第9話:絶体絶命
「彼の本名はインザーム・カイト、魔王を倒しこの世界を救った伝説の勇者ヴェルネルと大魔法使いレムリを殺した男です」
「はっ、つまんねー冗談だな」
アズライトは真っすぐな瞳でアイレを見ていた。インザームに視線を変えると、沈んだ表情で俯いていた
「うそだろ? なぁ、インザーム……?」
アイレの問いかけに、インザームは黙っている。
「沈黙は答えです」
「……ワシが大人しく死ねば、アイレに手は出さぬな?」
「邪魔をしなければ」
次にインザームが口を開いたとき、アイレの顔は見なかった。信じられないと言った様子で、アイレがアズライトに噛み付く。
「なにいってんだよ……」
「反逆者は死罪です」
アイレは静かに戦闘態勢を取った。真実か嘘か、今はそんなことは関係ないと言わんばかりに殺気があふれ出す。
「――絶対に殺させない」
半年間の間、アイレはインザームと過ごしてきた。ヴェルネルとレムリを殺すはとうてい思えないが、黙っているそれなりの理由があると感じた。
今までの生活がすべて嘘だとは思っておらず、今はとにかくアズライトをなんとかしなければ、それだけを考えた。
命を奪う相手には「命」殺る覚悟が、アイレにはある。
「よせ、アイレ! シュタイン家には敵わん!」
インザームはは鋭い口調で叫んだが、戦闘態勢を解除することはなかった。
それどころか、さらに魔力を集中させているかのような――
「君は勝てませんよ」
「余裕ぶりやがっ――てっ!!」
アイレはアズライトの言葉を遮るように地を蹴けると、瞬時にアズライトの間合いに入った。
上下左右に連撃でフェイントを織り交ぜながら目にも止まらぬ速さ動きつづけた。
その剣撃はインザームすらも目で追うのがやっと。
しかしアズライトは、攻撃のすべてをやすやすと交わした。帯刀している剣を構えることなく軽やかに躱す。アイレの空気を切る音だけが空しく鳴り響く。
「悪くない動きをしていますが、隙だらけです」
大振りの隙を見逃さず、アズライトは攻撃をかわすと脇腹に蹴りで一撃を入れた。
アイレは苦痛に顔を歪ませながら、小さな悲鳴をあげて吹き飛んだ。身体を魔力で防御することもできず、肋骨がミシミシと音を立てる。
土埃をあげながら、地面を踊るように転がる。
「アイレ!!! 貴様、よくも!」
インザームがアズライトを睨みながら、鎌を構えて魔力を集中させる。
「無関係な人は攻撃したくないんですよ」
傲慢な態度が確かな自信を感じさせる。
「まちやがれ……」
アイレは脇腹を抑えながら、擦り傷だらけの状態でふらふらと立ち上がった。
左手の短剣はどこかに吹き飛んだらしく、今は右手の一本しか残っていない。
「インザーム。俺に戦い方を教えてくれたとき、最後まで諦めんなって言ってたよな。ヴェルネルとレムリがそんな考えをしていたか? 俺のためなんて言うな。自分のために諦めんな」
顔に付着した砂を左手で払いのけながら、残った短剣を構えた。
アズライトは、ヴェルネルとレムリがという言葉で眉をひそめた。
アイレのその言葉にインザームは、
「ワシは――」
「インザームはヴェルネルとレムリを傷つけるような人じゃねぇ!」
アイレはインザームの言葉を遮った。
「埒が明かないですね」
小さなタメ息を漏らすと、アズライトは帯刀していた剣を取り出し構えた。
その立ち姿は洗練されており、一分の隙も感じさせない。しかしアイレはかまわず距離を詰めた。大きな声で叫びながら、アズライトに無我夢中で突っ込む。
「後悔しますよ」
アズライトはアイレの攻撃をかわしと、間髪入れずに首を狙った。痛みもなく、一撃で首を落とす。剣はアイレの首元に触れた――
同時に、インザームが魔法の呪文を唱えて光の魔法を飛ばして、剣の軌道を反らした。
「馬鹿弟子を持つと苦労するわい」
「死ぬかと思った……」
インザームは笑みを浮かべたまま戦闘態勢を取った。アイレも同じ笑みを浮かべながら、再び前を向く。
しかしここで予想外にも、アズライトがハッとしたような表儒を浮かべていた。
その顔は心の底から何かに驚いているように見える。
「……どう……いうことですか? なぜ……あなたが魔法を……?」
「……これはワシの罪滅ぼしの結果じゃの」
アズライトは明らかに困惑していた。言葉も震えており、インザームの魔法に驚愕していた。だがそれでも、すぐに冷静な表情に冷静さを取り戻した。
アイレにはそのやり取りの理由はわからなかったが、そんなことよりもアズライトの隙を見逃さないように前を見据えていた。
「だからあなたは今まで見つか――」
「無視してんじゃ――ねぇっ!」
アズライトが何か言いかけたとき、アイレは再び跳躍するかのように距離を詰めた。
短剣が一本しかなくなったため、あきらかに攻撃の質が落ちていたが、それでも手を緩めなかった。
足、手、首、耳、眼を躊躇せず狙う。
アズライトはすべての攻撃を捌き切ると、返す刀で反撃しようとしたが、その隙をインザームは後方からアズライトを一刀両断する勢いで鎌で横に薙ぎ払う。
アズライトは後ろを振り向かずにアイレの肩を踏み台にして脚をかけると、跳躍してかわした。
「さすが、シュタイン家。やりおるな」
インザームは笑みを零しながら、アズライトに敬意を表した。
「少しだけ本気を出しましょうか」
アズライトは剣に短い詠唱を込めた。
剣の柄から魔法の印が浮かびはじめると、蒼い光が一直線に剣先まで光らせる。その直後、眼を凝らさずとも禍々しいほどの魔力が剣を漲らせた。
「なっ……」
アイレは今まで感じたことがないほどの魔力に顔を恐怖で歪ませた。
「――それでは」
アズライトは言葉を吐き終えると同時に、人間の動きとは思えない速さで動くと、アイレに剣を鋭く突き出した。
だがそれに、凄まじい反応をみせた。手にしていた短剣を盾のように構えると、アズライトの攻撃を防ぐ。だが衝撃はすさまじく、短剣は粉々に砕け散り、アイレを後方に吹き飛ばした。
「――素晴らしい反応です。褒めましょう」
インザームはすぐにゴブリンを倒したときの光魔法を詠唱すると、アズライトに放った。
光は一直線に進みながら、当たる直前で左右に分かれると、アズライトを挟み込むように進路を変えた。
アズライトは跳躍してかわしたが、光は反転してアズライトを追跡する。さらにインザームは追撃するように攻撃を仕掛けた。
「初めて見ました。面白い」
アズライトは余裕を見せながら、光魔法もインザームの攻撃も最低限の動きでかわすと、緩急をつけるかのように目にも止まらぬ速さで鎌を粉々に砕いた。
「終わりです」
「……ここまでかの」
「魔法は勉強になりました」
インザームは敗北を認めたかのように肩を落とした。その姿を見てアズライトはゆっくりと間をあけてから、
「その程度のあなたに殺されたとなれば、伝説のヴェルネルとレムリも大したことはなかったようですね」
その言葉に反応したかのように、アイレは血を流しながら傷だらけで再び立ち上がった。右手には、最初に吹き飛ばされた短剣を隠し持っている。
「ヴェルネルとレムリをバカにすんじゃねえ」
アイレは怒りに満ち震えながら、魔力を集中させた。
「彼等はもう死んでいますよ」
「死んでない!!」
「インザームに殺されたんですよ」
アズライトは哀れみの表情をアイレに向けた。その瞬間
「――――――死んでねぇっていってんだろ!」
アイレは全ての魔力を込めた短剣をアズライトに投げた。空気を切り裂き、乾いた音を鳴らしながら光のように一直線に走る。
当たりさえすれば、アズライトでさえもただではすまない威力を兼ね備えていた。アズライトもそれに気付き驚きをみせたが、すぐに回避行動を取った。
「――逃がさんぞ!」
アズライトが驚いたほんの少しの隙をインザームは見逃さなかった。
インザームは跳躍してアズライトから距離を取り、掌を翳すと残っている全ての魔力を無詠唱で放出してアズライトの動きを止めた。
それは一秒にも満たないほどの時間。それがなければアズライトは確実に躱す事ができた。その一瞬がアズライトの反応を遅らせた。
アイレとインザームは残り全ての魔力をこの瞬間に詰め込んだ。余力は一切残さず、全身全霊を賭けた。
その結果アズライトは窮地に追い込まれた。
アイレが投げた短剣は空気を切り裂きながら、禍々しい程の魔力を浴びてアズライトに間違いなく直撃する。
アズライトは絶対に躱す事ができなかった。
アズライト一人だけでは。
「――――――――ルチルっ!!」
アズライトは直撃する前に叫んだ。
その言葉の直後、周囲の次元が歪み大きな穴が開く。
その光景をインザームとアイレは目撃した。
短剣はアズライトに直撃すると爆発音をあげ、砂埃が俟《 ま》う。
恐るべき威力の短剣をアイレは放っていた。アイレとインザームは力尽きて膝を付いている。
やがて、アズライトを覆っていた砂埃の霧が晴れると、高密度の魔法防御に覆われた無傷のアズライトの姿が現れた。
「すまない、ルチル。油断してしまった」
ルチルと呼ばれた人物は右手でアズライトに魔力のシールドを展開させながら
左手で苺のショートケーキのような食べ物を頬張っている。薄着の服は山藍摺《 やまあいずり》をしている。
口元にはホワイトクリームが付いていた。
「もーっ! 西の果てにある限定シュゼット食べてたのにーっ。アズアズのばかー!」
少女の姿にインザームが気付くと、身を竦めた。
アイレは書物を思い出した。
その姿は、美しく若々しい外見を持ち、金色の長い髪色。耳は尖がったような形をしており、真っ白い透き通った肌をしている。
同時に、インザームの言葉も思い返す。エルフは魔族と遜色ない『精霊魔法』を放つ敵にいたら直ぐに逃げろ、と。
ルチルと呼ばれた少女は魔法防御を解くと、ショートケーキのような物を幸せそうに平らげた。
続いてアイレに手を翳し、周りの次元が歪み始めた。それほどの魔力をルチルは有していた。
アイレは異世界に転生して初めて諦めを知った。魔力は一欠けらも残っていない。 死を覚悟する以外に出来る事はなかった。
「ねぇ、アズアズ。――――――殺していい?」
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