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あの頃、道玄坂で  作者: ちかな
10/16

日の出鑑賞という名の

 当時、私は新宿のルミネエストの地下一階のアパレルフロアで下着を販売していた。

月曜日は固定で休みの私。そのため大半の日曜日は、職場の先輩とそのまま呑みにいったりすることが多かった。

いつもの様に土曜日、なんとか仕事を終え、日曜日が始まった 。

彼と出かけてから初めての日曜日。

その日も先輩が「今日はここがいいなあ」と、新宿のこたつで鍋が食べれる居酒屋の写真を見せてきた。

どうやら呑みに行くことは私たちの中で暗黙の了解になってしまっていた。

他に誘われてる用事もないし、特に何か用がある訳でもなかったので「うわ、こたつ!いいですね」と言った。


彼からのライン、朝8時ごろに「おはよう、仕事がんばってね」と来ていたので「ありがとう、20時まで頑張ります。」とだけ送り、店のフロアへ出た。


13時過ぎ、ようやく休憩の時間。

彼からのラインはまだ来ていなかった。というより既読さえついていなかった。

休憩上がり、先輩と呑みに行くお店に予約の電話をしようとしていたところに携帯のバイブレーションが鳴った。

彼からだった。

「20時までなんだ?今日、ちょうどそっちらへん行こうとしてたんだよ。会えたりする?」

と、そんな内容だった。

私は目を丸くして、すぐに返信してしまった。

「会える」

先輩達に事情を説明すると、小3男子のような冷やかしをされて「行っといで!」と背中を押された。

こたつ鍋は少し捨てがたかったけど、私はその日、彼と会う事になった。


20時40分ごろ、新宿New womanの横で待ち合わせとなった。

20時15分頃、やっと締め作業が終わり、あとはお店のお金を納金すれば上がる事ができた。

この後会うんだという浮かれた気持ちを上昇させながら携帯を見た。

17時頃、「家出る時連絡する!」と、来たきり彼からは何もきていなかった。

まさかな。とは思った。

でもそういう時のまさかな。は大体そのまさかだ。

20時30分になっても、彼からの連絡はなかった。

寝ているのだろうか。

何度かメッセージと、電話をかけた。

抑揚していた気持ちを返せと思ったり、もしかして何かあったんじゃないかと心配したり、色々忙しい気持ちになった。

電話の呼び出し音の最後の方でようやく彼が電話に出た。

少し掠れた低い声で「えっっ、まって、えっっ」と慌てるどころか戸惑いを隠せない彼。

用意を早めにして、なんなら早めに家を出ようかなと思ったところで少し仮眠をとるつもりが、熟睡してしまったのだと言う。

私は(色んな意味で期待を裏切らない人だなあ)と思って笑えた。

笑えたから許した。

彼は死ぬほど謝ってきて「寝坊した分際で言うのはあれだけどほんとに会いたいから、5分で家出るから待ってられる?ほんとごめん!寒い中!でもお願い!」とプライドもクールさも、かけらもないストレートな彼を見れたので寝坊してくれてありがとうとも思った。

同時に楽しい人だなと思って、「じゃあ、罰として日付またご」と、次の日休みの私は余裕そうに伝えた。

彼は「喜んで」と答えた。


そういう完璧すぎない所もちょうど良くて好きだった。


そんなこんなでやっとのこと、彼からの着信。

「ごめんね!お待たせ

どこにいる?俺、白のシャツにニューエラのキャップ」

あたりを見渡すとそれにぴったり合っている彼と思われる姿が確認できた。

白のシャツとは言っても、ユニクロやGUなんかで売ってるような、みんなが想像できるようなものではない。

だからといってとても高価そうでもない。

これもどこかの軍のパジャマなのかもしれないな。と思ったがあえて聞かないでおいた。


私は電話越しに「発見」とだけ言って、きょろきょろしている彼に「わあっ」とやった。

彼は軽く驚いた顔をしてその顔が解けた瞬間、満面の笑みを浮かべてほんとごめん!!と謝ってきた

いつもしっかり髪の毛をセットする彼が、「あんまりキャップ似合わないんだよね」と言いながら、キャップからはみ出している髪の毛が汗でびしょびしょなのを隠すかのように深く帽子をかぶった。

寝坊をくらったはずなのに、何故かめちゃくちゃ得をした気分になった。

起きてからきっと、一服をする暇もなく走って来てくれた彼はヤニ切れに違いない。

そう思いとりあえずワンカンしようと進めた。

大賛成してくれてビールを買うなり、やっぱりいちもくさんに緑のハイライトをポケットから出していた。


私達は、カフェで話した”一緒に行きたい所”をリストにしていた。

その中で今すぐに唯一実現できそうなのは

少し高いレストランでワインを酌み交わす事だった。

なので、あの夜閉まっていた、あのレストランに行ってみよう。となって私たちは道玄坂登りの奥に佇むビルの16階にのぼった。

店に入るなりワインリストを渡される。

なにが書いてあるのか、まるで古代の本のように解読不可能だ。

「とりあえず1番上の白のワインの500mlの、やつ、ひとつ、下さい」

不慣れ感満載。でもここのワインを楽しまずにはサイゼのワインを楽しむ資格が取得できなかった。

味は、おいしいとかまずいとか、まだよく分からなかった。

まあ、「コンビニの料理酒のワインよりはうまいよね」と当たり前な事を言って2人で笑い、ナッツをつまみながら2人で大人を装った。


大人を装うのに疲れた私達はそこを出た後、近くの路地裏でまた、乾杯した。

目の前には「俺流塩」があって、店内は賑わっていた。

「ラーメンはあっさり派?こってり派?」と質問してみた。

「ん〜〜日によるかな、どっちも好きなんだけど、最近はごってり派かも。」

実のところ最近私は、ラーメンにどハマりしていた。

最初はあっさり派から入門したが、そのあとちょいこってり、の後にこってり、そして今では、お店に小太りの中年おじさん達が汗をかきながら食べる”ごっってり派”好きに進化していた。

ラーメンの好みまで一緒な人には未だあんまり出会った事がなかった。

「いい舌してるね」とさっきのワインではまるで使い物にならなかった舌を褒めた。

彼は逆にきっと思っただろう。この歳でしかも女の子で、ラーメンの味覚だけは合いたくなかったな。と。

あっさり派じゃなくてごめんなさい。



彼はお店の看板の「俺流塩」という主張が強い筆文字を見て、小学生の時、2文字で好きな言葉を書け。という習字の課題の時に「俺流」と書いた事がある、と証言してきた。

「そんなナルシストな話ある?」私は笑いながらそう言うと、彼は携帯をスクロールするなりすぐに私にドヤ顔でその画像を見せてきた。

そこには、前のお店の看板よりも主張が強めな「俺流」の文字があった。

馬鹿だな、この人。と思った。



その日は10月始めたてのちょうど良い気温と風が気持ちよく私たちを覆っていた。

夜なのに「散歩日和だね〜」とほろよい状態でフラフラ起き上がり、歩き始めたのは0時を回った時のこと。

遅刻した罰としての約束通り、日付はまたいだ。


特にどこに行くでもなく歩き始めた私達

気づけば代々木公園付近まで来ていた

薄暗い路地の中に緑と青色に光るファミリマートを見つけた。

さっきラーメンの話をあれだけしたからか、急にお腹が空いてきた。

そこで彼が名案をひらめいた。


「代々木公園で朝日を見ない?日の出鑑賞。

という名の、ピクニック。小腹も空いたし何かコンビニで買ってお話ししない?」


それは日の出鑑賞という名の、ピクニックという名の、最高の外オールだと思った。


4月5月は花粉がやばいだろうし、

6月は梅雨で地面がぬかるんだり湿っているだろうし、

7月8月は虫がうじゃうじゃいるだろうし、

11月12月1月は寒くて凍え死ぬだろうし、

2月3月もきっとまだ寒いだろうし。

その自己分析比較データによると、9月10月が外オールの最高状態だと言える。

もしその日が10月の初めじゃなかったら断固拒否していただろう。

まあロマンチックだし、そんな誘いが生涯でもう一度あるとも思えないので誘いに乗った。


お腹も空いている私達はファミリーマートに吸い込まれるように入っていった。

「これとこれとこれと〜」

やっぱりコンビニは種類も豊富だしコスパもいい。ので、お金がない私達にはいつだって楽園だった。

毎回買った後に食い意地張りすぎたかな、とちょっと我に帰り反省する。

彼はめんたいパスタと”お母さん食堂”のソーセージ。

私もこれまた”お母さん食堂”のいわしの蒲焼き。

2人してマザコン並にファミマの”お母さん食堂”を愛していた。

そしてもちろん、緑ハイのロング缶とショート缶を一本ずつ、計四本買って代々木公園に向かった。

ちょっと歩き疲れた所でようやく到着した。

あたりは真っ暗だったが、なにやら大学生の集団とみられる人達が輪になり座り込み、飲みゲーというものをしていた。

「ああいう馬鹿な奴らほど名門大学なんだよな」彼は言った。

その集団を私達は嘲笑うかのようにして通り過ぎ、夜は立ち入り禁止の池の前のベンチに腰掛け、独占した。前には池、後ろを見れば木々達が綺麗に円を描きその真ん中を広大な空が飾っている。

なんだか絵に描いたようなロマンチックな場所だった。


そのロマンチックを一瞬で崩すかのように、私達は緑ハイで乾杯し、魚臭いいわしの蒲焼の匂いがたちこんだ。

“いや〜これこれ”と2人して中年のおっさんの真似をした。幸せを感じた。

それから何を話したか特に覚えてもないし、キスとかハグとかのベタベタは一切せず、その予兆もなく、話だけで3時間も経っていた。

さすがに仕事後というだけあって、AM3時、睡魔が襲ってきた。

そして、池の真ん前という事もありちょっと肌寒くもなってきた。

私は寒いねと言いながらうたたねをして、ていうのを多分5回くらいは繰り返した。

そのたび彼は、脱いだら薄いTシャツだけになるというのに、役に立たなそうなあの薄い生地のシャツを貸そうとする。

「どこか暖かい所入る?」そういう彼に私は「これは外オールという名の、ピクニックという名の、日の出鑑賞なんでしょ?」と言うと彼は冷静な顔で「これはただの外オールだよ。」と私に告げた。

そして「朝日なんていつでも見れるから、どこか眠れる所に行こうよ」とも言った。言ってくれた。

私達は笑いながら潔くそこから退散する事にした。


もうすぐ出る始発をまたも気にも止めず、

朝日は断念して、体もかなり冷え込んでいたのでどこか布団がある所に入ろう。となった。


彼が、友達御用達の安いホテルを知っていると言うので、言われるがままについていって着いた「ホテルペリカン」。

たしかに宿泊3800円は訳ありを疑うレベルだ。


「なんか壁がかなり薄いらしくて、部屋の感じも少し小汚くて古びた感じらしい。大丈夫?」

「大丈夫。とにかく寒いから入ろう」

私達はパネルの、その中でも一応1番綺麗そうな部屋を選択した。

フロントのおばさんはゆる〜い感じのスナックのままによくいそうな感じの方だった。

制服の名札には青木と書いてあった。

青木さんはカギを「はいよ〜」と言って渡してくれた。

わたしがヘアアイロンを借りたいと伝えたら、

「あ!あるよあるよ」と言って結構最新なヘアアイロンと「テレビに繋げられるアダプターもあるからもってきな!」とアダプターまで渡してくれた

ボロいのに最新で不思議。


ちょっとほろ酔い気味の私達は青木さんに少しのだる絡みをして少し仲良くなった。


青木さんが元気な顔で「ごゆっくり〜」と言うと、私達もそれに負けない元気な声で「青木さん〜ありがとう〜」と言った。

よく思えば、ラブホテルのエントランスでの会話ではないような掛け合いだったように思う。


私達は3階へ上がり、ドアさえも昭和レトロなその部屋の中に入っていった。





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