第84話:転移魔法
それに気付いたのは……ただ一人。
ヴェルネルの頭を貫く数センチ手前で、アイレが腕を出すと魔力の矢の側面を掴んだ。しかしその威力は絶大で、矢は回転しながらアイレの手の平をズタズダにした。
皮が破れ、血が飛び散るように滴り落ちる。激痛を感じているはずが、それを一切表情に出さない。
その場にいたすべての人間が驚きで目を見開いた。ヴェルネルが頭をあげると、間髪入れずアイレが口を開いた。
「ヴェルネル、お前のしたことは絶対に許されることじゃない。罪は必ず償ってもらう。だが、今はレムリと……ルチルを守るのが最優先だ。グレースも……ここにいる皆も俺が説得する。その代わり、俺たちを全員シンドラの元に連れていけ」
「……もちろんだ」
グレースは、矢を受け止められたことに激怒してその場まで走ってくると、アイレの顔面をそのままぶんなぐった。そのあとヴェルネル殺す勢いで魔力を漲らせたが、アイレはもし罠だったら俺を殺していいと、グレースを宥めた。
レムリとルチルを助けたあとは好きにしていい、それを約束させ、ようやく矛を収めたが、納得はいっていないようだった。もしこれが罠だとしたら、本当に殺してやるからなと鼻息を荒くしていたが、きっとそんなことはしないと誰もがわかっていた。
アズライト、インザーム、フェアは追いかけることに賛成で、フェローも渋々納得した。
「シェルは……そこにいるんですか?」
全員が納得したあとにクリアがヴェルネルに声をかけた。
「シンドラは誰かを仲間にするとき、蘇生魔法を餌にする。おそらくそこにいるだろう」
その一言で、ようやく裏切りの理由を理解した。シェルはアクアを蘇らせるために、すべてを捨ててシンドラの手先になった。しかし蘇生魔法は存在しない。
「レムリの身体を乗っ取ればそんな約束は反故にするはずだ」
クリアは杖をぎゅっと握りしめた。フェローがクリアの肩を叩く。
セーヴェルが鉄箱を突き出して、
「準備はいい? 鉄箱の力を借りるとはいえ、力を使うのは初めてだわ。飛んだ先で何が起きても
動けるようにしておいてほしい」
全員に視線を流すように顔を見る。アイレ、フェア、インザーム、アズライト、クリア、フェローが頷き、グレースが黙れと呟く。
鉄箱から魔法が飛び出すように光が放たれ、周囲の次元が歪み始める。突然、風が巻き込むように噴き出すと
全員の身体と服が風で大きく揺れる。 黒い渦が空間を断裂するようにブラックホールを作りはじめた。
「……フェア、君はどうしてレムリの杖を持っているんだ?」
「……あなたと……フェアの墓があるのよ。立派な銅像の下にね。その国で大事に保管されていたのをお借りしたの。その国ではあなたとレムリのこと……世界を救った英雄だと
今でも信じている」
「……そうか」
ヴェルネルが複雑な想いを胸に転移魔法が出来る様子を眺めていた。すると突然、はじけた音と共に転移魔法が出現した。それはかなり巨大で
ルチルが出していたものの数倍の大きさだった。
「急いで!」
セーヴェルが全員を急かすように叫んだ。最初にアイレが迷いなく入るとヴェルネルが続く。それから全員が次々と転移魔法に入り
最後にはフェアとセーヴェルだけが残った。
「早く! 何してるの!」
「あなた……魔力が……」
フェアが様子のおかしいセーヴェルに気づく。
「……頼んだわよ」
「セーヴェル、――あなたはやっぱり立派な魔法使いだったわ」
フェアを最後に、転移の渦はそのまま小さくなると完全に消滅した。セーヴェルは最後の力で鉄箱を魔法で壊すと、すべての魔力を使い果たし、その場で倒れこんだ。
「……アルヴェル……おねえちゃん……さいごだけは……まちがえなかったよ……」
その言葉を最後に、すべての魔力が消滅すると息絶えた。その後すぐに身体は粒子のように細かく分解されると、最後に骨だけが地面に置き去りにされた。大勢の人を救い、大勢の人を死に追いやった北のセーヴェルは、その生涯を終えた。




