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1 人間への憧れ・アリア視点



 私がつがいと出会ったのは、竜人の国にそびえる大樹の真上だった。当時まだ成人していなかった私は、成人するまで待たなければいけないと分かっていたけれど、彼との恋に溺れていった。

 私のつがいの名前はフレイ。肩まで伸びた真っ黒な髪と鋭い瞳が特徴的な竜人の男で、私よりも五つ年上だった。フレイは物事に執着することは決してなかった。食事の時も私にばかりご飯を渡して、気を遣って食べさせてあげようとしても、一口食べて「もういらない」と言うように首を振るだけだった。それに人間体でいるのがすごく下手くそで、人間の身体で喋ることも大の苦手である。

 だけど、そんな彼が私は大好きだった。丁度一年前、成人を迎えた私は無事にフレイとの結婚が認められ、今は新婚夫婦として幸せに暮らしている。


「フレイ、起きて! 朝ご飯作ったよ!」

 朝ご飯を作り終わってから、私は家の裏庭に向かって大きく声を張り上げた。フレイは竜の姿で眠る方が落ち着くらしく、よく裏庭で丸まって寝ている。そんな彼を起こすのも妻としての大事な役目だ。

「ほら、起ーきーて! 今日は街に買い物に行くって約束したでしょ!」

 フレイの顔の目の前に立って、瞼を軽く叩いて刺激を与える。すると微かに瞼が動いて、次第に縦長の鋭い瞳孔と目が合った。やがてゆっくりと頭を持ち上げると、喉を鳴らしながら私の肩を鼻先で軽くつついてきた。

「うん、おはよう、フレイ。目が覚めて人型に戻ったら、早く家の中に入ってきてね?」

 フレイが寝ぼけたまま、人間の姿になれないことは既に分かっているので、いつも通りそう伝えてから先に家の中へ戻って、朝食のパンとスープを食卓に並べていった。けれど、二人分しかないのでそれもすぐに終わってしまい、時間を持て余した私は最近愛読している本を読み始めた。


 その本の内容は、人間の国の文化や伝承についてのものだ。特にその本の中の遥か昔の勇者の冒険譚が一番のお気に入りだった。既に何回も何回もその部分のページをめくっていて、よく見るとそこだけすり切れていた。魔王を倒すために立ち上がった勇ましい冒険者の物語は、私にとってすごく魅力的に思えたのだ。もう全ての台詞を諳んじられるほど読んだ内容だが、それでも未だに私の心を熱くさせた。そして夢中になりすぎて、フレイが家の中に入ってきたのにも全く気付かなかった。


 椅子が引かれる音がして、ハッと本から顔を話すとフレイがこちらをじっと見ていた。目の前に立っているフレイは、「またそれか」と言いたげな視線をこちらに向けている。

「あっ、ごめんね、フレイ。気付かなかった」

 申し訳なく思って謝ると、彼は首を横に振った。どうやら怒ってはいないらしい。それから少しの間沈黙が続いたが、彼がおもむろに席についてスプーンを手に取ったのを見て、私も慌てて自分の分の食器に手をつけた。

「いただきます」

 二人で一緒に手を合わせて、食事を始める。今日の献立はスープと野菜炒めとパンだ。フレイは黙々と料理を口に運んでいく。美味しいとも不味いとも言わないけど、全部完食してくれるから多分大丈夫だろう。


「……」

 ふとフレイを見ると、さっきまで普通に食べ進めていた手が止まっていた。一体どうしたんだろうと思って見ていると、不意にフレイがこちらを見た。鋭い目つきで見つめられて一瞬怯むものの、彼の言いたいことはなんとなく察しがついた。

「あぁ、これ? この前街に行った時に買ってきたんだよ。ほら、私ってこういう服全然着ないし、たまにはいいかなーって思ったんだけど……やっぱり似合わないよね」

 私が今着ているのは普段とは違う淡いピンク色のワンピースだ。前に街に買い出しに出かけた時たまたま見つけて、衝動的に買ってしまったのだが、正直言ってあまり自分に合っていないと思う。けれど、今日は結婚記念日でデートをする約束をしているので、思い切って着てみたのだ。

「えっと、でもこれはこれでアリっていうか……。なんかこう、可愛らしさが出てて……」

 自分でも何を言っているのか分からなくなってきて、途中で言葉を止める。フレイの方を見てみると、相変わらず何も言ってくれずにこっちをじっと見てくるだけだ。

「ま、まぁ、それは置いといて。 ほら、早く食べて食べて! 食べ終わったらすぐに出掛けようよ!」

 私は話を逸らすように強引に話題を変えた。するとフレイは無表情のまま小さくうなずいた。


***


「ねぇねぇ、フレイ! あのお店に入ってみよっ!」

 私は雑貨屋で売っているアクセサリーに興味があったので、フレイの手を引いてその店を指差す。フレイは嫌そうな顔をすることもなく、素直に私についてきてくれた。

「わぁ、綺麗……」

 棚には様々な宝石を使った指輪やネックレスなどが並べられていて、思わず感嘆の声が漏れてしまった。私はその中でも一番惹かれたピンクダイヤのブレスレットに手を伸ばした。

「すみません、これください」

店員さんに声をかけてお金を払う。こんな高価なものを買うのは初めてで、心臓の鼓動が速くなった。

「はい、ありがとうございます。プレゼントですか?」

「はいっ、夫に渡そうと思います!」

 そう言って隣に立っていたフレイに視線を向ける。

「あら、素敵な旦那様ですね」

「えへへ、自慢のつがいです!」

 自分のつがいが褒められて、嬉しくなって頬が緩んでしまう。

「では、少々お待ち下さいませ」

 そう言うと、店員さんはレジの奥の部屋へと消えていった。その隙を狙って、私はこっそりフレイに耳打ちをする。

「ね、ねぇ、フレイ。今日は結婚記念日じゃない?」

 フレイは目を丸くした。そして少し考え込むような仕草をして、やがて何かを思い付いた様子でこくりとうなずく。

「だから、あれを……?」

「うん、そう! 気付いてくれた!?」

 私は嬉しさのあまり、フレイに飛びついた。フレイは驚いた様子だったが、私のことをしっかりと支えてくれた。


 その後、店員さんが綺麗な箱に入れてブレスレットを渡してくれた。贈り物の包装だったようで、綺麗なリボンが飾られている。店を出た後、その箱ごとフレイに手渡した。

「はいっ、これ私からのプレゼントだよ」

 フレイは戸惑った様子を見せたが、すぐに受けとってくれた。そしてその場で包み紙を破り捨てると、早速ブレスレットを身につける。

「わぁ、似合ってるよ。思った通り!」

 その姿はとてもかっこよくて、まるで物語に出てくる勇者のようだと思った。

「……あり、がとう」

 フレイは照れ臭かったのか、それだけ呟くとそっぽを向いてしまった。そんな彼の様子を眺めながら、心の中でガッツポーズをした。

「じゃあ、次はどこに行こうか」

 私は上機嫌でフレイに尋ねた。フレイは少し考えた後に、ある方向を指差して歩き始めた。

「……あっ」

 フレイが向かった先は、本屋だった。三ヶ月ほど前に、愛読書である人間についての本を買った店だ。


「……入るの?」

 私が尋ねると、フレイは無言でうなずいた。

 店内に入ると、ふわりといい匂いが漂ってくる。本好きには堪らない空間だ。私は辺りを見回して、面白そうな本を探し始める。しかし、本を読むのが苦手だというフレイはあまり興味がないらしく、棚の間をスイスイと歩いていった。

「あ……」

私はとあるコーナーの前で立ち止まった。そこには絵本や児童書のコーナーがあり、幼い子供向けの本が並べられている。

「懐かしいな……」

 この国には昔から伝わる昔話が数多く存在する。その中でも特に有名なのが、竜人の少女の物語だ。私が子供の頃によく読んでいたもので、今でも鮮明に覚えている。竜人にはごく稀につがいが異種族の場合がある。この話の主人公もその一人で、長い間つがいに会えずに辛い日々を過ごすのだ。しかし偶然出会った人間の王子様がつがいだと分かり、人間の国で幸せに暮らした、という話だった。

 本棚の前で物思いに耽っていると、隣から袖を引っ張られる。何だと思って隣を見ると、フレイが一冊の本を差し出していた。

「人間の本。アリアに、あげる」

その言葉を聞いて、思わず涙が出そうになった。

「えっと、どうして?」

「……妻に、プレゼントする日だから」

私は思わず笑ってしまった。そしてその本を受け取って、お礼を言う。

「ありがとう、大切にするね!」


***


「行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね」

 あれから二週間後、フレイは護衛の仕事で三日間泊まり込みをすることになった。その間は、私はずっとこの家に一人きりだ。寂しくて、フレイを見送る前から何だか複雑な気分だった。

「…………」

フレイの姿が見えなくなるまで見送って、家に入る。

「さて、洗濯でもしようかな」

 家事全般は、結婚した当初から分担制にしている。料理は私が担当することが多いが、掃除や洗濯などはフレイも手伝ってくれる。

「よいしょっ、と」

 私は籠を持って井戸へと向かった。水を汲んで家に戻ると素早く洗濯を終わらせる。今日は前々から考えていた別の用事があったのだ。それは、人間の国の様子を上から実際に見てみることだった。竜の姿で高く飛べば、きっとよく人間たちの様子を観察できるだろう。ちょっとだけ見て、満足したら戻ってこればいい。この時の私はそう本気で考えていた。

「よし、行くぞー」

 私は気合いを入れて変身し、空へと飛び立った。ここから東の方角にずっとまっすぐ飛んでいけば、人間の国が見えてくるはずだ。「……ん?」

しばらく飛ぶと、遠くの方に霧のようなものが見えた。一瞬戻った方が良いのかと考えたけれど、特に何も思わずにただただまっすぐ飛んでいった。そしてこの時の選択の所為で、この後、私はとんでもない目に遭うことになるのだった。



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