エピソード外伝:セーヴェル・ネージュ
30年前――グラドノ街
北部に位置しており、365日中、200日は白い雪で覆われている。この世界では大変珍しい雪国で、残りの165日はというと、日本でいう秋に該当する。
道路や家はこの地域特有の造りになっていて、雪が積もらないように、断熱魔法の紋章が刻み込まれていることが多く、そのおかげで冬は暖かく、主要となる道路に雪が積もることはない。
さらにはどの家庭でも暖炉が標準装備されている。火に関する民間魔法が、世界でも類を見ないほど種類が多いことでも有名。冬の一番の見どころは、空いっぱいの星空で、その期間は観光客で街は溢れることもしばしば。主な食べ物といえば、年中育てることが出来る冬野菜と、秋の間だけ収穫できるオータムジャガイモを保存食として貯蔵しておくことが多い。また、近くの山にはスノーイノシシ、スノーシカと呼ばれた冬に活動する動物も存在しており、雪に覆われた季節でも狩りを行うことができる。
幸いなことに、魔物のほとんどは厳しい冬に対応できず、この周辺で現れることはなく、それゆえか魔物との戦闘はおろか、まともに狩りが出来る人物はごく少数で、安定したハンターは街でも重宝された。
しかしその中でも特別魔法の才能に恵まれた姉妹がいた。
姉の名前は、セーヴェル・ネージュ、妹の名前は、アルヴェル・ネージュ。着の身着のままで山に向かうと、二人は魔法だけで狩猟を行っていた。
また、狩りに行くことができない街の人々にも食料を分け与える優しい一面もあり、父と母はそんな姉妹を誇りに思っていたが、いつしか冒険者になりたいと言い出してからは魔法の使用をやめさせるようになった。
それはようやく見つけた安全なこの街で、幸せな家庭を築き続けたいという両親の願いだったからである。
姉妹が冒険者になりたいと願ったのは、実は両親が知るもっと前から。幼いころ、街に観光へ来ていた男女の旅人がきっかけで、二人は世界中を旅しながら生活していた。
様々《さまざま》な国の文化に触れ、未知の生物と出会い、一期一会の日々を過ごす。
時には凶悪な魔物とも戦い、ギルドからその報酬を頂いた。その姿は勇敢で誇り高く、なによりも”楽しそう”に見えた。姉妹は、その女性から簡単な魔法の手ほどきを受けると、両親に内緒で練習に励んだ。 才能に恵まれたことはもちろんだが、努力を惜しまなかったことが、才能の花を咲かせた一番の要因だった。
姉妹がはじめて、魔物と匹敵するほど獰猛と呼ばれたスノークマを倒したときは、セーヴェルは12歳で、アルヴェルはまだ7歳だった。
しかしながら、姉妹は堂々《どうどう》とスノーグマを倒したとはいえず、山で倒れていたと嘘をついて街へ運んだ。それはあまりにも危険すぎて怒られるとわかっていたから。
食べるよりは売るほうがいいと両親が判断したので、せっかくのご馳走を平らげることはできなかったが、一年間のあいだ食うには困らなかったので、それはそれで良かった。
そんなセーヴェルが15歳を過ぎたころ、次第に街の外を見てみたい欲求が抑えきれなくなっていた。
妹のアルヴェルはまだ10歳で、とても連れていくことはできず、両親と喧嘩したある日、一人で飛び出すように街を出る。
冒険者として生きることを決意し、近くの国で試験に合格すると、いつしか北のセーヴェルと呼ばれるようになり、メキメキと頭角を現した。
その名は留まることを知らず、レムリが現れる前は世界最強の魔法使い、と評されたほど。
はじめは目的のない、いち冒険者だったが、次第に魔物の存在がいかに人類を苦しめているのかを理解していくうちに、苦しんでいる人々を救いたいという気持ちが心に芽生えた。
才能に決しておごることなく、努力を惜しまず、セーヴェルは大勢の人を救った。その話は、もちろんグラドノの両親にも届いていた。
父と母はセーヴェルの噂を聞くたびに一喜一憂していたが、その姿をアルヴェルに見せるは決してなかった。それはいつしかアルヴェルも急に消えていなくなるんじゃないか、という恐怖心から。次第にアルヴェルは、自分を置いて好き勝手に生きているセーヴェルを疎ましく思うようになっていった。
そして、セーヴェルが20歳、アルヴェルが15歳の誕生を迎えたとき、グラドノ周辺でも魔物が現れはじめた。それは生物としては至極当然で、冬の厳し寒さにも耐えうる身体に進化していったからである。
魔物が確認されるようになってからは、街の人々はほとんど狩りに行くことが出来なくなった。しかし、そんな中でも、アルヴェルは隠れて魔法の研鑽を積んでいた。
ある日、街に強い魔物が侵入してきたときに、アルヴェルは魔法で街を救った。そのとき、両親は自分たちが娘の才能の邪魔をしていたことを悔やんだが、アルヴェルはそんな両親の心を理解し、グラドノ街を守る魔法使いとして生きる覚悟をした。
それから数年後、セーヴェルはグラドノに戻ろうとしていた。それは冒険者を引退してということではなく、任務のため。北に強い魔物が出現したという情報を元に、数名の冒険者と向かっていた。
「……懐かしいな」
グラドノ街の近くの雪を眺めながら、セーヴェルは過去の記憶を辿る。アルヴェルと過ごした日々、両親の顔。今の生活を後悔したことはないが、家を勝手に飛び出したことは後悔していた。
家族に自分を認めてもらいたい、そんな気持ちからもセーヴェルは魔物を退治し続けていたのかもしれない。
アルヴェルは今でも元気にしてるだろうか、両親は仲良くやっているだろうか、そんな気持ちを抱きながら、セーヴェルはグラドノ街に戻った。
が、そこで衝撃を受ける。
北に強い魔物が出現しているという情報は間違いなかったが、それは当時有名だった魔物に与するものと呼ばれた盗賊まがいの連中が、金品を奪うために捕まえた魔物を街でふたたび解き放っていたのが原因だった。
セーヴェルがグラドノ街に到着したとき、魔物に与するものの一人が金品を奪っているところに遭遇した。
すでに街は壊滅状態で、セーヴェルは同行していた冒険者と別れると、すぐに家に向かった。
「アルヴェル……パパ……ママ……」
見慣れた道の路地を渡った先で、たった一人で魔物に与するものと戦っているアルヴェルの姿があった。魔物にやられたのか、人間にやられたのかわからないが、服も身体もボロボロになっている。
「ハッハー! こいつウケルぜ。 まだ勝てる気でいやがる!」
アルヴェルの前に立っている数名の男の一人が、偉そうに、それでいて嬉しそうに笑う。その手には血塗られた剣。
「アルヴェル~逃げて~! っていってたぜ? お前のパパとママ~!」
もう一人の男が、バカにしたような物真似を披露したとき、アルヴェルは動いた。
「だまれ!! 氷よ、弾け飛べ」
小さな魔法の杖から、鋭利な氷が一直線に男たちを狙う。だが隣にいた別の男がそれを魔法で防ぐと、ふたたび高笑いした。
アルヴェルの身体からは、血が絶えず流れ出ている。
「死ぬまで見てようぜ!! なぁおまr――」
男が仲間に声をかけ終わる前に、頭が弾けとんだ。そこにいた男たちが悲鳴をあげて、セーヴェルの姿を捉える。
「あいつだ! やれ!」
リーダー格の男が命令すると、数名の男が飛び掛かる。魔物も従えているのか、同時にセーヴェルを襲った。
「砕け散れ」
しかしセーヴェルが掌を翳して魔法を詠唱すると、襲いかかってきた魔物を含む全員の頭が爆発した。肉の塊が血肉と共にはじけ飛ぶと、雪を赤く染める。
リーダー格の男が悲鳴を上げながら、後ろ姿を見せて走っているところを、セーヴェルは同情することなく頭を狙って魔法を放った。
破裂音が響いたとき、アルヴェルが地面に倒れる。
「アルヴェル!!!!」
セーヴェルが駆け寄り、倒れている妹の身体を起こす。腹部から血が溢れ出ていて、それは致命傷で助からないと一瞬で察した。
長年会っていなかったが、面影は何も変わらず、あの可愛いアルヴェルのまま。
「……おねえ……ちゃん……?」
「……私だよ。ごめん……遅くなって……」
「遅いよ……なんで私を置いていったの……」
「ごめん……ごめん……」
セーヴェルはアルヴェルの手を強く握った。故郷を捨てた自分を悔やみ、街を追いやった人間を憎んだ。
「パパ……ママも……あいつらに……」
「もう……何も言わなくていい……」
「わたし……がんばったんだよ。この街をずっと守ってたんだよ……」
「……アルヴェル……」
「おねえちゃん……わたし……一緒に……いきたかっ……」
「アルヴェル……アルヴェル!」
アルヴェルはそのまま心半ばで息絶えた。セーヴェルは自分自身の我儘を憎んだ。あのとき、アルヴェルを連れていっていれば、あのとき、両親の言うことを聞いていれば……。
セーヴェルはアルヴェルの亡骸を抱き抱えながら、悲鳴を上げた。その声は皮肉にも魔物と魔物に与するもの|を呼び寄せることになった。
我を忘れたことで魔法の消費を考えずに、そのまま戦ってしまったことが、セーヴェルの敗北の原因となった。
大勢の魔物と魔物に与するもの|に囲まれ、冷たい雪で倒れているとき、アルヴェルと両親のことを考えた。
「ごめんね……間違えて……ごめん……」
それから数秒後、グラドノ街は謎の大爆発により消滅した。
それは後に、グラドノ街壊滅事件と呼ばれ、この世界を狂わせるきっかけのとなった。




