三と六と私の片手
彼と結び合った後の会話は、ピロートークにしては重たいピーロートークだった。
彼は私のことを褒めちぎった後、少し黙り込んでから「俺の全てを知っておいてほしい。」と呟くように言った。
嬉しい反面、なんだか彼が深刻そうな顔をしているので、急に怖くなった。
”知っておいた方がいい事”は大抵、”知らなければ良かったと思う事”だ。
彼の深刻な顔を見た後じゃ、聞きたくないから聞かないでおいてもいい?なんて事は、言えるはずもなく、私は静かに頷いた。頷いたのを確認してから彼は自分の生い立ちや身の上話を話し始めた。
「俺、新潟県出身で、新潟って言っても島なんだけど。佐渡って所、知ってる?佐渡島。
その島ってさ、まあいわいる悪い事している連中のさらに悪い事しちゃった人達が島流しでこっちに送られてくることがあるんだよ。だから、幼い頃から周りにはそういう人が多くてさ、その人達を見て育ってきたと言っても過言では無いくらい、俺も小さい頃から無駄に憧れがあって、よく連ませてもらってたんだ。
もちろん、仁義は捨てなかったけど...」などと放ってから、今まで自分が働いてきた悪行をつらつらと私に話してきた。あくまで、自慢話をするような感じではなく、彼の表情は真剣そのものの顔だった。彼が言った何個かの悪行に、私は驚愕した。でも、まるで映画のような悪行を働いていた若かりし彼を思うと、なぜだか萌えてしまう気持ちもあった。そう、女は悪い男に惹かれるものだもの。
今までの男たちにも悪さを感じる人は数人いたけれど、彼ほどのバットボーイではない。というか、彼の話を聞いて思った事がある。中途半端に悪い人男はだいたい変なところで真面目でいざという時にチキン野郎だった。
彼の悪行が決して格好良いものだと言いたいのではない。でも、どことなく男気に萌えてしまっている自分がいるのも否めなかった。そう思ってしまっている自分が情けなくて仕方なくなった。
話を聞く限りでは、島では悪さをするしかやる事がないと言ってしまえば、本当にそうで、人数もそんなに多いわけでも無いので友達と元彼女が被るなんて事も茶飯事だったらしい。彼の若かりし写真を見せてもらって思ったが、これは相当の人数の友達と被った事があるのではないかと思った。あまりにも彼が自分のことを話してくれるので私はなんの躊躇もなく彼に聞いてしまった。「経験人数は、」と。
彼は少し間を開けてから、右手と左手で三と六を作って見せた。「六十三?!」
彼は急いで右手と左手の数字を入れ替えて、「三十六!」と言った。
いや、入れ替えたとしても、だ。
ああ、なんだかやられたなあ。と内心思った。
私はといえば両手で充分に収まってしまうほどの経験人数で。いやむしろ片手でも足りてしまう。
彼の両鎖骨の下のタトゥのプレイボーイのマークは、まさに彼を象徴しているなと思った。私はしばらく口を噤んだ。そんな私を不安げな表情で見つめる彼。「そうなるよね、ごめんね、うわ、どうしよう。しょうもない男だと思われちゃったよね。まあ、無理も無いよね」と言った。
でもね、と彼は続けた。「そのおかげで今の俺がいるんだ、もう懲り懲りしちゃったよ、この歳だけどさ、今となっては本当に誰かを心の底から愛してみたいし、愛されてみたいんだ。」
半笑いしながら話す彼に、私は純粋に愛されたいと思った。ここでもし彼が、「あの時は若かったよ〜、黒歴史だ、あの頃の自分に戻れるのならやり直して遊び人だった過去を葬りたいよ」なんてことを言ったのなら、私はそうは思わなかったのだと思う。
過去なんて、言われなきゃ分からない、知る由もないのにわざわざ自分の過去を話してくれた彼には本当の心の奥の純粋さとアホらしさがあるなと思った。別に知りたいことではなかったけれど、なんだか知れて良かったとも思った。何より、三十六人という決して少なくは無い人数を経験した彼に行為を絶賛されたのは名誉でもあるな、とまで思った。
大人になってから、お金を持ち始めてから、結婚してから、子供ができてから、急に火がついたかのように悪行を働いたり、違う方向に誠意を燃やす人達がうじゃうじゃいる。そう思うと、ある程度のことを若いうちから楽しんだ人達の方がなんとなく人として信用できる。彼といると退屈なんて言葉が自分の中から消えてなくなりそう。
もうすでに最初に抱いていた”完璧”な彼ではなかったけれど、それがなんだか心地よくて、彼の前なら弱い自分を見せられる気がした。
なんだか、心も身体も繋がれた、私にとっては最高な昼だった。
私達はそれからほぼ毎日のように一緒にいた。「渋谷」は私達のホームタウンに、「ペリカン」はホームになった。年内までにペリカンの部屋、全部屋制覇という目標まで出来た。
彼とのセックスは、本当に映画のワンシーンかのようで毎回夢でも見ている気持ちにさせられる。青木さんとも、もう大の仲良しだ。
彼の仕草、匂い、癖、その全てが私に浸透してきた頃、彼と出会ってから3ヶ月が過ぎようとしていた。