アツい夜
彼の仲間達は大抵みんな、腕などに決して小さくはないタトゥーが入っていて、その中でも入ってない箇所がもう顔とかしか無いんじゃないか、くらいまでほとんど全身和彫りで埋め尽くされた友達がいた。
名前はマイケル。本名ではないと思う。が、皆んながそう呼んでいて彼とも親しそうだった。
「何してんの、この可愛い子誰、なに、どこで拾ってきたの」
第一印象...チャラ男。
私は軽く会釈をした。
するとマイケルは彼を端の方に呼び出して、何やら会議が始まっていた。
その間、置いていかれた私は、同じく置いてかれたマイケルの連れのアパレル仲間達と世間話でもして待っていた。
5分くらいして、マイケルがニタニタしながら帰ってきた。彼がマイケルに何やらアイコンタクトをした。
同時にマイケルが、ニタニタ顔のまま謝ってきた。
「ごめんね、ごめんね、初っ端あんなチャラい絡み方して」
なんだか、調子に乗って悪いことをして母に無理やり謝らされる5歳児のように思えて、すごく笑えた。
この人、意外にピュアでいい人なんだなと思ったのは、その後少し話してから真剣に恋のお悩み相談を聞いてほしい。と言われてからだった。
彼もまた見かけによらず繊細でピュアだった。
マイケル含む、彼の仲間達とその後みんなでワンカンした。もう閉まっている、渋谷の街が一望できるお店のロビーで。
愛とかドリームとかの話がよく似合う人達だった。私もまた、その部類の人間だと思っていたので居心地が良かった。
気づけば、夜中の3時だった。
終電なんて言葉は、誰も出さない人達だ。
マイケル達は空気を読んだのか、突然、もう帰る!と告げてネットカフェに消えていった。
お前達はそこが家なのかっっと、思いながら、私も海外かぶれを真似てハンドサインを交わし、仲間達とお別れをした。
ようやく2人になった。
みんなを見送った笑顔のまま「お腹空かない?」と彼が聞いてきた。
(その言葉、待ってました!)と空腹だった私は思いながら、スカした感じで「あ〜若干」と、返事をした。
そのまま二人ですぐ近くにあった餃子屋にラストオーダーギリギリで滑り込んだ。
そこでも一杯のみながら、坦々餃子というお店の売りを頬張って、さっきのマイケル達の事を嬉しそうにニコニコ話す彼をこっちもニコニコしながら相槌して、彼をつまみにお酒をのんだ。
時刻は午前四時。始発を少し待てば乗れる事をお互い分かっていながら、私たちは『完全個室 満喫』というキラキラした看板を見つけてそこへ向かった。
そこでもまた、何缶か買ったものの、大抵その時点で買ったお酒は飲み干すことなく綺麗に部屋に置いてかれる。
部屋は狭かった。やっと2人が足を伸ばせるくらいだった。
色んな意味でキャパオーバーだった。胃も、部屋も。(笑)
歩き疲れた足とそれに耐えきれず擦れすぎて少し蒸れてきている靴下。
2人して同じ事を思ったのか、シャワーを浴びようとなった。
シャワーは別々。アメニティも何もない。
そこがラブホテルと違うところだった。
でも、それぐらいがちょうど良かった。
一刻も早く、メイクを落として歯を磨きたい。そう思わざる終えないオール明けの午前5時。
変なところでA型な私は、どこへ行くにも必ずメイク道具一式持ち歩く人間だった。
大抵それはただの荷物になって、結局最後までリップしか使わないオチなのだが、その日だけは役に立った。
こういう日のために今までわざわざ荷物になってでも持ち歩いてきたんだなあ、と思うとなんだか日頃の小さな努力が実ったような気がして、自分に感謝した。
流石に、メイク落としだけはシャワー室に置いてあった。
まあ、その日は眉毛ティントもたまたましてきてあったし、薄暗くしておけば、すっぴんお化け。バレないか。
などと、独り言を呟き両手に持ったメイク落としシートを一瞬睨みつけ、「やい!」と顔面に擦らせた。
すっぴんお化けの完成。
シャワーを済ませ軽く髪を乾かし、歯を磨いて部屋に戻った。
彼はまだ帰ってきていなかった。
「よし。」と思い、早速部屋を薄暗くした。決してムードを作ったのではない。
このお化けフェイスを明るい部屋の中で彼に見せる訳にはいかなかった。
少しして、彼が帰ってきた。まだ乾かしきれていない髪をタオルでファサファサさせていた。
「暗っっっ」と言った彼に私は軽く無視をして「いい湯でしたね〜」なんて全く思ってないことを口にした。
彼もそれに乗っかってくれて「非常にいい湯でしたわ〜」なんて、おばさんの茶番ごっこみたいなものが始まり、部屋が暗いという違和感はその茶番ごっこが揉み消してくれた。
部屋が本当に狭いもので、自然と2人の位置は真横で寝っ転がり天井を見ながらお話をする形になっていた。
私の右手は、彼の大きな左手に包まれて幸せそうに火照っていた。
2人で今日の余韻を語り明かした。
お互い「好きだ」とか、「一緒にいて楽しい」とか、ストレートな言い回しはせず、全ての言葉が若干遠回しに、お互いがお互いのことを褒めちぎっていた。
私の下の名前を、普段友達に呼ばれているイントネーションとは違った、少し変わったイントネーションで呼んでいて、私への不慣れ感が伝わった。
一通り、余韻を二人で語り明かした。
彼が不意に、首を横にして、私を見た。
(ぎくっ。すっぴんお化けバレる。。)内心、めちゃくちゃパニックになりながらも少しあざとく「すっぴん」とだけ、照れ臭く言った。女の自己防衛が働いた。
彼は真顔で「ほんと可愛い」とだけ放った。
(正気か?!)と思いつつも顔の火照りがバレないようにブランケットで顔を覆った。
その後、彼はまるで我が子を抱くお母さんのように私を大きく包み込んで、シャワー上がりたての私の後頭部に軽くキスをした。
まるでお母さんに包み込まれたかのような安心感と、謙虚なドキドキが私の心に存在したのだった。
さっき褒められたすっぴんを、もう何の躊躇もなく調子に乗って彼の顔面へと向けた。
彼は私の瞳をジーッと見て、軽くはにかんで大きな彼の手が私を優しく支え、唇と唇が触れ合った。
さっきコンビニで買った、半分も飲んでいないチャミスルのマスカットの味がお互いの口の中に広がってエロティックだった。
シャワーも浴びたし、薄暗いし、きっと全然やりたいことはできたというのに、彼はそれ以上手を出してこなかった。
私もまた、純粋に彼が好きだと思ったので、これ以上のことは何も期待しなかった。
それでもエロティックな空間はずっと続いていた。
その空間で彼は、「俺、たまにDJもやったりするんだ」と言って音楽を流し始めた。
テクノぽいリズミカルな音楽に私たちは楽しく揺られた。好きな音楽を流しあって、エロティックな空間はあっという間にアーティスティックな空間に生まれ変わった。
私と彼の音楽への執着心や関わり方、曲センは素晴らしいまでに似ていてその話だけでも余裕で1時間くらい使ってしまうほどだった。
寝る=ヤる だけが目的としない2人だけのピロートークほど、アツい夜は無いと思っていて、きっと彼も同じ考えの人だと思った。
これがエモいってやつなのか。
お互いにいい曲をシェアし合って過ぎた2時間。
またも変に思い出を作ってしまったな。と教えてもらった曲を見返して、失う時の虚しさを考えてしまう癖はもう終わりにしたい。が、きっとやめられ無いだろう。