4 二人の出会い・フレイ視点
フレイがアリアと出会ったのは、彼が国で一番大きい大樹の守護をしている時のことだった。フレイは人間としての性質が色濃くなっている若い竜人としては珍しく、竜としての力が強かった。それはつまり戦いの力が強いということでもあり、フレイがまだ未成年の時から既に要所の守護の任務に就くことが決まっていた。成年を迎えてからは、竜人の国に恵みをもたらす大樹を守る役目を請け負っていた。
また、竜としての本能が強く表れていたため、彼は昔から好戦的な性格だった。そのせいで、周りの同世代の竜人たちは彼を恐れ、フレイは次第に孤立していった。ただでさえ人間の姿で喋ることが苦手なのに、周囲との関わりも限りなく薄くなっていったため、フレイが誰かと話をしたことはほとんど無かった。そしていつも通り、空の上から怪しい者はいないか一人で見張っていたとき、フレイはアリアと出会ったのだ。アリアはその時、青みがかった色の竜の姿をしていて、出会った瞬間、彼女が自分のつがいだと本能で理解した。
そしてアリアもフレイのことを番だとすぐに認識して、竜の姿のまま勢いよく近づいていった。そして楽しそうにフレイの周りをぐるぐると回っていた。お互いに言葉は交わさなかったものの、フレイは自分の心が温かいもので満たされていくような不思議な心地を味わっていた。
その後、アリアはよくフレイの仕事場に姿を現すようになっていった。番の大体の居場所は、個体差はあれど竜人なら誰でも感じ取ることができる。この頃のフレイの楽しみと言えば、近づいてくるアリアの気配を探ることだけだった。
そしてその後は、互いに寄り添いながら時折触れ合って時間を過ごした。尻尾同士を絡めたり、相手の首を軽く甘噛みしたりと、アリアの方から仕掛けてくるスキンシップをフレイはただ穏やかに受け入れていた。気にいらなければ同族にも喧嘩を売っていたフレイを知っているものからすれば、驚かれるだろう。けれど、番の前だけで態度が変わるのは、竜人にとってはよくあることだ。寧ろ、気性の荒い竜人ほど、番の前では大人しくなる。
しかしこの頃になってもまだ、二人が言葉を交わすことはなかった。フレイの仕事場は人間の姿では到底たどり着けない場所にあるため、常に竜の姿でいる必要があるからだ。そして、竜の姿では言葉を操ることができない。けれど言葉はなくても、二人は互いを想い合ってる。少なくともフレイはそう感じていた。
そして一年ほど経ったある日、守護竜としての仕事が終わった後、アリアに誘われて少し開けた場所にやってきた。とても見晴らしが良くて、気持ちの良い場所だ。けれど、アリアが何を思ってここに連れてきたのか分からなかった。無言のまま戸惑っていると、彼女は竜の姿から人間の姿に変身した。それと同時に軽やかな声が聞こえてくる。
「ねぇ。私はアリアって言うの! あなたの名前はなに? 私に教えて?」
初めて聞く彼女の声は、とても愛らしい響きを持っていた。フレイは本気で、こんな美しい声で喋る生き物を見たことがないと思った。少しの間、見とれているとアリアが不安そうに眉を下げる。その様子を見て早く返事をしようと、フレイは急いで人間の姿に変わった。喋るのは少しおぼつかないけれど、アリアと会話をしたいという思いの方が勝ったのだ。
「お、俺は、フ、レイ」
上手く言葉を紡ぐことができなくて恥ずかしさから思わず俯いてしまう。けれど、アリアは嬉しそうに微笑んだ。
「素敵な名前ね! 改めてよろしくね、フレイ」
そう言って手を差し出すアリアの手をじっと見つめてから、フレイは恐る恐る手を伸ばした。
「こっちこそ、よ、ろしく」
フレイの声は緊張のせいで上擦っている。しかしアリアはそんな彼の様子を見ても笑ったりしないで、彼のことをまっすぐ見つめていた。
「フレイは、人間の姿でもかっこいいね!」
番から言われたその言葉を聞いて、彼はそっと目を伏せた。嬉しいけれど恥ずかしくて、何となく彼女を見ることが出来なかったのだ。
「ねえ、私のことはアリアって呼んで?」
アリアはそうフレイにねだった。それくらい簡単なお願いだと思う反面、人間の口で喋らなければいけないプレッシャーがのし掛かる。けれど、フレイはできるだけ彼女の頼みは聞いてあげようと決意した。
「分かっ、た」
「ふふっ、嬉しい!」
アリアは幸せそうに笑うと、俺の腕にしがみつくように身を寄せる。その仕草はとても可愛くて、思わず抱きしめてしまいそうになった。
「……アリア」
「んー?」
名前を呼ばれて嬉しかったのか、甘えるような口調で聞き返してくる。それがまた可愛らしい。
「好き、だ」
頑張って上手く回らない舌でそう口にすれば、アリアは頬を赤らめる。
「私もフレイのこと大好きだよ!」
無邪気な笑顔で告げられると、つられて自分の顔も熱くなった。
「あ! そうだ。私ね、フレイに渡したいものがあるの」
アリアは何かを思い出したようで、慌てて自分の荷物を解き始めた。何を探しているのか気になって思わず鞄の中を覗き込む。
「?」
「えへへ」
アリアは照れた様子で小さな箱を取り出した。その中に入っていたのは、銀色に輝く小さな輪っかだった。
「これを渡したくて」
「これ、は?」
「婚約指輪っていうの。結婚を約束している人が付けるものなんだ」
アリアは満面の笑顔を浮かべると、突然フレイの手を取った。フレイが驚いて何も出来ずにいると、彼の薬指にそっとその指輪を通した。
「これで私たち夫婦だよね?」
アリアの言葉を聞いて、胸の奥底から温かな感情が込み上げてくる。そして、彼女のことを力強く抱き寄せた。アリアの体温を感じるたびに心の底で眠っていた想いが目を覚ます。ずっと、この温度に触れたいと願ってきた。
アリアは突然のことに驚いた様子だったが、すぐにその表情は柔らかくなる。アリアを守るために俺が生まれてきたんだ、とその時から本気でそう思い始めた。
***
そして現在、フレイとアリアは結婚してから一年が経っていた。二人だけの時間を過ごす夢のような毎日がずっと続いている。けれど、ここ三日間は仕事の都合で家を空けていたから、何だか物寂しい。早くアリアに会いたいという気持ちが先走って、翼を動かす勢いがいつもより激しくなる。けれど、アリアも同じ気持ちだと確信しているので、スピードを緩めることは決してない。
やがて家の近くに降り立った巨大な竜は、たちまち人間の姿に戻った。そしてそのまま家の中に入った。
「た、だいま」
帰るときは必ず帰りの挨拶をしている。そうすると、アリアが嬉しそうに笑って「おかえりなさい」と言ってくれるから、言わないわけにはいかない。けれど、今日は何の返事も帰ってこなかった。それどころか人の気配が全くしない。
不安になって寝室に入ると、そこには誰もいなかった。ベッドの上にはしっかりと伸ばされたシーツが敷いてあるだけだ。嫌な予感を覚えながら家中を探し回る。けれど結局アリアの姿を見つけることはできなかった。
「ア、アアア、アリアっ!」
焦りから大声を上げてしまう。一体どこに行ったというのだ。俺を置いて一体どこに。俺はいても立っても居られず、家の外に出て雄叫びを上げながら竜の姿に変化した。そして空へと飛び立つと、そのまま一直線にアリアの気配がする方を目指して飛び始めた。