさいよ?」
「いや。ここ曲がり角なんで、しょうがなっ」
「まったく……怪我でもしていたら、どうするんだよ」
強い口調で怒ってきた男は、うちの言い分も聞かないで、文句垂らしながら去ってった。曲がり角なんだから、前向いてたって、ぶつかる時はぶつかるでしょ……ムカつく。
ん? 何か落ちてる。これは……おもちゃ? キャラクターのフィギュアみたいだけど。透明な袋で包装されてる。もしかして、さっきの男が落としてったのかな?
いい歳して、こんなの集めてるんだ。ふーん……別に、人の趣味を馬鹿にしたくはないけど、ね。さっきはムカつかされたし、ちょっと意地悪しに行こっ!
「この、"子供のおもちゃ"。あなたのですよね?」
うちは男にもう一度会い、手のひらにおもちゃを乗せて、これ見よがしに突き出した。
「また君?……ん!? そ、それは……」
「落としてましたよ。どうぞ」
うちは、とくに意地悪もしないで、普通に返した。態度はムカついたけど、よくよく考えたらどっちも悪くないし。
「ありがとう。これは、今日誕生日の息子に、あげようと思っていたプレゼントなんだ。私の稼ぎがないばっかりに、こんな小さな物しか買ってあげられなくて……」
おもちゃは、子どもへの誕生日プレゼントだったのね。うちがぶつかっちゃったことで落として、下手したら子どもを悲しませてた……ちゃんと渡して、正解。
「余計なこと考えてないで、早く届けてあげてください。どんな物をあげるよりも、子どもは一緒にいれる時間が何より嬉しい、はずです。あと、すみません、さっきは」
男性は手で顔を覆い、急に泣き始めた。
「最近は簡単な事で、涙が溢れてしまう。こちらこそ……ごめんなさい。君に出会えて、よかった」
なんだ。優しい人じゃない。さっきイライラしてたのは、普段から辛いことを頑張ってる証拠かな。根は優しい人なのかもしれ、な……え? な、なに……?
男性の真後ろに、急に、大きな人影が。
「あ、あの……う、後ろに。誰かが、いますよ……」
びっくりしているうちの表情を見て、戸惑いながらも振り返った男性は、同じく人影に気づいて真上を見上げる。
これは本当に、人の影?……男性の身長の、2、3倍はあるけど……暗くてはっきりとしない。説明、上手くできない……ただ、とにかく気持ち悪すぎて、目を背けたい。
────5秒、沈黙が続いて。
大きな人影は、男性の頭に食らいついた。